遺志と対価
本当は、背負っていった方が到着は早まるし、移動スピードを加減する必要もなくなるし、なんだけど。後々のレンへのいい訳が面倒くさい。
そうでなくても、一昨日、小屋を撤収する準備をしている時から、レンのなぜなに攻撃がものすごい。三歳児じゃあるまいし。いや、精神年齢はそれくらいか。
「いいから。手を動かして」
小屋の屋根材を下ろし、細切れにしてから出発した。盗賊のねぐらに使われないようにする為だったんだけど、それも散々質問された。
「だけど、今日はウサギを捕る必要はないだろう?」
「盗賊が追いかけてきたときの時間稼ぎ」
レンの歩いた跡は丸判りだ。頭のいい盗賊になると、人を追跡する技術はハンターより上手だったりする。草を結んだだけの罠でも、わたし達が街道に出るまでの足止めにはなるはず。用心して諦めてくれればもっといい。
三葉さんと四葉さんにも、手分けして罠を仕掛けてもらっている。レンに教えているのを見てて、いつの間にか覚えていた。あまりにも巧妙で、うっかりするとわたしも嵌る。悪用しないでよね?
森の木々はまばらになり、開けた視界の先に街道が見えてきた。
「もうすぐ、街道だよ」
「はっ、はあっ」
また、制御が甘くなっていた。速すぎたらしい。
しかし、今のレンのペースだと、隊商との合流には間に合うが、体力の余裕が無くなっているだろう。
「いい? レンは、真っ直ぐ街道に向かうんだ。もし、隊商に会ったら、護衛に盗賊の追跡があるかもしれないから用心するように伝えて。伝令が出せるようだったら、騎士団の巡回班に連絡を取るように依頼することも忘れないで」
「ロ、ロナは」
「このままだと、街道に盗賊を引き連れて行くことになる。いくら凄腕の傭兵でも、不意打ちされたらひとたまりもない。ボクは、ここで時間稼ぎをする」
「ロナ!」
「騎士団員は、街道都市を守る義務がある。だよね? 街道そのものでもあり、そこを行き交う人々のことであり、それぞれの都市で生活する人々のことでもある。
ねえ。騎士団を首になったからって、騎士団員のように振る舞ってはならない、なんて誰も言わないでしょ。
レンは、名前だけの騎士になりたい? それとも、騎士のように振る舞える人になりたい?」
「だけど、ロナ一人では」
「この期に及んで、だけども何もない。この先の街道にいる人達が危険なんだってば」
「わたしは! 友達を助けたいだけだ!」
「ならば。友達のお願い。隊商を助けて。いいね?」
「ロナっ!」
「お願い聞いてくれないんなら、絶交だ!」
まだ、荒い息を吐くレンを置いて、引き返す。
あちこちに仕掛けた罠で動きは遅くなっている。だけど、その分、頭に来ているんだろうな。
ああ。怒鳴り声がうるさい。
あんまりだ。絶交するなんて。出来るわけない。
だけど、だけど。
あんなに真剣な顔をしたロナは、初めて見た。
一流の猟師は、動物に気付かれる前に捕らえるという。それだけ、周囲の気配に敏感なのだそうだ。
ロナは、魔道具職人だけど、ハンター顔負けの狩の腕を持っている。
だから、わたし達の後ろに盗賊がいるのは、間違いないのだろう。この先に、街道に隊商がいることも。
もう、ロナの姿は見えない。もう、追いかけることも出来ない。
わたしに、今、出来ること。
隊商に、巡回兵士に、この状況を知らせることだけだ。泣くのも、悔やむのも、後でいい。
そうしないと、ロナに絶交されてしまう。
背後では、ようやくレンが駆け出して行った。よかった。
全員で、二十人。少しでもこちらに引きつけておかないと。
「おーにさーん、こーちらーっ」
大声を出しながら、街道から見えない距離まで戻る。来た来た。漏れは、ないな。
ほどほどに開けた場所があったはず。ほら、あった。これなら、盗賊が木に隠れて矢を射掛けることは出来ない。もっとも命中率は射手の腕にもよる。
「馬鹿め! わざわざ、戻ってくるとはな!」
頭目らしき男が、あざけり笑いを寄越してきた。放っといてよ。こちとら、体調不良でちょーっと頭の血が足りないんだから。
あ。
今のわたし、手加減できないじゃん。直接手合わせするのは危険だ。盗賊達が。
ど、どうしよう。
数人が、顔や服を土まみれにして、わたしを睨んでいる。でも、足下に注意していないのが悪い。
「やっぱりおまえだ!」
その中の一人、やつれ顔の中年男が、わたしを指差して絶叫した。
「盗賊に知り合いなんかいないよ?」
「三年前、ローデン東門で何があったか、忘れたとは言わさん!」
まあ、三年前ぐらいならまだ記憶も確かだ。って、どこの年寄りよ。
「狼に追い立てられてた人達、だっけ?」
「あの後、俺達は報酬も無しに放り出されてしまったんだぞ!」
「御愁傷様。もっといい就職口を見つけられなかったの?」
「・・・ジラジレ家の一員と見なされて、なかなか仕事に就けなかった。ようやく隊商の護衛を引き受けたら、盗賊に襲われた。商人は守り切ったが、荷馬車を失って、またも報酬無しだ!」
あれまぁ。だからって、盗賊に転職は短絡過ぎる。
「あれ? そういえば、他の傭兵さんは?」
