一大事、のはずなのに
ハミも鞍も鐙も。全部揃ってる。
「・・・ムラクモ、殿?」
あまりの気合いの入り様に、集合していた騎士団員達だけでなく、ウォーゼンさんまで腰が引けている。
「う。ご用は、何、かな?」
賢者様じゃないからね。違う振りをするんだからね? そこんとこ、ヨロシク!
ぷすぷすと鼻を鳴らしてはいたが、なんとか見て見ぬ振りはしてもらえそうだ。でもでも。ものすっごく、不機嫌そう。あとでブラシかけようね、ね? だめ? ・・・あ、そう。
そして、顎をしゃくって、鞍に付けてあった袋を示す。
いきなり傲岸不遜に振る舞うのね。いいけどさ。
「これ? 開けて見るの?」
ぶるる。
鞍から外して、地面に置いて、中に手をやれば。
「あ、あ〜」
「どうした、ロナ殿」
「もしかしたら、とは思ったけど。外れていて欲しかったけど! ・・・アンゼリカさんからだ」
びしっ。
ウォーゼンさんの表情も凍り付いた。
どうやって手に入れたのか、ロックアントの保存容器が二つ。そして、手紙が一通。
読まなきゃ、駄目、なんだろうなぁ。
『ななちゃんへ
無茶は、だめよ?
アンゼリカ』
丁寧に綴られた文字の一つ一つに、怒りの微笑みが籠められている。そんな気がする。
わたしが、巻き込まれることを見越していた? 千里眼の更に上だ。
まさか、まーてんでグータラしているところまで見えているんじゃないだろうね?
「ろ、ロナ殿?」
地面に手をついてしまったわたしに、ウォーゼンさんが声をかけてきた。でも、もう一つ、確認、しておかないと。
「ねえ。もしかしなくても。アンゼリカさんの所に連れて帰ってこい、って、言われてきた。のかな?」
そおっと、顔を上げると、わたしから目を離さないまま、ムラクモの顔に一筋の汗。
アンゼリカさんの指令を無視すれば、ムラクモが、お仕置き、もとい八つ当たりされる。のは、間違いないようだ。
これは、あれだ。ステラさんをアルファ砦に届けたときも、アンゼリカさんの厳命を受けていたんだ。どうりで、銜えて放さなかったはずだよ。
・・・ムラクモ、苦労かけたねぇ。
ひん
「ええと。ウォーゼンさん、同行させてもらって、いいかな?」
「願ってもない。が、どういう風の吹き回しだ」
「犠牲者を増やさない為の、止むに止まれぬ選択」
ムラクモが空の鞍を背負って帰れば、宿の従業員さん達に、どんな二次被害が広がるか。ウォーゼンさんの威圧の比じゃ無い、と思う。
「そ、そうか。だが、ムラクモ殿に乗せてもらうとなると、・・・目立つのでは?」
「そうだよねぇ」
がすっ
わたしのつぶやきを聞いたとたんに、前脚で地面を蹴り飛ばすムラクモ。そして、わたしの襟首を銜えて持ち上げるムラクモ。何それ。逃がしてなるものか! なの?
乗るから、ちゃんと乗せてもらうから。
「・・・ボクに、拒否権は、ない、みたい」
わかればよろしい
何度も頭を上下に振るムラクモ。あああ。ぶら下げたまま首振らないでってば。
首、絞まる。絞まってますって。
「ま、まあ。妃殿下も乗せて頂いたこともあるし。問題はない、だろう」
ウォーゼンさん。フォロー、ヨロシク。
目立たずに、というのは、しょっぱなから無理だった。
ムラクモってば、先頭に立って走ってくんだもん。当然、後続の騎馬隊ご一同様からは丸見えになる訳で。
「すげえな、あの子」
「賢馬殿が背中を許すなんて」
「聖者様の隠し子か何かなのかな?」
背後からは、団員さん達のコメントが続々と届いております・・・。
「無責任な噂を流すなーーーーっ」
「落ち着け。唯の推測だ。それに、今は行軍中だぞ」
「そのさなかに、無駄話している方を叱ってよ!」
緊張感なさ過ぎ。
このメンツで、本当に大丈夫なのだろうか。めちゃくちゃ不安だ。
できるだけ街から離れたところで対処する方針なので、とにもかくにも移動速度優先。全員が騎乗している。サイクロプス対策に、長槍、大剣、大盾、重鎧などの武装を背負った馬達がいた。更に、交代用の馬を多数引き連れている。
準備万端、と言っていいだろう。
それにしても。お膳立てが団長さんで、現場での暴れん坊対応が副団長。役割が入れ替わっているような気がする。普通、逆じゃないの?
