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大盛り、おかわり!

「それで。もう、十分作っただろ?」


 気を取り直したライバさんが、改めて作業の停止を言い渡してくる。それでもいいけど、気になることがある。


「うーんと。ヴァンさん?」


「なんだ?!」


 いきなり話を振られて驚いていた。


「採取した繭から糸を採る道具はどうなってるの?」


「・・・」


 返事が無い。


「ライバさん?」


「・・・」


 こちらも、返事が無い。


「生地が世間の目に触れたら、注目されるよね。今、ペルラさんが持ってる糸だけで足りる訳無いでしょ。欲しがる人が出てきたら、どうするつもりだったの?」


「あ、あ〜、その」


 ライバさんの目が、明後日を向いている。


「・・・てめえ。狙ってやがったな!」


 いきなりヴァンさんが激高した。


「なにを? ペルラさんが退官後の趣味の範囲で機織りするだけだったら、話はこれでおしまい。補助金使って大げさにしたのはペルラさん達が決めたことなのに、なんでボクが怒られないといけないのさ」


 それに、以前、王宮に拉致された時、わたしはちゃんとヒントを出した。ど忘れしてるヴァンさん達が悪い。


「ぐぎぎぎぎっ!」


 あ。ヴァンさんのおしゃぶり骨の用意を忘れてた。


「な、なあ。ヴァン。どうしたらいいんだ?」


 そうか。ライバさんは機織り工程のすべてを知らないのか。


 真っ赤になっているヴァンさんが、おもむろに深呼吸した。


「・・・よし。で? 何が要るんだ」


 おや。掴み掛かってくるかと思ったのに。


「何が要ると思う?」


「てめえっ!」


 なんだ、いつも通りだ。


「坊主。からかってないで、教えてくれ」


「普通の絹と同じだよ。ただ、繭が大きいのと糸が半端なく頑丈なのと、って考えれば、自ずと判るでしょ」


「ほんっとーーーーーにっ! 厳しいやつだよ。おめえはっ」


「ボクは、英雄症候群でも重症っぽいし。発作の時、街中に居るわけにはいかないよ」


「英雄症候群?!」


「うん。治療院のエッカさんの診断。レン、じゃなかった、レオーネ姫様と森でキャンプした時におかしくなって、太い木を何本も押し倒しちゃった」


「・・・」


 ライバさんが、またまた顔色を無くした。


「脅すなよ」


「事実だもん」


 わたしの返答を聞いて、ヴァンさんが肩を落とす。騎士団員の証言もある。ほら、嘘じゃない。


「繭の採取方法は、四年前、ヴァンさんに渡したよね?」


「・・・アレは、これか!」


「ちゃんと、書いておいたじゃん。読んでないの?」


「魔法陣が見えたから、すぐにペルラに丸投げした」


 どうりで、ロックアントの採取量も増えてない訳だ。繭においては、言わずもがな。


「ボクは採取から機織りまで付合えないってのに、ヴァンさん達が対処できなかったらどうするのさ」


「ぬぐぐぐぐぐっ!」


 頭をかきむしるヴァンさんは放っておこう。


「ライバさん。絹糸を繭から採取する方法は知ってる?」


「う。いや、知らん」


「熱めの湯に繭を浸けて、解した糸を巻き取っていくんだ。織り機用の糸巻きとは別に作るんだ。シャトルも、もっと予備を用意した方がいい。まだまだ作らなきゃならない物が沢山あるよ」


「か、形が判らん!」


 あらら、降参しちゃった。つまんない。


「ロナ。からかってないで教えてやれよ」


 ぎりぎりと歯をならしながら、ヴァンさんが助け舟を出す。


「ボクが使ってるのは〜、こっちが繭用の糸巻き、織り機で使う縦糸用の糸巻きはこっち。シャトルの形状は、ペルラさんに訊いた方がいいと思う。それと、繭を浸す桶、これもロックアントで作った方がいいかも。それこそ、糸を採っている時に桶がまっぷたつになるかもしれないし」


