タイム・リミット
エッカさんに、気分を楽にする手段を持っているか聞かれたので、魔道具素材を自分で探すことだと言った。そうしたら。
「ついでで構いませんから、薬草を届けてくださると助かります。特に、バッドの実やロックビーの蜂蜜があれば嬉しいですね」
などと頼まれてしまった。ちゃっかりしすぎている。
「ボクは、ハンターじゃないってば」
それに、自分で手を下すならともかく、コンスカンタのランガさんみたいな人体実験の共犯者にはなりたくない。
「・・・なにか、不穏なこと考えてませんか?」
「どっちが。バッドを欲しがるなんて、普通じゃないでしょ」
ネーミングからして、不吉だ。
実際には、ものすごくえぐい味がするだけ、なんだけど。二日酔いにも良く効くけど。宴会の余興で罰ゲームに使う、っていうなら納得する。
「ご自分で調薬しておいて、それを言いますか?」
「悪役だから問題ないもーん」
ため息をつかれてしまった。
「ローデンでは、投薬前に患者への説明を行います。患者が意識不明の場合は、近親者、あるいは役人が立ち会います。新しい調合は、まず治療師が服用して効果を確かめます。聖者様の悲劇は、決して起こしません」
また、「聖者」だ。しかし、悲劇?
「聖者様の悲劇って、どんな話?」
「それも知らないんですか」
エッカさんは、やや呆れながらも、教えてくれた。おおよそは事実の通りだ。なぜか、医療関係者を諌める為に自ら激流に飛び込んだ、という結末になっていたけど。
美化し過ぎだ。もとい、曲解甚だしい。あれは、術の出力調整がとち狂っただけだ。と、大声で言いたい。言えないけど。
「とにかく。教えていただいた調合を試してみたいんです。早めに届けてくださいね」
「なにそれ。ボクは、依頼は受けないって言ってるのに」
「友人へのおねだりですよ。それくらいなら、構わないでしょう?」
いつの間に友人になったんだろう。いや、なってない。
「大いに構う!」
「では、よろしくお願いしますね」
「って、聞いてないし!」
急患が入ってきたから、と、そのまま治療院を追い出された。
ぶちぶち文句をいいながら、ギルドハウスに入った。
「・・・ロナさんだ。えっく」
「へ?」
「「「ロナさーん!」」」
受付のお姉さん達が、カウンターを飛び越えて、次々と抱きついてきた!
「のお、のおぉぉぉぉっ!」
絞まってる、首絞まってるぅ〜。
騒ぎに気付いた職員が、わらわらと集まって来る。
「お、おおっ。そうか、やっと帰ってきたか!」
ガレンさんまで、涙ぐんでいる。
「その前に、放して。苦しい〜ぃ」
お姉さん達の気が済むまで、胸から胸へたらい回しにさた。その間、誰も救助の手を差し伸べてはくれなかった。もう一歩で、お花畑に飛び立つ所だったってのに。薄情者。
ようやく放してもらった。
と思ったら、静かなところで話をしようと、今度は、ギルドマスターの執務室に連れて行かれた。
「っく。後で、受付に寄ってくださいね。必ず、ですよ?」
「はいはい。わかったってば」
涙目のお姉さん達が全員受付に戻って、わたしとガレンさんだけが部屋に残った。
「ヴァンさんに預けた、もとい盗られた物を取りに来ただけなのに。酷い目にあった」
まずは職員の監督責任者に文句を言う。
「それだけ、みんな心配してたんだ。大目に見てくれ」
「助けてくれてもいいじゃん!」
「受付嬢に手を出しても、いいことは何もない」
目線が泳ぎまくっている・・・。
「意味が違う!」
そりゃ、海千山千なお姉さん達の逆鱗には、誰も触れたくはないだろう。でもでも。
「それで? 治療院には行ったんだろう? 結果はどうだった」
強引に話をねじ曲げた!
