元気出して
「これだけ騒いだってのに、おれ、元気、だよな。な?」
「そういえば」
ライバさんとエッカさんが首を傾げた。すぐさま、わたしに目を向け、テーブルの端に残るクッキーに目を向け、またわたしを見る。
「ろぉなぁ〜〜〜。いい加減にしてくれぃ」
ヴァンさんも復活。
よしよし。今度は狙い通り。でもないか。目付きが怖い。
「・・・何を、入れてくださいやがりましたの?」
「ペルラさん。言葉遣いが変だよ?」
泣いたり怒ったり忙しそうだから、これを食べれば明るい気持ちになれるかな、って予想、もとい期待したんだけどなぁ。
「坊主、毒じゃなければ、何なんだ?」
「アルファ砦で使った特製調味料の配合を変えてみた」
「・・・どのように?」
げ。エッカさんがものすごく真面目だ。真剣を通り越して、殺気じみてきた。
「[魔天]のミミズを追加した。ピンクの奴。知ってる?」
ふうっ。
エッカさんが倒れた。
「エッカ?! おい! どうした!!」
ライバさんが、揺り起こそうとする。
「なんつーもんをっ!」
ヴァンさんは、そこまで言って絶句。
「ミミズ、ってなんだ?」
「薬草ですか?」
ライバさんとペルラさんは知らないらしい。
「ヴァン?」
「非常識に訊きやがれ」
「ですが。素直に教えてもらえそうにはありませんわ」
ペルラさん。わたしは大抵素直だよ?
「エッカは、当然、知ってるんだろう?」
注目の人は、・・・泣き笑いしている。
「は、ははは。確かに、非常識ですよ。これは」
帰ってきた時よりも、目がうつろ。死んだ魚の様だ。
「テルテっつー、ミミズだ。[魔天]の」
ようやくヴァンさんが、正体を明かした。
「「テルテ?」」
「そう言う名前だったんだ。知らなかった」
ギルドハウスの魔獣辞典、結局、全部読めなかったからねぇ。名前を知らない魔獣が、ごまんといる。
「街ん中で、ミミズなんか見かけるわけねぇだろうが。土ん中に居る細くてうねうねしてぬらぬらしている気持ち悪い奴だよっ」
「気持ち悪くなんか無い。土を元気にしてくれる働き者だってば」
「知るか! そんなの」
ヴァンさんは、テルテも苦手のようだ。眉根がぎゅーーーっと寄っている。そんなんで、よく[魔天]のハンターをやってられたよね。
それにしても。ミミズの生態はこの世界では知られていないらしい。上等の肥やしを作ってくれる、土の下の功労者なのに。
「テルテは、麦畑で見られるミミズとは随分と大きさが違います」
「色もな」
そう。蛍光ピンクのミミズ。一か所だけ、赤いリングが踊る。太さは十センテほど、長さは二メルテから五メルテ。本当にミミズの仲間か疑いたくなる。
が、プリプリ糞の山をつくるし、地面の下にしか居ないし。夜の森で、落ち葉の下でうねっているのを見たときはドキッとしたけど、ミミズの一種には違いない。
「それで。その。・・・惚れ薬の材料になります」
「「・・・はぁ?」」
「まあ、ちょっと気分が明るくなる程度だけどな」
へえ、テルテを惚れ薬に使うんだ。
この手の薬は、貴族にもてはやされていると思うんだけど、ペルラさんも知らないとなれば、相当マイナーな素材なのだろう。
「先日教えていただいたレシピには、入っていませんでしたよね?」
「うん。これは、クッキー用に新開発した」
本当は、ただの在庫処分。
たまたま見かけた乾涸びたテルテを鑑定して、効果に気が付いた。笑いキノコよりは、効果がマイルド。物足りない。なので、薬効を強められないか実験してみた。
天然ミイラよりは強化する事は出来たけど、採取とか、加工の手間とか、・・・。当分はやりたくない。
ピンクの完成品は、たいした量にならなかった。使い道も思い浮かばなくて、結局、クッキーに混ぜてみた。
なんで、炭そっくりに焼き上がるのか。謎だ。
「そんなもん、作るな!」
「だって。砦では、狙った効果とは違ったんだもん。改良するのは当たり前でしょ?」
「そいで、惚れクッキーでお偉いさんを虜にする、ってか?!」
ヴァンさんが跳ね起きた。
「食べさせたのは、ヴァンさん達だよ?」
「「「「あ」」」」
砦では、意図せず爆笑大会になってしまった。なので、今度のは最初から狙ってみた。
四人とも元気にはなったけど、朗らかにはほど遠い。ううむ。薬の世界は奥深い。
「今後、ナーナシロナさんの調合は一切禁止です。禁止します。絶対にやらないでください!」
エッカさんが、治療院長の威厳をかき集めて宣言する。でも。
「魔道具と一緒。材料はいくらでも採れるもん♪」
誰が止めるか。もっと、効果的にダメージを与えられる物が欲しいんだから。
項垂れるエッカさんの肩に、ヴァンさんの手が添えられた。見つめ合う二人。
・・・全くもって美しくない。
『わ、我々にどうしろと言っているんだ!』
