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企む大広間

 虫布プロジェクトが中途半端に終わってしまったら、ものすごく困る。


 わたしが。


 どうなるかと言えば。一人で、延々と、延々と痺れ蛾を狩り続ける。そして、手元には、使い道のない布が際限なく増えていく。・・・憂鬱なんてもんじゃない。


 なんとか、軌道に乗ってもらいたい。かといって、積極的に手を出すのも問題だ。なにせ、わたしは街に常駐できない。彼ら自身で、トラブルを解決してもらう必要がある。


 もっとも、この状況で未来は明るい、とは、とてもとても思えない。


「どうする? 趣味の範囲で収めておく?」


 全ては、ペルラさんのやる気次第だ。駄目なら、他の人手を当たらないと。


 ヴァンさんは散々煽ってあるから、ぶちぶち言いながらも採取方面に手を尽くすだろう。織り機などの道具は、ペルラさんとライバさんの試行錯誤情報があれば、新規参入も楽になるはずだ。


「あ、あの。少し考えさせていただけませんか?」


「うん。明日までは、ここにいるつもり」


「ずっと滞在していただいても、そうですわ、このままお住みになられませんか?!」


「却下!」


 そんな、取って喰われそうな形相で寄って来られたら、逃げるに決まってる。


「いくら頑丈な石積みの館でも、うっかり蹴飛ばして壁に穴開けました。なんてやりたくない」


「はい?」


 きょとんとしたペルラさんに、ライバさんが声を掛けた。


「坊主は、英雄症候群なんだと。生木をへし折った、とヴァンの前でも言ってたから、嘘じゃないだろう」


「それくらいなら!」


 いやいやいや。さらっと流せる被害じゃないでしょ。


「レンとのピクニックの顛末を知らないの?」


「ええと・・・」


 ペルラさん〜。

 女官長を勤めるくらいだから、もっと視野が広い人かと思ってたけど、職務以外では、ぽけらったさんだったのか。それとも、あの件は王宮の極秘事項にされてたとか。・・・ありそう。


