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やり直し

 あ〜あ。


 何やってるんだろう。


 泥湯に〜、まみれてよ〜♪




 じゃなくて。


 何の手応えもなく、あっさりと。


 体調が悪かった。というのは、言い訳に過ぎない。


 彼はわたしを殺す気でいた、というのも言い訳だ。


 その上、わたしの都合を優先して、手当てすることもなく逃げ出した。


 頭目はともかく、手足を失った男達は、止血が間に合えば、命は助かったはず。


 もっとも、今のわたしの手では、血だけでなく息の根も止めていただろうけど。


「あ。そうか。しまったな」


 あの場に残って、「危険生物」として討ち取られる、という手もあった。


 でもな〜。


 十五人は、痺れていただけで、見聞きできる状態だった。彼らの前で変身していたら、それはそれで困った情報が拡散したはず。


 ロナちゃんは、怪しい怪物でしたー。


 字が被さった。


 じゃなくて。


 二度と、街には入らないとしても。


 心情として、そんな伝聞、残したくない。


 あ〜あ。


 この体調、いつまで続くんだろう。


 もとから、二度と街に行くつもりはないけどさ〜。


 行けない、と、行かない、の差は、地球とヘリオゾエア程に離れている。


 ・・・行けない?


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ごああああぁぁぁあああああっ!


 失礼しました。


 また吠えた。


 四人が、驚いて泥湯から飛び出していった。早い早い。


 じゃなくて!


「黒竜ん時の、森から出られなかった、あれじゃん!」


 力は増すのに、全身の倦怠感がものすごいという、原因不明の病気。[魔天]から出なければ、すぐに治っていた。そして、最後の脱皮以降は、再現しなかった、あれ。


 て、ことは。


「わたしも、まだまだ子供だって事?!」


 ・・・ショックだ。


 レンと同じレベルだったなんて。




 なんで、今更。


 という、言葉が頭の中を谺する。


 今は場所もわからない無人島で殻を割って、右往左往しつつ、まーてんにたどり着いたのが、十年目。

 前後に何度も脱皮してるし、つばさだって増えてしまった。成長早ーい、と喜んでいたのに。


 それなのに、またまた、やり直すはめになるとは。


 耐久値は増している。[魔天]の外での滞在可能期間が、黒竜の時は三日持たなかったのに、三ヶ月近くに伸びている。・・・無人島の時は、よく十年も保っていたものだ。

 それはともかく、進歩といえば、進歩だ。


 でも。でもでも。


「形はドラゴンでも、その実態は魔獣、ってことなのかな?」


 魔獣に変異した生き物は、暴走を起こさない限り[魔天]領域から出ようとしない。

 体を維持するための魔力を得やすいから、とか、体が[魔天]に適応してしまって、他所で生きられなくなったから、とか、いろいろな仮説はある。


 わたしの場合は、両方とも該当しそう。


 まあね!


 どこでも一緒だ。


 [魔天]限定だろうが、ヘリオゾエアだろうが。子供だろうが、魔獣だろうが。


「日本に帰れないのは同じ、だもんね〜」


 あ〜あ。




 今回、体調不良を限界まで抑制していた反動なのか、なかなか疲労感が抜けない。


「ん〜。浸かったままなのが悪いのかな」


 よっこらせっ


 浮力が無くなったとたんに、さらに怠さが増す。


 よたよたと歩いて、もとい四つん這いになって進む。


 まーてんにもたれかかって、横になった。


 一葉さん達が、そろそろと近付いてきた。


「さっきは脅かしてごめんね。わたしは、ここで休んでるから。好きに過ごして〜」


 あ〜、怠い。眠い。





 夢うつつに、師匠の叱責が聞こえた、気がする。


 はいはい。反省しましたよ。まだまだ修行が足りてませんでした。これからも精進します。

 だから、そんなに殴らなくても。


 ・・・はい?


 執拗な打撃に根負けして、寝ぼけ眼を開けてみたら、一葉さん達が、よってたかってわたしの顔を殴りつけていた。


「いい痛い痛い痛い。なんだっての、よ・・・」


 わたしが目を覚ましたとたんに、角にしがみついてきた。そして、


「お、おはよう?」


 目の前には、ロックアントの群れが。


 黒い。黒い。黒い。視界一面が、黒一色。


「のわああぁぁぁぁああっ!」


 えらいこっちゃ。どういうこっちゃ!


 文字通り、足の踏み場がない。てん杉も、真っ黒。全身これ蟻だらけ。って、わたしのしっぽにまで取り付いてるぅ! 

 思わず、しっぽを振って、まーてんに叩き付ける。イテテ。勢いあり過ぎた。蟻は潰れて、しっぽが汚れた。


 じゃなくて!


