嵐の予感
どだだだだだっ。
今度は誰よ。
「「「「副団長?!」」」」
なんだ。団員さん達もシンクロしている。訓練の賜物かな?
足音も荒く食堂に駆け込んできたのは、ウォーゼンさんだった。
「っ!」
わたしの姿を目にしたとたんに棒立ちになり、すぐさま上を向いてしまった。
「ペンギンのポーズ?」
「「「「違うっ」」」」
あははっ。なんか、楽しい。付和雷同。違うな、異口同音。これだ。
「ロナが姿を消して、一番苦悩していたのは副団長なんだぞ?」
「言葉も少なくなって、」
「威圧が半端なくて」
「騎士団員全員、行きた心地がしなかった」
食堂にいた団員さん達が、わらわら寄り集まってきた。
「ボクに文句を言われても」
「「「「そうじゃなくてっ!」」」」
「心配してたって、言ってるんだよっ」
マイトさんが食って掛かってきた。
「ああ。皆の気持ちは嬉しい。ありがとう」
ようやくウォーゼンさんが、再起動した。
「副団長まで。心配もしましたけど、怖かったんですって」
「「「そうそう!」」」
なるほど。恐怖のあまり、一致団結したと。
「怪我の功名?」
「「「「違うっ」」」」
素晴らしき団結力。ローデンの防衛は心配無用だね。
「何のことだ」
「ほらほら。副団長、ロナに話があるんでしょう? 野次馬は、散った散った。邪魔すんなって」
出来る男、マイトさん。混乱する場を巧みに収めてしまった。ちぇ、どさくさにまぎれて、逃げ出すつもりだったのに。
「とーちゃん、将来有望じゃん。さっさとつば付けておかないと、他の人に盗られちゃうよ?」
「ロナぁ。その話は、もういいから」
「でもさ。機会がある時に進めておかないと、手遅れ、というか嫁き遅れになっちゃうし」
「「だから違うって」」
さっきの術杖は婚約祝い。ちなみに、一部屋しかカバーしないし、音も聞こえないだけのシンプル仕様。特に使用者限定のギミックは組み込んでいない。試作品の本数、イコール爆発回数は両手では数えきれない。貴重な魔道具なんだから、大事にしてね。
でもって、結婚祝いは何がいいかな。もっと、凝ったものがいいよね。
「旧交を温め合っているところを悪いんだが。ロナ殿。少々時間を頂いてもよろしいか?」
心無しか、髪の色が白っぽくなったウォーゼンさんが、超低姿勢でわたしに問いかけてきた。
「副騎士団長さんが、風来坊にそんな態度取ったら、だめじゃん」
「問題があるか?」
「「ありません」」
レンとマイトさんが、これまた声を揃えて断言した。
「お似合いなのに」
「その話は止めろっ!」
つばを飛ばしながら喚かないでよ。きちゃない。
「たいした時間は取らせない。頼む」
またも、深々と頭を下げるウォーゼンさん。
「顔を見たなら、もういいでしょ?」
「いや。あの時、何があったのか、当事者から話を聞きたい」
あ。そういうことか。
・・・あれ? わたしも騎士団に何か話があった、ような気がする。なんだったっけ。まあ、いいか。
「今日中にギルドハウスに行きたいんだけど」
「・・・判った。手早く済ませよう」
ほっ。副騎士団長さんの言うことだ。このまま王宮にお泊まり、は、しないで済みそう。
「ロナ。たまにでいい。また、会ってくれるな?」
「そういえば。今日は私服、だよね」
「ああ。休暇だったんだ」
で、買い食い三昧していたと。
「おれは、カロン迷宮からの伝令兼休暇兼買い出し係兼・・・まあ、そういうことだ。帰還期限には、まだ、日にちもある。ローデンに居るなら、おれにも声を掛けてくれよな」
まだ、絶賛島流し中だったんだ。出来る男なのに。いや、出来る男だから、かな。
「気が向いたらね〜」
「それでいい。ロナが、元気ならいいんだ」
すっかりしおらしくなっちゃって。
「ではロナ殿」
二人と別れて、ウォーゼンさんに連れられてきたところは、
「・・・なんで、王宮会議室?」
「陛下方がお待ちだ」
敵は準備万端。しまった。またも、飛んで火にいる〜をやってしまったか。
「・・・本当に、帰して貰えるの?」
「なんだったら、おれが陛下を殴り倒してもいい」
「そこまでしなくていいから!」
ウォーゼンさんは、真剣だ。この場は、信用しておこう。
侍従さんが扉を閉める。
「・・・」
真っ正面に国王夫妻。左に宰相さん。右に団長さん。みんな、潤んだ目で、こちらを見ている。
! 一斉に、頭を下げた!