「王妃様達とウォーゼンさんに嵌められて、三月、森で二人っきりで暮らすことになったんだ。盗賊に目を付けられて、期日を待たずに逃げ帰ることになったけど。

 それで、その期間中に悪化した、とエッカさんは推測してた。

 ここだけの話にして欲しいんだけど、夜中にレンをぺちゃんこにしてしまわないか、冷や汗ものだったんだよ〜」


「具体的に言わんでいい!」


「・・・」


 ライバさんは、意外と恐がりらしい。一方のペルラさんも、思ったよりも症状が重いと聞いて、顔色を悪くしている。


「少々暴れても問題ない場所で養生してたんだけど、落ち着いていられるのは一月ぐらいだったんだ。それに、発作の続く期間は判らない」


「「・・・」」


 脅しているつもりはないんだけど。いや、脅してるか。実際、制御の加減次第では、今この時でも石壁に穴の一つや二つは簡単にぶち抜けるもんね。


「ペルラさんが、本格的に虫布の生産に取りかかるって言うなら、少しは協力できる。でも、ボクは、ずーっとローデンにいることは出来ない。だから、ペルラさんが決めて」


 うつむくペルラさん。


「・・・なあ。俺も、俺にも魔道具が作れるか?」


 暫く考え込んでいたと思ったら、唐突にライバさんが質問してきた。


「えーと。それはやってみないと判らない、としか」


 なにせ、参考になる職人が発明家のルプリさんとか、コンスカンタの魔道具オタク達とか、小魔道具専門のモクロさんとか。サンプル数が少なすぎる。

 製作行程を見せてもらったこともないし。とにもかくにも、一般的な修業過程を全く知らないわけで。


「まずは簡単なものでいい。教えてくれ」


「ボクは見習いだってば」


 そもそも、自作魔道具を持ち歩く口実にしたかっただけだし。


「白々しいにも程があるよな」


 呆れられてしまった。ペルラさんまで、大きく頷いてるし。


「印可を持たない見習いに教わっても、魔道具職人とは認められない、よね?」


「商工会が、きちんとした品質の魔道具を安定して作れることを認めれば、指導を受けた工房主でなくても印可を与えることが出来たのでは?」


「だから〜。ボクは、まだ、見習い職人なの! ずーっと見習いでいいの!」


「んなことは、どうでもいい。教えてくれるよな?」


「どうして、そんなこと知りたがるのさ」


「面白そうじゃねえか」


 にやりと笑うライバさん。どうやら、職人の好奇心が疼いているらしい。歳甲斐も無く、はしゃいでいる。好奇心おう盛なのは、いいけどさ。


「ボクが教わった作り方は、ローデンの職人さんとはだいぶ違うはずだよ?」


「構わない」


 と胸を張って言われても。


 でもまあ、そこまで言われたら、物は試しでやってみようか。あとは、野となれ山となれ。責任は、持てないからね。


「ねえ。ペルラさん」


「はっ。ひゃい!」


 しゃちほこばって立ち上がるペルラさん。何に驚いてるんだ。


「ほら、聖者様の魔道具の設計図。持ってたら、見せてくれない? それと、ヴァンさんから預かったやつも」


 どちらもわたしが描き起こした物ではあるが、聖者様は別人扱いしとかないとね。そう、別人。


「ヴァンから? あ、ああ。あの魔法陣ですね。すぐに持ってきますわ」


 裾をけたてて走り去るペルラさん。王宮では、絶対に見られない格好だよね。


「・・・本当に、女官長やってた人なの?」


「ここに来てからは、ずっとあんな調子だ。それはいいとして。魔法陣、ってなんだ?」


「ええと。ボクの考えた魔道具、で使ってるんだよ。それ、繭を採取する時にすっごく便利なんだ。ライバさんが作れるなら、採取するハンターが増えても対処できるでしょ」


「俺は、魔術師じゃねえ!」


「だからさ。テストも兼ねて、付き合って♪」


「俺が頼んだ方なのにな。なんでそういう話になるんだ?」


 またも首をひねるライバさん。


 いいじゃん。魔道具を作れるんだから、文句はないでしょ。




 

 こういうことには、気が利くらしい。


 ペルラさんは、魔法陣の書かれた紙と一緒に、白紙の魔導紙と専用インクも持ってきた。


 わたしは、水を入れた石壺を用意した。


 ローデンに限らず、この世界では、なぜか陶器はおろか土器までも貴重品扱いされている。

 旧大陸から移り住んできた時、土器作りに向いた粘土が見つからなかったのかもしれない。すでに高性能の魔導炉が存在していたからかもしれない。溶鉱炉にもなる魔導炉があれば、金属鍋は簡単に作れるからね。その割には、竃では薪や炭が使われてるし、ガラスの容器やホーロー鍋は一般的に普及しているし。

 技術レベルがよくわからない。


 それはさておき。


 二人には、魔法陣を正確に書き写してもらった。


 流石は、王宮魔術師団長を務めていたペルラさん。正確無比な出来栄でした。勢い余って、何枚か魔法陣に魔力が乗りそうになったのはご愛嬌。その場合、完成する前に魔導紙が粉微塵になる。もったいない。

 ライバさんも、なんとか書き上げた。ちゃんと効果を発揮する、だろう。多分。


 お互いの魔法陣は交換させる。


「ライバさん、魔導紙を壺に貼付けてみて」


「貼付けるのか」


「うん。それで、魔法陣の外枠に、ちょっとだけ魔力を流すイメージを加えて」


「・・・どうやるんだ?」


「学園で習わなかったの?」


「俺は中等部卒だ。小さな火をつけるので精一杯だ」


 そんなにムキになって言わなくても。


「じゃあ、火はともさないで、でも火が着いているように想像してみる」


「難しい!」


「ペルラさんもやってみて」


「はい?」


 訝しがりながらも、魔導紙を貼付けた壺に手を当てる。


「あら」


 じんわりと壺の中から湯気が立ち上る。やった、成功だ!