「・・・なんでそんなことを聞きたがるの?」
そもそも、治療院に行った話は誰から聞いたんだ。まあ、十中八九、ヴァンさんから、だとは思う。手癖は悪いし口は軽いし。不良老人め。
「うちは、ギルドは依頼の関係もあって、ハンターの不調を知る必要があるんだ。病名の推測は聞かされている。だが、本人の口から聞いておきたい」
目一杯真面目な顔のガレンさん。登録しているハンターが、採取活動中に
いきなり体調不良を起こして同僚に迷惑がかからないようにする為、だろう。ギルドは、そんなことまで面倒見るようになったんだ。
でも、わたしはハンターじゃない、って言ってるでしょうに。
「エッカさん曰く、英雄症候群、だってさ」
「発症期間は判ってるのか?」
ガレンさんは驚かない。知る人ぞ知る体質、なのか?
「自分で確かめた限りだと、安定していられるのが一月、だった」
実際には、[魔天]から二月以上離れなければ問題ない。特効薬のストックも十分ある。だが、何が起こるかは判らない。余裕はあった方がいい。
「随分短いな」
「レンに付合って、悪化したんだよ。多分」
責任転嫁、その二だ。
「ああ!」
・・・納得されてるし。
「ロナが来たって?」
ヴァンさんが乱入してきた。またまた、オボロも一緒だ。
うみゅ〜ん!
抱きつかれた。べーろべろべろ。街門では逃げたくせに。薄情者〜。
「ほれみろ。心配ばっかり掛けやがって」
「金虎殿にこんなに懐かれるなんてなぁ。さすが、なのか?」
ガレンさんが、妙な具合に感心している。
「ロナの飯はうまいからな」
みゃんみゃん♪
「あーそう」
そういうことにしておく訳ね。
「それで、どうだった?」
「英雄症候群。安定期間は一月」
わたしから簡潔に答える。
「・・・短けぇ」
眉根を寄せて、文句言われても。
「姫さんの所為だろう、だとさ」
ガレンさんのフォローに、
「ああ!」
またも納得されてるし。本当に、レンは更生したんだろうか。
「でも、それなら三日ぐらいは付合えるよな」
「なに?」
「女ギツネ、じゃなかった、ペルラん処に顔出してやって欲しいんだ」
「・・・珍しい。槍でも振ってくるんじゃないの?」
天敵に塩を送るなんて。
「このっ! 今のあいつの顔を見て同じことが言えるもんなら言ってみやがれっ!」
まじですか。
「女官長を引退して、悠々自適かと思ってたんだけどな。俺達でも、ちょっと引くぜ」
「なんでガレンさんが知ってるの?」
「何度か、ロックアントの注文を受けて、配達まで頼まれたんだよ」
滅多に顔を合わせないガレンさんまで、心配そうな顔をしている。相当酷い様子なのだろう。
「だからって、ボクが行く必要ないじゃん」
「来たら寄って欲しいって、伝言を頼まれててな」
「それまで、荷物は俺の部屋で預かっておいてやる」
にやり。とヴァンさんが笑う。
「げ」
人質ならぬ、物質だぁ。
ヴァンさんの案内で、ペルラさんのところに連れて行かれた。受付で拘束されそうになったけど、ヴァンさんが行き先を告げたとたんに諸手を上げて送り出されてしまった。かなり大変なことになっているようだ。
でもって、もう一度ギルドハウスに顔を出すよう、約束させられた。
オボロはギルドハウスでお留守番。前に連れて行った時、いたずらしまくって、後片付けが大変だったからだとか。愛想を売っても駄目。自業自得だよ。じゃあね。
「この先の区画って、貴族の館街じゃなかったっけ」
「古い館を下賜されて、そこを改装したんだと」
「改装?」
「行きゃぁわかるって」
途中の露店で昼食を取り、更にいくつか包んでもらう。
「ヴァンさんがそこまで気を回すなんて。ペルラさん、大丈夫なの?」
「もう少し、らしいんだがなぁ」
なんのことだ?
