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王女さまは、森の中

 ロナは、すごい。


 わたしと同じ歳なのに、魔道具が作れて、料理がおいしくて、猟の腕もいい。小屋も建てるし、鞣革も綺麗に作れる。


 どうしていろいろな事が出来るのか、聞いてみた。


「面白かったのが半分、必要に迫られてが半分、かな」


「・・・そうか」


 物心ついたときから魔道具職人の師匠に教わっていたからだ、とも聞いた。でも、どこが面白いのか、わたしにはさっぱり判らない。


「面白くなくても、死ぬ気になれば、大抵のことは出来るようになるよ」


 そうだろうか。


 この小屋で暮らし始めて、ロナは滅多に魔道具を使おうとしなかった。


「不便さが理解できないと、どこを工夫すればいいかも理解できないからね」


「そういうものか?」


「全ての不便が解消されたら、それはそれで不便だと思うけど」


「・・・そうなのか?」


「レンにわかるのかな〜」


 ロナが、にやりと笑った。


「ロナーっ!」


 ロナは、時々、ものすごく意地悪になる。


 罠を仕掛ける方法も、すぐには教えてくれなかった。何度も、自分の足を引っかけて、ようやく、どこが良くなかったのか指示してくれた。


「最初から教えてくれればいいじゃないか」


「でも、それだと、他の場所では、ちゃんと獲物が捕れる罠を仕掛けられないでしょ」


「どういう意味なんだ?」


「薪を拾って回ったりして、小屋の周囲の地形や環境は覚えたよね。それで、「この場所に仕掛ければいい」と言われて、うまくウサギが捕れたとしよう。どうしてちゃんとウサギが引っかかったのか、理由を説明しても、多分、レンは聞き流してしまっただろうね。理由もわからずに、言われた通りにしか罠を仕掛けられない。

 それじゃ、ボクが居ないところではどうするのさ。いつも、誰かに教えてもらえるとは限らないんだよ?」


「ロナがずっと一緒にいてくれればいい」


「ボクは、レンの家族じゃない。乳母屋さんでも子守りでもない。そもそも、こんな大きな子供を持った覚えはない」


「子供?! わたしが?」


 ロナがため息をついた。


「「傍にいて」と言われて、ずーっとずーっといるのは使用人ぐらいだよ。報酬もなしに縛り付けるというなら、それは奴隷か子離れの出来てない親ぐらい。

 そうでなくて、誰かにいて欲しければ、それなりの努力をするもんだ。違う?」


「・・・」


 騎士団での鍛錬とは意味が違う気がする。判らない事は、教えてもらおう。


「努力。って、なんだ?」


「この、おこちゃまがーっ!」


 力一杯、怒られた。その上、夕飯も減らされた。質問しただけなのに。どうしてだ?





 ロナは、鹿や猪のような、その日のうちに食べきれないほど大きな獲物があった時は、日持ちするように加工する。離宮で作った物よりも、味が濃いようだ。他にも、芋や木の実を小屋に貯めている。


 時々は、食べられるとは思えない物も持ってくる。薬の材料や料理の味付けに使うもの、だそうだ。


「塩だけじゃ、飽きるんだよ」


「ロナの料理なら、何でも食べるぞ」


「・・・ほう?」


 それから、三日、ロナは猟に出かけず、保存食と薄い塩味だけの料理が続き、わたしは降参した。


「次は、塩も無しでいこう」


「ごめんなさい。もう言いません! だから、普通の料理をお願いします!」


 本当に、意地悪だ。


 そういえば。わたしが小さい頃、父上に料理を差し上げたくて、王宮の厨房で竃の火をつけた。ところが、火が大きくなりすぎたことに驚いて、結果、厨房を半壊させてしまった。


 料理を作る時は、まず食材を食べやすく加工し、その料理に必要なだけの火力を維持し、自分で味付けを確認する。途中で目を離すのは言語道断。黒焦げになっても生煮えになっても、それは自業自得だと。


 ロナの料理を見続けていて、厨房でどれだけ無謀で迷惑なことをしでかしたのか、ようやく理解した。


 そう、正直に言ったら、


「食材になってくれた生き物にも感謝してくれるかな。草は鹿に食べられ、鹿は熊に食べられ、熊は寿命で死んで土に帰り、その土の上に草が生える。ボク達も、その輪の中にいる。ずーっと廻っているんだよ」