ムラクモが馬群の先頭に立った時点で、道が逸れたら指示を出せばいいかと思っていたが、その必要はなかった。先行していた徒歩(駆け足)のハンター達の痕跡を追っていたからだ。彼らはローデン西街門から小砦への最短コースを取っていたし、ムラクモは小砦の場所を知らないし、手っ取り早い方法ではあった。
そして、追いついたハンター達を拾い、予備の馬に乗せていく。
高速馬車で街道を移動し、現場に一番近い地点から森に突入する手もあったと思うんだけど。・・・脳筋?
「助かったぜ」
「あの野郎。一人で先走りやがって」
「無茶してないだろうな。手傷を負わせて、狂乱しているサイクロプスなんか相手にしたくないぞ」
拾い物さん達も、それなりに姦しい。
ムラクモの歩調につられて、ほんの少し行軍速度が上がっていたらしい。とうとう、馬乗りハンターさんにも追いついた。
「おーい。お仲間を連れてきたよー」
「え、ロナ? って、騎士団、もう来ちまったのかよ」
ロビーでの一幕で、顔と名前を覚えられてしまった。お姉さん達、恨むからね。
「一人で何が出来るってのさ」
「斥候ぐらいは出来るだろ?」
なるほど。考え無しではなかったようだ。
「ここで野営する。明日朝一番で、小砦に向かおう」
ウォーゼンさんが指示を出す。そりゃそうだ。閉門まで、間が無いって時に出発したからね。足元がだいぶ怪しくなってきている。わたしは見えるけど。
と思ったら。派遣隊には、魔術師も参加していた。彼らの灯す明かりの下で、野営の準備に取りかかる一同。
夜通し行軍をする事も無くはないそうだが、それは街道に限る。それに、徹夜明けでサイクロプスとご対面、なんて事になれば、勝負は目に見えている。
休める時には休まないとね。
「こういう時ってさ、小隊長とか、部隊長さんとかが指示を出すんじゃないの?」
ムラクモの世話をしながら、他の馬達についている団員さん達に訊いてみた。
「通常の盗賊討伐なら、そうしているさ」
「特殊編成の時は、やっぱり副団長が居ないと締まらなくて」
優秀な指揮官は、身内からの評価も高い。志気も上がるし、結構なことだ。
「でもさ。それだと後任が成長できないでしょ」
「「「おおおっ」」」
「よくそこまで考えられるよな」
「坊主なら、副団長並みの指揮官になれるかもしれないぞ」
「おまえ。ちっこいけど、優秀だぞ」
「ちっこいは、余計だーーーーっ」
ひひーーーん!
「「「「失礼しましたっ」」」」
ムラクモ、援護射撃、ありがとう。
騎士としては優れているのかもしれないけど、躾がなってないよ。まったく。
「・・・すげえな。賢馬殿と仲がいい、のか?」
団員さん達が遁走した後には、鈍いのか、逞しいのか、馬乗りハンターさんが一人残っていた。
いや。馬がすくんで動けなくて、付合っただけらしい。足の震えを、必死で隠している。うん。暗くて見えないよ。見てないってば。
「賢馬殿と顔見知りの女将さんのおかげ、かな? いろいろと気を掛けてもらっているんだ。ね?」
ムラクモを脅しすかして、お使いに寄越すくらいだし。
あ。ムラクモの脚も震えている。
「「・・・・・・」」
見てない。見てない。
「・・・そうかぁ。その女将さんがすごいんだな」
「・・・うん。そう」
「久しぶりだな!」
「どちらさま?」
「・・・」
「お元気そうで、何よりです」
「どちらさま?」
「・・・」
特殊編成、改め寄せ集め部隊には、フォコさんとメヴィザさんも加わっていた。団長さんの采配、なんだろうけど、どういう攻撃手段を算段したんだろう。
サイクロプスは、中〜大型魔獣の例に漏れず、生半な魔術攻撃はものともしない。長く粗い被毛は、氷のつぶても火の玉も明後日の方向に流してしまう。包囲している味方へのフレンドリーファイアとなるばかりか、運が悪ければ魔術師本人に倍返しで戻ってくる。
なお、刃物等の物理攻撃は、そこそこ通用する。とは言え、以前見せてもらったメヴィザさんの体力では、剣士を兼任できるとは思えない。
