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大盤振る舞い、ではないらしい

『あ〜。石鹸の話は、理解した。しかし、他の製品は、どのくらい使えるものなのかね?』




 たぶん、最年長の役員さんだろう。果敢にも反撃に出たようだ。


 わたしが止める間もなく、次の「楽石」の再生が始まった。いや、止めようとしたけど、激しく手を叩かれた。三葉さん、ひどい。


『ご自分で試されてはいかがでしょう?』


 エッカさんが、何やら不穏な台詞を口にする。


 がた、ガタガタ、どさっ。




「おい。エッカ。何をしたんだ?」


 ヴァンさんが、変な物音に突っ込みを入れた。


「矢の穂先でな、あいつらの手や腕を、こう、ぷすっと」


 ライバさんが、ものすごく言いにくそうに、それでも説明してくれる。


「ええ。痺れ薬の効果を、方々に体験していただきました」


 だから。その笑顔が怖いって。




『御心配なく。先ほどご説明した通り、身動き取れないだけですよ。どうです? この即効性! 薬効期間は半日から一日。しかも、後遺症無し。盗賊、強盗の無力化に、大いに役立ちます」


『息まで止まったらどうするんだ!』


 ライバさんが、慌ててエッカさんを制する。でも、役員さん達は既に刺された後だ。


『御心配なく。わたしの身を持って効果を確かめてあります。とにかく、これで、落ち着いて説明が出来ますね。次は軟膏です』




「目の前でばたばた倒れられたら、驚くだろうが。最初に言っておいてくれ」


「わたしも、あそこまでするつもりはなかったのですが?」


「嘘付け!」


「それは判ったから。で、軟膏はどうやって確かめさせたんだ?」


 ヴァンさんが、口論を止めるついでに手段も問い質す。


「あいつらの袖をめくり上げて、思いっきりつねって、な」


「年配の方々は、感覚が鈍っていることが多いのですよ」


 言い訳も白々しい。


 とは言え。


 エッカさんは、有言実行の人ではあった。


 以前、薬効を自ら確認していないものは使わない、と宣言した通り、実際に、ヴァンさん達の目の前で、痺れ薬付きの鏃を自分の手に刺している。椅子から転げ落ちた音で気が付き、ヴァンさんの話を聞いて、慌てて解毒薬をぶっかけた。

 その後も、ヴァンさんに自分の顔を殴らせて、出来た青あざに軟膏を塗ったり。手を泥まみれにしてきたり。芋虫石鹸で洗った手がツルツルピカピカになると、喜びのあまり跳ね回ってた。勢い余って階段を踏み外せば、またも軟膏の出番だとにっこりと笑う始末。


 まだまだ体を張った人体実験を続けそうだったので、商工会との決着を付けるのが先だと諭して、やっと止めさせた。





『そうそう。”彼”は、採取もお手の物だ。で、採取物の見本を持ってきた』




 ライバさん、アレを、このタイミングで出したんだ。


「身動き取れない役員さん達の目の前に並べたの?」


「あん時なら、ねこばばされずに済むと思ったんでな。だがよ・・・」





『『・・・』』





 「楽石」が壊れたわけではないようだが、声が聞こえない。続かない。何か、嵩張りそうなものが取り出され、テーブルの上に乗せられた音だけが聞こえる。


「何が、どうなったんですの?」


 ペルラさんが、恐る恐る交渉組に催促する。聞きたくないけど、聞いとかないともっと怖い、みたいな。ホラーハウスじゃないってば。


 ライバさんに預けたのは、握りこぶし大の巾着袋、五十個。交渉が長引くようだったら使って、とは言ったけどさ。


「ありゃ、マジックバッグ、だった。まではいい。その中身が、・・・ありゃなんだ! なんなんだよ!」


「うわっ」


 ライバさんに掴み掛かられそうになり、慌てて飛び退く。


「ただの素材だよ。実物を見たんでしょ?」


 [魔天]で採取した諸々だ。武器防具の修理やら何やらで、見知ったものばかりだと思ったんだけど。


「ばっかやろーーーーーーっ!」


 ライバさんが、泣いている。一方のエッカさんは、机の上に突っ伏している。さっきまでの勢いはどうした。


「ライバ、落ち着いて話せ」


 しかし、ヴァンさんの問いかけにも答えられないほど号泣している。


「ロナ。話せや。でないとバラすぞ」


 げっ!


