ななしろ式促成栽培
早朝、市場に買い物に行った。なぜか、エッカさんも付いてきた。
「余計なものを入れられては堪りません」
「しないって」
帰ってくると、買い込んできた食材を使って料理を作った。
「何も混ぜないでくださいね?」
「塩が無かったら、味しないよ?」
「そうではなくて!」
門番役の傭兵さん達にも朝食を振る舞った後、ヴァンさんとエッカさんは、持ち場、もとい職場に帰っていった。二人には、労賃代わりに、昨日の見本素材を持たせようとしたけど、断固拒否された。
エッカさん、薬草をくれってお願いしてたんじゃなかったっけ?
そして、今。
楽しい工作時間の始まりだぁ。るん♪
「・・・そういえば。これから、ここで、魔道具、をお作りになられるのでございましたのですわよね?」
語尾が怪しくなっている。
「昨日もそう言った」
「おっしゃられていた大きさですと、被害は・・・」
ペルラさんが、辺りを見回す。被災範囲を想定しているのだろうか。
「何度か作った事あるから、失敗しなければ大丈夫♪」
「するなよ? 失敗するなよ? 頼むから!」
「プレッシャー掛けないでくれる? 緊張して手が滑ったりしたらどうするのさ」
まあ、分離器の製作は、何度も何度も何度も失敗して、最近、ようやく吹っ飛ばされずに済むようになっている。だから大丈夫。・・・のはず。なんだけど。
ばかん!
ペルラさんが手にしていたお盆の一撃で、ライバさんは沈黙した。いくらなんでも、それはひどいというかあんまりというか。
「あ〜、工作手順を見ててもらわないといけないから、起こしくれる?」
「はい」
・・・水、ぶっかけました。頭から、ざんぶりと。ワイルドだわぁ。
じゃなくて。
足元が濡れて滑りやすくなるから、危ないってのに。『温風』を使ってさっさと乾かしたいけど、魔導炉の傍では術式が反発し合あうから、これまた危ないし。
手間掛けさせてくれる。はぁ。
目を覚ました、もとい覚まさせたライバさんも手伝わせて、魔道具作りの前に床掃除から始めた。
蛹三匹分の分離作業をするための大釜型魔道具。石鹸練り器の魔道具。石鹸の型枠。軟膏を保管する樽。取り扱い注意の、痺れ薬となるオイル用の樽。
「ん〜。軟膏を入れる容器も用意しとく?」
「あ、いや。それは要らない」
「ロックアント製の容器は、まだ普及しておりません、と、何度申し上げれば覚えてくださるのでしょうか?」
なぜ、ロックアント限定? でも、軟膏の変質を防ぎたいなら、これが一番だし。なにより、
「ボクには日常品だもーん」
「ですから!」
「ガラス瓶なら、いいのかな?」
石英砂入りの樽を取り出した。岩石魔術を練習している時、調子に乗って作りすぎてしまったものとか、まーてんの露天風呂を掘った時に使い切れなかった土から分離精製した分だとか。
「この後、俺に魔道具の作り方を教えるんじゃなかったのか?」
「瓶百個位ならすぐ出来る」
魔道具じゃないからね。ちょいちょい、ちょいと。ほら。
「ですから作らなくて結構なんですわーーーっ」
「自分が非常識だってことを認めやがれっ」
失礼な。
「こいつ。どこから突っ込めばいいのか、全然判らん!」
「被害の拡大を防ぐ手段は、・・・思いつきませんわね」
とことん失礼な!
あーもう、無視しよう。無視。
未加工の蛹を取り出して、分離作業を実演した。
「えーと、大釜の構造や使い方は判った? 分離したら混ざらないように慎重に作業して」
注ぎ分けしつつ、注意点を教える。
「そこは、手作業なんだな」
「自動化してもいいけど、装置が大型化するんだ。そうか。早速改造して」
「いいいいいえ! 結構ですわ!」
分離した層を自動分注させるとなると、もはや工業プラント。家内制手工業を飛び越えて、一気に近代工場と化する。
指輪の中には、組み立て式のユニット一式が有るけどね。だって、あの芋虫達は、毎年毎年毎年・・・。増え過ぎ! 多過ぎ! むきーーーっ!