「どういう効果なんですの?」


「貼付けた物の内側を一定時間加熱する。そうすると、中の蛹は死んじゃうし、おまけで繭が取り付いていた木からぽろりと落ちる。採取はしやすい。帰り道で、成虫が這い出てくることもない。ね? 便利でしょ」


 暫く考え込んでいたが、


「この魔法陣がなければ、採取できないのではありませんか?」


 困り顔で感想を言った。


「そうかな」


「そうですわ。蛹が生きている状態では、帰路で羽化しない保証はありませんもの。そうなりますと、採取効率が落ちますし、依頼料を上げざるを得ません」


「あー、採算性ね」


「とは言え、繭一つに魔導紙一枚というのも非効率ですわね・・・」


 悩ましくため息をつくペルラさん。

 そう。一度発動した魔導紙は、雲散霧消してしまうのだ。そして、魔導紙は、お高い。


「じゃーん! そんな貴方におすすめの魔道具が、これ!」


「はい?」


 うんうん唸りながら壺とにらめっこしていたライバさんも、思わず顔を上げた。


 特製陣布を取り出して見せた。


「「布?」」


「そう! ミスリルで染めた糸で魔法陣を刺繍したんだ。で、中央には小粒ながら魔包石を配置。物は試しで、やってみよう」


 ライバさんの壺から魔導紙を剥がして、代わりに陣布をぺたり。


 ・・・・・・チーン!


 ここでもやっぱり鳴るのね。同じ魔法陣だというのに。がっくり。


「え?!」


「何だ今の音は!」


 驚くのも無理はない。


 とにかく、こちらも成功。壺から湯気が立っている。


「魔包石の魔力が空になるまで、何度でも使える便利もの。どう?」


「おおお、俺が作るのか?!」


 目に見えて、ライバさんが狼狽えた。


「刺繍は無理?」


「無理無理無理! シャツの穴さえ塞げないんだぞ?!」


「自慢するな!」


 不器用な職人。よく、今まで仕事続けられてたねぇ。


「・・・あの。ナーナシロナ様。この布、もしかして?」


 陣布の表裏をまじまじと観察していたペルラさんが、確認してくる。やっぱり、判るか。


「うん。虫布。泥を使って染めた。刺繍糸も、虫糸をミスリルで染めたやつだよ。そうそう、こんなのもある」


 陣布『氷界』を取り出し、湯気を立てている壺に貼付けた。


「え、え、えええええ!」


 目の前で、凍り付いていく壺を見て、またまた仰天するペルラさん。ライバさんは、目を見開いたまま固まっている。チーン! 凍結完了。やっぱり鳴るのね。とほほ。


「これで、これで見習い? ありえねぇ〜〜〜」


「師匠が好き勝手させてくれたからねぇ」


 師匠、イコール、わたし。やったくりぶったくり。魔法陣や試作魔道具の爆散回数も天井知らず。失敗なくして成功無し!


「ナーナシロナ様! このような魔法陣、いえ、魔道具は危険ではありませんか! 誰でも使えるのでしょう?!」


「あ! あああああああっ!」


 二人とも、声が大きい。その上、血相を変えて椅子から立ち上がり、詰め寄ってきた。怖いって。


「それがねぇ。どういうわけか、人とか魔獣とか、体温のある生き物には反応しないんだ」


「「・・・は?」」


 どうもこうも、最初からそういう条件付きの術式を作って、魔法陣に落とし込んだのだ。教えないけど。

 術式は簡単に出来上がったというのに、魔法陣にする過程はものすごく苦労した。何度吹き飛ばされたことか。丈夫な体で良かったよ、本当に。


 でも、苦労の甲斐あって、ロックアントは凍死した。

 は虫類系は、微妙。日陰で寝こけている時でないと、効果がなかった。一度『繭弥』を使ったことがあるけど、生煮えのヘビは美味しくなかった。


 それはさておき。


「んじゃ、ペルラさん。機織りの目処がついたら、こっちも挑戦してみてね〜♪」


 三点セット(陣布サイズに整えた染色済みの束と刺繍糸、研磨済み魔包石)入りのマジックバッグを押し付けた。

 あれ? ペルラさんの目が空ろだ。


「俺の魔道具は!」


 俺の、ってどういう意味?


