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レンの冒険

「うれしいでしょ。二人っきりだよ」


 望み通りだ。存分に喜べ。


「でも、でもでも。ロナ」


「デモも鴨も無し! まずは寝床を作るところから始めるよ」


 三ヶ月を寝袋だけで過ごすのは無理。わたしはともかく、レンの身が持たない。雨が避けられる安全な場所を用意する必要がある。


「ほらほら。手伝って」


「あ、ああ」


 周囲から、手頃な木を切り倒す。枝を打ち落とし、丸太の長さを整える。


「・・・それはないんじゃないか?」


「斧だとまだるっこしいんだよ」


 薪割り用にウォーゼンさんから借りてきたけど、小屋一軒分の木を切り倒すには時間がかかり過ぎる。

 「椿」は、岩もサクサク切り出せる。当然、普通の木を無抵抗で伐ることも朝飯前。でも、目立つな。今度は、首長竜の鱗で、斧も作っておこう。


 基礎石を四隅に置いて、丸太を組み始める。


「うわぁ。どんどん壁が出来ていく」


「のんびりしてたら、雨が降ってずぶ濡れになる。ここにはお風呂はないんだから」


「ロナの術具があるじゃないか」


 『温風』の術杖のことかな。


「あれは使用禁止」


「なんで?」


「贅沢は敵」


「・・・」


「はい。今度は、この木を持って!」


 壁が積み上がったところで日が暮れた。慌てて、枯れ枝を集めてくる。晩ご飯は、干し肉を使ったスープと糧食。天井のないログハウスの中、交代で休む。

 その夜は、運良く雨が降らなかった。


 翌日、屋根の部分だけは、一葉さん達に手伝ってもらった。わたし一人でも出来たけど、これ以上、レンのキラキラ攻撃は貰いたくない。


「中は、ずいぶんと暗いんだな」


「入り口しか開いてないからね。窓も板戸だし」


「どうして?」


「雨が吹き込むでしょ」


「こっちの小さな穴は、何のためなんだ?」


「野獣と盗賊対策だよ。これが鳴ったら、すぐにボクを起こすんだ」


 昨日、薪を集めるついでに、小屋の周囲に細いロープを張り巡らして、何かが引っかかれば鳴子が動くようにした。自前の気配察知もオンにするけど、それだとレンには異常が判らない。


「さて。ただ、動物を狩って食べるだけじゃ芸がない。色々とやってみよう。いいね?」


「う、うん」


 レンの返事に、ローデンを出発した時の勢いはない。


「まず、仕事を手分けする。レンは、すぐに猟を始められる腕じゃない。弓矢を自分で作る所から始めよう。それとは別に、毎日、天気がよければ、ボクが猟に行っている間に、薪を集めて水を汲んでくる。水は、きちんと沸騰させるんだよ」


