代償
「ごきぶり。ロナ殿は、そう言って、石を投げ始めた。のか?」
「コークロッチのことだと思います。乾涸びていたのが、ちらっと見えただけですけど」
「どこにでもいるやつだろ?」
メヴィザもマイトも、困惑顔だ。ありきたりな昆虫に大騒ぎするのが信じられないらしい。
「こういうものは、人それぞれだ」
ヴァン殿と[魔天]に入った時、彼はモディクチオを見かける度に、足が止まっていた。巨大な多数の足がぞわぞわと動く様子が、どうしても駄目らしい。
トップハンターから、ギルドマスター、そしてギルド顧問と大役を背負わされ、それでもその地位に奢る事無く飄々としていた彼でさえも、苦手な存在があると知って、寧ろ、ほっとしたくらいだ。
それにしても。多種多芸の持ち主で、魔獣も狼の群れも容易く平らげる戦闘力を誇るロナ殿が、四センテほどの昆虫に怯えるとは、微笑ましい。と、言えなくもない。
夕食を済ませた後、眠るにはまだ早い、ということで話をしていた。いや、俺は、ロナ殿が気になって、いや、寝息がくすぐったいというか、眠気がこないだけなのだが。
場所柄、話題は、どうしても昼間のあれやこれやになる。
ロナ殿は、未だに俺にしがみついたまま、離れようとしない。ユードリは重鎧をいくつか並べて、その上に毛布を重ね、俺が楽な姿勢を採れるように工夫してくれた。
「助かった」
「あ、いえ。流石に一晩同じ姿勢でいるのは、肋骨が折れているなら、なおさら辛いです」
「折れてはいないと思う。深く息をする時に、響く程度だ」
「副団長。その状態で騎乗するのは、無理、なのでは?」
食事をするから、と言って、ようやくサイクロプスから解放してもらえたメヴィザが指摘する。だが。
「ロナ殿が目を覚ませば、なんとでもなる」
彼女の事だ。きっと、それなりの薬を持っているだろう。
「あ、そうですね。姫様が足をくじいた時も、即席の背負い椅子作って担いでましたね」
「そう言う意味ではなくてだな」
「ロナが副団長殿を背負うのか?」
マイトは、迷宮での任期延長だ。
「・・・ロナさんなら、やりそう」
ぼそっと、ユードリがつぶやく。
「やらせるな」
いくらなんでも、見た目的にそれはどうかと思う。
「だって。こんな大岩までポイポイ出来るんだから」
「発作の時だけだろう」
そう振る舞ってくれる、はず。
「[魔天]の中でも、姫様を括り付けた椅子を背負ったままサクサク歩いて、いえ走ってましたし。このくらいの森なら、例え副団長殿を背負っていても余裕でしょう」
「メヴィザまで。止めてくれ」
色はともかく、蛇に見えない事もない。
彼女の助手を自称する二匹は、ロナ殿の落としたウェストポーチを間に、まだ睨み合っている。「[魔天]ピクニック」の時に、簡単に紹介はしてもらえた。確か、四人いたはずだが。
片方が、勝った、と見える。どこからか、石を二つ取り出した。ランプの灯を反射して、とても美しい。
だが、それはそれとして。
♪〜〜〜〜〜〜〜
俺達の目線が集まる。
「なに? なんです?」
「俺に訊くな」
「うた、ですか?」
音は、助手の目の前にある石が奏でていた。
「力が抜けるというか、気が抜けるというか」
「緊迫感は、なくなりましたね」
「歌う小石、とでも呼ぶんですかね」
「俺に訊くな」
どうせ、ロナ殿の魔道具だろう。こんな物を助手にまで持たせているのか。滅多な人の前では披露して欲しくない代物だと思われるが。とは言え、今、ここにいるのは、四人しかいない。いや、助手殿やムラクモ殿、それにサイクロプスもいる。
ん?
「しぃばぁ〜。お願いだから、それ、止めてぇ」
「起きたか」
腕を振り回しているのか、抱きかかえている腕に動きが伝わる。いや、胸が、肋骨が、痛い、んだが。
「え? え〜と。あれ?」
軽く背中を叩いていると、ロナ殿は、俺の肩から頭を起こして、周囲を見渡し、最後に俺の顔を見た。
そして、ロナ殿は、夜目にも判るほど、真っ赤になった。
柔らかな、声が聞こえる。
だいじょうぶ。だいじょうぶだ。
そう、繰り返す。
優しく背中を撫で付ける手。
父さん? それとも、義父さん?