「しっかしまあ。よくこんな魔道具を作り出せるよな。いや、思いつくよな」
「逆ではありませんか? 思いつくから作ってしまわれるのですから」
「不便だし、もったいないし」
「説明を省略しないでくださいませ!」
通じてるんだから、いいじゃん。
翌日の昼までに、最低限の魔道具工具道具類、その他諸々が揃った。
「ライバさんも修理が出来るようになった。マジックボンボンや『繭弥』の陣布は、ペルラさんの手に掛かれば高品質で安定製作!」
特製巾着袋は、マジックバッグというには機能が微妙なので、マジックボンボンと呼ぶ事にした。そう言ったら、ペルラさんは何とも言えない顔をしてたけど。区別は必要でしょ。
とにもかくにも。
ライバさんに、魔道具フライパンをいくつも作らせた。もちろん、全ての素材を提供している。これまた頬が引き攣っていた、ような気もするが、気のせいだろう。
ペルラさんには、「繭弥」「氷界」「マジックボンボン」の他にも、魔法陣を使った魔道具である陣布作成のこつを教えてみた。
どちらにも、有り余るほどの素材を押し付け、もとい、プレゼントしている。無料ではない。二日間のうちに使い切るまで作って、それぞれの魔道具の作り方を覚えるように言ったのだ。
なぜか、二人揃って変な身振りで踊り始めた。「踊る前に、手を動かしたら?」と注意したら、泣き笑いしながら、がむしゃらに製作に取りかかったけど。
しばしば小爆発が起きたのはお約束。丁寧に作業しないから、そうなる。
という反復練習のかいがあって、技術は完璧にマスターした。ちなみに、課題完遂のご褒美に、各種素材一年分を贈呈した。うふっ。
「退屈しないどころか、働き過ぎ、ですわ」
「・・・なんで、おれに作れたんだ? 魔道具職人でもないのに」
教えて欲しいと言って来たのは、ライバさんでしょ。
それにしても、短期集中修行でも、やれば出来るもんだ。人の可能性とは、かくも素晴らしい。
そして、昨日も今日も、午前と午後のおやつにハッピークッキー(ペルラさん命名)を食べてたから、元気いっぱいのはず。
だというのに、椅子の上で、延びきっている二人。変だなぁ。
二人が必死の形相で素材消費に励んでいる間、ひまだったので工房の改装、もとい改良に手を付けた。
一階の一室は、調理場に用途変更した。普通の魔石を使った竃と浄水装置を備える。
魔包石使用の魔道具を設置してもいいか、とペルラさんに承諾貰いに行ったら、これ以上は勘弁してください、と泣きすがられた。製作中の時間を無駄にさせるのも忍びなく、魔包石タイプの設置は断念した。わたしは、魔石式の魔道具の方が、作るのに苦労するんだけど。
替わり、と言っては何だけど。冷蔵庫代わりの低温室、常温の食品保管棚、大量の食器や鍋も余裕で仕舞える収納棚を作り付けた。これだけ設備を充実させれば、どれだけ従業員が増えても対応可能なはず。
今後の工房の発展を祈る。
下水処理を含む排水関係は、専門の業者に委託するよう、ペルラさんに頼んでいる。
街の職人に排水設備を依頼したのは、わたしはポータブルトイレ用の汚水処理魔道具しか作った事が無いからだ。
今、ここで新しい機能の魔道具を作るのは駄目。駄目ったら駄目。どっかん! するのが目に見えている。そうだ。後で、工房用のものも開発してみよう。
工作室の隣は、蛹の加工室だ。こちらにも下水道を付けてもらうことになっている。
この部屋では、繭からの糸採りをする。将来的には糸や生地の染色も出来るようになるといいな。それはさておき、これらの作業をする時は、大量に水を使う。当然、排水も大量。排水管が無かったら、部屋の中が、どんぶらこっこになる。
本当は浴室まで作りたかったけど、設置する予定の器具(魔道具)の性能を説明したら、全力で拒否された。
王宮よりもグレードの高い設備なんか怖くて使えない、だそうだ。いや別に、温泉旅館を作っているつもりなんか、なかったよ?
繭の一時保管用とか、織り上がった布の置き場所になる複数の収納部屋、もとい倉庫も整えた。
うむ。必要な設備は、ほぼ揃ったかな?