 庇を大きく作ったので、雨が降っても煮炊きが出来る。


「どうしてそんな事をするんだ?」


「生水飲んで、お腹を壊したいんだったら構わないけど」


 [魔天]から流れ出している川だ。スライムの卵はなくても、デンジャラスでヤバい寄生虫はいくらでもいる。


「・・・」


「今から案内するけど、少し離れたところに小川がある。道を覚えておかないと、迷子になるよ。

 それと、小川には動物達が水を飲みにくる。たまに狼も来るから、必ず剣を持っていって」


「それなら、川の傍に小屋を建てればいい」


「話を聞いてなかったね。狼が来るんだよ? 毎朝毎晩、狼退治をしたいのかな?」


 統制の取れた群狼との決闘なんか、好んでやるもんじゃない。


「・・・」


「夕方までには帰る。もし、鳴子が鳴ったら、これを吹いて」


 先日の反省を受けて、ほどほどの音量が出るように調整した笛だ。


「どうしても猟をしないと駄目なのか?」


 既に泣きそうな顔をしているレン。


「ご飯はどうするのさ。持ってきた糧食だけで三ヶ月は持たないよ?」


「・・・」


「じゃ、行ってくるね」


「・・・うん」


 不安げなレンに、鍋とバケツ二個を手渡した。


 さて、近場に良さげな獲物がいるといいんだけど。


 ヘビを捕まえて、小屋に戻ってきてみれば。


「・・・なんで、泥水?」


 鍋の中には、茶色く濁った水が入っている。


「あ。」


 しかも、用意しておいた竃に火はない。そう、湯ではなく、水のまま。


「ボク、冷し泥水スープは遠慮したい」


「す、すまない!」


「もう一度、汲みにいかなくちゃね」


「わかった」


 本当かね。


 一緒に付いていって、水を汲む様子を見ていた。


 この小川は、とても浅い。レンは、岸近くで、川底を掘るような勢いでバケツを叩き込んでいる。


 汲み上げたバケツを、観察させた。


「また泥入りだけど?」


「う、ううっ」


「一度に汲み上げようとするから失敗するんだ」


 ボクが持ってきたもう一つのバケツを地面において、レンのバケツは中身を捨てて軽くすすぐ。そうして、表面の綺麗そうなところを少し汲んでもう一つに移す。


「はい。やってみる」


「わかった」


 こういうところは素直なんだけどねぇ。三月、かぁ。早まったかも。




「今頃、レオーネはどうしているのでしょう」


 執務中だというのに、フェライオス陛下が深々とため息をついた。レオーネがローデンを出発して、八日が過ぎている。


「ロナ殿にお任せしたのです。お帰りを待つしかありません」


「あ、いえ。その、レオーネが彼女の足を引っ張りまくっているのではないかと、心配で」


 国王のあんまりな台詞に、ウォーゼンもため息をつく。


「それを承知の上で、お願い、されたのでしょう? 俺は、あの「取引」を口にした時、死んだと思いましたよ」


 トングリオが同席していなければ、即座にボコボコにされていただろう。


「・・・すみませんでした」


 「会いたくない」宣言されていて、よかったのかもしれない。

 ウォーゼンをしてもう駄目だと思わせる彼女の殺気は、想像するだけで身も凍る思いがする。


「そう思われるのでしたら、さっさと後始末を付けてください」


「そうしましょう」


 王家転覆の謀は、すでにジラジレ家を筆頭にした一味を拘束しており、処罰も決定済み。国王の裁可で、処罰を下すタイミングを待つばかりとなっている。没収した家財や屋敷をどうするか、などの細々したことは宰相に任せている。