「お、おお、おおおお?!」


 糸巻きを手に取って確認していたライバさんが、桶の話で目を剥いた。


「中から蛹が出てきたら、・・・」


「どうした?」


 言い淀むわたしに、怪訝そうな顔をするヴァンさん。


「ねえ。残った蛹はどうしよう」


 考えてなかった。わたしは有効利用してるけど、ローデンでは糸さえ採れればいいかと。


「おめえは、どうしてるんだ?」


「中身は分離加工して、いろいろ作った。でも、これ、別の魔道具が必要なんだよ。蛹の外側は、鞣革みたいに使える。ほら、これとか」


 クッキーを入れた小袋を見せた。


「俺は、魔道具は作れない。武器防具で精一杯だ」


 ライバさんがうめく。


「結構な数の蛹が残る、と思う。だけど、あれ、食べられないんだよねぇ」


「「は?」」


「脂っぽくて美味しくない。そもそも、うっかり口にしたら体が痺れる」


「「・・・は?」」


「纏めて焼却するにしても、場所とか匂いとか大変だし」


 ロックアントの消化液を使うなら、大量に必要になるし。


 そう言えば。ハンターは、たまに街道まで出てくる魔獣以外は、必要な部位だけ抜き出して、持ち帰りきれない遺骸は森に放置していたんだっけ。


「「・・・」」


 こりゃ困ったね。


「ロナ。その分離する魔道具ってやつは、ここで作れないか?」


 ヴァンさんが、直球でお願いしてきた。


「随分親切じゃん」


「食ったら痺れるような廃棄物が大量に出るようじゃ、採取依頼を出しにくいんだよ。中身までまんべんなく使えるんなら、その方がいいだろうが」


 それもそうか。もったいないもんね。資源は、とことん有効利用、リサイクル。自然を大切に。違うか。


「いくら出す?」


「「・・・はあっ?!」」


 現役中年男と元中年男が、そろって絶叫した。


「当たり前じゃん。他の魔道具職人さんの仕事に支障が出るでしょ?」


 素材の持ち込みくらいなら、まだ大目に見ることが出来るだろう。だが、売り物を作る為の魔道具を、ただで作るのは非常によろしくない。えこひいきの大盤振る舞いだし、俺にも作ってくれと「おねだり」してくる職人商人が集ってくるに決まってる。それに、他の職人さん達の仕事を横取りしかねない。


 適正価格で売るなら、許容範囲内、の、はず。


「う、ううう」


 ライバさんが、うなっている。


「・・・だめだ。俺達だけでは判断がつかない。商工会に話を通さねえと」


 ヴァンさんも白旗を揚げた。なんで、商工会を相手にするんだろう。ペルラさんに筋を通すだけじゃ、駄目なの?


「またまた大事? やだねぇ」


「おめえが持ち込んだ話だろうがっ!」


 違うもーん。




 夕方まで、糸巻きを作ることにした。その間、ライバさんは導板の品質確認作業をする。


 そして、


「やっと、やっと、他所のギルドとの折衝が一段落したってのに、何だってまたこんな事を」


 ヴァンさんは、ぶちぶち文句を言っている。


「現場から離れすぎて、ぼけたんじゃないの?」


「ぼけじゃねぇっ!」


 ヴァンさんが、痺れ蛾の蛹から作れる工作物の見本と、それらの製造に必要な魔道具の取り扱いを相談する為に、商工会に向かう。


「ペルラさんを行かせるよりは、ましでしょ?」


 機織りに熱中した頭で、まともな交渉が出来るとは思えない。むしろ、商工会館で魔術無双とかやりそう。

 そう指摘したら、二人とも沈黙、もとい納得したじゃないの。


「それはそうだがよう。おめえが行きゃいいじゃねえか」


「交渉できる訳ないじゃん。ボクは見習い。印可持ってないんだもん」


 印可とは、一人前の技術者であることを認めたお墨付き、許可証、まあそんな感じのもの。技術指導した職人が商工会の担当者立ち会いのもと、魔導紙に書き付ける。

 大昔に、魔道具がらみのトラブルが多発した時に確立された制度だそうだ。魔道具の品質保持と、魔道具職人の地位保護のためでもあるらしい。


 当然、架空の魔道具職人がねつ造した印可では、認められるはずがない。


「俺が出す!」


「ライバさんは魔道具職人の資格持って無いんでしょ? 意味ないよ」


「ふぐあっ!」


 ヴァンさんには、愛用の魔道具フライパンも持たせた。使い方も、一通り教えた。

 「こんな魔道具も作れるんだから、指導職人は不在でも、見習い卒業させて商売してもいいよね?」という、アピールに使える。かも知れない。あるいは、工房間での引き抜き合戦になるかな。