「使われた素材代、加工賃、作業代。これから作る魔道具の素材も・・・。おい、ペルラ。いくらなら出せる?」
「判っているでしょうに。わたくし、素寒貧ですのよ?」
「んじゃ。後払いで、よろしく」
「・・・俺達が死ぬ前に、支払い終わるか? これ」
「目下の懸案事項だった織り機が、使えるようになったんだ。虫布の販売が軌道に乗れば、楽勝、楽勝♪」
「気楽に言わないでくださいませ! まだ、一反も出来上がっていな、いない・・・」
ペルラさんが、顔を覆って呻き始めた。
「冗談だってば。請求もしないし、布作りはペルラさんのペースでやっていけばいいんだってば、って、聞いてる?」
ピッカピカに生まれ変わった広間、改め、機織り部屋。その一角には、なぜかそのまま使われる事になった食卓兼用テーブルがあり、三人で食後のお茶を飲む。お茶請けは、やっぱりハッピークッキー。その割には、顔色悪いなぁ。エッカさんには内緒で、料理をドーピングしておくべきだったか。
「わたくし達が、工作室で作業している間だけ、と、きつくきつく「お願い」いたしましたのに」
「だから、さっき作業を止めたじゃん」
区切りのいいところまで進められていて、よかった。
まあ、部屋の補強は、ロックアント板を「椿」で切り分けてはめるだけだったし。魔道具は、魔石タイプの試作品を指輪から取り出して据え付けるだけだったし。たいした手間はかけてない。
「坊主一人でこんだけのものを作りやがって! この常識外! 変態!」
褒められた、わけではなさそうだ。
「いくらなんでも、変態は無いでしょ?」
「・・・まさか、ナーナシロナ様が、三人とか四人とかいらっしゃるのでは有りませんか?」
「そうだ! ドアに隠れて、十人位居るんじゃないか?」
二人揃って、辺りを見回し始めた。
分身の術を使ったとか? それとも、Gの様に一匹見かけたら三十匹居るとか・・・。
「居るわけないでしょーーーーっ!」
それはともかく。
ロックアントをふんだんに使用し、頑丈且つメンテナンスしやすい工房になった、と思う。勤労意欲も高まるだろう。うんうん。
「ということで。製作環境は整った。後は、二人の努力次第だよ。頑張ってね〜」
「あ。」
「〜〜〜〜〜っ。ナーナシロナ様は、悪党ですわっ」
ふふん。力一杯協力してあげただけだもんね。
さぁて。誘拐犯のヴァンさんには、これからたっぷり「お礼」をしなくちゃ。
お土産用ロックアントはほとんど使ってしまったけど、他の素材はまだ残ってるし。ギルドにエッカさん用の薬草も預けてしまおう。で、さっさと、まーてんに帰るんだ。ふん、ふふん♪
ギルドハウスに向かっていると、横合いから声を掛けられた。
「あ。ロナ」
ん?
「え? ロナ?!」
正統派美女が、人混みをかき分けて真っ正面に飛び出してきた。すらりとした長身に、もはや目の毒なダイナマイトバディ。腰には、長剣を佩いている。
もしや。
「レン?」
うるっ。
「ふ、うわーーーーーーーーんっ!」
道往く人の注目を集めまくる美人が、道のど真ん中で、子供の様に大声で泣き出した。
するってーと、更に注目されるわけで。
「あ、ちょっと。お供の人はいないの? 賢狼様は?! ちょっとーーっ」
身長差が有り過ぎて、抱え込まれてしまうと、足が、足が地面につかないって?!
「レオーネ、どうした、ん、だぁああああああっ! ロナっ」
この声は。
「とーちゃんっ。なんとかしてっ」
迷宮勤務の島流し状態だったのではとも思ったけどこの場に居るなら。
「う、うおーーーーーーんっ! よかったぁーーーーーーーーーぁ」
号泣仲間が増えました。
じゃなくて!
一見、上級騎士に見える美男美女が、辺りを憚らず泣きじゃくっていれば、それはもう。
案の定、騒ぎを聞きつけて、巡回兵さん達が集まってきた。
引きはがしてくれるか、と安堵したのもつかの間。揃って王宮内の騎士団官舎へ誘導、もとい連行されてしまった。
あれ?
王宮の正門を通るときはは、門兵さん達が目に涙を浮かべて敬礼し、通りかかりの侍従さんやメイドさん達は、目尻を押さえたり嗚咽を漏らしたり。何故だ。
「それにしても、もうちょっと場所を考えようよ。通行人の迷惑だったよ?」
大通りの野次馬から聞こえてきた「よかったなぁ」の声は無視した。いや、聞こえなかった。黒山の人だかりになってしまって、うん。大迷惑だった。それだけだ。
「迷惑はないだろう」
「そうだそうだ」
「とーちゃんも同罪」
「とーちゃんいうなっ!」
マイトさんとわたしは、今では、見かけだけなら父娘に間違われそうな年齢差。だから、とーちゃんと呼び掛けても違和感はない。
「ボクは、ギルドハウスに行くところだったのに」
あの、こっ恥ずかしい箱の回収と、ヴァンさん達へのお礼参り。さっさと終わらせたかったのに。
「そうか。手紙は読んでくれたか?」
まだ、目を赤く染めたままのレンが、少し落ち着いた感じで声をかけてくる。それにしても、人の話を聞きなさいっての。
とはいえ、
「レンらしい文章、もとい手紙だったね」
そう言ったら、嬉しそうに笑った。
「随分とご無沙汰だったよな」
「あ〜、それは」
「英雄症候群だったのだろう? なぜ、わたしに言ってくれなかったんだ」
美女が唇を尖らせて、拗ねている。拗ねていても絵になる美人。く、くやしくなんかっ。
「そんな病気の事、知らなかったんだもん」
「ロナは、物知りなんだか知らなさすぎるんだか、判らないよな」
「とーちゃんは老けたね」
「だから、とーちゃん言うなっ」
「マイトは放っておけばいい。それより、・・・いや、いい。こうして、また、会えた。ロナが、無事で、本当に、よかった」
おおう。以前のままだったら、何故何どうして攻撃の集中爆撃が落ちているところだ。
「大人になったんだねぇ」
「ロナに、そう言ってもらえるのが一番嬉しい」
ステラさん、じゃなくていいのか。
「俺も仲間に入れてくれよ〜。じゃなくて。ロナ。盗賊どもを蹴散らした後、雲隠れすることはなかっただろ?」
口を尖らせた顔を、本当に突き出してきた。いい歳こいて、なにやってんだか。
「だから、さ。病気だってことを知らなかったし。うっかり破壊工作員とかにならなったらまずいと思って。リハビリ。そう、リハビリしてた」
やむを得ず、本体に戻ってしまいました。なんて、言えるか!