 そう答えたロナの顔は、なぜか寂しそうに見えた。




 小屋での暮らしも、二月を越えた。


 王宮や騎士団での生活とも違う。何から何まで、自分の手を使わなければならないというのに、とても楽しい。


 きっと、ロナが居てくれるからだ。


 ロナが猟に出ている間、小屋の周りでする仕事はわたしの担当だ。

 竃で使う薪を集めにいくのも、最近は、小屋から離れたところまで出かけなくてはならない。近くの枯れ枝はほとんど拾い尽くしてしまったからだ。ただ、ロナが、鳴子と呼ぶものに繋がっているロープよりも外には出ないように言われている。


 理由を聞いたら、


「これ以上小屋から離れたら、迷子になって狼に追いかけられるのが落ちだもん」


「そんなことはない!」


「じゃ。明日確かめてみよう」


 ロープの外に薪を拾いに行ってもいいと言われて、わたしは喜んだ。


 しかし。


 夢中になって拾っているうちに、小屋のある方向を見失ってしまった。どうしよう。来た道も判らない。


「ろ、ろなーっ」


「言わんこっちゃ無い」


 真後ろから声をかけられて、驚いた。ロナは、薪を拾うわたしのすぐ後ろを追跡していたのだ。全然気付かなかった。


「で? 一人で帰れるのかな?」


「う、うう」


 できる、と、言いたい。でも、方向が。小屋のある方向が判らない。


「それじゃね。ボクは、猟に行ってくる」


「ごめんなさいっ!」


 本当に、ロナは意地悪だ。


 ある晩、夜中に鳴子が動いた。寝ていたはずのロナは、すぐに起きだしていた。


「ロナ。鳴子が」


「うーん。この鳴り方だと、多分狼、それも大きな群だと思う。追い払ってくるから、レンは小屋で待ってて」


 狼!


 今まで鳴った時は、タヌキやヘビなどの小さめの動物ばかりだから外に見に行く必要はない、と言っていた。

 確認してくる、なんて初めてだ。それに、狼。


「わたしも行く!」


「何をしたかは、後で教えてあげる。だいたい、レンが外に出ても何も見えないでしょ」


「あうっ」


「じゃあね。静かにしてて」


 付いていく為の理由を口にする前に、ロナは、静かに扉を開けて小屋を出て行ってしまった。

 扉が閉められたとたんに、小屋の中は暗くなった。いや、夜なのだから当然なのだが、ロナがいないだけで、もっともっと重苦しい暗がりになってしまう。


 木が乾燥すると縮むのだそうだ。生木を組んで建てた小屋も、二月余りで乾燥が進み、細い隙間が出来ている。泥を詰めて隙間を埋めても、どこから光が漏れるか判らない、と言われている。なので、夜の見張りの間、小屋の中で灯は付けない。


 一人きりの小屋は、寒い。


 もし、ロナが傷ついてしまったら。帰ってこなかったら。


 わたしは、自分の身を守れるだろうか。いや、ロナを助けにいくことが出来るだろうか。

 昼間なら、盗賊の一人や二人を相手にすることはわけない。しかし、ロナは二十頭の狼を瞬殺したと聞く。わたしに同じことは出来ない。まして、夜の森は視界が利かない。足手まといになるのはわかっている。


 そうなんだ。ここは、王宮じゃない。兵舎でもない。わたし達しかいない。ものすごく不安になった。

 結界の杖は、「改良が必要だから」と取り上げられたままだ。



 ようやく理解した。


 いつも、わたしの思い通りになるとは限らない。助けてくれる人がいなければ、わたしは、何も、できない。


 わたしには出来ないことが沢山ある。出来る人は沢山居る。だから、彼らに任せておけばいい。今までは、そうしてきた。それが、普通だと、当然だと、当たり前だと思っていた。