「・・・本当に、あの二人は大丈夫でしょうか」


「陛下」


「あ。すみません」


 ウォーゼンに促された国王は、慌てて、死刑執行命令書にサインを入れた。




 最初の十日は、どうにもならなかった。


 野営技術は、街道の巡回任務の時にいろいろ教えた。と、ウォーゼンさんやトングリオさんに聞いた。


 しかし。


 水を汲んでくる、竃に火を付ける、最終的にお湯を沸かす。どれも、一度で成功したためしがない。薪ですら生木を持ってきていた。

 二度三度、目の前で懇切丁寧に説明しても、「自分でやってみて」と言われたとたん、元の木阿弥。

 泥水を汲んでくる。生木に火魔術を叩き込んで火が点かないと泣きつく。枯れた木を用意すればあっというまに消し炭にする。

 ようやく、鍋にきれいな水が入り、竃の火が燃え盛っても、うっかり蹴飛ばして鍋をひっくり返したり、目を離しているうちに火が消えたり。


 捕ってきた獲物を捌くなんて、とんでもない。ただのぶつ切りに成り果てる。もったいないから、わたしが手を加えて食べられるようにしたけどさ。


 「次も同じことをしたら、食事抜き!」と嚇し付け、上手にできたら「ご褒美」に肉の量を増やす。


 という飴と鞭作戦で、少しずつ覚えさせた。



 桶に、沸かした水を貯める。小屋を建てた直後に追加で切り倒した丸太をくりぬいて作ったものだ。


「臭いがつかないか?」


「街中なら、井戸や石甕いしがめがあるもんね。でも、ここにはないし。雨がひどくて火が起こせない時でも、水が飲めないと困るでしょ」


 行軍用の水袋の方がよっぽど変な匂いがつくし、移動しないのなら甕や桶の方が使い勝手がいい。


「そうか」


 桶に使わなかった部分は、矢の材料や食器に加工した。


 弓を自作させる事は断念した。三ヶ月でまともな弓が作れるようになるとは思えなかったから。でも、矢ぐらいは作らせてみよう。消耗品だし、失敗しても問題ない。


 レンが持ち込んだ物は、日持ちのしない食べ物と大量の着替え、長剣とサブウェポンのナイフ一本。雨具としても使える外套があっただけ、まし、なのだろう。

 鍋も皿も解体用ナイフも水筒も寝袋も、野営道具は何にも入っていなかった。

 予想通りだったとはいえ、ため息が出る。


 とにかく、最低ラインの生活環境を整えるのが優先だ。


 竹ひごを編んで作ったベッドに、テーブルと椅子。獲物を解体する場所に、不過食部分を埋めるための穴を掘り、血糊を洗う洗い場を作り、皮をなめすための台も作った。

 別棟で、お手洗いも建てた。


「・・・ロナ。もう、着替えがないんだが、どうしたらいい?」


 レンは、判らないこと、困ったことに気付いたら、自分から質問するようにもなった。小さな一歩だ。


「それなら、明日は洗濯しよう」


「洗濯?」


「洗って綺麗にすること」


「わかった!」


 おそらく、明日は朝から一日中晴れるはずだ。とすると、ハンガーもいるかな。


 水汲みバケツ二つを持ち、竹籠を背負って、小川に向かう。なぜバケツを持ってきたかというと、


「あっ! あーーーーっ!」


「流しちゃった?」


「・・・うん」


 浅い川とはいえ、それなりに流れはある。レンのシャツが、一枚減った。


「こっちのバケツに水を汲んで、その中で洗えばいい」


「・・・わかった」


「水が汚れたと思ったら、取り替えるんだよ」


「うん」


 しばらくは、黙々と作業をしていた。そして再び、


「あっ!」


「今度はどうしたの」


「服に、穴が、空いている」


「薪を取りにいった時にでも引っ掛けたんでしょ」


「そうかも、しれない」


 レンが着てきたのは、街着だ。全く持って野営には向いていない。着替えも然り。生地自体は上質でも、サバイバル生活に耐えられる強度はなかった。

 どんな服装がいいのか、何を持っていけばいいのか。出かける前に誰かに聞けば避けられたのだが、敢えて黙っているように頼んでいたのだ。誰かに教えてもらうのではなく、自分から聞く姿勢があるかどうかを確かめるためだ。

 まあ、これも想定内。


「よかったね。鞣していた皮が使えるようになっていて」


 五日前に獲った鹿皮の鞣しが完了している。上着ぐらいは作れる大きさだ。ちなみに、レンには、タヌキの皮を鞣してもらったが、案の定、カビさせた。

 初心者だもんね。しょうがない。わたしだって、何枚も失敗している。


「あ、あれを服にするのか?!」


「ボクが今着ているのも鞣革だよ?」


 わたしは、ローデンを出るまではワイバーン皮の一張羅を着ていた。が、森の中で厚底ブーツにチェーンじゃらじゃらは、歩きにくいしうるさすぎる。今は、レンがねんざした時に着ていた狩り着を身に付けている。