夢、なのだろう。二人とも、ここにはいない。いるはずがない。
父の記憶は、おぼろげだ。
休みに日に、父のあぐらの上に座り込んで大声で歌を歌うと、とても喜んでいた、とは、母から聞いた話だ。覚えているのは、ぐりぐりとわたしの頭を撫でる大きな手の暖かさ。毎朝、出かける前に子供の目線まで体をかがめて「いってきます」と挨拶していた事。わたしは、父が、大好きだった事。
そして、実父は、わたしが物心付くか付かないかのうちに事故死した。
義父さんは、ぎっしりと数値が書き込まれた表やグラフを振り回して、元気に研究三昧、しているのだろう。新しい発見があったと、パンツ一枚で家中を駆け回る癖さえなければ、ダンディなおじさまで通せるのに。もったいない。
実父の死後、パートで働いていた母とどうやって知り合ったか、馴れ初めは教えて貰えなかった。さっちゃんの必殺涙目でも駄目だった。妙な所で恥ずかしがり屋なんだから。母が病死した後も、決して口にしなかった。けち。
それはともかく。
義父さんは、血の繋がらないわたしのことも、家族として分け隔てなく可愛がってくれた。でも、三姉妹お揃いのキャラクターシャツを着せようとするのは止めて欲しかった。そのキャラクターが、さっちゃんのお気に入りだったとしても。忙しい研究の合間に、魔法少女デザインのシャツをサイズ違いで買う時、どんな顔をしていたのか。鷹ねえと、顔を見合わせて大笑いしたっけ。
母と鷹ねえの容赦無い実技指導にも関わらず、わたしの料理の腕は上がらなかった。そのトンデモ料理も、頑張って食べてくれた義父さん。後日、三日ほど胃薬を手放せなかったと聞いて、申し訳ないやら、ありがたいやら。
・・・わたし、レンの、類友だったって事?!
義父さんは、幾億の星を隔てた世界で、さっちゃんや義姉さんと暮らしている。だけども、今なら、きっと「旨いっ」って唸らせられるだろう。何を作ろうかな。
♪〜〜〜〜〜〜〜〜
ちょっと。わたしは、今、センチメンタルな気分に浸ってるの。それをぶち壊す、聞こえてはならない音が。
それは止めてって、散々お願いしたでしょ。
「起きたか」
んあ?
ここはどこ。わたしは誰。
って、ギャグやってる場合じゃない。
マジで、どこ?
「え? え〜と。あれ?」
顔を上げれば、そこには、ランプの光に照らされたウォーゼンさんの、どアップ顔。ひげは薄いらしい。
じゃなくて。
・・・・・・
もしかして、もしかしなくても。これって、この体勢って。
ウォーゼンさんに抱きかかえられている、よね?
自覚できるほどに、顔が、全身が熱くなる。
は、恥ずかしいぃ〜〜〜〜〜〜〜っ!
「落ち着いたようだな。水でも飲むか?」
声が、出ない。
落ち着いてなんかいない。パニック寸前だってば。だからといって、照れ隠しに抱きつくのは、わたしのキャラじゃないし、強引に振り解いたりしたら、ウォーゼンさんまで混乱する、気がする。
「ロナ殿?」
とにかく、可及的速やかに撤退。顔を隠すように、そーっと、ウォーゼンさんの膝から降りた。
「っ!」
降りようとした時、一瞬、ウォーゼンさんが顔をしかめた。
「え? 怪我してたの?」
「ま、ま。ロナ。腹、減ってないか? 糧食しかないけど」
「げ」
声を掛けてきたのは、マイトさんだ。つまり、一部始終を見られていた訳で。
「・・・とーちゃんの、えっち」
「誰がエッチだ!」
なんと、エッチの意味も通じるのか。
じゃなくて。
「あのー、ロナさん? これ、どうしましょう」
メヴィザさんも居たぁ! ・・・その後ろには。
「なんで、サイクロプスが、まだそこに居るの?」
「わたしが聞きたいですっ」
メヴィザさんは、半泣きだ。この人、わたしと会う度に泣いてない?