「あのー、ロナさん」
「どちらさま?」
「・・・」
将来有望ハンターくんは、立派に主要メンバーに選ばれていましたとさ。めでたしめでたし。
「ロナ殿。その辺で」
割りこんできたウォーゼンさんには悪いけど、これだけは訊いておきたい。
「急ぎって言ってなかったっけ」
一晩限りの宿営地に似合わない、立派すぎる竃。誰が作ったかは、言わずもがな。その周囲には、大小の動物が横たわっている。
そんな余裕が有るなら、全員、今から吶喊してくればいいんだ。
「あ、あれから、弓の練習もしたんだ。是非、その成果を見てもらおうと思って、って・・・」
「今回、ギルドマスター直々に依頼されたんでしょ? 十分じゃん」
ユードリ少年、とはもう言えないくらいに、二枚目青年になっていた。それはどうでもいいが。
この緊迫した状況で騎射が出来るほどに立派に成長した。そして、わたしに実力証明する必要は、これっぽっちもない。
「それはそう、なんだけど・・・」
「賢馬様に、もう少しスピードあげてもらえば良かった」
「それはそれで、馬達が持たなかったから止めて」
どういう手段をとってきたのか、マイトさんまで混ざってた。
「なんで、とーちゃんまでいるのさ」
「「「「とーーちゃん?!」」」」
おやまぁ。喰い付きのいい事で。おこぼれを狙っていたとおぼしき団員さん達が群がっていた、のだが。
「とーちゃん言うなっ! じゃなくてっ。ロナが付けた渾名だからな?」
「マイト。おまえ、いつの間に・・・」
「どこでこんなかわいい子を産んでくれるような嫁さん見つけた!」
「迷宮に単身赴任させられるようなろくでなしだってのに」
「許せんな」
「母子ふたりっきりの暮らしで、きっと苦労したんだろうな。くっ」
「だからって、こんなところに子供を連れてくるとはっ」
「違うっ。俺は独身だっ」
数人の独身、と思われる団員さん達が、本物の殺気を放ってマイトさんに詰め寄ってきた。とばっちり人事への同情とリア充への嫉妬は、別腹らしい。
とは言うものの。
「だめだよ。作戦前なんだから。殺るならローデンに戻ってからにして」
「「「「おうっ」」」」
「ロナも煽るなっ」
窘めただけだもん。
「勝手にくっ付いてきたとーちゃんが悪い」
「違うっ! もしも、ロナに会えたら、いろいろ聞いて来てくれって、服監督官殿の依頼で、命令で、逆らえないのっ!」
懸命に言い訳を言い募るマイトさん。ミハエルおぼっちゃま。職権乱用にも程がある。
「で。いくらで買収されたの」
「えーと、それは ・・・って、答える訳ないだろう?」
もう、答えてるもんね。
ぽん。
マイトさんの肩を叩く人が、ほら。
「マイト。この一件が片付いたら、副団長室に来い。帰還の遅れは俺が説明してやる」
「・・・了解」
ウォーゼンさんの目の前で騒いでいれば、どうやったって誤摩化せない。自業自得だ。
「それはそうとして。・・・ロナ殿?」
じーっと、動物達の山を見つめるウォーゼンさん。わたしに声を掛けておいて、何故、そちらを見る。ムラクモの真後ろに付いていたんだから、わたしが狩った獲物ではないと知ってるでしょうに。
「ボクじゃない。その辺の人に聞いたら?」
「あ、いや。そうではなくて、だな?」
じゅる
背後で、舌なめずりする音。たくさん。とっても、たくさん。
「・・・ずいぶんと余裕あるじゃん」
「やはり、こう、大きな作戦の前に、旨いものが食えると、だな・・・」
大きな体を縮込ませて、気分は上目遣い。身長差がありすぎて、見下ろしてる格好になってるけど。
「手分けして焼けば?」
これだけ獲物があるんだから、わたしが手助けする必要は、これっぽっちもない。欠片たりとも認められない。ふんだ。
「・・・わかった」
わたしの粘り勝ち。ウォーゼンさんが、白旗を揚げた。
「「「「あああああっ」」」」
周囲に広がる落胆の声は、・・・聞こえないったら聞こえない。
仏心は、悪役の敵。
全員が、水袋の薄い酒と糧食で、夕飯を済ませた。どうやら、料理人はメンツに含まれなかったらしい。