「なんなのそれ?!」


 卑怯にも程があるでしょ。


「そうですわ。正直におっしゃってくださいまし」


 ペルラさんの目も座っている。いつの間にか、その手にトレントのお盆を握ってるし。それだけじゃない。仁王様背景、再び。怖いよぅ。




『ロクソデスの毛皮。全身、揃ってるな』




「・・・一枚皮、でしたの?」


 ペルラさんの声が震えている。


「どこが、「ただの」素材だ! 初めて見たぞ。頭の先から尾の先まで、縫い目無し、破れ目無しの毛皮なんか」


「そうなの?」


「「「・・・・・・」」」




『と、牙。ホッキンの羽、肉。ファコタの毛皮、棘。メランベーラの鱗、肉。グロボアの鞣し革、部位ごとに切り分けた肉、牙。ロックビーの針、蜂蜜の小樽。それから、トレントの枝。乾燥メーミク。乾燥カバハ。乾燥カンタランタ。カンタランタのジャム? とラベルにあります。モディクチオの甲殻。それから』




 ようやく聞こえ始めたエッカさんの声は、どんどんトーンが下がっていく。ゆっくりと、一つずつ、中身を読み上げている声が聞こえる。良ーく聞こえる。

 その間、出したり入れたりしている、と思われる音も、BGMよろしく絶える事無く響いている。


 かさこそ、ばさばさ。じゃらっ。


「・・・いやもういい。十分だ」


 ヴァンさんも、テーブルに突っ伏した。でも、「楽石」は、早送りも倍速再生もできないんだよね。


「ホッキンとファコタはどちらも十頭分ずつ纏めてありました」


「蜂蜜は小樽ってサイズじゃないだろうが。おれにあんなもん担がせやがってっ!」


「鞣し革は、どれも素晴らしい手触りでした。素人目にも最上級と思われます。目の保養どころか、目がつぶれるかと思いましたよ」


 「楽石」から聞こえる声に被さるように、突っ伏したエッカさんがつぶやいている。解説はいいから。顔あげてよ。


「もう言うなっ」


「薬草は、どれも稀少品ばかりで」


「だから、もういいって」




『鉱石ですね。これらも、ラベルを、読みます。純鉄、銅、鉛、銀、白金、金、ミスリル、水晶・・・』




「もう、結構ですわ」


 エッカさんとライバさんの漫才は、ペルラさんのため息まじりの台詞で中断された。


「漫才じゃねぇ」


「聞こえてた?」


「わざとらしい・・・」


「手も足も出せない役員さん達の前で見せびらかすライバさんの方が、よっぽど性悪でしょ」


「言ってくれるじゃねえか、坊主」


 ギリギリと歯を鳴らすライバさん。


「あの場で顔色を変えないでいられたのが、いっそ奇跡のようです」


 エッカさんは、まだまだ突っ伏したまま。


「味方の度肝を抜いてどうする!」


 涙ででろでろになった顔で詰め寄ってくるライバさんに、思わず、手ぬぐいを叩き付けてしまった。


 ゴシゴシ。


 ほーら、いい手触りでしょ。


 それにしても。


「そんなに驚く物かな?」


「「「「当たり前だ!」」」ですわ!」


「そうなんだ。全部持ち出してきたかいがあった♪」


「「「喜ぶな!」」」


 男達は怒り狂った。が。


「ナーナシロナ、様? 全部、とは」


「うん。今まで集めた素材の中から、良さそうなのを片っ端から詰め込んできた」


「「「「 ! 」」」」


 時間も余りなかったし、ギルドで見たことの無い素材も省くとなると、あれ位しかそろえられなかった。ちょっと、物足りなかったかな?




