物騒な落とし物
「もう一度、言ってくれ」
ウォーゼンさんが、困惑顔で催促した。
「繰り返しますっ。サイクロプスは、ずーっと雷光にまとわりつかれています。そして、動きません!」
「「「「・・・」」」」
気を取り直したウォーゼンさんが、現状の確認を取ろうとする。
「・・・内部の配置はどうなっていた?」
斥候から戻ってきたもう一人の団員さんが、足元にラフ図を描いてるようだ。
「ほぼ円形の砦の中心にあった石塚は、サイクロプスの一撃を受けて全壊。しかし、直後、サイクロプスは昏倒し、以降の動きは全く無し。昏倒と同時に石塚跡から雷撃が飛んでくるようになり、駐留していた兵士達は、全員石垣の上か、砦の外に退避せざるを得なくなった。
とのことです。
なお、宿舎としてつかっていた小屋も、ぼろぼろに崩れ落ちていました。雷撃を受けて破壊されたそうです」
「あの。十数人の、魔術師団員が、術具を使って、やっている、のではなくて?」
メヴィザさんが、恐る恐る質問した。
「違います。当時も今も、魔術師は派遣されていないとのこと。
それにしても、あれ、魔術、なのでしょうか? なんといいますか、雷撃、と言っていいのか、サイクロプスの毛先から青白い光が四方八方にぶっ飛んでいる、ように見えました。雷撃を使う変異種だったとして、ぴくりとも動かないのはおかしいですよね」
団員さんの口調が、どんどん崩れていく。要点を押さえた報告は、判り易い。けど、内容が、言っている本人でも半信半疑らしい。
砦から、五十メルテほど離れた場所に、連れてきた馬達がいる。そして、ムラクモも馬達に混ざっている。というか、睨みを利かせて逃げ出さないように見張ってくれている。
逃げ出したくなるのも無理はない。石壁越しとはいえ、ぱりぱりと電気の弾ける音がしているんだから。一方、ムラクモのプレッシャーも半端ない。馬達は、気の毒、としか言い様がない。
知ってか知らずか、怯える馬達の世話をしている兵士さん達。彼らも馬の逃亡阻止のために居るのだろう。しかし、ムラクモは、ある意味平等に威圧を続ける。きっと、絆が深まることだろう。災い転じて福と成す。違うか。
それはさておき。
あまりに可哀想なので、ムラクモの気をそらす意味で、わたしも馬群に混ざっていた。そこで、ウォーゼンさん達の会話は聞いていた。街の中じゃないから、聴力全開にしていて、たまたま、たまたま耳に届いただけだもん。盗み聞きではない。ないったらない。
「駐留していたのは、ダグ騎士団から派遣されていた兵士です。いかに聖者様の遺品とは言え、この有様では、回収もままならない。ということで、撤退もできず、ここに残っている、と言ってました」
「簡易通信具は置いてないのか? 本国からの指示を受けていないのか?」
ウォーゼンさんの言う簡易通信具とは、以前、アルファ砦とローデンの間で連絡を取っていたという、新しい魔道具のことだろう。
「それが・・・。サイクロプスの報告を送った直後に、例の電撃の直撃を受けて、木っ端微塵、になったそうです。気力の残っている兵士を伝令に出したそうですが、返事がまだ届かなくて。それと、砦には人数分の馬がいたそうですが、門戸を蹴破って逃げ出し、捕まえられなかったため、徒歩で向かっているそうです」
ものすごく言いにくそうに、それでも報告する団員さん。というか、備品の破損とかは軍事情報、じゃないのかな。他国の兵士に、ほいほい教えていい物なの?