 ヴァンさんの交渉結果次第だ。


「ギルド顧問ってのは、名誉職。だよな?」


「働いちゃだめ、とは言われてないんだから問題なーい」


「てめえといっしょにすんな!」


「なんのこと? ボクはただの職人見習いだよ?」


「うぐぐぐっ」


「ほらほら。時間ないんだから。さっさと行ってきてよ」


「おぼえてろーっ!」


 なんのことやら。




「なあ。このロックアント、坊主が持ち込んだんだろ?」


「本当は、ヴァンさんへのお土産だったんだけど。ライバさんにあげる」


 解体したロックアントを、特製マジックバッグに入れて持ってきた。

 魔包石を研磨した液で魔法陣を刺繍する虫糸を染色したら、魔石を使わなくても機能したのだ。お土産品を包むにはもってこいかと思い、出来る限りの数を作って来た。


 しかし、作成後に判明したが、容量は小さく、耐久性もない。三、四回出し入れしたら、使えなくなってしまった。

 見習い魔道具職人の試作品だから、と言えば納得されるだろう。


「いいのか? 相当数ありそうだが」


「そうでもない。もともと、この工作室にあったのも使ったし」


「・・・いいのか?」


 夕飯の席で、ライバさんが首をひねりまくっている。むち打ちになるよ?


「そういえば、ペルラさんのご飯はどうしよう」


「自室で適当に食ってるはずだ。そういや、工房の案内もしてなかったな」


「しなくていい!」


 長尻するつもりはない。蛹用の魔道具の目処がついたら、とっとと引き上げる。


「一階は、機織り室、工作室、予備の作業室だ。二階は、糸や布を保管する部屋、裁縫室、客室、一応、応接室ってのもある。三階にペルラや俺の部屋を置いてる。警備の傭兵もだ。そうそう、一階と門には待機用の小屋もあるぞ」


 言わなくていいってのに。


 ん?


「食堂とか調理場とか浴室とか、そういうのは?」


「あ」


 どうりで、ヴァンさんがせっせと配達人をしている訳だ。


「ぺ、ペルラの部屋には簡易調理場が隣にあった、はず。うん」


 それで、自室で食べているはず、と。


「ライバさんの部屋は?」


「・・・」


 調理室があっても、いろいろな道具類で埋まっていると見た。整理整頓が苦手なのかな。


 今日はもう作業するな、ということで、強引に客室に案内された。


「すまねえな。今はまだ人を集められなくて・・・」


「・・・屋根があるだけ、まし」


 かもしれない。


「そ、そうか。じゃあ、また明日な」


 部屋は広かった。立派なベッドもある。隣続きの小部屋は、調理室になっていた。ホテルのスィートクラスっぽい作りだ。泊まった事はないけど。

 多分、貴族の客間として使っていたのだろう。


 しかし。


 とにかく埃だらけ。何年分積み重なってるんだ。まず、掃除をしてからでないと、横になる気がしない。

 またも便利な『浮果』を使う。埃を一気にかき集め、元マジックバッグ今ただの袋に詰め込む。うわぁ、パンパンに膨れた。


 調理室の埃も取り除く。水は、出るね。魔道具だよ。贅沢な。もといもったいない。一口の竃もある。

 昼と夜は、ヴァンさんの差し入れがあるとして、朝は、ライバさんは食べてないのかな。それとも、露店で食べてる? そうだ、傭兵さん達の食事もどうなってるんだろう。ペルラさん、ちゃんと給料出してるよね?


 なんか、いろいろと先行き不安だ。この人達が絡んで、定期的に繭の採取が出来るんだろうか。


 翌朝、警備の傭兵さんに挨拶して、ついでに食事事情も聞き出してから、市場に行った。予想通りで泣けてくる。拾われた恩があるからと、文句一つも言わない傭兵さん達に頭が下がる。でもね、食事は大事なんだよ?