 ロナは、その人が望んでいるのでなければ、無条件で側にいてくれることはない、と言った。仕事だから、付合うのだと。


 扉を小さく叩く音がする。そして、ロナが入ってきた。帰って来てくれた。


「ただいま〜。追い払ってきたよ。って、なんで泣いてるの。怪我してないよ? ああ、怖かったんだ。そうだよね、一人で待ってるのは心細いもんねぇ」


 わたしの様子を見て、いつもなら使わないランプを取り出して、灯を付けてくれた。

 どうして、ロナは、こんなにやさしいんだろう。


「・・・ロナ」


「ん? ああ、説明ね。狼の嫌いな臭いを出す草を燻してきた。本当はね。あんまり使いたくなかったんだ。でも、結構大きな群で、穏便に追い払うのは無理そうだったから」


「どうして・・・」


 どれだけ意地悪でも、ロナはわたしの話を聞いてくれた。答えてくれた。でも、わたしは? ロナの話をきちんと聞いていただろうか。本気で理解しようとしただろうか。

 ・・・そうか、これが「努力」なんだ。


「普通は、隊商が野営する時の緊急事態に使うものなんだ。近くに居る隊商への警告にもなるし、だから結構な距離まで臭いが広がる。

 そんなものを森の中で使うと、人が居ることがバレバレになる。そうするとね、盗賊が来るんだよ。同業者を排除するためか、取り込むためか、あるいは猟師の狩小屋を乗っ取ってねぐらにするつもりか。まあ、いろいろなんだろうけど」


「・・・」


「夜が明けたら、荷物を片付けよう。翌朝、ローデンに戻る。いいね」


「! 三月、では、なかったのか?」


 もう少し、もう少しだけ、二人きりで居たいのに。もっと、沢山のことを教えて欲しい。そうすれば、ロナの言う「努力」が出来るようになれる、気がする。


「襲ってくるのが一人二人ならいいけど、十人二十人に取り囲まれて火矢でも撃ち込まれたら、逃げ場なくして一巻の終わり」


「ロナは強いじゃないか!」


 それに、ロナの魔道具なら凌ぎ切れるのではないのか。


「レンを庇いながら、ってのは無理だよ。だいたい、コンビネーションの練習なんかしてないもん」


「わたしでは、ロナの相棒は勤まらないか?」


 昼間ならば、自信があるのに。


「だから〜、即席コンビで手だれの相手は無理だって言ってるの」


「腕の立つ盗賊とは限らない。そもそも、盗賊が来るかどうかもわからないだろう?」


「・・・レン。君は、自分の立場、わかってる? 王妃様からは散々怒られたけど、それでも、王様と王妃様の子供であることに変わりはない。

 そして、ボクは、二人からレンの身柄を預かってる状態なの。君を無事にローデンに、お父さんとお母さんの元に送り届ける義務がある。楽観的憶測で身を危険に曝すなんて、馬鹿のすることだ。

 レンがボクの邪魔するって言うなら、また椅子を作ってぐるぐる巻きにするからね」


 厳かに宣言されてしまった。

 暗に足手まといだと言われたのは理解した。それに、「ぐるぐる巻き」の部分に力が入っていた。多分、前に運ばれた時以上に縛り上げるつもりだろう。それはかなり遠慮したい。

 でも、ロナに背負ってもらえるのは嬉しい。どうしよう。


「・・・返事は?」


 低い声に込められた気迫に、目尻に滲んでいた涙も引っ込んでしまった。こんなときまで、ロナは意地悪だ。


「わかった! 出発する」


 すぐに空は明るくなった。狼達が来たのは、夜明け前だったようだ。


 ロナの指示に従って、準備を始めた。


 水袋をすすいで、貯めておいた煮沸済みの水を移し入れる。食べ残しの薫製肉は臭み除けの葉に包んで、古着を使った袋に入れていく。薬を入れた小箱も、布袋に集めた。


「種類別に小分けにしておくと、バッグの中身が整理されているから、取り出す時に探しやすくて便利なんだ」


「そ、そうなのか?」


 街道の巡回任務では、行軍用のリュックを渡されるだけで、中身に何が入っているかは気にしていなかった。おかげで、食べ物を食べ尽くし、困窮していたところをロナに助けてもらったのだが。


 でも、何が便利になるのかが判らない。


「ん〜。飴と、クッキーと、干し果物が、深い籠一杯に入っているとしよう。バラバラに入っているのと、それぞれ別の袋に入っているのと、どちらが取り出しやすい?」


「上に見えているものから食べればいいじゃないか」


 ロナがよろけた。わたしは、何か変なことを言ったか?


