天敵
「それから、どうなった」
「どうもこうも。石つぶてに土塁を削られては補強し、の繰り返しで。でも、ロナさんの同行者の協力で、取り押さえた所に痺れ玉を嗅がせることができました」
そう言って、また水を飲む。
「思いっきり省略したな」
「してませんよ。いつ自分が叩き潰されるか、気が気じゃありませんでしたし。ええと、無我夢中?」
黒い顔の中で、血走った目だけが目立っている。
「ロナが動けるようになったら、また暴れるんじゃないか?」
マイトが、背後を警戒している。
「それは、多分、大丈夫、かと・・・」
メヴィザの顔が、更に黒くなった。冷や汗をかいているらしい。視線も定まらない。
「どういうことだ? もしや、ロナ殿に無体を働いてはいないだろうな」
思わず、メヴィザの胸ぐらを摑み取った。
「しししししてません! したのは緑色の蛇ですって!」
「副団長も落ち着いて!」
「メヴィザ殿。どういうことだ?」
フォコの催促に、早口で答える。
「蛇は、二匹いて。片方が、ロナさんに巻き付いて拘束したんです。そのままだと、彼が引き千切ぎられそうだったので、ロナさんに痺れ玉を使ったんですけど。ロナさんが動かなくなった後、もう片方が、どうやってかロナさんに何か飲ませました。そうしたら、気絶した、ようなんです」
「「「早く言え!」」」
メヴィザを放り投げた。
「あの。サイクロプスは、もう麻痺から回復してますよ」
ぴたり。
俺も含めて駆け出そうとしていた三人が、そのままのポーズで硬直した。してしまった。
「め〜ゔぃ〜ざぁ〜〜〜」
「刺激するな、するなよ?」
「どちらかと言えば、ロナさんに怯えてました」
「「「・・・」」」
俺達の視線の先には、魔獣が二頭。方や、以前からの從魔であるムラクモ殿。方や、ロナ殿の言を借りれば、「巻き込まれた」サイクロプス。
じーっと、ロナ殿を見ている。
・・・とにかく、放置はできない。
「大体は、理解した。メヴィザ。帰国後、詳しい報告書を出してくれ。ベルケは、双方怪我人等の被害を取りまとめろ。帰還の手配も頼む。
俺は、ロナ殿を拾ってくる。ユードリ、同行してくれ」
矢継ぎ早に指示を出した。団員達も、体を動かせば、先ほどまでの状況を忘れられる。忘れていられる、だろう。たぶん。
「ぅあの。ウォーゼン殿。我々は、どうすれば」
忘れていた。ダグのマッパ殿も同席していたのだった。
しかし、俺には彼らへの指揮権はない。どうすれば、と訊かれても困る。とりあえず、口止めだけはしておかなくては。
「どうか、当分の間、詳細は内密に願いたい」
「ですが。曲がりなりにも、砦と名のつく建造物が、あれよという間に崩壊したとなれば」
砦長として、ある程度、責任追求されるのは間違いない。
だが、そもそもは、こんな場所に砦を建てたダグ騎士団の判断がまずかった為だ。こちらに文句を言われる筋合いは無い。
「サイクロプスによって打ち壊された、と報告すればよろしかろう」
壁の一部は、紛れもなくサイクロプスによるものだしな。全壊させたのは、ロナ殿だが。
「あ〜、ぶ、部下達も一部始終を目撃しておりますし。いかに命令しても、噂を止める事は難しいかと」
なんだ? 口止め料でも欲しいのか、あけすけな物言いに呆れてしまう。糧食を提供したのは失敗だったか。
「それこそ口外厳禁なのだが、他ならぬマッパ殿にはお教えしよう。彼女は、つい最近、まさしく、この場所で。「英雄症候群」の発作を起こしている。その折、特殊な弓を紛失したそうだ」
「ですから「あれ」は! 聖者様の遺品だと!」
「彼女が向かった直後、雷撃が止まった事は、どう説明されるのか?」
「ぐっ! そ、それはっ」
「先ほどのメヴィザ魔術師の報告によれば、現場で少々ショックな事があって「再発」したと思われる。それが、砦の崩壊と関係があるかどうかは、これからの調査次第。にしてもらいたい」
ロナ殿の仕出かしたことを誤摩化せるよう、少しでも、時間稼ぎをしたくて、調査、と口にしたが。・・・無理か。
砦が崩れ落ちる瞬間を、この場に居る全員が目撃しているのだから。
「さもなくば、マッパ殿。「それ」が聖者様の遺品であると、彼女に、直接、主張されればよろしかろう。たまたま、同行させただけの我々には、彼女を説得する義務はないのでな」
「 !!!!!! 」
真っ赤になっている。
「彼女が目を覚ますまでに、よく考えておかれよ。フォコ、マッパ殿に付いていてくれ」
「了解」
くだらない保身よりは、ロナ殿の安全の方が大事だ。