わたし? 自前の干し肉を食べましたが、何か。だって、飛び入り参加だもん。まずいと評判の糧食でも、作戦前に横取りしたりしたら、参加者のやる気も体力も落ちるだけで、いい事は何も無い。それに、焼き肉に参加していたら、あっという間に料理人扱いされていた。
わたしをチラ見する団員さん達やハンターさん達は、視界から消去した。
メヴィザさんが、火の気の無い竃の前で「火加減も完璧にできるのに・・・」とかつぶやいていたのは、まさに空耳。聞き間違い。
交代で夜間の見張りを行った。人数が多かった所為もあるのだろう。狼達は近寄ろうともしなかった。
またまた糧食で食事を済ませ、まだ陽が昇る前に宿営地を出発する。
今日は、小砦の位置を知っているハンターさんが、先頭に立つことになっている。例の、馬持ちさんだ。
「ここからなら、昼前には到着できる」
彼の説明に、ウォーゼンさんが小声でわたしに確認を取った。
「そうなのか?」
「うん」
わたしも、ローデンに来る途中、小砦脇を通ってきたから、場所は判る。でも、今回は見届け役。だから、出しゃばらない。
ムラクモは、他人(他馬)の後ろを付いていくのが不満らしいが、なんとか宥め賺した。
はい、皆さん。頑張ってねー。
「うーわー」
「でも、この部分だけ?」
砦を間近に見たハンターさん達の感想が、これ。
高さ五メルテ、厚さ三メルテ弱の石壁の一部が、崩れ落ちている。そこからサイクロプスは侵入したようだ。フォレストアントが見つけられなかったサイクロプスは、見える限りの石壁を壊しまくるはずなのに、壊れているのはほんの一部だけ。
つまり、砦の中にサイクロプスがいる。はず。
なのだけれども。
「あれ。何ですか?」
「近い魔術だと【雷陣】か、【白散】・・・。でも、まだ途切れない? ダグからは、何人の魔術師が派遣されているんでしょう」
破壊された石壁の内側には、紫電が飛び交っている。時々、砦の外にも飛び出している。壊れた石壁の隙間からも。しびびびびっ。
それを見たメヴィザさんと、もう一人の魔術師さんも、揃って頭を抱えている。
魔術耐性の強いサイクロプスを足止めする実力のある魔術師は、そう多くない。らしい。それも、難易度の高い雷系統の魔術を絶え間なく浴びせ続けるとなれば、一人や二人ではきかない。
「あっ。ローデンから来たのか?」
「近付くんじゃない! 危ないぞっ」
石壁の上から、怒声が降ってきた。細いながらも、回廊になっていたらしい。ここに駐留していたダグの騎士団員さんなのだろう。数人が、こちら側に集まってきた。
なぜか、間に合わせっぽい木製の盾を砦の内側に向けて構えている。
あ、そうか。雷除けだ。感電はしないだろうけど、着電の瞬間、衝撃を受けている。痛そう。
「ローデン騎士団およびローデンギルドから派遣されてきたっ。中は、サイクロプスはどうなっている?!」
ウォーゼンさんが、大声で返答した。
「サイクロプスは中だっ。なんだ、が・・・」
「どうしたっ」
まさか、英雄症候群発作中の魔術師さんが、バカスカ打ちまくっているとか。
手回しの良すぎる団長さんは、荷物の中に縄梯子も忍ばせていた。砦の外側に固定して、身軽な団員さん数人を登らせる。斥候、というか伝令というか。
他にも数人、砦外側の偵察に向かわせている。ただし、壊れた石壁からは十分距離を取るよう注意していた。
その伝令役の団員さんは、登り切った石壁の上で。
あれ? 呆然と突っ立ってしまっている。
「!」
危うく雷撃を受けそうになったところを、木盾で庇われた。なにやら、話をしてから、下りてきた。
「ほ、報告しますっ」
ウォーゼンさんとメヴィザさん、ハンターさん達の前に立つ団員さん。
「さ、サイクロプスは、正体不明の雷系統魔術で身動き採れなくなっている模様!」
「「「「・・・はあ?」」」」
サイクロプスは派手に光っています。真冬の静電気の派手派手バージョン、と想像しています。痛いですよね、あれ。