 悠長なことはやってられない。


 適当に握って丸めて団子にする。でもって、「山茶花」に放り込む。


 棘蟻も見つけた。よく見れば、結構な数がいる。


 これも、拾って潰して放り込む。


 シルバーアントも、以下同文。


 まーてん周辺の森にも、相当数が蔓延っていた。なので、でかドラゴンのまま、掃討戦に突入。ああもう、動きにくいったらありゃしない。


 ようやく群れがなくなった。いなくなった、ではなく、なくなった。わたしから隠れるどころか、我先に襲いかかってきたので獲り漏らしはない、はず。


「な、なんだったんだ・・・」


 いくら頑丈な体でも、不眠不休で三日間の全力活動は堪える。・・・例え、直前まで、四月ほど居眠りこいていたとしても!


 幸い、と言っていいのか、被害は、てん杉とトレントの実が完食されていたくらい。他の動植物の被害は、それほど多くないようだ。


 唯一見つけたのが、アンフィの新鮮全身骨格標本。白さがまぶしい。


 この世界に、アンデッドモンスターは存在しない。なので、真夜中に踊る頭蓋骨は、おとぎ話の中だけだ。野ざらしにしてても、問題はない。


 とはいえ、放置するのも忍びなく、拾ってきた。


 一休みして、かき集めたロックアントがどれくらいあったか、数えてみた。いや、「山茶花」のタグを読むだけなんだけど。


 ・・・千ではきかない。十匹近いロックアントで作った団子が、既に千を越えている。

 シルバーアントは三百強。棘蟻もほぼ同数。更に、火山噴火の大暴走でも現れた巨大蟻が三匹。卵をまだ生んでいなかったのが、奇跡的。


 原因が判らない以上、また、いつ起るか。


 当分は遠慮したい。


 困ったときの神頼み。


 でも、祈る神様がわからない。代わりに、まーてんを拝んでおいた。


 わたしに苦行ばかり押し付けた神様だったら、遠慮する。うっかりお願いを聞き届けられて、さらに面倒ごとを押し付けられたりしたら、目も当てられない。


 まーてんは、ここにいるだけ。先日は、わたしのドロップキックも受け止めてくれた。うん。ありがとう。


 各種の蟻が一掃されて、一葉さん達は、ようやくわたしから降りてくれた。四人揃って、すぐさま、あの窪地に向かう。


「・・・掃除?」


 泥はすっかり搔き出されていた。済んだ水が湛えられていて、底まで見える。細い体で、どうやって?

 ・・・バキュームですか。わずかに舞い込む砂を拾って、水の外に捨てている。それだけじゃない。水面に落ちた落ち葉をせっせと拾っている。


 好きにしてて、とは言ったけど。


 あ、いや。呆れるところじゃないね。頑張ったね。凄いね。よくやった。


「ん? 何?」


 どうやら、わたしを誘っているようだ。


 そういえば、泥湯をかぶってそのまま寝てたんだっけ。ロックアント達を踏みつぶしているときも雨は降った。でも、落ちきっていない。そもそも、体を洗っている暇はなかった。


「ちょっとだけ、あっためようか」


 あらまあ。一葉さんの喜びようったら。


 用心して、窪地からはなれてもらってから、『湯口』を使う。多すぎず、少なすぎず、ちょうどいい温度にもなった。

 たっぷり睡眠を取った甲斐はあった。術式のコントロールが戻っている。


「では、混浴〜」


 ちょっと違う。


 はあぁぁ〜〜〜〜


 生き返った気分。


 やっぱり、お風呂は最高。


 生きててよかった。


 巨大ブラシを取り出して、こびりついた泥を落とす。


 落としながら考えた。


 事実は変わらない。彼らは死んだ。わたしは、人を殺してしまった。二度とやらない保証はない。


 だから。忘れない。


 そして、諦めない。諦めたら、そこで終わりだから。


 この、強大すぎる力と共に生きるなら、それ相応の努力が必要だ、ということ。

 「殺さない」努力を続けなければ、それはあっというまに十人、百人、千人、際限なく増えていくだろう。


 そんなことになったら、さっちゃんに合わせる顔がない。義姉さんも、それこそ鬼のように怒るだろう。


 胸を張って、日本に帰るその日まで。


 挫けてたまるか!




 ・・・早速、挫けました。


「なんで〜〜〜〜っ!」


 人型に、変身、できない。


 こう? でもない。こんな、でもない。


 どうやって変身してたんだっけ?!


