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いもむし、ごーろごろ

 成虫の体液には、麻痺毒はなかった。ということで、その場に放置する。そして、他の芋虫コロニーを探しまわった。

 去年のコロニーだったと思われる場所があった。数カ所では、繭を採取できた。


 しかし、ほとんどは羽化した後だった。一枚の葉も残さずに立ち尽くす木々。根元の草もほとんど残っていない。

 その上空を、ばっさばっさと鱗粉をまき散らしながら飛び交う成虫。地上では、大小の動物がひくひくしている。鱗粉の麻痺毒にやられたらしい。


 余りの鬱陶しさに、彼らの頭上に水の固まりを招聘する。


 皆、地上にたたき落とされた。お、ついでに辺りに漂っていた元鱗粉の粉末も洗い流された。

 ただし、成虫の羽に付いている鱗粉は落ちていない。これまた判らないシステムだなー。


 成虫の頭を、すべて叩き切る。何となく、鱗粉も回収する。解毒剤に出来ないか、試してみよう。

 鱗粉を集めている間に、動物達の麻痺がとけたようだ。ふむ、毒は強力ではあるが、持続時間は短いのか。狩に使えるかも。


 成虫の寿命も短いようだ。飛び回っているのを見たのは、羽化が始まってから二十日ぐらいだけだった。見かけたら、すぐさま射殺したけど。麻痺毒の鱗粉が迷惑なんだってば。


 成虫がいなくなる頃、ちらほらとハンターを見かけるようになったので、あわてて[深淵部]に退散する。

 人嫌い、というわけではないが、あれこれ訊かれるのが面倒だったし、繭の処理もしたかったので。うん。採ったからには有効利用しなくちゃね。


 


 山脈の洞窟に向かった。動物達に荒らされた様子もない。染色用道具その他を準備して。それでは、まず糸取りから始めよう。

 二×五メルテのバスタブもどきに湯を張る。薪で湯を沸かすのではなく、『噴湯』を改良した魔道具『湯口ゆぐち』と『水招』を改良した魔道具『水口みなくち』を使った。火の具合を見ながら、糸を繰るのは無理だから。


 最初は繭一個。最初の糸の端を取るのにコツが要るようだ。でも、後はトレントの糸と同じように糸巻きに取っていける。糸の太さは、トレントとエルダートレントの中間ぐらい。

 糸一本取りと、三本取りの二種類を用意する。


 すべての繭から糸を採り終わった。残ったのは、芋虫の形を残したさなぎ以前と、手足の形がはっきり判るさなぎ本番。・・・用途が思いつかない。先に、布から作ろう。


 試作品は、幅三十センテで織ることにする。

 一本糸で織った布は、レースのカーテンなみにすけすけだった。光沢も、すばらしい。薄黄緑色の生地に光が当たると、翡翠のようにも見える。

 三本糸の生地は、絹織物そのものだ。厚さ、手触り、しなやかさ、すべて申し分無し。しかし、糸本来の色だと、森の中では抜殻服並みに目立つ事間違い無し。

 なんとかして、染色しなくては。


 これが苦労した。


 エルダートレントも染められた、棘蟻の染色液でも駄目。芋虫の体液を使ったら、布自体が麻痺効果を持ってしまった。それなら、と、念のために確保していた成虫の体液も使ってみたけど、これまた駄目。逆に光沢が増す始末。


 せっかくの新素材なのに、色が派手だから使わない、というのももったいない。もっと、いろいろ試してみよう。




 今年も脱皮した。大きくなった。ほんのちょびっとだけ。

 ・・・何が足りないっていうんだーっ!