 ちなみに、いつの間にかフェンさんの手で再改造されており、フリンジなどの飾り付けは全て取っ払われた。・・・なんかくやしい。


「ずるいぞ」


「どこが? 自分で用意した物をずるいと言われなきゃならない理由を教えてよ」


「う」


「ウォーゼンさんの話を聞いて、何も疑問に思わなかったのかな?」


「そ、それは・・・」


「聞けば教えてくれたはずだよ。ウォーゼンさんは、意地悪じゃないもん」


「ロナは意地悪だ!」


「悪役だもーん」


「ロナーっ」


 汚れのひどい物は、布巾にした。石けんで洗ってもよかったけど、使わせない。このキャンプで、贅沢は禁止。


 小屋と木の間にロープを渡して、洗ってきた服を干した。それから、森に入って、昆虫の繭を採ってきて、手早く糸を繰る。さらに、わたし達の食事になった鹿の角で針を作る。


「そんなもの、どうするんだ?」


 目新しいことには、すぐに食いつく。レンは、聞いたつもりになった事項が、一番おろそかになっているようだ。


「服の穴をかがるんだよ。もったいないでしょ。塞げばまた着られるもん」


「・・・そんなこともしなくてはならないのか?」


 おや。リサイクル品は嫌いかな? レンがただの王族なら使い回ししないのも当然だけど、騎士団では普通にやっていたはずだ。


「王様や貴族でも、みんな、布は大事に使っているんだよ。布一枚織るのに、どれだけ手間暇掛かってるか知らないでしょ」


「・・・うん」


「今いるのは森の中で、そう簡単に布が手に入らないから、という理由もある」


「そ、そうか」


「着替えが一枚もなくなったら、困るのはレンだよ?」


「確かに困る!」


「それで、この布地だと、森の中を移動するには向いてないから、皮の上着で痛むのを防ぐわけ」


「そうなのか」


 感心している。


 しかし。


 こんな偉そうな事を言っているけど、本来、わたしにそんな資格はない。


 人の皮をかぶったドラゴンなんだから。


 少々の不都合は体の丈夫さで押し切ってしまえる。エト布も虫布も、素材の丈夫さは半端ない。一度作ってしまえば、[魔天]の中を自由自在に動き回れる。


 いろいろと、いろいろと後ろめたいことばかりで落ち着かない。


 ああ、もう。スーさん達には、とことん八つ当たりさせてもらうからね!




 ひと月余り経ち、小屋まわりでの活動はなんとか様になってきた。


 料理は、・・・させない。二人して腹を抱えて唸るはめになってから、諦めた。過去の伝説は伊達じゃなかった。

 手持ちの薬で回復した後、食中り系の薬草をかき集めて備蓄した。


 それでも、ヘビやウサギの解体は出来るようになった。


 わたしが採取に出ている間、弓矢の練習もするようになった。ただし、わたしの前では、やらせない。誤射が、とことん普通じゃない。


 正直に言うと、レンの後ろで見ているわたしに向かって矢が飛んでくる。


「狙ってるでしょ。絶対に狙ってやってるでしょ!」


「そんなことはしてない! 正面の的に狙いを定めているとも」


「毎回毎回、後ろに飛ばしておいて、まだ言うかっ!」


 的を括り付けた周辺の木の幹は穴だらけになっているが、的には傷一つ付いていない。これも一つの才能?

 いやいやいや。人死にが出てからでは遅すぎる。


「レンは、絶対に、人がいるところでは弓矢は使わないこと。いいね?」


「・・・どうしろというんだ」


 姿勢は悪くないのに。わたしのほうが、色々と訊きたい。


 方針を変えて、罠の作り方を教えることにした。

 お約束通り、始めの頃は仕掛けた罠に自分が引っかかる。ウサギやタヌキ用のひも縄なので、怪我はしない。せいぜい足を取られて転ぶくらい。


「ぶくくく」


 今日は、顔が泥まみれになった。倒れた位置が悪かったね。ぶくく。


「笑うな!」


「だって、何のための罠なのかわからなくて」


「うぐっ」


「罠を仕掛けた場所ぐらい、覚えておこうね」


「・・・うん」


 仕掛ける場所も、適当に選んではいけない。獲物が通りそうな道を探して、見つかりにくいように設置する。


「なぜ、わたしがっ、こんなことを」


「もしも、レンが騎士団に復帰できたとして。

 ローデン周辺の小集落の警護もあったりするじゃん。兵士が食べる物を集落だけでは賄えないかもしれない。そんなときに、猟が出来れば集落の人達の負担は減るし、同僚からは、干し肉以外の料理が食べられると喜ばれるし。


 それに、夕食が一品増えるんだよ? 覚えておいても、無駄にはならないでしょ」


「うんっ!」


 ちょろい。

 全部適当です。主人公補正と異世界環境ということで、勘弁してください。

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