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のんびりしよう

 他に、暴走している気配はなかった。


 むしろ、魔獣達は、わたしが頭上を通りかかったことに驚いていた。ごめんよう。


 トボトボと、まーてんに帰る。


 飛んでるけど。


 って、また減速が効かない!


 今度は、「着地」も失敗。岩壁に腰を打ち付けた。


 ・・・痛い。


 頭を地面に突き刺すことだけは回避した。受け身が取れないまま地面に落ちて、ゴロゴロゴロゴロ・・・。

 てん杉の根元まで転がった。おええ。目が回る。


 わたしは、体を張ってコントを見せる芸人じゃないやい!


 でも、実際には、立ち上がろうにも、腰が痛くて、動け、ない。


 へる〜ぷ!


 様子を見に来てくれた三葉さんにそう言うと、他の三人も呼び集め、わたしを担いで、とんがり帽子の窪地、じゃないな、湯船に運んでくれた。


 それからの献身ぶりは凄かった。


 体についた泥や草を丁寧に洗い流してくれた。その間も、湯船の掃除は欠かさない。


 更に。


 定期的にてん杉の実をもぎ取ってきては、口元に差し出す。腰の辺りをさすってくれる。四葉さんは、慰めてくれているのだろうが、「楽石」を鳴らして踊ってみせる。

 うん。ありがとう。すっごく和みました。脱力した、とも言う。


 最たるものが、双葉さんの蜂蜜。


 丸二日、姿を見ないな、と思っていたら、まるでツチノコのように太って戻ってきた。


 しきりと指輪を突つく。

 双葉さん達は、相当量の液体を体内に貯め込むことが出来る。なので、取ってきたものを入れる容器が欲しいのだろうと思い、ロックアントの樽を作って差し出した。


 山の清水でも汲んできたのかな。


 ・・・・・・・・


 でろでろでろでろ〜


 黒い樽は、黄金の液体で満杯になった。紛うこと無き、蜂蜜。天然百パーセントの、蜂蜜。


 一葉さん達は、双葉さんの健闘を誉め称えている。


 双葉さんは、胸を張って威張る威張る。ちらりとわたしを伺うそぶりも見せる。


「あ〜、うん。頑張ったね。凄いよ。ありがとう」


 あ。反っくり返って、こけた。


 双葉さんの気遣いを無駄にするのも忍びなく、ありがたく頂くことにする。もう一つ、樽を作って、蜂蜜を入れる。お湯で割って、蜂蜜湯にした。


 ふわぁぁぁぁ。


「美味しいねぇ」


 久しぶりに暖かいものを口にできた。ほっこり嬉しくなる。


 しかし、今のわたしは体長二十メルテ近い巨大生物。この程度の量なら、あっという間に食べ尽くしてしまう。


「大事に食べるよ。次は、一緒に採りにいこうね」


 双葉さんには、釘を刺しておかないと。調子に乗って、ロックビーの巣をすっからかんにしてしまいそう。・・・ああもう! 今はもういいんだってば!


 まーてんのすぐ近くにいる所為なのか、それほど空腹感はない。てん杉の実で十分賄える。これは助かる。

 体に見合った食べ物を[深淵部]で採取したら、動物がすっかりいなくなってしまうところだ。まあ、首長竜の肉が残ってるから、すぐさま狩りに出る、とはならなかっただろうけど。