 脱皮直後に、なぜか、唐突に思い出した。絹織物で泥染というものがあった、ような。ええと、土中の鉄分とその他ミネラル分との複雑な効果で、黒っぽい色になるとか。

 鉄分込みの泥なら、分離魔術の応用で作れる、はず。天然に存在すれば、もっといい。


 ふふふ。時間はいくらでもあるんだ。やりがいがある。


 [魔天]中を探索して、土を集めた。


 途中で、ハンターを見かけた時は、樹上に避難して『楽園』でやり過ごす。たまに、その木の下で野営される事もあったけど、おしゃべりを聴いて情報収集♪

 採取している魔獣の種類は、わたしがローデンに出入りしていた頃と大差はないらしい。芋虫繭の話は出なかった。

 気になったのは、ロックアントの群れるシーズンに、大型魔獣が街道に出てきていると話していた事。蟻の大群の所為、かな? うん。今年も狩りまくろう。


 ロックアントのシーズンが終わった。今年採取したロックアントの総数が、去年より減っている。来年以降も様子を見る必要があるけど、落ち着いたのかもしれない。エト紙に記録しておこう。


 次は、芋虫探し、もとい繭採りだ。

 去年のコロニーにはいない。それもそうか。食害を受けたトレントの半分は枯れていたし。うーむ。よくないな。死んだトレントを掘り起こしておく。これで、若いトレントが、集まって来られるはず。


 染色用の泥を探しまわっていた時期、芋虫は見かけなかった。たぶん、ロックアントのシーズンの始めに孵化するのだろう。来年のシーズンには、孵化直後の芋虫を探してみよう。これも、メモっておこう。


 確認できた芋虫コロニーの三分の一で繭を採取した。残りは、・・・羽化に間に合わなかった。成長早いよ。成虫は、びしばし射落としてやった。


 成虫は、蜘蛛の魔獣ロコックや巨大カマキリのデサイスが、たまーに捕獲していた。射落としたものは、ムカデの魔獣のモディクチオやロックアントが食べた。動物型の魔獣は見向きもしない。たぶん、麻痺鱗粉の所為だろう。捕食者が少ない、気がする。新種だからかもしれない。

 これから、増えてくれないかなー。


 狩が終われば、趣味の時間。

 いや、実用のためだよ? 試行錯誤は当然だよね。


 虫糸は、泥だけでは染められないようだ。下処理に、トレントの樹皮の煮汁につけ込んでみた。そうしたら、少しずつ染まっていった。樹皮煮と泥漬けを繰り返し、ようやく気に入る色になった。わずかに青みを帯びた黒。渋いわぁ。

 しかし、染色だけでも、結構な時間がかかる。まあ、いいか。


 もう一つ。首長竜の猛毒血液でも染められた。

 これは、たまたま洞窟の床にこぼしてしまったところに、下処理したばかりの糸を落としてしまったら、見る間に黒くなった事で気がついた。ただ、こぼしたのは血液原液ではなく、一葉さん達が洗い流すのに使った最後の方の瓶の中身だ。ほとんど透明な海水に見えるのに、糸束二つがすっかり染まっている。

 やっぱり、あの首長竜も謎生物だ。


 糸が猛毒になったかとびくびくしたけど、なんと無毒化されていた。黒く染まった後、試しに水洗いしてみても、洗浄液に毒性分を感知できない。煮たり焼いたり、ロックアントの消化液や蟻酸も使ってみたけど、毒性分が溶け出してくる事はなかった。これで、ひとつ懸案が解決した。

 保管してある毒血を処分、もとい染色するのに、どれくらいの糸が必要になるか、は、後で考える事にする。


 そう、先は長い。いろいろと。


 染色がうまくいったら、次は機織りだ。


 名前は泥染でも、渋い。子供が着ても、渋い。

 Tシャツ、長袖シャツ、カッターシャツ、ズボンにベスト。作業着代わりの作務衣も作ってみた。一本糸では手ぬぐいをつくった。頭に巻いてよし。汗を拭いてよし。道具の手入れによし。

 吸水性も速乾性も申し分無し。どうしよう。手放せなくなりそう。


 うん。これから、体も大きくなる事だし、布地がたくさん有っても困らない!