七人残っていたはず。それに、推定怪我人は保護できたのかな。
「・・・チームは解散した。東門での取り調べの後でな」
「薄情だねぇ」
「それもこれも、お前がいたから。全て、お前の所為だ!」
「なにそれ。八つ当たりはやめてよ」
仕事にケチがついたきっかけが、わたしの襲撃失敗だとしても。
いやいやいや。
「あのばかぼっちゃまの暴挙を止められなかった、おじさんの自業自得じゃん」
「いうなーーーーっ!」
古びた装備を身に着けた元傭兵が、大剣を振り抜いて切り掛かってくる。
「てめえ! こいつは結構な金持ちの身内なんだろう? 身代金を取るための大事な人質だ。殺すんじゃねえ!」
「知ったことか!」
あれまあ。
どういう伝手かは知らないけど、レン繋がりで森に居るのが知られていたようだ。始めから、わたし目当てだったのね。
狼が警告してくれたのかね。小屋で襲われていたら、本当に逃げ場がなかった。ありがとう、狼。
しかし。
「殺しても人質にしても、逆鱗に触れるだけのような気がするから、やめておこうよ」
なんとなく、だけど。
スーさんの号令一下、ローデン騎士団の総力を挙げて殲滅しに来る、気がする。ああ、ローデンギルドも、怒髪天を突く勢いで参加するかも。これに王宮魔術師団が加わったら、・・・どうなるんだろう。
「今更、命乞いか? 小僧一人で、俺達から逃げられるわけねぇだろうが」
うわぁ。いかにもな台詞だぁ。
「避けるな! 逃げるな! 俺に切られろ!」
盗賊の頭目と話をしながら、ひょこひょこと剣撃を避ける。反復横跳びじゃないんだけど、めいっぱい制御してても、一歩一歩が二メルテから三メルテ。
この調子では、本気で逃げに回ると、盗賊さん達がわたしを見失ってしまう。
「新入り。いつまで遊んでる。さっさと捕まえろ」
「うるさい!」
元傭兵さんが剣を振り回し、それを大振りに避けるわたしをさらに避けて、そこそこの空間が作られている。これなら。
「は?」
「弓ぃ?」
「朝顔」を取り出したわたしを見て、呆れ声を出すとりまき盗賊さん達。いやいやいや。甘く見られるのも今のうち。
痺れ薬をたっぷりしみ込ませた矢を、剣を避けながら射始める。
「げっ」
「な、なん、だ・・・」
遠い方から順に、射落としていく。
目当てがわたしだとしても、逃がせば何をしでかすかわからないのが盗賊だ。みーんな、寝てもらおう。
「てっ、てめえ! なにしやがる!」
頭目が、わたしの反撃に文句を言う。呆れた。
「何って、抵抗。捕まったら、あーんなこととか、こーんなこととか、イケナイことをする気でしょ」
「まあ、男でもこんな可愛い顔していたら」
「なあ」
「てめえらっ!」
部下の一人のつぶやきに、激高する頭目。
「ボクに、その手の趣味はないもん」
「可愛がってやるって」
「やだよっ!」
げーっ。茶化すんじゃなかった。
下卑た笑いを浮かべた手下達が、鬼ごっこに加わった。気色悪ーい!
「お、俺が殺してやるんだっ!」
大剣は重い。型も何も無しに振り回すだけなら、そりゃ、疲れるわ。
って、この角度はまずい。手下の一人がばっさり切られてしまう。
「朝顔」で、剣を受け流す。
ばきっ!
「な!」
「なにしやがった!」
「朝顔」に競り負けた剣先は折れ飛び、そして、元傭兵の首も、飛んでいった。
・・・・・・
後悔は後!
動きの止まった盗賊達に、矢を射る。痺れ薬が効いて、動けなくなった。
残るは、四人。
「う、うわあああっ!」
悲鳴を上げて走り出した男にも、痺れ矢をお見舞いする。街道に向かって駆け出したから。行かせるわけにはいかない。
「があっ」
肩に刺さるだけだったはずの矢は、片腕をもぎ取っていった。ちっ。矢の勢いまで増している。
男は、盛大に血飛沫をまき散らし、そして、動かなくなった。
「降伏するなら、殺さない!」
そう、警告、いや、忠告した。
しかし。
逃げ出す盗賊が二人。
そちらには、街道がある。隊商が、レンが、居る。
「ぎゃあああああっ!」
「ひぎいぃぃぃいっ!」
一人は、腕を失った。もう一人は、片足を失い、転倒する。どちらも、出血が酷い。
「て、てめえっ! 何者だっ」
最後に残ったのは、運がいいのか悪いのか、頭目だった。
「いや、運が悪かったのかな。御免ね。いま、ちょっと、手加減が効かなくて」
逃げて後ろを見せれば、手下と同じ死に様になる。いや、足が動かなかったのだろう。頭目の股に、みるみる染みが広がっていく。
覚悟を決めたのか、手に剣を握って立ち向かってきた。
だが、最初に見せたあざけり笑いは、もうない。顔は土気色になり、握る剣先も震えている。
「お願い。降参してくれない?」
そうすれば、死なずに済む。
殺さないで済む。
「ふ、ふ、ふざっけるなぁあああああっ!」
バキン
慎重に振り上げた「朝顔」と、死にものぐるいの力で振り下ろされた剣が激突する。
折れたのは、頭目の剣。
「あがっ」
舞い上がった剣先は、頭目の口の中に勢い良く飛び込んだ。
やっちゃった。
それ以上に、嫌な予感がする。
街道に背を向け、更に森の奥に駆け込んだ。
のぉおおおおおっ!