歯ぎしりしている砦長は放置して、石塔があったとおぼしき地点に向かう。
サイクロプス侵入直後に雷撃で壊されたという小屋の残骸は、石つぶてに曝されて、ただの木屑に成り果てている。そして、砦たらしめていた石垣は、どれも、基礎部分を打ち抜かれた為に崩落した、様に見受けられる。
「英雄症候群」だとしても、サイクロプス並みの破壊力、とは。・・・暴れるにしても、程があるだろう。
「副団長殿? 砦の壊れっぷり。どうギルドに報告したら」
爆心地に近付くにつれて、ユードリも動揺し始めている。無理もないが。
「見たままを告げるしかない、だろう」
「・・・」
「サイクロプスが不穏な動きをしそうだったら、教えてくれ」
「は、はい」
気をつけるべきは、廃墟の惨状よりも、今、生きている者達だ。気を抜かないようにしなくては。
サイクロプスを興奮させないよう、ゆっくりと近付いた。
「ムラクモ殿。ロナ殿の様子は?」
ぶふーーーーーっ
長々と息を吐く賢馬殿。
「心配、か」
ぶふん
呆れてもいるのだろう。時折、周囲を見回しては、また、長い息を吐いている。
「しかし。これは、目立ち過ぎ、だと思う」
ぶふーーーーーーぅ
釣られて、俺までため息をついてしまった。
今回の作戦には人員外で参加、というか飛び入りしていたマイトは、他の団員達そっちのけで、俺に付いてきた。許可した俺も俺だが。
人を増やして、サイクロプスを刺激したくはない。・・・とは言うものの、件の魔獣は妙に大人しい。電撃に曝され続けて、具合が悪くなったのか?
「で? この、足元の、緑色の?」
「うわ。二匹もいたのか」
「知っているのか?」
「え? あ、はい。離宮でブランデ先輩と調書を作ってる時に紹介してもらいました。でも、あの時は、助手、としか言ってなかったし」
「そうか」
蛇というには細すぎる助手達は、取っ組み合いの喧嘩、をしているらしい。しっぽだか頭だかをぶつけ合ったかと思うと、くんずほずれずの掴み合いとなり、間合いを取って睨み合う。
ロナ殿はと言えば。
「気絶、してるな」
「してますね」
気を失っている、というよりは悶絶している? 口も目も半開きにしている。息は、しているようだ。指先が痙攣している。
「助手の片割れが、そこに転がっている瓶。その中身を、一気に注いでました」
メヴィザも戻ってきていた。
「休んでいていいんだぞ?」
「あ、ありがとうございます。でも、ロナさんの事が、気になって気になって」
時折顔をこするものだから、メヴィザの黒い顔がますます黒くなっている。
問題の弓は、ロナ殿の体の下にあった。
「弓、に指先が触れただけで、どうにもこうにも動けなくなりそうで、・・・」
「それで、ロナ殿を放置して、いや、せざるを得なかった。と」
「はい」
「せめて、頭の向き位は直してやってもいいじゃないか。苦しそうだ」
マイトが、慎重に体の向きを整えている。
「あっつ。本当だ。ほんの少しかすめただけなのに、ビリッて来た」
「うわっ。近寄らないでくださいっ」
どういうつもりなのか、未だにサイクロプスは立ち去ろうとしない。それどころか、メヴィザの背後に回ってきた。
「わたし、攻撃してませんよね? ね? 副団長、ウォーゼンさん! 助けて!」
長い舌を出して、首を絞めるのか。と危惧した。が、こちらの思惑はおかまい無しに、メヴィザの顔を舐め始める。瞬く間に、砂粒一つない状態に拭き上げ(舐め尽く)された。
「従魔でもないのに、人に触れてくるとは」
ユードリが、腰の剣から手を放す。
「・・・襲うつもり、は、ない、ようですけど。って、賢馬殿まで?!」
メヴィザの頭に、大きな頭を、そして唇を寄せてきた。
「髪が、わたしの髪がぁ〜〜〜」
もしゃられている。
「・・・労っている、というか、慰めているように見えるのは、俺だけ、ですか?」
ユードリの感想も、あながち的外れではなさそうだ。
「ロナの暴れっぷりが、よっぽど怖かった、とか?」
マイトの台詞を、聞き分けたらしい。
こちらを見るサイクロプスの大きな目には、うっすらと涙が浮かんでいた。実際、メヴィザの体をロナ殿の盾にする位置に座り込んでいる。
「・・・そうか」
としか、言い様がない。
「う、ううっ」
「ロナ?」
枕代わりにしていたマイトの膝の上で、小さく身じろぎした。脇にひざまずき、小さく声を掛ける。
「気が付いたか? 気分はどうだ」
「あ? あ、あ!」
「お、おい!」
跳ね起きた、と思ったら、なんと、俺に抱きついてきた。