 当座の懸念は解消した。残るのは、わたしの不調がいつまで続くか。


 ・・・不調、なのかな。今までが例外で、この状態が当たり前の成長過程だとか。


 人の形での不調なら、予想も想像もつくけれど、ドラゴンは未知の存在。

 いやいやいや。ドラゴンに似た得体の知れない怪物だもんね。例え自分の体だとしても、わかるわけないって。


 こうなったら、いつもの手段。


 ぜーんぶ棚に上げて、寝るに限る。




 腰痛は、よくなった。


 しかし、変身できないまま、痺れ蛾が羽化するシーズンになった。


 繭の採取は諦めるしかないけど、親を放置すれば、来年の[魔天]は丸坊主になる。


 やるしかない。


 超低速で森の上空を飛び回る。

 痺れ蛾の成虫を見つけると、氷の槍で羽をむしり、飛び散った鱗粉は、『浮果ふか』を使って「山梔子」に集める。


 まさか、お米の収穫のために作った『浮果』が、こんなところでも役に立つとは。


 痺れ蛾狩は、ゆっくり飛ぶ訓練にもなった。意外と難しい。


 スピードを落とし過ぎると、地面に落ちる。落ちたくないから、頑張る。

 かといって、早すぎると、痺れ蛾を見つけたとたんに体当たりしてしまうとか、羽を千切る前に通り過ぎてしまうとか、『浮果』で集める前に通り過ぎてしまうとか。


 飛び散った鱗粉に顔を突っ込んで、自分が痺れるとか。


 ・・・シビアすぎる!


 でも、頑張った。


 今年の努力は、来年の楽勝に繋がる。


 帰還直後のコントロール不能状態から脱し、急加速急減速に急旋回も自由自在。・・・峠攻めの走り屋じゃないんだけどねぇ。


 それはともかく。


 昨年採取した繭と同じぐらいの親を、屠った。


 羽を毟られた痺れ蛾は、地面に落ちた後、モディクチオやロックアント、ロクラフに食べられていた。


 成仏してね。


 そういえば。痺れ蛾の親は、鱗粉取るだけ、だもんねぇ。


 意外と、でもないか。


 わたしって、結構な殺し屋だったんだ。




 人型に変身できなければ、たいして出来ることは、ない。今のわたし、大きすぎるんだってば。


 まーてんの山頂で昼寝する。

 湯船に浸かっている。

 てん杉の実を食べる。

 時々、空中散歩する。

 ・・・


 ひーまーだーよーっ!


 それでも、なんとかするのが、わたし。


 何より、双葉さんが、双葉さんが・・・。


 しつこくしつこくしつこーく! 蜂蜜を取ってくるのだ。


「取り過ぎは駄目だってば!」


 と、叱っても、一、二月後には、またビア樽体型で帰ってくる。


 どうやら、蜂蜜酒を催促しているらしい。


 レンの騒動に出くわす前からの約束、なんだもんねぇ。


 酒を仕込む容器が大きすぎると、うまく発酵しない事はわかっている。それ以前に、まーてんではまともに発酵してくれない。謎物体に変身してしまう。

 黒竜時代の話だけど、あるとき、ネバトロのタール状の物体と化したことがあった。色も香りもそっくり。毒ではないようだけど。なんでそうなる! と大声で突っ込みを入れた。

 そして、それ以来、まーてんで酒の仕込みは行っていない。


 山腹の洞窟には、まだ行けない。体調が不安で、出かける気になれない。それに、体が大きくて入れないし、作業する場所すら確保できないのだ。・・・「山茶花」に仕舞っちゃえばいいんだけどさ。仕込み中の酒樽は、そうはいかないでしょ。


 大量にあるロックアントを素材にして試行錯誤を繰り返し、双葉さん専用の仕込み倉を造った。とんがり帽子の横に建てた倉は、人が出入りできる大きさにした。ほら、いつか、そのうちに、きっと・・・。

 「魔力避け」と「温度湿度維持」の術具を作り、一葉さん達にも手伝ってもらって、倉の中に設置する。


 魔力の影響がなければ、まともに発酵してくれるはず。


 とんがり帽子の軒下で、わたしが、仕込み専用の容器に蜂蜜と[水筒]の水を入れる。一葉さんが調合率を覚えたら、更に乱獲増産しそうなので、これだけはやらせない。駄目ったら駄目だってば。

