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特効薬

 わたしの頭が大きすぎる所為で、倉の中を見る事が出来ない。仕込み現場に居合わせなければ、何を漬け込んでいるかも判らない。

 材料は、てん杉だけだと思い込んでいたのが敗因だった。


 ある日、試し飲みを勧められた。だけど。味が。


 蜂蜜酒かと思って口の中に含んで味を楽しもうとした。ところが、予想もしていなかった強烈な苦さにのたうち回った。慌てて蜂蜜を舐める。ああ、まだ頭がくらくらする。


 原料を教えられて、絶句した。バッドは魔獣ではない蔓性植物で、これを食べる動物は滅多に居ない。痺れ蛾芋虫も、これだけは口をつけていなかった。無理もない。青紫色の実は、超強力二日酔い冷ましの材料だ。それを酒に漬けるとは。双葉さん、何考えてるんだ。

 それに、絞り汁よりもまだ苦いって、どういう酒よ。


「これは〜、このままじゃ無理!」


 それでも、双葉さんの努力を無駄にするのも申し訳なく、死因、違った、試飲に付き合う事にした。他にする事がなかったからでもあるが。飲めるようになるまでの人体実験もどきは、・・・あれ? 記憶が飛んでる。


 苦労の甲斐あって、バッド酒は、蜂蜜湯で薄めれば飲める味になった。酔い覚まし効果もそのまま。ということで、今後の漬け込みも許可した。

 ただの苦い酒だったら、即行捨てている。


 その他にも、トンデモ酒が続々と作られた。


 カンタランタの蓋が開く前の壺を漬けた酒は、食欲増進を通り越して空腹感がとんでもないことに。

 一葉さん達が運んでくれたてん杉の実を、片っ端から平らげて、気が付けば種の山が出来ていた。あ、見える限りのてん杉から、実が無くなってる。


 え〜と、お腹回りが、そこはかとな〜く増量した、かもしれない。ああ、脇腹が、ぷにぷに、ぷにぷに・・・。どう見ても、食べ過ぎ。誤摩化しようも無く、食べ過ぎ。


「これも、原液は封印!」


 他にも、そら豆味の魔獣の実、カンタランタの蕾、赤字に白い斑点のキノコ、などなど。材料は、一応、一応は食べられる物だ。

 ただし、動物性の素材はやめさせた。アルコール度が足りなくて、ただの腐った肉汁になってしまう。始末する身にもなって欲しい。って、それもだめ!


 いくつかは、失敗というか、廃棄せざるを得なかった。

 特に、空豆もどき。毒物反応はなかったのに、レンの料理並みの破壊力。ドラゴン状態で、腹痛なんて初めての経験だった。豆、わたしに恨みでもあるのか? 加工すればするほど食べられなくなるなんて。


 しかし。


 双葉さんの勘、恐るべし。


 手当り次第に仕込んだ蜂蜜酒の一つを飲まされた後、人型に変身できるようになったのだ。


 大当たりだったのが、てん杉の種。力一杯、薬酒のお味。ちなみに、てん杉の実の果肉だけを漬込んだ酒は、普通に果実酒の味で美味しかった。


 とにもかくにも。とんでもない酒も飲まされたりしたけど、種酒に免じて許す。うん。


 まだ、一日ぐらいしか持たない。それでも、鱗のない皮膚に、ふかふかの髪の毛。以前と同じ体型・・・。


 ・・・贅沢は言わない。大きくなっていなくても、人型になれたんだから。


 薬酒を飲んでも変身できない日がある。二日ほど変身できない日を挟んで、また人型に変身する。焦らずに、少しずつ日数を伸ばしていった。


 無理はしない。変身できるようになった初めの頃は、てん杉の実の薫製を作るだけ。[深淵部]に出ることさえしなかった。


 なにせ「発作」が起きれば、巨体化してしまう。木々の密集している場所でやらかしてしまえば、それらをなぎ倒してしまうだけでなく、自分自身がはまり込んで出られなくなる。抜け出してくるのに、ずいぶんと苦労した。


 ・・・一回しかやらかしてないからね。本当だってば!