変身まで解けた!
慌てて「山梔子」から術具を取り出し、『霧原』を起動する。
「一葉、双葉、三葉、四葉!」
とっさに離れていたようだ。巨大化する時に引き千切らずに済んだ。
みんな、無事だ。周囲の草むらから這い出してきた。
「・・・よかった」
じゃない。
ここは、まだ[魔天]領域外だ。普通の狩人も徘徊する。『霧原』は、術者の姿を隠しはするが、結界内に入り込まれれば見えてしまう。
そして、レンが隊商と合流していれば、遅かれ早かれ、騎士団が大挙してやってくるだろう。
双葉が、ウェストポーチを拾ってくれていた。
「・・・うん。まーてんに帰ろう」
周辺に人が居ないことを確認して、四枚のつばさを広げて飛び立つ。
・・・死ぬかと思った。
飛行スピードや旋回能力の加減もきかなくなっているとは。
あっというまにまーてんに到着した。まではいい。
「と、とまれない〜〜〜〜〜ぃ!」
このままでは、まーてんの岩壁に激突する。とっさに体を回転させて、岩壁に「着地」した。
じいぃ〜〜〜〜〜ん
全身が、痺れる。
飛んでいた勢いは、まーてんが受け止めてくれた。そうすると、今度は地面に引っ張られる力が働く。
すなわち、「落ちる」。
着地の衝撃で、痺れたままの体はいうことをきかず、受け身も取れなかった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
頭から、草地の地面に突っ込んだ。息が出来ない。窒息? それもやだ!
土魔術で、頭の周りの土を押しのける。大穴が口を開け、転がり落ちた。それでも、窒息は免れた。
「ぷっはぁ〜〜〜〜〜〜ぁ」
・・・地面が、穴の底が真っ白になっていた。
冷たい。凍ってる。爪先で引っ掻いても浅く傷がつくだけ。氷河も真っ青な硬さだ。
やっぱり、今の一息で、だよねぇ。
って、四人は?! 一葉達は!
「みんな、無事?!」
わたしのつばさの上によじ登って、避難していた。でも、がたがた震えている。寒さのためか、恐怖のためか。・・・両方かも。
「と、とりあえず、ここで待ってて」
東屋は、超低温ブレスの直撃を免れていた。そこに、四人を下ろす。
被害現場に取って返す。
うーむ。見れば見るほど。
呆れるしかない。
直径およそ十メルテの窪地が、霜に覆われている。いや、霜じゃない。氷がまだ成長している。ツンドラじゃないってのに。
氷なら、溶かしてしまえ。
土魔術で出来た土手から、一握りの岩を作った。それを、熱して窪地に放り込む。
ばっかーーーーーん!
急激に冷やされた岩は、温度変化に耐えられず砕け散った。
・・・どんだけ温度が下がってるのよ。
固体が駄目なら液体で。熱湯を大量に注げば、さすがに解凍するだろう。
自前の魔力だけで『湯口』を実行。
どうだ。
どばちゃーーーーーん!
今度は、泥水が吹き上がった。
窪地の底は、ドライアイス並みに冷えているらしい。凍った地面が熱水に触れると、熱膨張を起こし、やっぱり爆発する。
こうなりゃ、やけだ。
吹き上がる勢いが弱まれば、また熱湯を叩き込む。そして大量の泥が飛び散る。
窪地一面に湯煙が漂う頃には、窪地は二十メルテに拡大していた。
そして、わたしは泥だらけ。
一旦「山茶花」に泥水を回収し、窪地の底を岩石魔術で一気に固めた。これで、足下がぬかるみすぎることは無くなる。
泥水の温度は四十二度。「山茶花」、グッジョブ。
窪地に、泥水、もとい泥湯を戻す。
「みんなー。お風呂だよー」
四人に、普段の機敏さはない。ゆっくりと、窪地に移動してくる。
もう一つ、小さな窪地を作って、もう少しぬるめのお湯を入れた。
「先に、こっちに入って。いきなり熱いお湯に入ったら、体に悪いからね」
魔獣だけど。
も○○け姫でも、こんなシーン、ありましたよね。