「・・・そうか」
ウォーゼンさんも、複雑な顔をしている。
「更に。手近な装備だけを持って宿舎を逃げ出した、とのことで、ろくな食事も取っていないと、泣きつかれました」
「それを早く言え! 予備の糧食を渡してやれ。昨日のアレはどうした」
「ハンターの一人が氷魔術の使い手で、ほぼ獲れたての状態のはずです」
「彼に事情を話して、提出するように言ってくれ。補償は後日騎士団が補完するとも。・・・どうした?」
「あう。いえ。その」
しどろもどろになる挙動不振な兵士さん。
「さっさと行ってこい!」
「はっ!」
きっと、自分の食べる分が減るのを心配したんだろう。こんな時に食い意地張ってどうするんだ。やっぱり、躾がなってない。
「副団長! ダグの避難民、じゃなかった兵士達を誘導してきました」
・・・正直すぎるにもほどがある。とはいえ、数人は足下がおぼつかない。
「周囲の警戒は? 他のサイクロプスが来るかもしれないからな」
「我々が引き継ぎました」
「よくやった。交代用の班編成を整えておくように」
「了解です!」
ハンターさん達は、別口で待機するようだ。攻撃の要、ということらしい。
「当砦の責任者、マッパであります」
ぶーーーーっ。すごい名前。
そぉっと窺ってみると、ひょろひょろの小柄なおじさんだった。名前負けしてるじゃん。
「この度の迅速な対応には感服するばかりであります。さすが、聖者様を擁する都市の騎士団にふさわしい」
「それより。現状と今後の方針に付いて打ち合わせしたい。失礼した。俺は、ローデン騎士団副団長のウォーゼンという」
ローデン騎士団のナンバーツーが現場に出てきたというので、驚愕したようだ。マッパさんのおべっかもどきが、ぴたりと止まった。
「なあ。ロナは、なんで参加してるんだ?」
一応、員数外メンバーにされてしまったマイトさんが、わたしに質問してきた。
「そうだな。理由を教えてもらってもいいか?」
フォコさんも、わたしから離れようとしない。
「二人とも。騎士団の仕事は放っておいていいの?」
「俺は、副団長から許可を貰ったもんね。というか、ロナにくっ付いていろって、命令された」
胸を張った、と思ったら、しょぼくれた。
「変な報告したら、お土産あげないからね」
「あるのか! じゃなくて!」
食いしん坊を釣るのは簡単だ。
「俺は、先輩の見張り。副団長の命令、とメヴィザ殿の「依頼」なんだ」
「人ではいくらあっても足りない状況で、そんなこと認めてる場合じゃない、と思う」
「「ロナ殿から目を離したら、何を仕出かすか判らん!」って、副団長が」
「俺も、そう言われた。でもって、何が何でも阻止しろって」
阻止、って、何。
「あ。昨日、焼き損ねたやつ。メヴィザが確保してる。期待してもいいよな?」
「先輩〜。抜け駆けはさせませんから」
睨み合う男二人。しかし、内容が情けない。それに、ダグの人達に譲るって、ウォーゼンさんが言ってたし。無駄な期待に終わるだけだ。御愁傷様。
「ボクが大人しくしとけばいいんでしょ? 見張りとか、怪我人の世話とか、やることいっぱいあるじゃん」
「そう言うのは、誰でも出来るって」
「ロナ殿は、頼むから、頼むから! 俺達の目の前に居てくれ」
しょうがないな。さっさと終わらせてこよう。
「あっ!」
「だからそれは駄目だって!」
『音入』を取り出して、スタンバイ。
「様子見てくるだけ〜」
「いけませーーーーん!」
え?
体力の乏しい『はず』のメヴィザさんが、猛突進してきた。いつ気が付いたんだ?
「没収!」
わたしがあっけにとられている隙に、術杖を奪い取り、諸共に地面にダイブ・イン。おい。
「メヴィザ殿!」
「ちょっと、ロナ! 踏むな、頭、踏んじゃ駄目だって!」
「踏んでるんじゃなくて、蹴ってますっ。あーっ。飛び跳ねるなっ」
「泥棒には、お仕置きが必要だもん! 返せっ」
フォコさんとマイトさんに両腕を掴まれて、持ち上げられてしまった。放せーっ。
「むーふーふー。わたしには、土魔術があるのですよ。窒息なんかしません」
地面の下から、くぐもった声が聞こえる。無駄に腕を上げたようだ。ちぇっ。
「でもって、・・・あれ?」
「どうしたんだ?」
「マジックバッグに仕舞おうとしているんですが。入らない」
あれ?