 来年もたくさん採ろう。




 期待したほど成長していない。くやしーっ。脱皮後に、前に着ていた服がそれほどきつく感じられなかったのが、ショックだった。食生活を、もっともっと充実させよう。


 久しぶりに、ロックビーの巣を見つけた。回収していたトレントの枝をくべて、煙でいぶす。大人しくなったら、巣の一部を採取する。全部は取りませんよ? また、たくさん蜜を集めてもらいたいもん。

 ・・・芋虫との扱いの差が歴然としているな。えこひいき、いいじゃん。


 [深淵部]の動物達の種類も、だいぶ復活してきたようだ。もう少し大型の動物も狩る事にする。鹿の焼き肉はおいしい。煮込みもいい。でも、味噌が欲しい。

 味付けに使う香辛料は、なかなか増えない。薬草はいくらでも見つかるのに。ということで、薬膳もどきなメニューが増えた。


 魔道具の作成にも精出した。染色に使う保温桶とか、圧力鍋とか。それよりも、繭を採取しやすくするための道具が欲しい。

 だけど、記憶している魔法陣に、適当なものがない。考え抜いた揚げ句、逆転の発想、わたしが使っている術式を魔法陣に変換すればいい、と思いついた。


 これがまた、難航した。


 他人も使える魔道具にしたい。万が一、繭の採取をしている時に人が来ても、怪しまれないようにするためだ。

 わたしの魔力と魔石のハイブリッド起動は諦めた。どうにも複雑怪奇で、動作が安定しない。魔石で術式が起動すればいいと割り切る。


 魔石もとい魔包石は、ごまんとある。足りなくなったら、自前で作れる事も判った。

 アルミニウムと極少量のその他の金属元素と空気中の酸素をかき集めて、むぎゅっと圧力をかければ、アーラ不思議、ルビーやサファイアがゴロゴロと。むぎゅっとする時に、一緒に魔力も込めてしまうらしい。地産地消? 違うな、自家消費だ。うん。問題ないね。


 水晶やコランダム、ダイアモンドなど構成元素の少ない石は、好みの大きさで作れた。場合によっては、研磨の必要もないほどの宝石らしい宝石も出来る。・・・無駄に凝りすぎたかも。

 ただ、結晶構造の複雑な宝石は作れなかった。ラピスラズリ、好きなのに。なんの、まだ作れないだけ。そのうちに作ってみせよう、ホトトギス。


 伝説のドラゴンが宝物を溜め込んでいたのは、あれは暇を持て余していたからに違いない。最初は、金銀宝石を掘り出し、そのうちに、自分で細工して、宝冠とか宝剣とか凝りに凝って、でもって、出来映えに満足して眺めていたんだと思う。もしかすると、友人同士で交換していたかもしれない。


 それはさておき。


 わたしは、あくまでも実用品をめざす。そう、実用品。宝で腹は膨れない。


 山の洞窟で、何枚ものエト紙を爆散させ、ようやく魔法陣が出来上がった。なにって、繭の中身をほどよく加熱するための、だ。

 ただ、魔導紙を大量に持ち歩くのは、いまいちだし、それぞれに発動用の魔包石を貼付けるのが難しい。

 それ以前に、自分で書いた魔法陣なのに、自分の魔力では使えないってのがねぇ。なぜだーっ


 ということで、他の素材で魔法陣が発動するか実験してみた。


 魔獣や首長竜の骨に術式を書き込む方法もあるが、繭に固定させるには術弾が少々大きい上、以前と一緒ということで、却下。

 魔獣の革も、一度発動させると消滅してしまう。


 魔法陣を、エト布に金糸で刺繍してみた。発動用の米粒大の魔包石は、刺繍糸で魔法陣の中央に固定する。

 丸い面に貼付けても術が発動する。そして、魔包石が消耗するまでは何度でも使える。

 矢の先端に陣布を引っ掛けた状態で、的に突き刺す。これもうまく発動した。これなら、高い所にある繭を木に登らずに採取できるようになる、はず。陣布を小さく細長くしたことで、十メルテくらいなら的に当たるようになった。


 本番が楽しみだ。




 ロックアントの群は、去年と変わりない。採取した頭数もほぼ同じ。黒銀竜時代よりも、やや多い気がする。まあ、でも今生で調べはじめて四年目だし、まだ様子を見なくては。


 芋虫コロニーの規模は、小さくなっていた。採取用魔法陣(「繭弥まゆみ」と名付けた)の使い勝手はよかった。的にした繭に陣布が触れると、矢は落ちても陣布は繭に張り付いたまま。そこまでは、うまくいった。


 そして数分後。


 チン!