『・・・ギエディシェ、部位ごとに小分けされてますね。これで、全部、ですか?』


『・・・おう』


『・・・採取も出来る職人ですか。最強ですねぇ』


 小石から響く声は、どこかひび割れている。ように聞こえる。


『確かにな。コレだけの物をギルドに持ち込めば、五年や十年、左団扇で暮らせるぜ。だよな?』


『魔道具で商売する必要はありませんね』


『魔道具作成に必要な素材は、自力で集め放題。商工会を頼る必要は、無い』


『ギルドに登録していたはずでしたね。直接依頼、・・・受けてくれませんかねぇ?』




「わざとらしい」


「坊主が言うな!」


「商工会の面々の意地、いえ意地汚さを叩きのめす為に頑張ったのですよ?」


 芝居がかった会話の感想を言ったら、二人から文句を言われた。


 それもそうか。


 特にエッカさんは、治療院をほったらかしにさせてしまったもんね。でも、わたしが頼んだのではなく、自分で首を突っ込んできたんだし。どうしたものか。


 そうだ。


「お疲れさまでした。これ、どうぞ」


 お茶と一緒に、クッキーを広げた。ただし。


「なんだ? この色」


「食べ物。なんだよな?」


「予想がつくような、つかないような・・・」


「・・・ナーナシロナ様」


「毒なんか入ってないってば」


 違う物は入れたけど。おかげで、妙な色になってしまった。


「炭、ではなさそうだが」


「違うって。クッキーだよ」


 食べられるって言ってるのに。ぱくっ。湿気っても無いし、うん、美味しい。


「これが、ですか?」


 恐る恐るつまみ上げるペルラさん。


「・・・確かに、炭とは手触りが違いますね」


 失礼な。


 そのまま、小さく齧り取る。


「! 美味しい、ですわ!」


「よかった」


 ペルラさんのお墨付きが出たので、他の人達も食べ始めた。


「お、確かに」


「甘さは控えめ、ですが、何とも言えない香りですね。食欲をそそります」


「いくらでも食えるな」


 三葉さんは、再生を中断させていた。こんな時にそんな気配りは要らない。さっさと、残りを聞かせてください。

 ・・・命令口調でないと駄目? あ、そう。




『それで。”彼”は、コレらをどうすると言ってましたか?』


『・・・「お近づきのしるし」、だそうだ』


『・・・・・・え?』


『調理道具三十個よりも高い、よな?』


『・・・・・・そうですよね』




 ライバさんに、素材見本を預けて説明していたとき、エッカさんはヴァンさんやペルラさんと交渉方針の打ち合わせをしていた。なので、こちらの話を聞いていない。


「エッカの野郎、ギエディシェに目が釘付けでな」


「そういうライバこそ。鉱石から顔を上げなかったではありませんか」


「でも、喋れない相手と交渉は出来ないでしょ」


「ええ。頂いた解毒薬を使いました」


 ぶっかけてよし、飲んでよし、の痺れ薬専用解毒薬。素材の鱗粉集めと精製が面倒だけど。




『気に入ったものを選んでもらえ、だとさ』


『これらの品々から、一つだけ、とか?』


『いんや。中身と外のどちらか、だけだ』


『外?』


『マジックバッグだよ』




「てめぇっ! やりやがったなっ」


「あれほどっ! あれほどあれほど自重してくださいませと申し上げたではありませんかっ」


 今度は、ヴァンさんとペルラさんが逆上した。


 今頃気付いたのか。手のひら大の袋は、実は低温保存可能な軽量化マジックバッグでした。ちゃんちゃん。

 グロボア一頭分の肉が出てきた時に何も言われなかったから、てっきり諦観したのかと。


 でも、そうじゃなかった。


「おおおお落ち着いてーっ」


 ヴァンさんとペルラさんが、揃ってものすごい形相になって飛びかかってきた。


「落ち着けるか馬鹿野郎っ!」


「どういうつもりですのっ?! 目立ちたくないのではありませんでしたかしら?! ご自分でぶちこわしてどうするつもりなんですのーーーーっ!」


 あああ、首が、かっくんかっくん。


「二人ともっ。それではナーナシロナさんが話せませんよ!」


「気持ちは判るが止めろって言ってるだろうがっ」


 ペルラさんは、エッカさんが後ろから羽交い締めにして、ヴァンさんは、ライバさんが殴り倒した。


「ふーっ、ふーっ!」


 荒い息を吐くペルラさん。思わず。


「どうどう」


「ロナさんも巫山戯てないで!」


「首をもぎ落とされそうになったんだから、これくらいいいじゃん」


「・・・手を放してもいいですか?」


「ごめんなさい」


 茶化し過ぎたか。エッカさんまで、目尻がつり上がってる。


「マジックバッグと、稀少素材の山。究極の選択を突きつけやがった」


 単に、沢山あれば選ぶ楽しみがあるよね、と思っただけ。究極とはまた極端な。それに。


「印可とは関係ないけどね」


「大有りだ! 大金積み上げて印可を寄越せと脅迫したのと同じだっての!」


 ライバさんが、顔中を口にしてわめく。


「あ、そうか」


「・・・最初から気付けよ」


 撃ち倒されたヴァンさんの隣で、ライバさんが脱力してしゃがみ込む。


「いやぁ。魔道具素材は自力で調達できるんだよ、ってことの証明のつもりだったんだ」


 選ばせたのは、素材でも魔道具でも手元にあれば品質を確かめられるだろう、と思っただけなんだけど。そうか、金色のお菓子扱いにもなるか。アハハ、わたしってば、迂闊。


「だからって、あんなに持たせることは無いじゃないかっ」


 怒り半分、呆れ半分のライバさんが、まだ文句を言う。


「だって。口で言っただけじゃ信じられないでしょ? 小さい部位なら、ここそこで買うことも出来るしさ」


「それは、そうなんですが。量も質も、何と申しますか、・・・やり過ぎです」


 エッカさんの苦情申し立て。って、やり過ぎ?


