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かうんたー・あたっく

 牢屋に入って八日目。


 とうとうウォーゼンさんが、呼び出されて来た。


「・・・」


 わたしを見ても、何も言わない。牢の前に立ち尽くしている。


「捜索とか終わったの?」


「・・・」


 おや?


「副団長! 気絶している場合じゃないんです!」


 トングリオさんに揺さぶられて、目を瞬かせた。


「すまん。見たものが信じられなくて」


 失礼な。


 ちょっと居心地よくしようと、毛皮のシートとか、お茶セットとか広げてただけなのに。ローデンに始めて来て、建て替え前の牢屋でも見たはずでしょ。

 それとも、四葉さんのダンスに見入っていたとか。最近、バリエーションが増えてきて、一人シンクロとか、かなり面白い。


「あ〜、ロナ殿。期限の七日間は過ぎた。牢から出てもらいたい」


 気を取り直したウォーゼンさんが、なんとか台詞を絞り出す。


「もうちょっと、囚人気分を楽しみたいのに」


「ロナっ!」


 まだ目玉模様が残っているトングリオさんが、叫ぶ。


「ハイこれ、あげる」


「・・・何だこれ?」


 出端を挫かれたトングリオさんの手に乗せたのは、小さな小瓶。


「ぶつけて腫れたところに効く薬。寝る前に、水に溶かして、布に浸して。軽く絞って目の上に乗せてね。腕とか背中だったら、そのまま塗っていいから」


「何故俺に?」


「団長さん、今、仕事にならないでしょ」


 ぶふぉぉぉっ


 ウォーゼンさんが、思いっきり吹き出した。


「・・・これ。副団長が原因なんですよ?」


「お前が、余計な事をしていなければ問題なかった」


「・・・」


 パンダ仮面は、ついつい笑いを誘う。と思ったのはわたしだけではないようだ。


「ごほん! それはともかく。ロナ殿を牢屋入りさせても、罰にならなかったのでな。別の罰を受けてもらう」


 おお。追加が来た来た♪ 牢屋で頑張った甲斐がある。


「とにかく、出てくれ」


「はーい」


 扉を封鎖していたチェーンを外し、上着に取り付ける。マントも羽織って、身支度完了。忘れ物も、ないね。


 きぃ


 扉が開くと、


「やったーっ」


「これで、これで落ち着いて飯が食える!」


「もうくんな! 顔みせんな!」


 囚人さん達からの応援の声が。


「それ違う」


 聞こえていたらしい。トングリオさんが、わたしの背中を押している。


「そんなに期待されたら、また来るしかないじゃん」


「「「「来るなっ!」」」」


 悲鳴のような否定の台詞。同じ牢屋仲間に向かって、それはないでしょ。


「いいから早く出ろって」


 ちぇーっ




 取調室に通され、お茶まで出て来た。


「囚人相手に、好待遇だね」


「牢は出ているんだから、囚人じゃないだろう?」


「だって、次の刑罰があるんだし♪」


「喜ぶなよ」


 とことん疲れた声でトングリオさんが嗜める。


「そうだな。ロナ殿にとっては、いや、誰にとっても厳しい罰だ」


 ウォーゼンさんが脅しに掛かってきた。


 ふふん。悪役ななしろはその挑戦を受けて立つ!




「では。レオーネ姫の教育係を勤めてもらう」




 げふっ!


 飲んでいたお茶でむせた。


「なっ、なにそれっ」


 冗談でしょ?


「俺がロナの伝言を伝えたら」


「「それなら、わたしも悪役になる」、と」


 トングリオさんとウォーゼンさんが、そろってため息をつく。


「ちょっと! お姫様の飼育管理は王宮の責任でしょ? ボクに持ってこないでよ!」


「だが、陛下や妃殿下のお諌めも全く効果がなかった。ヘンメル殿下や、先王閣下、ミハエル様など、王室関係者は全滅だ。今のところ、話が通じそうなのがロナ殿しか見当たらない」