「う、うわわ。なに?!」
「ありがとうございましたっ」
そこまで言って、スーさんは嗚咽を漏らす。ちょ、ちょっと。
「だから、王様がほいほい謝ったりしたら駄目でしょーーーっ」
「隊商ばかりか、娘も保護して下さいましたこと、心から、お礼申し上げます」
ステラさんの声も、震えている。いやでもさ、普通、隊商と娘の順番が逆じゃない?
「御不調の身にも拘らず、我々の依頼をお聞き届けくださり、感謝の念に絶えませんっ」
げっ。宰相さんは、土下座モードに移行していた。
「感謝って何っ?」
「レオーネ殿下は、立派に、それはもう見事に更生されました。私達には不可能だった、あの、難行をっ」
「ボクは、普通にキャンプしてただけで、難しいことは何にもしてないってば」
・・・キャンプ。あれ?
「ロナ殿。どうかしたのか?」
いち早く、ウォーゼンさんが声を掛けてきた。
「あ。うん。なんか、引っ掛かってて、・・・」
「もしや、レオーネがまたナーナシロナ様に狼藉を働いたとかっ」
ステラさん、もう少し、自分の娘を信じてあげようよ。
「違うってば」
そうじゃなくて。森でのサバイバルをしてた時、じゃない。
・・・あ。
「ウォーゼンさん、ミゼルさん。討伐現場を調査したんでしょ。そこで、弓を拾ってない?」
「「弓?」」
「そう。握ると痺れて昏倒するやつ」
「・・・本当に、弓、なんですか? それ」
スーさんの涙も引っ込んだ。ものすごく疑わしそうな顔をしている。
「元傭兵隊長さんと盗賊ご一同様に絡まれた時に、落っことしちゃったんだ」
「現場近くに建てられた小砦で確保しているそうだが、それがどうしたのだ?」
来る途中で見かけた砦は、それか! って、大事なことを忘れてた。
「その小砦は、ローデンで建てたの?」
「いえ。ダグです。我々の調査が終わった後、あの付近を通りかかったハンターが、その、弓、を見つけたそうで。でも、誰も手に取れなかったので、ああいった対応になった、と聞いています」
ダグは、ローデンの西北西に位置する街道都市の一つだ。つまりは、お隣さん。そして、キャンプ地からの距離は、ほぼ同じくらい。
「ダグのギルドの判断かな?」
「小砦だぞ? あそこの騎士団、あるいは王宮の指示がなければ建てられん」
ミゼルさんとウォーゼンさんが交互に説明してくれた。
「えーと。その小砦。大至急、壊すように警告してくれない?」
「理由を、お窺いしてもよろしいでしょうか」
まだ、土下座スタイルの宰相さんが訊ねてきた。
「あの森一体は、フォレストアントの蟻塚が多い、んだけど。それを狙って、サイクロプスがよく出てくるところ、だったりするんだな」
それ故に、狼などの肉食動物が少ないエリアとなっていた。
普通のアリクイだったら狼の餌にされるところだけど、サイクロプス相手では、文字通り歯が立たない。怒らせて、けちょんけちょんにされるだけだ。
[魔天]の領域外なので高価な薬草も少なく、ハンターにとってはうまみの少ない場所と認識されていて、滅多に人が訪れない。盗賊達にもほぼ無視されている。ねぐらに向いた洞窟もなく、フォレストアントの蟻塚を隠れ家に転用したくても、蟻の群れに集られて全身丸かじりにされるだけからだ。
ということで、人目を忍んだキャンプ地にはうってつけだった。
「ほら。サイクロプスって、石垣を蟻塚と勘違いして襲ってきたりするじゃん。うっかり反撃したら、倍返し、だし」
石垣を打ち壊す爪の威力で、人が襲われたらどうなるか。
曲がりなりにも魔獣なので、普段はのんびりさんなんだけど、ご飯関係は別腹。逆上すれば、更に怖いことになる。八つ当たり相手を捜して、街道に飛び出して来る、とか。
「・・・宰相! すぐにダグに連絡を! ローデンギルドにも応援を要請してくださいっ」