一応、屋敷に警護の人を置いているらしい。ヴァンさんとは顔見知りのようだ。
「よう。今日は、ナーナシロナを連れてきた。ペルラはいつもん処か?」
「はい。どうぞお通りください」
ヴァンさんの軽い挨拶だけで、門を通された。わたしを見て、ものすごく嬉しそうな顔をしている。が、
「身分証とか見なくていいの?」
「・・・そうですよね。覚えていませんよね」
なぜかうなだれる、門番さん。
「狼に追っかけられてた傭兵の一人だよ」
ヴァンさんの解説に、声が出せない。
「取り残されていた五人のうち、二人は怪我だけで救出されました。それで、あの貴族から解雇されたあと、我々は揃ってペルラ殿に雇用していただけたんです」
「あ、そう、なんだ」
でも、でもでも。わたしは、貴男達の元リーダーを殺している。そして、三人は救助が間に合わなかった。
「隊長のことは、残念でした。ですが、あれが隊長の選んだ結末です。かえってナーナシロナさんの手を煩わせてしまうことになって、申し訳ないくらいで・・・」
返答のしようがない。お気になさらず、とも、お気の毒に、というのも違う気がする。
「こいつは、これからしょっちゅう来ることになるんだ。込み入った話は、そんときに、な」
「は、はい。すみません。足止めしてしまいましたね」
「ちょっと、ヴァンさんが仕切らないでよ」
「いいから。ペルラの顔を見るのが先だ。じゃ、行かせてもらうぞ」
「はい」
泣き笑いの顔をして見送る門番さん。
「しょっちゅう来るって、ボクは、そんなつもりは無いんだけど?」
「さぁてなぁ」
ニヤニヤ。フェンさんみたい。
「おい。ペルラ。捕まえてきたぞ」
広間に入ったとたん、いきなり大声を出すヴァンさんに慌てた。
「ちょっと!」
「え? あ、ああ。お久しぶりでございます。もう、お体の具合はよろしいのですか?」
だだっ広い部屋の隅から、よろよろと出てきたペルラさんは、
「どうしたの! すっかりやつれちゃって!」
退官直前に会った時とはうってかわって、ほっそり体型に変身していた。わたしの方こそ、体は大丈夫かと問い質したい。
「出てきたってことは、今は手が放せるんだろ? 飯持ってきたから、食え」
勝手知ったるなんとやらな手際で、広間の隅に会ったテーブルに支度をするヴァンさん。
「いつも、ありがとうございます」
そして、ペルラさんが、素直にヴァンさんが持ってきた料理に手を伸ばす。この光景だけでも、天変地異が起きてもおかしくない気がする。
「他の連中はどうした?」
「双子は、まだ他の織物工房で訓練中ですわ。ええと、ライバさんは、また工房にいると思います」
「見てくる」
「お願いしますね」
その間も、食べる食べる。欠食児童みたい。
「なんか、無理してない?」
「ナーナシロナ様の「お願い」が、なかなかどうして面白いんですの」
「・・・はい?」
「とにかく、何もかもが普通ではありませんでしたのね。やりがいがありますわ。王宮を辞した後は、退屈な生活になるかと思ってましたのに。ふ、ふふふ」
目の光が尋常じゃない!