「えっ、うぉーぜん、ざんっ! こわ、がっだっ! っえーーーーんっ!」
軽く背中を叩いて、落ち着かせようとする。が、駄目だ。泣き止まない。
「なんで俺じゃないんだ」
マイト。減俸だ。
「いやそれより。ロナ殿。少し、苦しい、のだが?」
首に手を回しているだけでなく、俺の腰に足を絡ませている。腹から、何か、絞り出されてくるようで。
「いやいやいやーーーっ。もう帰る。帰るったら帰るーーーっ!」
「わかった。帰ろう、帰ろうな」
かなり、息が苦しい。それでも、辛抱強く、肩や頭を撫で続けるうちに、力が緩んできた。
弱々しい嗚咽となり、やがて、寝てしまった。
抱きかかえている体は、本当に小さくて。
「漸く、落ち着いたみたいですね」
「でも、副団長。顔色、悪くないですか?」
「この格好が奥さんにばれると、まずいことになるとか」
マイト、さらに減俸だ。
「そうではない。肋が二、三本いったらしい」
「「「え?!」」」
砦をたたき壊す勢いで、絞め殺されなかっただけ、まし、なのだろう。
「手当! 手当てしましょう」
「ロナ? こっちこいよ」
マイトが、ロナ殿の腕を取ろうとした。が。
ぎゅぅ〜〜〜〜〜〜
「や、止め」
「マイトさん! ロナさんの足が副団長の胴を締め上げてますっ」
「え、あ! ロナ、ヤバいって!」
「まいと、その、手を、はなせ」
「あ、はいっ」
やっと、足を緩めてくれた。
「はぁ〜〜。焦ったぜ」
「す、すみません。動けなくて」
「いや。無理でしょ」
ユードリの指摘は正しい。
ロナ殿が、無意識にも俺にしがみついてきたのを見たサイクロプスは、今度はメヴィザを抱え込こんでしまった。その上、大きな体を丸めて、ブルブルと震えている。
あの爪を押しのけて、自由の身になれるのは、それこそロナ殿位、だろう。
「副団長殿が宥めてくれたから、もう、怖くないでしょう? 放して、もらえませんか?」
いやいやいや
メヴィザの懇願を、きっぱりすっぱり拒否したサイクロプス。
「マイト。ベルケに伝言を頼む。帰国までの指揮を執れと」
「は。・・・えええっ?」
「俺のこの状態では、緊急時に対応できん。サイクロプスは、・・・メヴィザに一存するしか無いようだし」
「そんなっ」
メヴィザの悲鳴は無視する。
「お互い、抱きつかれる以外、何が出来る?」
「「・・・」」
「明朝には帰国する」
ロナ殿も、この有様だ。引き上げるしかないだろう。
「待っていただきたいっ! 「聖者様の遺品」はどうなさるおつもりですかっ」
マッパ殿が、俺達の後を付けていた。
「「「声が大きい!」」」
俺の首は絞まるし、メヴィザの胴も生き別れ寸前だ。本当に、文字通り、身動きが取れない。
「マッパ殿。一晩あれば、彼女も落ち着くだろう。明朝まで、猶予を頂きたい」
辛うじて声を出すことは出来た。ロナ殿。落ち着け。
ぶふーーーーっ
「ひっ!」
マッパ殿の背後に立つムラクモ殿が、彼の首筋に荒い鼻息を吹きかけた。更には、滅多に見せない角を出し、マッパ殿の背中を突ついている。
「・・・明朝、までですぞ」
若干、声が震えていた。ゆっくりと歩き出し、そこそこ離れた所で走り出した。あ、瓦礫に足を取られて転んだようだ。今度こそ、自陣に帰るだろう。フォコ、もう連れてくるなよ。
「ムラクモ殿。ありがとう」
ぶふっ
「サイクロプスが暴れる様子もないですし。俺、毛布とか糧食を取ってきます」
「ユードリ、すまない」
「いえ。他のメンバーに軽く報告もしておきたいので」
「そうか」
「なんかあった時の為に、俺が残る。俺の飯も頼めるか?」
「えーと、マイトさん、でしたね。判りました。後をよろしく」
「おい。マイト。ベルケへの伝言はどうする気だ」
「フォコ。頼むな」
「は? あ、俺、ですか? 何を」
「副団長は負傷した為、帰還の指揮を任せる。以上」
「マイトが行け」
「やです。副団長もロナも放っておけません」
「あ、あの。わたしは?」
「ついでにメヴィザさんも観とくから」
「おまけですか? わたし、おまけなんですか?!」
「大声を出すな。ロナ殿も、そこの、サイクロプスも・・・」
メヴィザは、巨大な前脚に抱え込まれてしまい、顔が見えない。息をしているのかどうかも判らない。
ついでに、俺も、気が遠く、なりそうだ。
「・・・了解。行ってきます」
フォコが立ち去る足音を聞きながら、空を見上げた。
もうじき、日が暮れる。
なんというか、濃い一日だった。
だが、眠れない、だろうな。
三人称が、書けません。