「御意っ!」
宰相さんは、見かけとは裏腹な敏捷さを発揮して、なんと土下座姿勢からダッシュして行った。
「万が一にもローデンに向かって来た時の為に、魔獣討伐班を編制してきますっ」
ミゼル団長さんも、スーさんがもの言う前に、血相を変えて会議室から飛び出した。
「・・・ごめん。もっと早くに連絡しておけばよかった」
今回、ローデン入りして丸六日。問題の小砦の近くを通りかかったのは、もっと前だ。
その間に、何も起きていなければいいんだけど。
むしろ、今まで問題がなかった方が奇跡だ。サイクロプスの個体数は、減ってなかったよね? フォレストアントの蟻塚は、・・・見てきてないや。
「いえ。教えていただけただけでも感謝します」
「だから。王様が、軽々しく頭下げるのはよくないって」
「私達しか居ませんもの。大丈夫ですっ」
ステラさん、そういう話じゃなくて。
「ロナ殿。一ついいか」
団長さんを補佐するべき副団長のウォーゼンさんは、なぜかまだこの場に残っている。スーさん達の護衛なのかな。部屋の中には、侍従さんもメイドさんも居ないもんね。外の扉の両脇には、ぞろぞろ立ってたけど。
「何?」
「サイクロプスが出没する地域、というのは、ギルドで把握しているのではないのか?」
「ボクに聞かないでよ。実務すっ飛ばして、据えられちゃってたんだから」
ギルドの開示情報とか確認事項とか、一切聞かされたことはない。覚えがない。
ギルド顧問になって、・・・何やってたんだっけ。
わたしが、あの森の事情を知っているのは、頻繁に[魔天]とその周辺を徘徊、もとい探索していたからだ。
「・・・すまない」
「逆にボクの方が聞きたい。そういう危険区域って、王宮や騎士団でもチェックしているんじゃないの?」
「「「・・・」」」
王宮とギルドの情報共有は、それほど進んでいないようだ。まあ、わたしの知ったことではないが。
「それにしても。他所の国が建てた街道はずれの砦の存在なんか、よく知ってたね」
「あれは〜」
「ダグの連中が、こぞって宣伝しまくってたのだ」
ウォーゼンさんが、ため息混じりに教えてくれる。スーさんの顔色も、あまりよろしくない。
「なんで?」
なんの得にもなりそうもないところなのに。アルファ砦のような、新技術を使った試験設備という訳でもなかった。
「聖者様の遺品らしき物を発見した、と、そう吹聴していたんです」
「もしかして、しなくても、あの、弓のこと?」
「形状や、その、持てないところとか。ナーナシロナ様が先ほどおっしゃられていた特徴と合致しているようなので、おそらく」
作られた年代に差はある。あるが、作り手がわたしであることに変わりはない。
とはいえ。
「なんだって、そういう話に・・・」
「あちらのハンター達がどういう報告をしたのかは知らないので、なんとも」
「ただ。ローデンの隣にありながら、聖者様のご来訪を一度も受けていないので、少々拗ね気味、ごほん、肩身が狭い思いをしていた、とは聞いたことがあります」
「なにそれ?!」
「ですから。今まで、見たこともない武器、らしきものを発見して、「これは聖者様の落とし物、忘れ形見に違いない!」と盛り上がってしまった、らしいです」
「だから、なにそれ」
夫婦漫才、じゃなくて解説を聞いて、呆れた。わたしが行ったことがないことと、街の評判は関係ないでしょ。
「ローデンの連中は、アル殿のことを、ことあるごとに自慢していたからな」
「東側のガーブリアやノーンは、直接恩恵を賜っていましたし」
恩恵って、なに。
それを言うなら、ローデンの南西に位置するケセルデや、南街道方面にも行った事は無い。そっちの国々は、何も言ってないんでしょ?