「そうですわ。やり過ぎですわ!」


 ペルラさんが尻馬に乗った。ひどい。


「持って帰ってくるのに、苦労したんだ。ほんっとうに苦労したんだ」


「その割には、随分と料理が多かったじゃねえか」


「貴重品は入ってないぞと誤摩化す為だよ。ついでに食べたかったんだよ!」


「ごちそうさまでした〜。美味しかった」


「〜〜〜〜〜!! こいつの非常識には限界ってもんがないのか? おい!」


 素直にお礼を言っただけなのに。ライバさんは、変なスイッチが入ってしまったようだ。ヴァンさんに八つ当たり? べちべちと顔を叩いている。


「おれに訊くな! っつーか殴るな!」


「まさかっ、こんな小さな袋の中にっ、あれ程のっ、ものが入っているなんてっ、誰が思いつくかよーーーーっ」


「おれを踏むな!」


「ここにいるよ?」


 だって、わたしが作ったんだもん。


「坊主は黙ってろ!」


「預けた時に説明したよね」


「使用方法だけだっただろうがっ! 程々でいいんだよ、程々でっ」


「だから、魔包石は除外したじゃん」


「「「・・・は?」」」


「ロナ。もう言うな。何も言ってくれるな!」


 たんこぶ作ったヴァンさんが、床の上から制止してきた。


「替わりにこっちを持たせようと思ってたんだ」


 テーブルの上を片付けて、別のマジックバッグから、中身を取り出す。


「きゃーーーーーっ!」


 ペルラさんが悲鳴を上げた。


「骨ぇ! って、こりゃアンフィの頭蓋骨か!」


 飛び起きたヴァンさんも、絶叫。


 ロックアントに齧られたスケルトン・アンフィ。の頭。テーブルのほぼ全面を占拠した。下顎も付いて、犬歯も他の歯も揃っている。

 ほーら、インパクトはあるでしょ。有り過ぎるかと思って、直前で取り下げた。


「そうそう。これ、魔石化してるみたいなんだ。すごいよね」


 まーてんに転がしておいたら、いつのまにか変質していた。

 ということで、現在、他の魔獣の骨も魔石化するかどうかを実験中。まーてんは、骸骨だらけの、ホラーな眺めになっている。


「ばっ、ば、ばば、馬鹿野郎! さっさと隠せ、仕舞っとけ!」


「ガレンに知られたら、えらいことになるぞ」


 おじさん二人が、大慌てしている。


「じゃ、ギルドへのお土産にあげる」


 こっちの巾着袋には、首から下の骨もいれてきたし。


「要らねーーーーーーーーっ!」


「はっ。【遮音】! 結界を!」


 ペルラさんも、慌てている。が、集中できないのか、うまく発動しない。するはずもない。


「だいじょーぶだよ♪ 食事を始めた時に、仕掛けといた」


 警備の人達を信用していないわけではないが、わたしの秘密を知る人は、少なければそれに越したことは無い。ということで、『遮音』陣布入りの杖が絶賛稼働中。

 ちなみに、これを作る時も崖から吹っ飛ばされた。あの魔法陣全集は、わたしに恨みでもあるのか?


「・・・ナーナシロナさまぁ」


 あれ? とうとう、ペルラさんまで泣き出した。すかさず手ぬぐいを渡す。


「無造作に取り出すんじゃねぇ。この、非常識」


「それ誰? 個人名じゃないでしょ」


「非常識な坊主。だから、非常識。ヴァン、いいよな?」


「おう。いいぞぅ」


「常識破り、ではいかがです?」


「ひっく。長過ぎますわ」


 なんか違う。

 物量作戦。喧嘩を売った方も買い取った方も、ともにダメージ大、でした。


 #######


メーミク

 [魔天]に生息する粘菌。薬用。


カバハ

 [魔天]に生息するキノコ。薬用。食用。


ホッキン

 鷹の魔獣。魔道具素材(風)。

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