「あ、あのさ? 普通じゃないって、何が?」
恐る恐る、質問してみた。
「あら。ナーナシロナ様がそれをおっしゃいますの? そもそも、ドレスを仕立てる時から、道具一つとっても特注品だったではありませんか」
「・・・」
ハサミとか針とか、ロックアント製であることが特注品と言うなら、そうなんだけど。
「当然、ありきたりの織り機では歯が立ちませんでしたわ。糸を掛けた時点で、織り機がまっぷたつになるなんて、わたくし、初めて見ました」
そんなもん、目にする方がおかしい。
「ですので、新しく織り機を作るところから始めましたの。作っては壊れ、また次の素材を探して。素材を加工する為の工房も用意しましたわ」
「あの、奥に見えてる織り機は」
「ええ。ロックアントで作りました」
はい。わたしが作った虫布用織り機もロックアント製でした。最初から、教えておけばよかったかも。
「ただ」
「ただ?」
憂い顔のペルラさんに、つい声をかけてしまった。
「経糸を捌く部品だけが、すぐに壊れてしまうんですわ」
隣り合わせの経糸を交互に上下させて、その間に緯糸を通して織っていくんだけど、その上下させる為の経糸を保持する部品が壊れると、続きを織ることは出来なくなる。一からやり直し。
「大変じゃん!」
「シルバーアントも取り寄せてみたのですけど、これでも駄目でしたの」
肩を落とすペルラさんを見かねて、またまた、つい、ぽろっと。
「ボクは、全部ロックアントだけで組み立てたけど?」
「どこが悪いのか教えていただけませんかっ?」
まさしく鬼の形相で迫ってきた。
「ライバ。おめえも、飯ぐらいはちゃんと食え!」
「すまん」
ヴァンさんが引っ張ってきたのは、こちらも、やつれ気味な職人さんだった。
「こちらが、糸を持ち込まれたナーナシロナ様ですわ。やはり、ロックアント製の織り機を使っておられたそうです」
紹介もそこそこに、職人さんに道具の説明をするペルラさん。おい。
「本当かっ!」
「いいから。先に飯食え!」
あの、ヴァンさんが、火消し役に回るなんて。この二人、どんだけ熱中してるんだ。
「ペルラさんも。ほら、まだ残ってるよ」
「はい」
持ってきた料理を全て食べさせた後、織り機を見せてもらった。というか、見せられた。
ふうん。ローデンの織り機はこんな形してるんだ。
基本構造は、わたしの織り機と似ている。問題の経糸を導く部品は、ちょっと違う。中央に穴の空いた細長く薄い板が、上下の枠に串状に固定されている。
「どこが壊れるの」
「導板が割れるんだ」
銀色の壊れた部品を見せてもらう。あ、なーんだ。
「寸法は全て一致しているはずなのにっ!」
ライバさんは歯ぎしりしている。うおっ。すごい音。
「それでっ。どこが悪いんですの?」
さっきご飯を食べたばかりだというのに、飢えた犬のように噛み付いてくるペルラさん。
「えーと。これ作った工房も見せてもらっていいかな」
「あ? ああ、構わんが」
ライバさんが拍子抜けしている。
魔導炉がある工作室に案内してもらった。
「大きいねぇ」
「これくらい無いと、機織り機の外枠が作れなくてな」
ライバさんが、炉を見上げながら説明してくれた。館のリフォームが必要だった理由も判った。
「魔道具工房への補助政策があったので、これでも相場よりお安く作れたんですのよ」
「魔導炉の改修や更新の後押しをする補助金なんだがな。ぶっちゃけると、こいつを安上がりに作れるように、ローデン王宮が補助金制度を立ち上げてくれた、らしい」
「ぶっちゃけすぎ!」
なんか、いろいろと公私混同が激しすぎる。
「当然、タダじゃない。三年から五年のうちに、新しい魔道具、あるいは魔導炉を使った製品を通年販売するのが条件だ。努力過程も鑑みて、改修
費用の一部弁済で済むか、全額補助金負担に出来るか、判断される」
「ですが、布を織る以前で立ち往生しておりましたの」
ライバさんの教えるめっちゃ厳しい条件に、ペルラさんがため息をつく。
「期限まであと一年切りましたの。織り上げる時間も計算しますと、もう、後が無いのですわ」
「・・・ああ。うん。そうなんだ」
だから、二人とも。
その目付きが怖いよ。
#######
導板
この世界用の造語です。織り機の部品、綜絖のこと。