「隣国だからこそ、なおさら癇に障っていたのでは?」
そこまで判って。
「だからって、素性の判らない物体を担ぎ上げて、自分から危険に突っ込んで行ってどうするのよ。止めようとは思わなかったの?」
「・・・私達にそう言われても」
「なぁ?」
「ですよね」
シラを切る気か。
「賢者だなんだと、隣国を煽りまくっていたのは、どこの誰」
「「「う」」」
ダグの人達が暴走した原因なんだぞ。劣等感をこれでもかと刺激しまくってたくせに、棚に上げるんじゃない。
「いじめっ子」
個人ではなく、街ぐるみでやらかしていたとしか思えない。全員、有罪だ。
「「「・・・」」」
「街道の隊商やダグの人達がサイクロプスの被害を受けたら、これ、当然、ローデンも補償に手を貸すんだよね?」
やらない、とは言わせない。じーっ。
「・・・はい」
がっくりとうなだれるスーさん。
勝った。
とんとん。
ウォーゼンさんが動いて、内側から扉を開けた。そこにいたのは、やや息の荒い、伝令らしき兵士さん。
「ローデンギルドからの返答です。念のため、文書でも警告文を届けて欲しい、とのことです。なお、ダグギルドには、当王宮の警告文をそのまま送ったそうです」
「ご苦労でした」
入り口近くに移動してきたスーさんが、伝令にねぎらいの声を掛けた。
「それと。後ほど、ギルドから人が来るそうです」
「先ほどの文章を受け取りに、ですか?」
「あれ? どうなんでしょう」
何の為に来るのかは聞いていないらしい。
「こちらで対処しよう。ここに案内してくれ」
ウォーゼンさんが、フォローを入れた。
「了解しましたっ」
慌ただしく戻って行く伝令さん。スーさんは、扉脇の侍従さんに来訪者への対応を指示すると、部屋を閉めた。
「この後ギルドハウスに行くつもりだったし。ボクが説明しに行こうか」
「おそらく、あちらが到着する方が早い」
「そうかな」
会議室の扉は、分厚い。【遮音】とまではいかないが、それでも外の音は響きにくい作りになっている。というのに。
扉を閉めて間もなく、あちこちから悲鳴が聞こえてきた。悲鳴の発生箇所は、どんどん近付いてきている。
「来たようだな」
合図も無しに、扉が開かれた。腰の引けた侍従さん達が、全開にしている。
おや。
「緊急、事態、だからな。さすが、黒助」
みゃ〜〜〜〜ん♪
突入してきたのは、ドヤ顔のオボロと、船酔い状態のヴァンさんだった。ウォーゼンさんは、これを予想していたのか。
ま、とりあえず。
「昨日ぶりぃ」
挨拶しておこう。
「用件、は、一度で、済まし、や、がれって、んだ」
「街門での一件で、すっぽ抜けたみたい」
「・・・」
ほら。わたしだけの所為じゃ無い。
「それにしても、よく乗せてくれたねぇ」
そう。ヴァンさんは、オボロの背中にしがみついたまま。まだ立ち上がれないようだ。
「これで、二度目だ」
どうりで。
街道を全力疾走していない時でも、オボロの乗り心地は、快適、とは言い難い。振り落とされないように、背中に張り付くのがポイント。お年寄りには、重労働だろう。
「で?」
ようやく息の整ったヴァンさんが、復活。
「サイクロプスが出るぞ〜〜〜♪」
オボロにご褒美のブラシをかけながら、ズバリアンサー。
「省略し過ぎです」
スーさんの苦情は無視した。だって。
「ダグのギルド連中も知らんはずはない、んだがなあ」
ほら、事前に聞いてたじゃん。わざわざ、王宮に来る必要があったのかな?
「噂を聞いてたんなら、ヴァンさん達が警告するべきでしょ」
「どこに建てたかまでは、聞いてなかったんだよ」
「無能」
これだから、中途半端なうわさ話はやっかいなんだ。
「おれの所為じゃねーーーっ」
「ロナ殿。今はそれどころではないのだから、その辺で」
苦労人ウォーゼンさんが、ストップを掛けてきた。
それもそうか。
芋づる式に、事件とか事件とか。