「騎士団の人、そうだウォーゼンさんなら」


 以前、稽古をつけられるのはウォーゼンさんぐらいだと聞いた。剣の師匠なら、厳しく躾けるのはわけないはず。


「・・・駄目だった」


「そこ、もう少し詳しく」


「人を打ち負かすのは、剣だけでない事を思い知ったから。だそうだ」


「意味判んないよ!」


「俺だって判らん!」


 睨み合いが続く。


「とにかく。頼む。なんとかしてくれ」


 根負けした二人が、揃って頭を下げた。


「ボクの話だって通じてない」


 誰が引き受けるもんか。


「少なくとも、聞く姿勢はあるようだぞ」


「なにそれ」


「姫さんのとばっちりじゃなくて、あえて捕縛されるような事をしたからだ、って教えたけど、其所まで聞いておいて「ロナがわたしに付合う事はないのに」、だと」


 なんで、そういう感想になるの。あのお姫さまの思考回路には、とてもとても付いていけそうにない。


「陛下方の叱責には、でも、とか、だって、を繰り返すばかりでな。全て聞き流しているようだった」


 二十歳の反逆? 反抗期にしても遅すぎる。


「ボクが叱ったら、反ってこじらせないかな」


「「・・・」」


 おい。明後日向くな!


「そうだ。アンゼリカさん!」


 困ったときの、アンゼリカさん頼り。子育て経験もばっちりだし。


「今は無理だ。臥せっている」


「・・・酷い病気なの?」


 フェンさんから話を聞いて、十日以上経っている。


「治療師によれば、知恵熱、らしいぞ。「ななちゃんが〜」と、うわごとを言い続けているそうだ」


「・・・」


 アンゼリカさん、わたしに入れ込みすぎるにもほどがある。なんなんですか、それは!


「あー、そうだっ! 専任女官さんがいたはずだよね?」


「ロージーは、今、子供の看病で手が離せない」


 ロージーさんが、レンの専任女官だったんだ。ステラさんも、レンの世話を頼んだとか言ってたような。


 って、今は、それどころじゃない。


「旦那さんに子供の看病してもらえば!」


「俺も忙しい」


「・・・はい?」


「そうか。言ってなかったな。ロージーは俺と結婚したんだ」


 こんな場合だというのに、うっすら頬を染めて恥じらうウォーゼンさん。


「リア充爆発しろーーーーっ!」





 ペルラさんは、虫糸を布にする作業に手間取っていて、手を空ける時間も精神的余裕もない。コトットさんは、手を替え品を替え料理で懐柔しようとしているが、手応えがないと連日頭をかきむしっている。騎士団員は、ウォーゼンさん以下、逆に文句を言われる有様。メイドさん達は、はなっからスルーされている。

 だそうだ。


 ローデン王宮。つくづく、使えない。


「いっそのこと、永久幽閉にしたら?」


 わたしへのとばっちりは来なくなる。放牧中の騒動も起こらなくなる。それがいい。


「それも検討された。しかし、領民に手を挙げた訳でもなく、「話が通じない」だけでは、無理、だそうだ」


「いやいやいや。人命を危険にさらしかけたでしょ」


 小さなヒヤリハットが、将来の重大事故に繋がる訳だし。


「未然に回避されてしまったからな」


「トングリオさん。今からちょいと怪我してみない?」


「冗談じゃない!」


「今、トングリオを団長から離すと、騎士団の運用に支障があってな」


「手頃な団員さんに副団長勅命で」


「だから人身御供は却下だ!」


 うめくトングリオさん。


 いい案だと思ったんだけど。


「それなら、レンをどっかの貴族に強制降嫁させる」


 あれだけ、まとわりつく人達がいたんだから、適当なのを取っ捕まえて押し付けてしまおう。曲がりなりにも人妻になれば、今までのように奔放に出歩くことは出来なくなるはず。


「それも、今では無理だ」


「なんでよ」


「姫さんの「悪役になる」宣言が、ついうっかり広がってしまって・・・」


「そんな物騒な姫君は欲しくない、だそうだ」


「・・・」


 どこの誰だ、口の軽い兵士は。


「第二王女が生まれていることもあって、王家の血筋というだけでは、もう誰も名乗りを上げていない」


 なんとまあ。手のひらを返すのが早いこと。


「何も知らない他の国の貴族は?」


「それはそれで国際問題になるから駄目だ」


「あ〜」


 問題児を押し付けた国として、評判が下がってしまうのだろう。いや、弱みか。


「いっそ、商人に」


「適齢期の子息が居るところや若手のめぼしい商人に声を掛けた。だが、「やんごとなき血筋の方をお迎えするには、とてもとても家格が似合いません」と、悉く断られた。王家御用達の看板を餌にしても駄目だった」