「まあまあ。ロナは、昼から何も食べていないんだ。腹ごしらえして、それからにしたほうがいいだろ?」
マイトさん、左遷されてもそつがない。関係ないか。とにかく、追求は後回しにしてくれるようだ。助かった。
「ありがと」
別けてもらった糧食と水を食べる。あらら、あっという間に食べてしまった。でも、気分は落ち着いた。
よし。気合いを入れ直して。
「もういいのか?」
・・・ユードリさんまでいた。声をかけられるまで、気付かなかった。わたしは、よっぽどテンパっていたらしい。不覚。
「あ、うん。ごちそうさま。それで、どうして、こうなったのかな?」
とは言え、聞くまでもない。なんとなく、記憶にはある。
周囲は、瓦礫づくし。砦の外壁は見当たらない。森の影が、月明かりに浮かんで見えている。
とうとう、やらかした。やってしまった。穴を掘って、埋まりたい。
「覚えてないのか?」
マイトさんが、ウォーゼンさんが着替えるのを手伝いながら、非難がましく聞いてきた。
「石を投げまくったのは覚えてるよ。でも、でもね。石壁まで壊すつもりは、これっぽっちも無かった」
責任追及は免れない。としても、不本意であったことは主張したい。全部、なにもかも、Gが悪い。
「ええ、まあ。そうでしょうねぇ」
あ、そうか。メヴィザさんは、間近でみてたもんね。
「自分の武器をねこばばされて、報復した、訳じゃないみたいだし」
「とーちゃん! それ、酷い!」
「ロナ殿をいじるなら、相応の覚悟をしておけよ。俺は、庇わんからな」
「ウォーゼンさんも、酷い」
二人とも、わたしを何だと思ってるんだ。
「英雄症候群の発症者を前に、いい度胸ですよね。流石、騎士団員」
ちょいと。ユードリさん?
「混ぜっ返すのも、そのくらいにしておこうぜ。お互い、聞きたいことがあるんだし」
言いだしっぺのくせに〜〜〜〜。
「そうだな。ロナ殿は、何が知りたいのだ?」
「え? あ、う〜ん。やっぱり。サイクロプスのことかな。なんで逃げてないんだろ。それと、ウォーゼンさんは、どこで怪我したの?」
魔獣とは言え、サイクロプスの気性は、臆病な部類に入る。進んで人に近付くのは、スカのアリの巣を掘り当てて腹を立てた時ぐらいのはずだ。
暴れる様子がないので、放置していたみたいだけど。ああ、下手に興奮させて、近くに居るわたしが襲われるのを危惧したのか。
「サイクロプスは、ロナさんの石投げに怯えたらしくて。でも、どういう訳か逃げずにいるんです」
「ロナが怖すぎて、離れるのも怖いんじゃないのか?」
絶賛困惑中のメヴィザさんに、マイトさんが補足を入れる。
こくこくこく
一つしかない目に、涙を浮かべてうなずくサイクロプス。
いやあのね? メヴィザさんの後ろに隠れているつもり、なんだろうけどね。あーほら、抱き込んだりしたら、メヴィザさん、困ってるってば。
「ごめん。不意打ちされて、自制が利かなかったんだ」
日本家屋に於ける恐怖の象徴。憎っくき害虫の代表格。予め予測できれば、ハエタタキでも殺虫剤でも用意しておいたものを。
まさか、この世界にも生息していたとは。不覚っ!
「不意打ちって、あの、茶色の虫ですか?」
不自由な体勢ながら、メヴィザさんが指でそいつの大きさを示す。
バレた!
「あ、う。判った?」
「指差してましたし」
「容易く魔獣を狩るロナ殿にも、苦手なものはあったのだな」
ウォーゼンさんが苦笑している。って、ナニしてるの。
「なんだ? 見ても気持ちのいいものではないだろう」
マイトさんが、裸のウォーゼンさんをペタペタと触りまくっている。所によってはウォーゼンさんが顔を顰めている。血の匂いはしないが。
「もしかして、ボクの投げた石が当たった?」
「そうだったら、今、話も出来なかったと思うぞ」
「そうそう。石壁ですらこの有様なんだし」
・・・大いに納得。
では、どこで負傷した?
「ロナさんがしがみ付いていた所為ですよ。・・・多分」
メヴィザさんの推測を聞いて、再び、頬が上気する。
「このくらいは怪我のうちにも入らん」
「やせ我慢は止めて」
折れてはいないようだけど、一本や二本ではなさそうな感じ。額には、ヤバい感じの脂汗を貼付けてるし。
わたしってば、何やったの。抱きついた、だけじゃなくて。・・・抱きついた?
あ、まさか。胴を絞り過ぎて、みしっとやっちゃったのか!