 きちんと撹拌したのを確認した後、双葉さんがそれを倉の中に運び込む。一滴も零さずに搬入作業終了。うーむ。運送屋さんが高待遇で雇いたがるかも。


 さて。あとは、待つだけ。


 発酵は、うまくいっているようだ。


 双葉さんに最初のロットのお裾分けを貰った。うん、美味しく出来た。


 ・・・うわぁ。もっと早くに、「魔力避け」を使うことを思いついていればよかった。くすん。


 でも、ジャガイモもどきの酒を仕込む時は、この程度の倉では作業スペースが足りない。間借り人が、まーてんに建物を増やすのも気が引ける。


 東屋やとんがり屋根には壁を作ってないので、それほど圧迫感がない。上空から見れば、丸判りだけど。

 壁付き建物は、いかにも家主宣言しているようで、悩ましい。


 それはさておき。


 蜂蜜酒作りが成功して、味を占めた双葉さんは、もっともっとと、容器をせっついてくる。倉一杯に酒樽を並べるつもりのようだ。ひまだから、付き合うけどさ。


 ドラゴンの手の中では、おちょこサイズの仕込み容器。たまに、双葉さんにわけてもらう。


「これも、美味しいね」


 飲もうと思えば、いくらでもいける。うわばみを越えて、わく状態なんだもん。

 でも、そんなことをしたら、倉はあっという間に空になる。双葉さんは張り切る。そして、また蜂蜜の乱獲を始めてしまう。

 酒樽が揃っていれば、双葉さんは採取に行かない。こまめに倉のチェックをしている双葉さんは、絶好調。


 一葉さんは、毎日のようにわたしとお風呂に入れてご機嫌。


 だんだん、不満顔になってきたのが、三葉さんと四葉さん。


 蔦だけど。


 「楽石」のレパートリーが増えないからだ。「山茶花」に詰め込んでいた「楽石」全てを譲ったけど、まだ物足りないらしい。


「でも、でもでもさ。今、楽器使えないし」


 びしびしばしっ


 不平不満があるなら口で言って欲しい! といっても、彼らに口はない。だから、ぶっ叩くという手段になるのもわからなくはない。ないけど。地味に痛い。


「わたしは音楽家じゃないのに〜」


 渋々、録音用の術布と宝石と魔包石を並べた。


「好きに録音していいよ」


 ぴょこっ


 三葉さんが、スタンバイ。


 楽器が使えないなら、自分で歌うしかない。


 録音するなら、のんびりした曲がいいな。


 ♪〜〜〜〜〜


 いわゆる、こどもの歌、をいくつか歌ってみた。もちろん、小声で。

 体の大きさは、音量にも比例する。ボリューム全開で声を出したら、近所迷惑も甚だしい。


 久しぶりに、歌詞を付けた。


 作業中に歌うと、集中力が欠けてしまう。弾き語りなんて、とんでもない。手と口がバラバラになる。


 たまには、こういうのもいいかも。


 ♪〜〜〜〜〜


 ・・・おや?


 やけに、静かだ。三葉さんも四葉さんも、聞き入っていた、のではないようだ。よくよく見てみれば、蔦先が痙攣している。

 一葉さんは、湯船の中央に浮いたまま動かない。双葉さんは、見当たらない。探しまわっていたら、倉の中から出てきた。でも、いつもの元気がない。


 寄りかかっていたてん杉は、なぜか枝を萎れさせている。葉の色も褪せている。周囲のてん杉も似たり寄ったりだ。草地は、一面茶色に染まっている。


「おや〜?」


 指先で三葉さんをつついて、起こした。


「どうしたの? 嫌いな曲だった?」


 そうではないらしい。ふらふらしている他の三人も交えて、理由を聞き出した。


 そして、わたしは地面に両手をつく。


「まさかのジャイ○ン効果・・・」


 声あるいは言葉に魔力が乗ってしまったらしい。で、魔力酔いに似た状態になった、そうだ。


 噴火前の魔震では、意識して竪琴に魔力を流した。火山噴火の時は、全力の大声で叫んだ。

 今回、口ずさんだだけ。なのに、ほぼ同じ効果。


 すごいぞ、わたし!

 

 ・・・虚しい。


 だからといって、ただじゃ転ばない。


 気絶する歌は、痺れ蛾の鱗粉に変わる魔獣沈静化武器に出来る。かもしれない。手段が複数あるなら、それに越したことはないだろう。


 ただ、切迫した状況でのんびり歌なんか歌ってられない。「楽石」に保存できないだろうか。

 渋る三葉さんをなだめすかして、数曲録音してみた。


 結果は?