テーブルの上からも、ひっくり返った声が響いた。
『え、ええ。ですから。”彼”の道具をローデンの工房で使っても構わない、という許可を頂きたいのですよ』
『これっぽっちの賄賂で認められるか!』
「うわぁ。賄賂って、自分で言っちゃった」
「ショックが強すぎたようです」
「あれだけ凶器を見せつけられれば、無理も無いぜ」
「凶器じゃないじゃん。素材じゃん」
「「・・・」」
なにその哀れむような目は。
『いやいやいや。なかなかに気の利く職人ではないか。改めて言われてみれば、確かに無理な要求だったと反省している』
粘ついた声から、欲張りオーラが漏れまくっている。
『会長?!』
『ん。うむ』
『そうだな。反省しよう』
『どれを選んでも良いのかな?』
『わたしの取り分を盗らないでください!』
うわお。貰う気満々。さっきのは、建前だったのかな。
それから、あーでもないこーでもないと、くだらない討議が続いて。
三葉さん、頑張って早送りしてくれない? やっぱり出来ない。あ、そう。
「聞いた通り、全員が、袋を選んだ」
「抜け駆けは認めない、ということでしょう」
それぞれが違う素材を選んでいたら、後日、お互い疑心暗鬼になる、嫉妬心にも狩られる、かもしれない。ということらしいが。判るような判らないような。
「ん? 持っていったマジックバッグは、中身が入ってたんだろう? 後で持っていくのか?」
ヴァンさんが突っ込む。
「・・・出来るだけ小さな鉱石が入ってた袋を選んで、中身を抜いて渡してきました」
「だがな? 小さい分、高価だし、貴重だし、高いし! 怖かったんだ。マジで怖かったんだぞ!」
ライバさんの涙腺大活躍。まだ、うるうるしている。
「工作班でぶいぶい言わせてた人が、なに弱気な事言ってるのさ」
「関係ねぇーーーっ」
「街中でも、スリや強盗が全く居ないわけではないのですよ?」
「ミスリルなんか、見慣れてるでしょ?」
「あんな純度のインゴットを見た事有る訳無いっ。だいたい、そこいらの魔導炉で精製できる代物じゃ無いんだぞ」
あ、あ〜。シルバーアントから絞り出した後で、更に岩石魔術で分離精製したんだっけ。
それにしても、鉱石のグレードを見ただけで判別できるとは。ライバさん、流石だ。
「魔導炉じゃなくて、土魔術なら出来るんじゃないの?」
「わたくし、見た事も聞いた事もございません」
すかさず、ペルラさんが断言した。
「・・・あ、そうなんだ」
「以前、コンスカンタのレンキニア様がいらした折りに、シルバーアントの加工法のついでに教えていただきましたが、かの国でもミスリルの精製は極めて難しいそうです。手間も時間も素材も人手も! とんでもなく必要なのだ、と」
「・・・・・・あ、そうなんだ」
あのクッキー、怒り増幅作用とか付いてたかな。四人揃って迫力二割増。怖っ。
『ローデン商工会所属の上級職人に認められていない見習いでは、印可を発行するわけにはいかない。なので、”彼”の魔道具の売買は禁止だ』
『しかし。性能面には問題はないと思われる。よって、その魔道具を使用した素材の加工と加工品を使った製品の売買は許可する』
『製品の品質保証は、制作者の責任だからな』
『異論があるかね?』
『いえ。認めていただけて、何よりです』
エッカさんの重低音が、怖い。きっと、顔も恐かったに違いない。
漸く、折り合い、もとい落とし所が決まった。わたしが主張していた通りに。
「最初っから、そう言ってくれれば良かったのにねぇ」
長かった。エッカさんの演説のおかげ、だと思いたい。が。
「・・・そうですね」
エッカさんが、こめかみを押さえつつ感想を漏らす。
『これが証書だ。確かめてくれたまえ』
『あ〜。”彼”には「気が向いたら、いつでも提出してくれて構わない」と、伝えてくれ』
『なんだったら、うちの工房に来てくれてもいいぞ』
『それは言わない約束だろう?!』
「最後の最後まで、見苦しい人達でした」
「おれは、マジックバッグから出した鉱石が行方不明になるんじゃないかと気が気じゃなくて」
「クッキー、まだあるよ?」
「・・・もういい」
全ての再生が終わり、三葉さんが手早く道具を片付けた。虫瘤バッグに、ぽいぽいっとね。
「・・・器用だな」
「だよね」
は〜〜〜ぁ。偽装しておいてよかった。これも、わたしが作ったのか! と追求されるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
「しかしよう。おめえのマジックバッグ。タダでくれてやってよかったのか? また、強請りに来そうな気もするんだがよ?」
「ああ。あれ。まだ、売り物にはできないよ?」
「「「は?」」」
「ま、まさかっ」
