道具は大事
虫糸の機織りと魔道具普及事業を、一石二鳥で推進しようとした。ところが、前者が足踏み状態で焦りまくっていた。
そんな時に、飛んで火にいる夏の虫宜しく、わたしは、まんまと巻き込まれてしまった。
いや、手ぐすね引いて、待ち構えていたんじゃなかろうか。
「で? どこが悪いんだ? 形か? 大きさか?」
ライバさんが、のしかかるように迫る。
「この魔導炉、使ってもいい?」
「あ? ああ、って、使えんのか?」
論より証拠。実物を見てもらおう。
シルバーアントの塊から必要な大きさを切り出して、炉に突っ込む。自前のハンマーを取り出し、見本の導板と同じ形になるよう、叩いて伸ばす。
あれま。炉自体も、イマイチ。
それでも、一応、一個は完成させた。
「ほい」
割れた物と、並べてみせる。
「全く同じじゃねえか」
ヴァンさんが口を挟む。
「ライバさんなら判るでしょ」
「む? む、むうぅぅん」
「ライバさん?」
ペルラさんには判らなかったらしい。唸るライバさんに疑問符を投げかけた。
「初見で同じ形に作れるってだけでも、半端ないな」
それって褒めてるんだよね?
「つまりは、魔力圧の掛け方が不均一、なんだな」
「うん。でも、この炉なら仕方無いと思う」
「どういうこった?」
「炉の焦点が狂ってる。大きい部品では目立たないけど、こういう細い部品だと覿面に現れるんだ」
普通の絹織物なら、問題なかったんだろうけどね。どんだけ丈夫なんだ、虫糸。ロックアントの部品ですら、妥協しないとは。
「うぐっ」
何か、心当たりがあるらしい。床に手をついてしまった。
「おい。ライバ、どうした?」
「こんな、こんな小僧から、聖者様の教えを聞くことになるとはっ!」
号泣してる。いい年したおじさんが。うわぁ。
「ええと?」
「元は、騎士団の工兵だったんだ。ペルラが腕のいい職人を雇いたがってると聞いて退職して来た、物好きなんだよ」
工兵さんに取り囲まれて、ロックアントの槍なのに折れるのはどうしてか、と聞かれたことがあったようななかったような。
「炉を調整すれば直るよ?」
「これは、つい最近、コンスカンタの職人にあつらえてもらった魔導炉ですの。ライバさん、出来ます?」
力なく首を横に振るライバさん。
「俺には、この炉のどこが悪いのかも判らない。直すなんて到底無理だっ」
またも、号泣。暑苦しい。
「この部品だけ、他の工房の炉を借りて作れば?」
このサイズなら、モクロさんの魔導炉でも加工が可能だ。
「そんなっ。あの布はまだ極秘なんですの! 他所の工房を借りたりしたら、詮索されてしまいますわ!」
「難儀だなぁ」
ぽすん。
わたしの肩に手を置くヴァンさんを見上げる。
「・・・なにさ」
「判ってるんじゃねえか?」
ニヤニヤニヤ。
「そもそもが、おめえの持ち込んだ話だ。協力してくれたって、悪かないよなぁ?」
「いいよ〜」
「ほんとか?!」
「お願いできますの?!」
ヴァンさんのびっくり顔をみて、ちょっと溜飲が下がる。
本当は、自分達だけで解決して欲しいところだけど。部品の手直しぐらいは、いいだろう。
一度、炉を止めて、構造を確認する。コンスカンタの職人作と言っても、モクロさんの炉と大差はない。
それにしても、いい部材使ってるなぁ。最新型かも。きっと、伝手とか伝手とか、使いまくったんだろう。
部材は新品なので、微調整だけで済ませる。
「その、直す部位はどうやって見分けるんだ?」
「加工中に判る。魔力の分布を見て、過不足のある位置から炉壁を見極めて」
「出来るか!」
「慣れだよ。慣れ。あとは、加工品だけじゃなくて、炉全体を観察すること、かな?」
「だから、そんな器用な事できるかってんだよ!!」
「ゆがみ、か? 炉を組み立てる時に調整するもんじゃないのか?」
食って掛かるライバさんを押さえつけながら、ヴァンさんが当然の疑問を口にする。
「炉を動かしている時じゃないと判んない。ボクだって、試作してる時に気付いたんだもん。
そうそう。魔導炉は、使っているうちに少しずつ狂いが出てくるんだ。こまめに調整していればそれほど費用はかからないけど、放置していれば炉全体が劣化するからね」
「・・・」
「どこで、そんな知識を仕入れてきやがるんだ。おめえは」
絶句したライバさんに代わって、またもヴァンさんが質問する。
「師匠」
「「・・・」」
本当は、海都のルプリさんとコンスカンタの職人さん達に教えてもらった。
あとは、自作の魔導炉を作って使用中にぶっ壊し、の繰り返し。痛かったよねぇ。砕けた炉壁がビシバシ飛んできて。文字通り、体で覚えたわけだ。
「おい。ヴァン。こいつ、何者だ?」
ライバさんが、今更なことを訊く。
「魔道具職人の弟子だ、と本人は言ってるがな」
「・・・これで、弟子」
あ。ライバさんが沈んだ。