「ボク、自分のバッグから出したけど?」
「おかしいですね。満杯、でもないですし」
むくりと顔を上げて、片手にバッグ、片手に術杖を握り、ごそごそと作業するメヴィザさん。
「って、これ、どれだけ魔法陣を重ね書きしてあるんですか。よく暴発しませんね。多分、その所為ですよ。・・・ちっ」
最後の舌打ちは、何。
アルファ砦でも、目玉が飛び出るような勢いで、いじり倒してたし。自分のマジックバッグに放り込んで、ねこばばする気だったようだ。
もう少し、念入りに踏んでおけばよかった。
「試作中は、すごかった。ばんばん吹き飛んだ」
文字通りの、苦労の結晶。
「・・・そうでしょうとも」
「あ〜、和やかになったところで、ちょっといいか?」
この会話の、どこが和やかなんだ。
「とーちゃん、どうかした?」
「ああ、メヴィザにな。ロナの術杖、だっけ、取り上げた理由、をだな」
「これ、姿をくらますやつ、だよな?」
フォコさんも、不思議顔。
「だからですよ。隠れて、どこに行くつもりだったんですか?」
メヴィザさんが、土まみれの顔で目一杯真面目に聞いてきた。
「忘れ物、じゃないな、落とし物を捜しに行こうと思って」
「「俺達を置いて行くつもりだったのか!」」
いくらイケメンでも、怒鳴り顔を愛でる趣味はない。
「五歳の子供じゃないんだから。って、げっ」
ムラクモ様は、お怒りのご様子。首根っこを銜えるのがデフォルト、となってしまったらしい。ぷらーり。
「ほーら。賢馬殿も気に入らないってさ」
マイトさんも、プンスカしている。
「わざわざ術杖を使わなくても、この二人を連れて行けば安全ですよ?」
メヴィザさんは、手渡した手ぬぐいで顔を拭きながら、改めて質問してきた。
「この術杖。魔術物理防御も兼ねてるんだ。で、」
あぎゃぎゃっ。ムラクモ、振り回さないでっ。「駄目だ」って言ってるのは判ったから、判ったってばっ。
「・・・つまり。あの中、へ?」
メヴィザさんの目も、つり上がった。
「だって、砦の外では見つからなかったんだもん」
「何が」
「だから、落とし物ぉっ!」
ムラクモ〜、勘弁してよ。
本体に戻れば、あの程度の雷は痛くも痒くもない。
しかし、結界無しに今の砦に突入するのは、人型では無理だ。でも、ムラクモと一緒に向かったとしても、その馬体が見えなくなれば、大騒ぎになるし。という訳で、ここは、小柄なわたしの隠密行動に任せてもらいたい。
・・・小柄。くすん。
小砦の中で猛威を振るっているのは、間違いなく「朝顔」だろう。サイクロプスが触りっぱなしなので、電撃が止まらない。電撃が止まらないから、サイクロプスは麻痺したまま動けない。無限ループ状態だ。
無理矢理にでも取り上げないと、いつまでたっても近寄れない。
あれは、死んだ動植物や無機物には反応しない。つまり、サイクロプスはまだ生きている。
ふむ。継続時間の確認テストに使わせてもらう手もあるか。
「ロナ殿? なにか、物騒なこと、考えてないか?」
「心当たりがあるようですね。一切合切、もれなく吐いてもらいましょうか」
むー。
「その杖。確か、ロナの師匠さんが作った結界を張る魔道具、だったよな」
「術具、ではなくて魔道具だったのですか?!」
メヴィザさん、それは聞いてなかったのか。
「五、六年前か。離宮襲撃ん時と、ヘンメル殿下の誕生式の時に、姫さんが使って」
「あ!」
「レオーネ様の剣術の腕前、だけではなかったのか!」
こっちは、フォコさん。
「ちなみに。火山調査の途中で脱走した時も使ってた。だから、アルファ砦で取り上げた」
「まあ。これは元々ロナの物だから、それはいい。問題ない。でもな。ここで使うとなれば話は別だっ」
マイトさんまで、吊るし上げに加わってきた。掌に打ち付けて、どうするつもりなんだ。まあ、ロックアントで補強しまくってるから、十分凶器として使えるけど。
「だーかーらーっ。雷避けに使おうと」
「面白そうな話をしてるじゃないか」
ムラクモの体を盾に、接近する気配を読ませなかったとは。ウォーゼンさん、腕を上げたね。
じゃなくて。
「あ、あれは! 聖者様の遺品ですぞ!」
マッパさんも、くっ付いてきていた。
「それ。誰が証明したの?」
「!!!!!」
マッパさんが真っ赤になった。イマイチ、ゴロが良くないな。