 ひと風呂浴びて、さっぱりして。さて、お茶でも飲もうか、と思っただけなのに。


 慌てふためくわたしに、一葉さん達もおろおろするばかり。


「上で、頭、冷やしてくる」


 そう言って、四人を残して、山頂に登った。


 一時的なものと、思いたい。くすん。


 ほら、最近は、生活パターンが極端だったし。疲れが抜けきってなかった所為だって。そう、そのはずだ。

 こうやって、一眠りして、そうすれば、目が覚めたときは、きっと・・・


 はい。目が覚めました。


 そして、脱皮しました。


 ・・・もう。なんなのよ。この体は!


 体長も、つばさの数も現状維持。ただ、牙が生え変わっていた。


 びっくりですよ。起き抜けに目に入ってくるのが、何本もの牙だったりすれば。

 しかし。魔獣とは言え、一度にすべての歯が抜け替わるって、有りなのかね?


 皮も牙も拾い上げた。術具の材料に使えるだろう。


 麓に降りて、一葉さん達と顔を合わせれば、彼らも意気消沈していた。


「どうしたの」


 昨晩のスコールで窪地のお湯が冷めてしまったのが、悲しいらしい。


 雨避けを作れば、もう少し持つかな。湯温を維持する術具も付けよう。


「協力してね〜」


 そう。素材は山ほどある。先日のロックアントが。盛り盛りと。


 問題は、構造だ。中央に柱があるとわたしが入れない。東屋みたいに、八方に柱を立てて・・・。


「とにかく、やってみよう」


 まず、柱を準備する。わたしよりも高い。当然だけど。窪地から離れた位置に穴を掘る。手ではなく、土魔術で、深く、ぼこっと。太くても問題ない。柱を立てたら、埋めてしまうから。柱の高さを調整した後、根元を岩石魔術で固める。数本の横梁を固定し、その間を三角形になるように補強を入れていく。それぞれをつなぎ止める間、一葉さん達に支えてもらった。うーん。力持ち。

 屋根材は、薄く薄くのばしたシルバーアントを使った。かろうじて、空の光が映る。


 出来上がったのは、まるで、魔女のとんがり帽子。色は銀色だし、内側は構造体がむき出しだけど。


 うんと庇を延ばしたので、ちょっとやそっとの雨では吹き込んでこない。雨垂れの落ちる部分には、玉石代わりにロックアントボールを敷き詰めた。


 でかドラゴン状態でも、術具は作れる。自分の歯を使って作るのは、妙な気分になるが、抜け殻でも色々作ってたんだし、今更だ。


「あ、でもな〜。わたしがいないときは、術が途切れちゃう」


 まあ、いいか。人型になれた時、魔道具を作れば。


 とんがり屋根の内側に、湿気取り。そして、湧かし直し機能の術式を書き込んだ歯を、ぼちゃん。


 程なく、湯煙が上がった。


「お先にどうぞ〜」


 四人が、するするとお湯に入る。うん。気持ち良さそうにくねっている。


 もう、見慣れてしまって、変とも何とも思わない。いや、微笑ましい、かな?


 続いて、わたしも入る。


 ふわぁぁぁぁ


 命の洗濯〜


 こういう作業なら、三日三晩でも気楽なのになぁ。


 ・・・ん?


 ちょっと待て。


 あれだけのロックアントが大騒ぎして、魔獣達が落ち着いていられるはずはない。最悪、氾濫が起きている可能性もある。

 [深淵部]だけでも、確認しておきたい!


 帽子の下から抜け出し、全身を『温風』で乾かす。


 出来れば人型の方がいいけど、ちびドラゴンでもいいから!


 ・・・まだ駄目だ。変身できない。仕方ない。


「見回り行ってくるっ」


 上空探索し、興奮している魔獣が群れていたら、痺れ蛾の鱗粉で寝かしつける。それでも駄目なら、実力行使。これでいこう。


 『隠鬼』を起動させ、一葉さん達が取り付く前に飛び出した。


 危機一髪。


 二つの群れがあった。ケチラとダグに向かっているのを[周縁部]中間で見つけた。結界を解除して、すぐさま鱗粉を散布した。

 どちらも、主に、グロボアとジャグウルフ、珍しくデサイス(四つの鎌を持つカマキリの魔獣)が混ざった、三十頭余りの群れだった。

 最後まで抵抗していたのがデサイス。痺れ鱗粉は、昆虫系には効きが悪いらしい。弱々しくも、鎌を振り回している。

 周りには、既に、身動き取れない魔獣達がわんさかいる。この状態で下手に傷つけられたら、動けるようになった時、興奮してまた暴走する可能性がある。


 デサイスを狙って、氷塊を叩き付けた。頭が無くなったデサイスは、すぐに動かなくなる。


 ごめんよ。ポリシー違反ばかりして。


 わたしが食べるわけでもないのに、殺してしまった命達。


 他の魔獣達の糧になって。


 そしてまた、生まれておいで。

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