 変身していられる日数が伸びてから、作業量を増やした。

 といっても、使うのはやっぱりてん杉の実。大量に確保できた種を、暇つぶしにあーでもないこーでもないといじり倒す。

 あるいは、宝石類。木灰からダイヤモンド粉末を作り、それを研磨剤にした。カットの知識はないので、球面一択。時間つぶしにはちょうどいい。魔包石も研磨してみた。おや、どうやら出力が安定するようだ。魔道具が作れるようになったら、確認してみよう。




 一葉さん達は、ムラクモ達と違って、自前の空間収納は出来ない。ならばと、試しに「山梔子」一口バージョンの術具を作って触らせてみたけど、これも使えなかった。


 ということで、倉の収納力には限界があり、双葉さんは、場所確保の為に完成品をわたしに押し付ける。どうやら、作る過程が面白くなってきたらしい。・・・いいけどね。


 完成した「飲める」お酒は、小瓶に分けた。中身が判るように、焼き印を押した木札を作る。瓶の首に札を下げて、「山茶花」に収納した。

 種類別のスロットに入れているけど、いいの。


 双葉さんの酒蔵を整理していて、てん杉の実の蜂蜜漬けを放り込んでいたことを思い出した。すかさず、場所寄越せ〜倉寄越せ〜と、せっつく双葉さん。


「うまくいってなかったらね」


 蜂蜜以外の貴重な甘味なのだ。少しの贅沢は、許してもらいたい。


 腐っている物も、発酵している物もない。いくつかの容器では、実はすっかり正体をなくして溶け込んでしまっていた。


 成功したかな? 味は、どうだろう。


 容器の一つを運び出して中身をよく攪拌した。果肉が溶け切った容器の中身は、蜂蜜そのものと煮詰めたジャムの中間ぐらいの硬さだ。

 食べるたびにドラム缶を引っ張り出すのもねぇ。ということで、これも小瓶に小分けにする。


「お茶請け〜♪ それとも、お湯割りもいいかも」


 さて試食。どんな味?


 ! 美味し〜い!!


 生よりも果物らしい味、ってありなんだろうか。ありなんだろう。香りも極上。う〜ん、デリシャス♪


 あっという間に、一瓶食べてしまった。


 そして、食べた後で気が付いた。それまで残っていた体の違和感が、すっかり消えている。種酒でも倦怠感は解消する。しかし、時間が経てば、またけだるさが復活し、そして、変身が解けてしまった。蜂蜜漬けでは、どうなるだろう。


 小分け作業を続けながら、日が過ぎるのを待つ。


 一日、二日、四日、・・・十日経っても、倦怠感は復活しない。


 思い切って、変身を解いてみた。種酒を飲んだ後は、ある日数が経たないと人型にはなれなかった。今は?


 すぐさま、変身できた。

 もう一度、確認してみよう。ドラゴンに変身して、人型に変身、できた。


 ・・・治った?


 いやいやいや。ぬか喜びは、怪我の元。


 もうしばらく、経過観察しよう。




 三月経った。


 今では、蜂蜜漬けを食べなくても、自由自在に変身できるようになった。その間、[周縁部]へ採取にも出かけたが、問題なかった。


 ほぼ、完治した。と言っていいだろう。なぜ、「ほぼ」なのかというと、[魔天]の外での滞在テストをしていないから。


 次は、山の洞窟で、症状がぶり返すかどうかを確かめなくては。


 一葉さんと双葉さんは、まーてんで留守番するそうだ。それぞれ、趣味に嵌ってしまっている。一葉さんはともかく、双葉さん。


「取りすぎちゃ、駄目だからね!」


 軽ーく蔦先を振って返事する双葉さん。聞いてるのかな。

 留守番ついでに、てん杉実の蜂蜜漬けを追加してくれるように頼んだ。今でもそこそこの量があるが、作れる時に確保しておきたい。ものすっごく美味しいだもん。


 じゃなくて。


 薬ですよ、薬。沢山あって困ることはない。いや、蜂蜜採取を奨励した訳ではない。ないったらないんだってば。


 洞窟で真っ先に取りかかったのは、魔道具の作成だ。これは、[魔天]では絶対に出来ない。完成品なら、まーてんに持ち込んでも使えるのにさ。ぶちぶち。


 倉用の結界魔道具。簡易録音装置。ウェストポーチ。などなど。


 ウェストポーチは、双葉さんが拾ってくれていた。けど、人型になれるようになって、ようやく中身を調べてみたら、保存していた食べ物が全滅していた。その部分は酷い匂いで、洗っても落ちなかった。おまけに、暴走変身の余波を受けたからなのか、魔法陣が壊れかかっている。