「ボクの弓かどうか、見せてくれてもいいじゃん」
「弓ーーぃっ! 小僧、どこでその話を聞いた!」
マッパさんは赤鬼になった。甲高い声は、小人みたいだけど。
「一年半ぐらい前に、この辺で弓を落としちゃったんだ。ボクは、それを探しに来ただけ」
「砦長殿。声が大きい」
聖者様の遺品がらみの話は、ローデンの住人にとってもデリケートな部位に入る。滅多な噂にならないよう、情報開示には神経質になっている、と聞いたような。
でも、安心していいよ。こっそり【遮音】の術杖を取り出しておいたから。
「メヴィザ殿。【遮音】を!」
フォコさんも、慌てて結界を促す。遅いって。
「あ! はい。・・・あれ? え?」
「メヴィザ殿、どうした?」
ウォーゼンさんが、困惑顔の魔術師さんに声を掛ける。
「ここにいるメンバーで、わたし以外に魔術師、っていますか?」
きょろきょろする一同。しかし、馬に混ざって、重要会議。・・・いいかもしんない。
「・・・ロナ、殿?」
ウォーゼンさんの重低音が結界内に響く。
「は〜い。新作だよ〜。【遮音】の魔道具♪ あ、そうそう。ペルラさん達にはお披露目したから、詳しくはあっちに訊いてね」
一見すれば、メヴィザさんに取り上げられた『音入』そっくりの術杖。でも、表面の装飾が違うのだ。えっへん。美的センスは、・・・訊かないで。
マイトさんも、食堂で見てるよね。
「ロナさーーーんっ! だからですね? 結界ってのはデスネ?」
いきなりメヴィザさんが壊れた。奪った術杖を握った手を振り回して、踊っている。四葉さん、音楽付けてみない?
「ボク、魔術が使えないでしょ? 師匠が手を替え品を替え」
「今までそんな魔道具が作られたことはないんですっ」
「アルファ砦があるじゃん」
「あれはっ」
メヴィザさんが言い淀んだ。実際、結界の維持に魔石を使っている訳だから、定義として魔道具と言っても間違いではない。
「一つでも成功例があるんだし」
「結界の規模が違うだろうがっ」
フォコさんまで。
「だって、師匠の術杖、再現できなかったんだもん。もっと簡単な魔法陣を使えば、できるかなーって、やってみたら、できた」
本当は、逆。
自作の術式はわりと手間なく魔道具に出来たけど、例の魔法陣辞典に載ってるやつらは、手強かった。ということで、「結界」に拘らず、手当り次第に挑戦している。成功例は、・・・まだ、数えるほどしかない。くそう。
「できた、出来たって、そんな、あっさり」
メヴィザさんは、乾涸びワカメさん、と呼んであげたい。
「あっさりでもないよ? 吹っ飛ばされた回数は両手の指より多かったし」
いや、足の指を足してもまだ足りない。図案の単純な魔法陣の方が、失敗率も被害規模も大きかった。マッチ代わりの魔道具開発の最中に大爆発を繰り返すとは、理不尽極まりない。
「〜〜〜。砦長殿。ここで見聞きしたことは、呉々も内密にしてもらいたい!」
「あ。ですが、我々にも報告義務、というものがありまして」
「後日、ローデン王宮からダグ王宮に事情を説明してもらう。せめて、その連絡を待ってからにして欲しい」
ウォーゼンさんが、顔中に汗をかきながら、マッパさんに懇願している。
「何か、事情がお有りのようで。・・・判りました。王宮の指示があるまでは、上司への報告提出を引き延ばしましょう。
それにしても。居るところには、居るんですな。天才、奇才と云う者は」
「あ〜、彼女は」
「彼女?!」
「ナーナシロナ殿は、まごうことなく、女性だ。それも、二十は越えている、はずっ」
「女性の歳を、よく知りもしない人にぺらぺらしゃべるんじゃないっ」
ウォーゼンさんは、尻を抱えて跳ね回っている。だって、ムラクモがまだ下ろしてくれないし、ウォーゼンさんはわたしに背を向けたままだし。蹴り着ける位置が高くなったのは、仕方が無いの。諦めて。
それにしても、ローデン騎士団。トップからして、躾がなってないっ。
「ロナってば、副団長殿にも手加減無し、なのか」
マイトさんのつぶやきを耳にした。
「え? 加減してるじゃん。あそこは狙ってないし」
「「「するなあっ!」」」
この一件以降、ローデンの騎士団と魔術師団は仲が良くなりましたとさ。
めでたし、めでたし。
「朝顔」は、いつまで待たされるんでしょう。待ちくたびれたイライラエネルギーが電力源、だったりして。