 そんな機能はつけなかったはずだけど!


 実験の時とは違って、木々のあちらこちらで、チン! チン! と電子レンジのチャイムが鳴った。そして、繭が木から転げ落ちる。なんだかなぁ。

 落ちてきた繭は、焦げたり色が変わったりしていない。陣布の効果は、問題ないようだ。


 矢と陣布と繭を回収し、次のコロニーを探す。


 一つのコロニーの規模は小さくなったけど、その分、コロニーの数が増えた。探しまわって、使用済みになった繭で、コロニーの数をカウントする。


 わたしが採取した繭の数は、去年とほぼ同じ。羽化済みの繭の数も、去年とほぼ同じ。


 ・・・減ってない! いや、コロニーの数が増えた分、撃ち落とした成虫の頭数が少なかった。とすると、来年、孵化する芋虫が増える?


 唯一のいい情報は、丸裸にされたトレントが減っていた事だ。半年後に様子を見て、死んでいるものは引き抜こう。その前に、ロックアントと痺れ蛾成虫の内臓をたっぷりと施しておく。復活してくれるといいけど。


 繭から糸を採って、染色する。今年は、薄い色の糸も残して、縞模様の生地を作ってみた。シマシマ手ぬぐいもおもしろい。




 さて、そろそろ、糸を採った後に残ったモノの処分も考えよう。いくら腕輪の収納能力が無限に近いといっても、ゴミ箱にする気はない。


 手足の形がはっきり判るさなぎと、まだ、芋虫形態のさなぎの二種類に分けられる。

 前者は、解体してみたけど、使えそうな部位がない。森に持っていったら、トラケリオやグロボアが突いていた。うん。彼らに食べてもらおう。

 後者は、体内の構造がない。クリーム状の何かで、麻痺成分が含まれている。モディクチオ位しか食べてくれなかった。


 むーん。どうしよう。


 遠心分離機のような魔道具を作って、分離してみる事にした。苦労して、麻痺成分の濃い部分、やや含む部分、ほとんど含まない部分とに、分離できた。


 油状の麻痺成分区画は、盗賊用に使うことにした。鏃に塗り付けておけば、掠るだけで身動きとれなくなる。

 ロストリスのように後遺症も出ない。申し訳ないけど、森の動物達で効果を確かめた。どの動物も、体格に関わらず、半日ほどで麻痺から回復し、数日観察して副作用がない事を見届けた。

 大怪我させずに、無力化するにはもってこいだ。


 クリーム状の、少量の麻痺成分を含む部分は、なぜか筋肉痛や関節痛に効く、と判別できた。リタリサより効果が弱いけど、肉体労働する人達には喜ばれるだろう。

 ・・・わたしには、全く意味のない薬だけど!


 最後の部分は、蜜蝋のような固まりだった。試しに一塊を切り出し、水で濡らしてみると、きめ細かな泡が立った。


 石鹸?


 泡を水で洗い流すと、すべすべの肌が現れた。香油も混ぜたら、王宮とか貴族の間で人気が出そう。


 残った皮は、魔獣の革よりも薄く、かつ結構丈夫。色も薄らぼけて派手さが無くなっている。馬車の幌や旅行者の小物入れなどに使えるだろう。


 って、誰が売るのよ。わたしは、人前には出ないの!


 使えるけど使えない。でも、芋虫さなぎのままでは処分も出来ない。今まで集めていた分も含めて、全部、加工した。


 成虫の鱗粉は、高濃度のアルコールに漬けておいたら、麻痺の回復薬になった。液をかぶるだけで、すぐに動ける。ある程度薄めても効果があった。




 痺れ蛾は、人に取っては有用な魔獣になりそう。でも、わたしは、糸にしか用はない。トレントを食べちゃう所も困る。


 減らす方法はないかな。

 泥染は、奄美大島の大島紬を参考にしました。ものすごく、手間がかかるんですね。

 主人公? そこは、異世界あるいは魔術補正ということで、勘弁してください。


 芋虫君は、オオカバマダラの最終齢をイメージしています。中身は、異世界仕様。普通の芋虫からは、あんなにいろいろ作れませんので、あしからず。

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