「しょうがないな。ライバさんは、こっちのを作ってみる?」


 刺繍が駄目なら、鍛冶仕事で頑張ってもらおう。魔道具フライパン、でいいかな。いや、むしろ、ジャンジャン作って欲しい。


「ヴァンさんに持たせたのと同じ、聖者様の魔道具を再現してみた物なんだけど」


 ぼーっとしているペルラさんは放置して、工作室に移動した。まず、完成品(今朝の料理に使った)を見せる。

 フライパンを二つ持っていたのは、違う味付けの肉を同時に焼きたかったから。いいじゃん。食べたかったんだもん。


「素材は、ロックアントと魔獣の骨の粉末とミスリル合金と魔包石。ここまではいい?」


「ま、魔包石?!」


「小さい石で十分賄える。魔石だと、どうしても重くなるし、使い勝手が悪くなったんだ。ああ、手に持たない鍋なら魔石でもいいよ」


 持ち運びは大変だけど。


「ふらいぱん、も、魔石じゃ駄目なのか?」


「駄目ってことはないけど、頻繁に取り替える必要がある。予備の魔石をたくさん持ち歩くより、一個の魔包石で長く使える方がいいと思わない?」


「う、むー」


「とにかく、作ってみよう!」


「って、魔包石がないだろうが!」


 ライバさん、駄目出しが多い。魔道具を作りたいんじゃなかったのかな。


「あるよ?」


「・・・は?」


 研磨済み魔包石、少量パック。こちらも、早速お役立ち。うんうん。備えあれば憂いなし。


「繭取り魔法陣にも使えるよ。って、気絶したら、作り方教えないからね!」


 時間がないってのに。


「こんなに、こんなにある、まほうせき、しかもこのかたち、まほうせきにてをくわえた、のか? ありなのか?」


 ぶつぶつと、つぶやくライバさん。しょうがないなぁ。


 かーーーん!


「痛ってーーーっ!」


 フライパンの底で、頭を叩いた。


「ねえ。作り方、覚える気があるの?」


「はっ」


 漸く、正気に返ったらしい。


 それから、一通り加工工程を実践してみせた。魔獣骨粉入り一斗缶も大量に渡しておく。だから、いちいち絶句しないでってば。


「このフライパンは、見本としてライバさんにあげる。有効利用してね」


「お、おおう」


「魔包石と魔道具作成の指導料は、来年、いや、二年後、繭から作った布の物納で」


 わたしが織った布と比べてみたい。それくらいは、要求してもいいだろう。


「返事は?」


「あ、ああ。ペルラにも伝えておく」


「何言ってるのさ。これは、ライバさんへの請求だよ? ペルラさんの分は別腹だってば」


「なんか違うぞ?」


 いいじゃん。意味が通じればいいの。




「そういえば、蛹を加工? する魔道具が要るとか言ってなかったか?」


「なんだ。それを作る為の練習だと思ってた」


「初心者がいきなり高級魔道具を作れる訳ないだろう! そいつは坊主に任せる」


「じゃあ、なんでこんな歳になってから、魔道具を作りたがるのさ」


「こんな歳たぁ、言ってくれるじゃねえか。坊主の話を聞いて、作ってみたくなったんだよ」


 獰猛に笑うライバさん。歳の話は禁句だったか。それにしても。


「物好きな」


 わたしをご指名しなくてもいいじゃん。


「放っとけ! それで。製作にはどれくらい時間が掛かるんだ?」


「何度か試作したからね。一日あれば」


「・・・魔道具って、そんなに簡単に作れる物なのか?」


 疑問も多いなあ。それだけ熱心だ、とも言えるけど。


「さっきのフライパンだって、半日掛かってないよ?」


「だがよ。ヴァンに説明してた感じじゃ、もっとこう大掛かりっていうか手間取りそうだと思ったんだが」


「大きいだけだもん。材料は、フライパンと一緒だし」


「え、ええええっ?!」


 そんなに驚かなくても。わたしの魔道具は、陣布かロックアントサンドイッチの、どちらかしかない。アルミのフライパンも、構造は一緒だし。

 メランベーラを使った魔道具とか、誰か、作り方を教えてくれないかな。


「よう。こっちに居たのか。飯だ」


 ぎゃあぎゃあ問答を交わしている間に、ヴァンさんが工作室に顔を出した。なんか、よろよろしている?


「お疲れ?」


「おう。寝てないぞ」


「寝てきてよ!」


 この時期におさんどんヴァンさんが倒れたら、ペルラさんもライバさんも餓死しかねない。


「このやろう! 一晩中やり合って、終わったのはついさっきだ!」


 文句を言う声にも力がない。


「そんなに、交渉に時間が掛かったの?」


「・・・いいから、まず飯を食え。俺も腹減った」


 何があったんだろう?

 主人公の放った飛び火が大火事に。そして、消火するどころか、煽りたてる主人公。消防士は居ませんか?!

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