炉を再起動して、もう一つ導板を作ってみせる。前回よりも完成までの時間が短い。
「こんなに違う物なのか」
長年、工作班の魔導炉をいじっていたライバさんが、行程が短縮したことに複雑な顔をしている。でも、部品の出来上がりは問題ないようだ。
「で〜。ちょっと、織り機の構造を変えてもいい?」
ペルラさんに、お伺いを立てた。
「大幅な変更は、織る時に困りますわ!」
「違う違う。導板とそれを固定する枠だけ」
「それでしたら、なんとか」
「出来上がったら呼ぶよ。それまで、ペルラさんは英気を養っておいて」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ。ですが、何日ぐらい掛かりそうですの?」
「最長でも四日あれば」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
ほっとしたペルラさんが下がっていった。ああ、足下がおぼつかない。ベッドまでたどり着けるのかな。
「俺は居るぞ」
ライバさんは、残る気満々だ。熱血職人め。
「ロナよう。手柔らかに、な?」
ヴァンさんが、後ろから小さく声をかけてきた。
「心配性だねぇ」
「おめえは病み上がりだろうが」
そういう口実ね。
「何なんだ、あの小僧は?!」
翌日、ライバは、昼食を差し入れにきたヴァンに掴み掛かった。
「うおっ! 飯持ってきてやったのに、いきなりそれはないだろうがっ!」
股ぐらを蹴り上げられ、悶絶するライバ。両手が荷物(料理とも言う)に塞がっていては、反撃が足蹴になるのも仕方がない。しかし。
「で。あいつは?」
軽く屈み込んだライバに、声をかけるヴァン。
「・・・炉の前だ」
「呼んでこいよ。飯だぞ」
「聞こえちゃいねぇ」
「・・・はぁ?」
「昨日から、ずーっとずーっとずーーーーーっと! 炉の前に座りっぱなしだ。だから言ったんだ、何者だって!」
ヴァンは、ナーナシロナが徹夜したと聞いて、血相を変えた。
「ばかやろう! 無理にでもひっぺがしてこい!」
「出来るものなら、とっくにそうしてるさ!」
ふてくされたライバを引きずって、工作室に駆け込んだヴァンが見たものは。
「・・・なんだ、これは」
「また増えてやがる・・・」
ライバは、昨晩、ヴァンの差し入れの残りで夕食を済ませた後、「もうちょっとだけ」と言う言葉を信じて先に休んでしまった。朝、工作室を除いてみれば、寝る前に見たままの格好で炉の前に陣取っている。いや、鎚をふるっている。
そして、周囲には、黒々と光る部品が丁寧に仕分けられている。が、ロナのいるところにはとても近寄れない。その部品の山が、行く手の邪魔をしている。
「工作室には、こんなにロックアントは置いてなかったはずなんだ。それを、どっからか材料を持ち込んでくれてよぅ。運んでも運び出しても減らないんだ」
織り機のある部屋の片隅にも、確かに部品の山があった。だが、それ以上の数が工作室に残っている。いい年したライバだが、ヴァンに泣きついている。
「おめえはまず朝飯を食え。その間に俺も運び出してやる。二人掛かりなら、すぐに片付くはずだ」
「お。おう。そうだな」
ライバは、大急ぎで料理をかき込む。ろくに味も判らなかった。
「おい。ロナ! 聞けってんだよっ!」
「わあっ」
危うく、自分の手にハンマーを打ち下ろすところだった。
「なにすんのさ!」
肩を揺さぶったのはヴァンさんだった。
「もー、怪我するところだったよ」
「・・・いいから。飯食え」
「もーちょっとで終わるから。魔石がもったいない」
「「いいから食え!」」
ヴァンさんとライバさんに両腕を抱え上げられてしまった。流石に、足が地に着いてないと振りほどけない。
「わ、ちょっと?!」
ジタバタもがいているうちに、昨日のテーブルに運ばれて、座らされた。
「ご飯だって言うなら、顔ぐらい洗わせてよ」
「・・・こっちだ」
ライバさんに、手洗い場を案内してもらう。
「坊主よぅ。いつも、あんな無茶やってんのか?」
「する訳無いじゃん」
「ならするな!」
「だって。急ぎなんでしょ?」
「体を壊したら元も子もないだろうが」
「おじさんがそれを言うのかな。ペルラさんもすっかりやつれちゃって」
「俺達は好きでやってるからいいんだよ!」
「ボクも、面白かったんだもん」
「・・・は?」
テーブルに戻ると、ヴァンさんがお茶を入れているところだった。あ、零してる。ぶきっちょ。
「坊主。残ってる作業は何だ? 続きは俺がやっておく」
先に食べていたらしいライバさんが、ボクに向かって声を掛けた。でも、
「無いよ?」
「は?」
「じゃ、今まで、夜通し、何を、やってたんだ? しょーじきに、白状しやがれ!」
なぜか、据わっちゃった目付きで睨むヴァンさん。