「飴は小さい。上からは見えなくても、底の方に沢山残っているかもしれない。それでも、見えないからと言って飴を新しく買うのかな? クッキーも違う味のものが隠れているかもしれない。いちいちテーブルの上に並べて調べる? 干し果物だって、種類別にしておけば、食べたい味のものがすぐに取り出せるでしょ」


「あるものなら、文句を言わずに食べるぞ?」


 ロナが転んだ。珍しいこともある。


「・・・同じ大きさに切ったお肉がある。材料は同じ、味付けは、塩だけ、塩こしょう、香辛料につけ込んでから焼いたもの。見た目は全部同じ。さあ、大皿一杯の上から、三種類のお肉を一つずつお皿に取ってみて。味見するのも匂いを嗅ぐのも駄目だよ」


「無理だ!」


「大皿を味付け別に用意しておけば、そんな困ったことにはならないよね」


 そういうことか。


「わかった」


「・・・本当かねぇ」


 とてもとても疑わしそうにロナが言う。


「最初に、ロナがわかり難い例え話をするのがいけないんだ」


「はいはい、そうだね」


 小さいロナが、背中を丸めるとますます小さく見える。


「・・・ロナ、疲れているのか?」


「さっきの話で、疲れない方がおかしい」


 憤然と言い返されてしまった。


「そうではなくて」


 いつもより、動きが遅い気がする。昨晩の狼の襲来で寝不足なのだろうか。


「無理矢理付き合わされてるんだから、嫌みの一つぐらい言わせてよ」


 ロナでも、愚痴を言うのか。それよりも。


「むりやり、だったのか?」


 ロナは、知っていることなら、聞けば教えてくれる。美味しい料理も作ってくれる。火山調査の帰りであったときの「知らない人」宣言は、てっきりロナの照れ隠しだと思っていた。このピクニックもそうだ。わたしと一緒に居たいから、ではなかったのか。


 なんだろう。不愉快、とは違う。胸の辺りが、もやもやする。


「きちんと牢屋に入ったってのに、ウォーゼンさんから「罰が足りない」って言われたんだ。もうちょっと虐めておけばよかった」


 しかめっ面をして、ぶつぶつとつぶやいている。


「副団長殿を虐める・・・」


 ロージー以外にも、そんなことが出来る人がいるとは驚きだ。


 それにしても、かなり不機嫌そうだ。わたしも、何か罰を受けるのだろうか。


 また、同じ味の料理を続けるとか。


 いやいやいや。アルファ砦では、一口も料理を食べさせてもらえなかったじゃないか! 母上のご指示だったが、ロナも反対していなかった、とブランデ殿に聞いた。どんな料理だったのか、事細かに教えてくれたけど、とてもくやしかったことだけは覚えている。


 そうだ、もっと前。訓戒の書き取りが出来なかった時も、ロナの料理を貰えなかった。そして、あの時、言われていた分の書き取りは残ったまま。


 どうしよう。二度と、ロナの料理が食べられない、食べさせてもらえないかもしれない。


 ・・・ごめんなさい。反省しました。これからは、ちゃんと言うこと聞きます。頑張ります。努力します。


 だから。


 ご飯、ください!





 狼を追い払った晩から、レンが大人しい。というか、割と素直に従っている。質問に対する答えを聞いたあと、考え込んでいるようでもある。進歩した、のかな?

 時々、すっとぼけた返事をするのは、レンだから、しょうがない。


 それ以上に、わたしの体調が気になるようだ。慎重に動く様子が、体調不良に見えるのだろう。


 しまったな。レンには気付かれないようにしてたのに。

 

 体調、というか、体力魔力の制御が甘くなっているのだ。

 どれだけ厳重に制御を掛けていても、すぐに緩んでしまう。その上、集中力も落ちてきているようで、制御術自体が巧く掛からないこともある。


 手をついただけで立ち木がへし折れる。一抱えもある岩を蹴り砕く。ため息をつけば、人型だというのに、液体窒素もかくやという超低温ブレスになる。などなど。

 いわば、歩く環境破壊魔。日を重ねるごとに、ますます酷くなる。


 この状態、何となく覚えがあるんだけど、思い出せない。原因はなんだったっけ。


 とにかく、良くなる兆しはない。わたしのついうっかりで、レンに大怪我追わせる訳にはいかない。

 狼達の襲来は、ピクニック撤収のいい口実になった。


 ローデンに入るのは無理だ。この調子だと、街中で本性を解放してしまうかもしれない。あんな狭苦しいところで、包囲攻撃を受けたりしたら、被害がどれくらい出ることか。いやいやいや。無制御の魔術で壊滅させてしまうかも。


 ・・・想像もしたくない。


 うん。最短で街道に出て、隊商にレンを預けることにしよう。

 どこまでも食欲優先な王女さま。砦での兵糧攻め、もといお預け効果がやっと出ました。

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