ペルラさんが、バタバタと駆け上がり、駆け下りてきた。巾着袋を手にしている。
「ペルラ、一体どうしたんだ?」
「これ、このバッグ。先ほど、ナーナシロナ様に教えていただいたのです、が・・・」
「魔包石を使ってない、簡易版なんだ」
「魔包石?!」
「簡易版?! って、なんなんだ!」
「あ〜、ペルラ。説明してやれよ。ただし、ロナは喋るな。黙っとけ!」
ぶー。
それはさておき。
魔法陣を描く刺繍糸の染色に、魔包石を研磨したときに出来た使用済みの研磨液を使っている。だから、正確には、無使用ではない。
石を縫い付けなくても機能を発揮する優れもの。と言いたいところだけど。
「出し入れできる回数が限られている、のだそうですわ」
「不良品じゃねえか!」
「違うよ? 回数制限有りってだけで、ライバさんも使えたじゃないか」
「役員達がクレームを付けてきたらどうするつもりですか!」
交渉組が、絶望的な声を上げる。
「賄賂代わりに受け取った魔道具でしょ。後から文句を言われても」
「いえ違います。エッカ様の石鹸です。どんな妨害をしてくるか判ったものでは有りませんわ」
おっと。ペルラさん参戦。
「妨害、までするかな。それに、あの人達が文句を言いにくる前に、流通経路に乗せちゃえばいい。難癖付けて売り上げを横取りするつもりなのか、とか言えば、評判を気にする人ならすぐ引き下がるでしょ」
「そうではなくてですね?」
「これ。みんなで試して欲しいんだけど。うまくいけば、使っている人の魔力に馴染んで、ずーっと使えるかもしれないし」
「「「「あ」」」」
本来のマジックバッグとして機能するかどうか、わたしには、到底、確かめることができない。だって。魔力を流したとたんに、袋が粉砕しちゃうんだもん。でもって、爆発まで引き起こす。ペルラさんがやらかしたのよりも酷い。衝撃で吹き飛ばされるんだもん。何故だ、いや、謎だ。
「そういや。元々のマジックバッグってのは、所有者の魔力を使うものだっけ・・・」
ヴァンさんが、ようやく気付いた。
「ボクに文句を言うのは、お門違ーい♪」
「「「・・・」」」
「こ、こここ、こんの、悪党!」
「みなさまの悪役ななしろは、地道に活動を続けておりまーす♪」
「やらんでいいーーーーーーーっ!」
「姫様は十分更生なさいましたの! もう、必要ないではありませんかーーーっ」
「この、非常識、非常識! あああもうっ! 他に言い様はないのかっ」
「マジックバッグについては、判りました。しかし、しかしですね? 常識とか常識とか、もう少し何とかなりませんか?」
同時にしゃべらないでよ。誰が何を言っているのか、ぜーんぜん聞こえないんだけど。
肉体的には絶好調でも、精神的にとんでもなく疲れた、と四人が言うので、全員が屋敷に泊まることになった。
大慌てで、エッカさんとヴァンさんが寝られるように、未使用の部屋を掃除して回る。ついでに、埃まみれになったペルラさんの部屋も掃除した。
「・・・ナーナシロナ様?」
「なにー」
「それ。絶対に、絶対に、ぜーーーったいにっ。他の人が居るところでは使わないでくださいまし」
「うん。ペルラさんなら問題ないよね」
「・・・・・・大有りですわ」
手分けして、掃いたり拭いたり。もっとも、最初に『浮果』を使ってホコリを取り除いてからなので、すぐに終わる。杖の一振りで、ほーら清々しい。
・・・魔法少女ではないからね。ないったらないっ。
「これだけのもの、魔道具をお作りになられるのに魔術が使えない、というのは、不自然なのですわ」
「大規模魔術が使えない魔道具職人なんて、珍しくないでしょ」
「ですから。そういう方々は、既に作り方が伝授されている魔道具しか作らないものなのです」
「ボクは、師匠に教わったんだもん」
「あああああ」
綺麗にメイクされたベッドに倒れ込んでしまった。
「わたくしども、随分心配していたんですのよ? 三年も音沙汰無しで。コンスカンタで行方不明になられた時のように、このまま、どこかに消えてしまわれたのではないか。そもそも、ご無事なのかどうか。
それなのに、こう、何と申しますか、どうしてこんな事に・・・」
何を悩んでいるのか知らないが、精神的疲労は馬鹿には出来ない。
「ペルラさんも、もう寝たら?」
「・・・そう、させていただきますわ」
「明日は、早速、蛹加工用の魔道具を作るね」
「・・・・・・お願い、いたします」
布団の上に突っ伏したままのペルラさんを残して、部屋を出た。顔中で、心配だー心配だー、と訴えていたような気がする。でも、きっと気のせい。
ヴァンさんとエッカさんにも、部屋に案内するついでに明日の予定を教えておいた。
・・・だからなんで、みんな同じような表情をしてるのよ。
漸く、一段落。でもなかったりして。