 残念。


 音は記録できても、魔力は保存されなかった。ということで、ただの「楽石」にしかならなかった。そして、苦役の報酬として、三葉さんに全部持っていかれた。いやいやいや。ご苦労様でした。


 ちなみに、四葉さんには、鼻歌シリーズを追加、もとい取り上げられた。延々と、延々と歌わされたのだ。もう、当分は歌わなくていい。


 それより、人型になれたら、ちゃんと楽器を使うから、是非交換して。ね? それ、わたしの前では、やらないで〜ぇ!




 蜂蜜酒を作っても、まだまだ残っている蜂蜜。何か使い道はないだろうか。

 カリンの蜂蜜漬けならぬ、てん杉の蜂蜜漬けなんかどうだろう。燻製並みに日持ちするようになるはず。きっと、多分。


 せっせとてん杉の実を集めた。種をくりぬき、容器に詰め込み、そこに蜂蜜をたっぷりと注ぐ。


 酒蔵の一画を借りようとしたら、双葉さんに断固拒否されてしまった。仕方がないので、倉を増やすことにした。

 間借り人なのに、勝手ばかりしてるなぁ。いざというときは、すぐに撤去して現状復帰するから、許して。


 一葉さん達に頼んで、容器を運び入れてもらう。もちろん、術具も取り付けた。どうか、美味しく出来上がりますように。


 てん杉の種も、捨てるなんてもったいない。

 以前は、燻製にしてから、種弾の材料にした。種からは、滅多に発芽しない上、まーてん周辺は、いまでも相当な数のてん杉が生えている。これ以上増やすのも、ねぇ。

 直に、使い道が思いつかなかったので、とりあえず、乾煎りして保存しておくことにした。岩石魔術で、巨大ボウルを作り、一気に加熱。それでも、一度に全部の種を煎る事は出来なかった。

 ちょーっと、採り過ぎた? でも、生っている実の数の方が遥かに多い。採り尽くすどころじゃない。ああ、はいはい。食べてますって。げぷっ。


 双葉さんが、またまた余計なことを始めた。

 いや、創意工夫を始めた、と言うべきか。出来上がった蜂蜜酒に、てん杉の実を漬け込んだのだ。


 だが、てん杉の実自体が、相当の魔力を含んでいる。とうとう、倉の「魔力避け」効果を相殺してしまった。倉の中は、だんだん怪しい雰囲気になっていく。

 試作品は、発酵中の蜂蜜酒が完全におかしくなる前に廃棄せざるを得なかった。


 びしぃっ!


 双葉さんは、地面をぶっ叩いて悔しさをアピールしている。


「あ、諦めようよ。ね?」


 びしびしびしっ


 てん杉実の蜂蜜漬けが気になるらしい。蜂蜜で出来るのだから、蜂蜜酒でもやってみたい、と。


 ふてくされる双葉さんをなんとかしてくれ、と三人に懇願され、倉をもう一つ造ることにした。仕込み樽も増産した。


「中身は、双葉さんが管理するんだよ?」


 って、もう聞いちゃいない。早速作業に取りかかっている。樽の運び入れは終わった。もう、周囲のてん杉から容赦なく実を略奪している。てん杉と一葉さん達って同族じゃないの? でも、魔獣は共食いする種も居るし、いいのか。どうなんだろう。


 器用に実を割って樽に押し込めると、隣の倉に体を伸ばして、蜂蜜酒を移し替えている。種だけを漬けた樽も作ったようだ。丸ごとで失敗するなら分ければいいじゃん、てことかな?


「ん? 容器はまだ余ってるよ?」


 気にするなと言わんばかりに蔦先を振って、まーてんの外に出かけていった。

 蜂蜜の追加採取にでも行くのだろう。


「取り過ぎはー、だめだからねーっ」


 お願いだから、聞いてよ。ねえ!

 深刻な問題も、全力で棚に投げ飛ばす主人公、でした。

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