 作り直すしかなかった。

 ついでに、改良も加える。転んでも、ただで起きてやるものか。


 新しい服も縫った。まーてんに逃げ帰る時に、服を粉みじんにしてしまったからだ。フェンさんが作ってくれた衣装もあるけど、森の中でも悪役に拘る必要はない。


 それらの作業の合間に、マンドリンを弾く。

 楽器を手にしたとたんに、嬉々として「楽石」に録音を始める四葉さん。三葉さんだけでなく、四葉さんにも録音セットを渡した、というか要求されたから。しくしく。


 ちゃんと渡したじゃん。だから、鼻歌シリーズと取り替えて? だめ? ・・・あ、そうなの。しくしく。




 痺れ蛾の解毒薬を作るには、高濃度のアルコールが必要だ。ジャガイモを収穫し、せっせと蒸して、仕込んで発酵させる。

 酒はうまくいって、味噌が駄目とは。くやしい。きっと、材料の「豆」がとことん相性悪いのだろう。他に、いい豆、いないかな。


 ジャガイモが採れる草地は、それなりに傾斜のある崖に近い地形だ。そんなところで採取するわたしもわたしだが、落ちたことはない。

 だから問題ない。


 ある日、その一角に見慣れない動物を見かけた。


 山羊だ。普通の山羊。[魔天]には住めるはずのない、家畜の山羊。


「どうして、こんなところまで来たのかな?」


 [魔天]を通り抜けてきたとも思えない。多分、北峠でなにかトラブルがあって、山沿いに逃げ出してきたのだろう。でも、山腹には大食漢のワイバーンがたむろしている。ここの標高までは飛んで来られないけど、よく逃げ切れたものだ。タフネス山羊さん、数少ない草地を喰い尽くさないでね?


 それはさておき。


 よく見れば、草地のあちこちに白い物が残っている。山羊の抜け毛だ。やった! フェルトが作れるかもしれない。


 わたしが毛玉を拾い始めると、三葉さん、四葉さんも手伝ってくれた。なんと、切り立った崖の下からも採取してきた。どこかの栄養ドリンクのコマーシャルのような格好で。


「そこまでしなくても・・・、あ、いやいや、ありがとう。助かった」


 呆れて嗜めようとしたら、しょぼくれてしまった。慌てて慰める、というか褒めておく。うん。好意で集めてくれたんだもんね。大事に使うから。


 違った。わたしが「使われる」方だった。


 巧くフェルトに出来なかったので、クッションの詰め物の他に、紡いで毛糸を作った。その毛糸を、三葉さんに取り上げられてしまったのだ。「楽石」を鳴らしながら、器用に二本の編み棒を操っている。最初にわたしが編んでいた物よりも上手だったりするし。

 わたしには織り機がある。次に山羊の毛を拾ったら、毛織物にするからいいんだもん。くやしくなんかない。ないったらない。


 それにしても、編み物に熱中する魔獣。もう、何を見ても驚かないことにしよう。


 あれこれ気の向くままに作業して、ロックアントのシーズンが来る前に、変身限界が来た。およそ二月。


 これで、目安もついた。まーてんに帰ろう。


 ・・・だから、双葉さん。取り過ぎは駄目だって言ったのに。




 蟻棒片手に、ロックアントを狩る。芯に巨大蟻を使い、表面を首長竜の鱗で覆った棒だ。「野菊」と名付けた。

 更に破壊力が増した、気がする。でも気にしない。


 棒術はメイドさん達との練習で使い方を見たことがあるから、と言い訳は出来る。トンファーの「菖蒲あやめ」もいいけど、間合いが狭い。それに、なんと言っても訓練してきた期間が違う。手加減のし易さが段違いだ。

 他の武器は、追々習熟することにしよう。


 だと言うのに、今期は、なぜか棘蟻がやたらと多い。せっかく作った「野菊」が振いにくい。顎の下に潜り込んで一撃当てれば勝負はつくが、其処に入り込むまでが大変。

 結局、また「菖蒲」に持ち替えて、採取を続けた。


 ロックアントの群は、またも大半がまーてん周辺に集結しているようだ。探しまわる手間は、省けた。


 慌てたのは双葉さん。

 倉に入り込まれたくないと、訴えた。わたしも、蜂蜜漬けを横取りされたくはない。それぞれに扉を取り付け、四人には、倉の内で待機するように言った。

 彼らは、それなりに丈夫な体だけど刃物には弱い。ロックアントの大顎に捕まったら、酷い怪我をする。・・・わたしの爪や牙も相当物騒なはずなんだけどな。敵の見分けは出来る、ということなのだろう。