「街でも出来るだろうに」
巨体のドラゴンが街の中で療養する? ありえない。無理ったら無理。
「わたしだけじゃないぞ? あの場にいた隊商の人達も、父上も母上も、弟達も、皆、心配したんだ。だから、すぐさま、救護隊が派遣されたんだ。でも、ロナは、どこにもいなくて、見つからなくて・・・」
「いやー、だって。あの時は、助けにきてくれた人の手足をパキンポキン、ってやりかねなかったし」
盗賊に至っては、首がすっ飛んだし。
これじゃあ危ないと思って、変身できるようになってから、筋力制御用の術具を作ってみたら、却って逆効果になった。怪力無双に変身時間が短くなるという落ちがつく。特効薬を使っても以下同文。訳が分からない。
「じっとしてればいいだけだろ?」
「やだ。歩けるんだもん」
それ以前に、変身できなかったし。
「ロナの独立精神は立派だと思う。思うけどな?」
しぶといな、マイトさんは。あまり、突っ込んで欲しくないんだってば。
「わたしでは、頼りにならなかったから、だろう?」
そうそう。
じゃなくて。
彼らに、理由は言えない。けど、レンの所為では無い。ちょびっとだけだ。
「ロナには、苦労を掛けてばかりいた。ロナが帰ってきた時、ちゃんと謝って、そして、今度はわたしがロナの役に立てるようになりたい。悩み事を話してもらえる程度には、しっかりした人になろう。そう思って、努力してきたつもりだ。でも、まだまだだな」
うんわぁ〜。はにかむ美女。そこいらの男達は、イチコロでしょ。
って、あれ?
「レン。旦那さんは居ないの?」
ごぶふぉっ
二人ともがむせた。
「ああ、そういうこと。おめでとう」
「「違うっ!」」
椅子から立ち上がるタイミングまで、シンクロしている。
おお。似合いの夫婦じゃん。
「子供はいつ頃?」
「だから違うって!」
「俺、まだ独身。独身だからっ!」
「わたしもだっ」
「じゃあ。婚約中?」
「「それも違うっ!」」
息ぴったりなのに。
話をしていたのは、官舎の食堂。ちらほらと休憩中らしき兵士さんが見えていて、こちらの会話に耳を立てていたようだが。おや、彼らまで、むせまくっている。あれ〜〜〜?
「レンも、とーちゃんも、そろそろいい歳なんだし。覚悟を決めたら?」
お父さん、娘さんをわたしに下さいっ。とか。バラの花束を差し出して、俺と結婚してくれ。とか。やらないのかな。是非、見物させてもらいたい。
「ロナーっ。勘弁してくれ。俺は、毒飯で死ぬのだけは御免だ」
「ち、父上も何も言われて来ないしっ。わたしは、終生、騎士としての職務を全うするつもりなんだっ」
慌てている。照れ隠しも初々しいなぁ。
「結婚している騎士さん。沢山いるじゃん」
「「そうじゃなくてっ」」
お祝い品は何がいいかな。そうだ。
「これあげる。きっと役に立つよ」
術杖の一本を取り出して、レンの手に握らせる。
「あの結界術杖、か? 改良出来たんだ」
「違うよ。【遮音】を、魔道具にしてみた」
がたたたたっ。
椅子が倒れる音、多数。何故に?
「どんな宿でも、うっふんで、あっはんな夜を楽しめるよ♪」
「「「「「違ぁうぅーーーーーーっ!」」」」」
だから。
何故、他の人まで照れるの。
姫様が絡むと、ものすごく脱線します。何故?