 市場の露店を回って、背負い籠の中に購入した食材を放り込む。


「お、おい。坊主。そんなに積み上げて、潰れないか? 荷車貸すぞ?」


「また、返しに来なくちゃならないでしょ。そうか、荷車。今度作ってこよう」


「・・・そうか。また来いよ。そんときゃ、おまけしてやる」


「ありがとー」


 両手にもあれこれぶら下げて戻ってきたのを見て、ぎょっとする傭兵さんに、声を掛けた。


「交代したら、待機中の人達にも声を掛けてくれる? 一階の広間に来てねって」


「は、はい・・・」


 予備の工作室らしき部屋に入った。客室よりも綺麗とは、なんか理不尽。


 とにかく、ここを借りよう。


 簡易調理台を取り出す。大きめのフライパンとか鍋も出して、と。


「こんな朝っぱらから、いい匂いさせて。ずいぶんとヴァンも働きもんになっ・・・」


 ライバさんが、小部屋を覗き込んだまま、絶句した。何度目だ。


「いいところに。広間のテーブル片付けてくれる?」


「・・・」


「ライバさーん。おーい!」


 まだ突っ立ったままだ。フライパンと箸を持ったまま、近付いて、脛を蹴ってみた。


「痛えっ! って、夢じゃないのか」


「警備の人達にも食べてもらうんだから、急いでよ」


「お、おう」


「ああ、幻でしょうか。ナーナシロナ様の料理の夢を見るなんて」


 おやおや、ペルラさんも下りてきちゃったよ。まあ、いいけど。


「おはよー。よく眠れた?」


「・・・。え?」


「予備のテーブルとか椅子があったら、出してくれる? 警備の人も呼んだから」


「は? はい。・・・?」


 まだ、寝ぼけてるんだろうか。


 パンだけは、買ってきたものをそのまま出した。そして、薄切り肉の炒め物と、炒め野菜、薄味のスープ、デザート代わりの果物を所狭しと並べる。盛りつけた器は、もちろんわたしの手作り(ロックアント製)。


「お皿の色は気にしないで。魔導炉の練習に作ったやつだから。スープのお替わりはあるからね」


「「「「・・・・・・」」」」


「どうしたの? 食べないと冷めちゃう」


「え、ええ。それでは」


 ペルラさんが座ると、他の人達も、それに倣って恐る恐る席に付きはじめた。


「! うまいっ!」


 傭兵さんの一言で、それからはどんどん料理が食べられていった。よしよし、いい食べっぷりだ。


「織り機が出来上がったら、本格的に忙しくなるでしょ。頑張ってね」


「「「「「はいっ!」」」」」


 あれ? ペルラさんまで返事した。


 食後のお茶も出したかったけど、人数分のカップが揃わなかった。後で、作っておこうっと。


「いえいえいえ! うまい朝食だけでも十分ですから!」


「ありがとうございました!」


 傭兵さん達は、そう言って引き上げていく。


「今、警備に当たっている人や寝ている人の分もあるから、交代したら食べに来るように言ってね〜」


「「「「はいっ!」」」」


 屋敷は正門、裏門の二カ所を除いて高い塀に囲まれている。その門を、基本、三交代制で警備しているそうだ。


 それはさておき。


 残ったペルラさんとライバさん、わたしの三人でお茶にする。


「これ、これも、ロックアント、か?」


 ライバさんが、手にしたカップに目を落とす。


「うん。煮ても焼いても壊れない頑丈さが売り」


「違うっ!」


 ライバさんが煩悶している。


 熱耐性に優れたロックアントの食器は、煮沸消毒も出来る。ちなみに、薄手のカップに見えるけど、その実体は極薄の魔法瓶だったりする。中身がどれだけ熱々でも、握っている手には熱が伝わらないという、あれ。赤棘蟻の食器なら、そんな加工を施さなくても保温機能がある。真似してみたら、こうなった。

 空気層はハニカム構造で補強してあり、ただでさえ丈夫な素材が更にパワーアップ。

 いやほんと、弓矢だって弾いちゃうし。


 あ、そうか。ライバさんは、工作班に居た頃、散々、盾だの鎧だのに加工してたんだっけ。用途の落差が激しくて、悩んでいるとか。使えるんだから、なんだっていいじゃん。


「わざわざ、お料理までしていただいて、本当に何とお礼を・・・」


「まだあるぜ」


 憂鬱な顔をしたライバさんは、ペルラさんの台詞をぶった切り、昨日のヴァンさんとのやりとりを説明した。


「え、ええと」


「固まってる暇ないからね。ペルラさんが指示しないと、ライバさん、何を作ったらいいかわからないらしいし」


「わたくしにも判りませんわ!」


 おい。


「ライバさんにも言ったけど、繭をほぐして糸を束ねて、織り機用の糸巻きに巻き直して、それやこれやに必要な道具だけだってば」


「そ、それもロックアント、で?」


 泣きそうな顔のペルラさん。でも。


「でないと、糸巻きも真っ二つ。だろうねぇ」


「「・・・」」


「そうそう。一応忠告だけど、料理人とか家の片付けをする人とか、さっさと雇った方がいいんじゃない? 傭兵さん達、ほとんど休日無しでしょ。外に食べに行くにしても、落ち着いて食べられるのかな。それに、使わない部屋だからって、ホコリだらけにしておくのはどうなの。織り手の職人さんが来た時に、掃除からやらせるの?」


「「・・・」」


「機織りが成功してから取りかかろうとしていたのかもしれないから、余計なお世話だった?」


「「・・・・・・」」


 二人の目は、泳ぎまくっている。


 熱中し過ぎるにしても程がある。この調子では、早々、体を壊してしまい、機織りどころではなくなってしまうはずだ。


 やれやれ。

 嫌みとか、ロックアントとか、情報とか、料理とか。ほーら、沢山。

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