大至急治療したくても、ゲームでいうポーションに当たる薬は存在しない。少なくとも、わたしは見つける事は出来なかった。
そうだ。
「刀傷とか骨が飛び出すような大怪我を治す薬だったらあるよ」
「今の副団長も治せるのか?」
「いやだから。思い切ってざっくり切りつけて、塗り付ける」
「止めてくれ!」
「それはちょっと・・・」
「怪我治すのに、重症負わせてどうするんだ!」
昔、その方法でハンターを回復させた実績が、ある。他でもない、ガレンさん、なんだけど。
ちんたら背負われてチームの足が遅くなるよりは、と、仲間の見ている前で自分の足や腕に刃を突き立てたのだ。そりゃもう、びっくりたまげた。治癒時の強烈な刺激にも耐え抜いた。勇者と呼んでもおかしくはなかった。確か、チームメイトから「不屈」の二つ名を貰ったんじゃなかったっけ。
手っ取り早いことには違いない。そして、当時のわたしが推奨した治療方法でもない。ないったらない。
それはさておき。
「他は、痛み止めしかない。骨のヒビとか、ねんざを治す効果は無いけど」
「あるならあるって言ってくれればいいのに」
ブツブツ文句を言っているマイトさんに、痺れ蛾軟膏を手渡した。
「そう言えば。ロナ殿。肝心の弓はどうだったのだ?」
サイクロプスの手を退かせて、取り上げようとして、ヤツを見つけて。それから、どうしたんだっけ。
「ええと。石を投げている最中に蛇の一匹が、ロナさんに巻き付いて? 縛り上げて、わたしが痺れ玉を投げつけました。それから倒れた時に、そこで踊っている一匹が何か飲ませて、」
メヴィザさんの台詞をぶった切る。
「四葉!」
鼻歌をBGMにして、ひょこひょこ踊っていた四葉さんを睨みつけた。
「あれをどこで手に入れたの!」
「楽石」を回収しようと手間取っている隙に、四葉さんを掴み上げた。が、うなぎの如き動きでにゅるにゅると動き回る。この、逃げるなっ。
「あ」
とうとう、わたしの手から滑り落ちた。しかし、そこには「朝顔」が。
しびびびびびびっ
放電する「朝顔」を間近でみたマイトさんとユードリさんが、顔を引きつらせている。
「ロナ殿っ。早く助けやらないのか?! ったたた」
ウォーゼンさんが慌ててどうする。急に動いたら、肋骨に響くでしょ。
「ちょっとぐらいなら平気みたいだし」
四葉さんに飲まされたものは、あれだ。バッドの実を漬けた酒。それも、原液。
全部、双葉さんから取り上げて「山梔子」に仕舞ったはずなのに。
なんで、四葉さんが持ってたの。それに、なんで、わたしに飲ませた!
三葉さんが、わたしの腕によじ上ってきた。四葉さんの取りなしのつもりなのか、山羊の毛糸で作った編みぐるみを差し出す。三頭身のドラゴンぬいぐるみ。いつの間に、こんな物を作ったんだか。モデルは、わたし、だろうなぁ。あら、ふかふか。
「副団長殿以外の怪我人はいません。それに、あのまま暴れていたら、そちらの、今、ロナさんに引っ付いている蛇が、こう、バラバラにされていたかもしれませんっ」
メヴィザさんも、四葉さんの擁護に回った。いや、「朝顔」の放電を見てしまったサイクロプスに、またも絞られている。
狂乱状態だったわたしを取り押さえるなら、二人では、すぐに限界が来ただろう。メヴィザさんの言い分は納得できる。
そこまで言われたら、仕方ない。
サイクロプスの怯えっぷりに、怒りが萎えたからではない。ないったらない。
「後で、持ち物チェックするからね」
「朝顔」を取り上げて、落ちていたウェストポーチに仕舞う。四葉さんは、ふらふらと動き出した。
「ええと、お訊きしてもいいですか? ロナさんを気絶させた薬、は、どんなものなのですか?」
「飲んでみたら?」
拾い上げた瓶の中身は、まだ少し残っていた。不意打ちで、これだけの量を飲まされたら、卒倒するに決まってる。一口位なら、悶絶、で済む、だろう。多分。
「ご遠慮いたします!」
メヴィザさんは、即座に引き下がった。でもねぇ。あ、ちょうどいいじゃん。
「ん? なんだ・・・。ロナ殿。待ってくれ!」
「ゆっくり休めるよ〜♪」
薬も塗り終わり、服を身に付けたウォーゼンさんが、尻を地面につけたまま、後ずさりしている。
「論より証拠!」
頭を抱え込み、強引に薬瓶を口にねじ込んだ。
「!」
マイトさんは、白目を剥いて、ひっくり返った。
羞恥プレイ。どうでしょう。