「導板と固定する為の枠の予備をね。あっても困らないでしょ?」
「あんなに要るかぁ!」
ライバさんが絶叫した。
「四日も掛かってねえじゃねえか!」
ヴァンさんも目をむいて怒鳴りつける。ああ、うるさい。
「ああでも言っとかないと、ペルラさん、休もうとしなかったでしょ」
「それは、そうかもしれんが。だがよぅ」
「織り機が完成したら、それこそ、張り付いたままになるんじゃないの?」
「「・・・」」
ほらみろ。
「今のうちだけなんだからさ」
「って、誤摩化すな! おめえも、きっちり飯食って寝ろって言ってんだよ」
「いやぁ。どれだけ早く作れるかやってみたら、面白くなって止められなくなっちゃって」
「「・・・」」
おや。タイムトライアルは嫌いかな? 普段は完璧自分ペースで作成してるから、たまには制限付きの作業があってもいい。と思っただけなんだけど。
ロックアント殲滅戦は別。痺れ蛾の繭採りも別。あれらは、急かされるだけで、心底楽しめない。
「それに、織り機は一台じゃないでしょ? 織り子さんが増えるような事言ってたし。あれだけあれば、足りるよね。
そうだ。ライバさん。導板の取り付け方を教えるから、そのあとで、製品チェック、よろしく」
「お、お、おおおおっ?! あんだけの数を俺一人でやれってーーーっ」
二度目の絶叫。
「だって、ペルラさんじゃ判らないし。ボクは作った本人だから、チェックにならないもん」
ふふん。気絶しそうだ♪
「ごちそうさま〜。んじゃ。取り付け、逝ってみよう」
「・・・字が違うんじゃねえか?」
「気のせい、気のせーい」
ヴァンさんの突っ込みを、軽く流す。
さて。後三日で、完了できるかな?
導板は、板状から、小さな輪の上下に細い針金が伸びた形に変更した。端は、へら状になっていて、枠のスリットに差し込めるようになっている。導板よりも、ソレを固定する枠にスリットを作る作業の方が大変だった。
でも、導板の取り付けは、以前よりも楽になったそうだ。工夫した甲斐があってよかった。
「よく、こんな形を思いついたよな」
「材料が少なくて済むじゃん」
「・・・ごもっとも」
魔導炉のある区画で、ライバさんが血走った目で導板をチェックしている。わたしは、魔導炉の前に陣取って、まだ作っている。
「もういいんじゃねえか。ざっと見ても、織り機十台分ぐらいはあるぞ」
「そんなもんで済むとは思えないけどねぇ」
「いやいやいや。ロックアントで織り機を組み立てること自体が、ありえねえっての。だいたい、素材が、ロックアントそのものが手に入らないっての」
ライバさんが、ブツブツ言っている。お土産の大盤振る舞いでも、まだ足りないらしい。やっぱり、もう少し作っておこう。
「なあ。今のところ、質は揃ってる。残りは確認しなくてもいいんじゃないか?」
何言ってんだか。品質管理を知らないのかな?
「後少しで織り終わる時に導板が壊れて、仕上げられなくなって、始めからからやり直しになって。なんてことになったら、ペルラさんがなんて言うか」
「うおおおおおおっ! ペルラの八つ当たりは、二度と食らいたくねえっ」
冗談だったのに、ライバさんは悲痛な叫び声をあげた。
「一体、何をやったの、ペルラさんは」
「言うな、聞くな、思い出させるな!」
ただでさえ悪くなっている顔色が、ますますどす黒くなっている。
「なにやってんだ、お前ら。ほれ、飯だ。さっさと来い」
すっかりデリバリー配達人と化したヴァンさんが、工房に現れた。
「わーい♪」
「・・・」
機織り室に移動し、三人で昼食を摂った。
「でさあ。ペルラさん、何やったの?」
ごふっ!
ライバさんが、思いっきりむせた。
「何の話だ?」
「織り機の製作に行き詰まってた頃、ペルラさんがライバさんに何かしたらしいんだけど」
「俺は、詳しいことは知らねえぞ?」
ヴァンさんも、聞いてないのか。
「げふっ。ごほっ。話を掘り返すなよ。飯がまずくなるじゃねえか」
騎士団の工作班で腕を鳴らしていたライバさんが拒絶するくらいだ。相当、面白いことをやったに違いない。ワクワク。
「どうせ、背後に火の玉を飛ばしていたとか、ざんばらの髪の毛を振り乱していたとか、そんなもんだろ?」
随分と、具体的に言うじゃないの。
「・・・経験あるんだ。ヴァンさん」
「学園時代に、嫌というほどな」
げっそりとした顔をするヴァンさん。
「・・・それ、夜中にやられてみろ。息が止まるかと思ったぞ」
ライバさんが、真っ青になってる。
「うん。それは怖い」
おばけ、怖い。
ファイアーボールを周囲に浮かべて、風魔術で頭の周囲の空気をかき混ぜれば、リアル鬼女の出来上がり。
本当は、防御の為の魔術なのですが、ペルラは脅かす為に使ってました。
なお、複数系統の魔術を同時に発動できる魔術師は、滅多に居ません。