 それはともかく。


 あ〜。たいりょう。


 昨年のは、一切合切丸めてしまった。なので、消化液や蟻酸、染色用の分泌腺が全く確保できなかった。

 今年は、解体できる。確保できる。


 しかし、たいりょう。


 ・・・やるしかない。


 一葉さん達にも手伝ってもらって、ロックアントの解体を続けた。今年は、脚の腱も選り分けておく。内臓液を、まーてんとその周囲に散布して一通りの処理は終わった。

 他種魔獣達の暴走は、発生しなかった。一安心。


 次は、趣味の時間。蟻酸を使って、取り分けておいた腱を処理する。漬けては伸ばし、伸ばしては漬ける。細く細く伸ばすと、一本の腱が四十メルテほどになった。それを二ないしは三本撚り合わせる。


「こんなもんかな?」


 出来た糸を、適当な長さに切断し、マンドリンに取り付ける。そう、楽器の弦だ。

 てん杉糸は、竪琴はともかく、マンドリンの弦に使うには頑丈すぎるらしく、本体に負担がかかる。トレント糸や虫糸では、音が気に入らない。他に使えそうな物を探していたのだ。


 ぽん、ぽろん


 てん杉糸より、まろやかな音が鳴る。


「三葉さんも気に入った?」


 蔦先をぶんぶん振り回している。もう、録音準備も整っている。まったくもう。


 洞窟に居た時、四葉さん達のマジックバッグも作った。虫瘤みたいに見えるけど、機能はばっちり。彼らが違和感なく持てるように、デザインや大きさ等、散々苦労した。その甲斐あって、全員素直に受け取ってもらえた。そして、早速、お気に入りの道具を確保している。


 四葉さんは、言わずもがなの録音セット。

 三葉さんは、さらに編み物セットも持っている。

 双葉さんは、酒を仕込むときの攪拌棒や、分注用の小瓶、ラベルセット、結界魔道具用の予備魔包石などなど。樽は、渡していない。駄目だってば。

 一葉さんは、お風呂セット。わたしの入浴グッズ(ドラゴン仕様)まで抱え込んでいる。なんだかなぁ。


 それはさておき。


「では」


 素人奏者でも、なかなか聴ける曲になったと思う。だから、四葉さん。鼻歌シリーズと交換して。だめ? ・・・あ、そう。




 今度は痺れ蛾の繭取りだ。忙しい、忙しい。


 去年の努力が実って、例年と同じくらいの個体数で収まったようだ。こちらも、一安心。




 糸繰りも終わって、いよいよ、先延ばしには出来なくなった。


 あの、盗賊達の顛末がどうなったのか、聞きにいかなくてはならない。わたしが、知っておくべきだと思うから。当事者が、いつまでも雲隠れしているのも良いことではない。


 それに、探し物もある。「朝顔」を落としてきている。ウェストポーチの中に見つからなかったのだ。うっかり他人が触ると強烈な電撃を放つような物騒な代物を、放置しておくのもまずいだろう。


 あんまりな殺し方だったというので、入国拒否する。というのであれば、それもよし。それも、一つの評価だ。

 レンが無事に帰れたかどうか、だけでも教えてもらえればいい。


 クトチクッキーと干し肉の在庫も十分。特効薬の蜂蜜漬けは、ウェストポーチだけでなく、「山茶花」にたっぷり保存してある。口止め料、もとい土産も、各種取り揃えた。


「じゃあ。行ってきまーす」


 今度も、一葉さんと双葉さんは留守番するそうだ。すっかり嵌っちゃって、まあ。


 ローデンに行く前に、小屋の跡を見ておこうと思った。けど、近付けなかった。いつの間にか、小さな砦が建てられている。

 危ないなぁ。騎士団に警告しとかないと。


 惨事の現場は見ることが出来た。でも、草に覆われてて何も判らない。ほぼ一年半前の出来事だもんねぇ。周囲をうろついてみたけど、「朝顔」は見つけられなかった。


 仕方ない。先に、ローデンでの用事を済ませよう。街道と砦をつなぐ小道を避けて、真っ直ぐにローデンに向かう。


「ナーナシロナさん。久しぶりですねぇ。お体はもう大丈夫なんですか?」


 これが、門兵さんの挨拶だった。捕縛しようとする様子はない。


「あ〜、はい。なんとか」


 あっけにとられながらも、なんとか返事をした。あれだけの惨事を引き起こした犯人に対して、これでいいのか?


「よかったです。姫様も、団長方もずいぶんと心配してたんですよ?」


「それは、どうも」


「こちらで待っててもらえますか?」


「はい?」


 やっぱり取り調べ?


「ナーナシロナさんが見えたら案内するように、との命令なんです」


 うん。取り調べだよね。

 自主出頭しました。

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