 萎れた様子で情けない状況を暴露するウォーゼンさん。


「いやいやいや。嫁に出す前になんとかしたいんだよ」


 そんな事情、わたしは知らない。


「あ、そう。頑張って」


 もう、わたしの出せるネタは尽きた。あとは、王宮総動員して脳みそを振り絞ってくれ。


「そこをなんとか!」


「無理ったら無理!」


 またも睨み合いになる。その時。


「あ〜、ロナ殿。最終手段を使ってもいいか?」


 ウォーゼンさんが、わたしに顔を寄せて、小声で囁く。


「って、何かあったっけ」


「内緒」


 ?


「トングリオに話そうかと思うんだが」


 ま、まさか。自分でも判るほどに顔から血の気が引いた。見れば、大きく頷くウォーゼンさん。


「あーーーーっ。ずるいっ。約束が違う!」


 フェンさんに続いてウォーゼンさんまでっ。卑怯者ーっ!


「隠れ家に籠ってもらってもいいんだが、そのときは、レオーネをはじめとした殿下方だけでなく、ロナ殿と面識のある者達にも知らせることにする」


「そんな・・・」


「そうなれば、ハンターを含む一般の人々にも伝わるだろうな」


「・・・」


「どこまで広がるかは、俺にも判らん」


 堂々と言う内容じゃないでしょ!


「卑怯だっ!」


「こちらも必死なんだ」


「そっちが手抜きしすぎてたからだっ! ボクには関係ない!」


「ないはずはない。レオーネがあそこまで執着するのはロナ殿ぐらいだ」


 理屈になってない!


「賢狼殿とか、ロージーさんもいるでしょ?!」


 わたしの反論も悲鳴に近い。


「現時点では、ロナ殿が先頭を切っている」


「なんなんだーっ」


「ロナ。副団長も。何の話なんだ?」


「それはな」


「わーーーーーっ!」




 トングリオさんに追求されるわけにはいかない。つまり。


「報酬は弾んでもらうよ」


 街で荒くれ男と小競り合いした罰則にしては、厳しすぎる。とんでもないオーバーワークだ。


「まかせろ」


「よくわからないんだが、どういうことだ?」


 ウォーゼンさんとの内緒話は、トングリオさんには聞き取れなかったらしい。一応は、一安心。


「知らなくていいんだって」


「俺だけ仲間はずれか?」


「中年男がすねてみても全然可愛くない」


「ぐはぁっ」


 よし。黙らせた。


「・・・ロナ殿」


 ウォーゼンさん、非難するような目で見ないでよ。元はと言えば、ウォーゼンさんの所為なんだから。




 とにかく、退路は断たれてしまった。


 やるしかない、のか。くやしい。


「レンの更生計画は?」


「そんなもの、あるわけがない」


 ウォーゼンさんが、胸を張って即答する。


「自慢しない!」


 全く持って、威張れない話だってのに。


 荒い息をなんとか整え、気を取り直す。怒鳴り散らしても、話も何も進まない。ポイントだけでも、押さえておかないと。


「教育目標は?」


「我々の忠告を聞く姿勢を身につけること」


「ちょっと。いくらなんでもハードルが高すぎる」


 あのレンが、そう簡単に人の話を聞き入れるようになるとは思えない。


「だが、その点が何とかなれば、後は王宮が対応する。できる」


 ウォーゼンさんの台詞に、トングリオさんも頷く。


「本当に?」


「・・・はずだ」


 自信なさげに答えるウォーゼンさんと、そっぽをむくトングリオさん。


 ・・・嘘でもいいから、「死ぬ気でフォローしてやる」ぐらいは言って欲しかった。


「王様や王妃様は、了解してるの?」


「ロナ殿に直接お会いしてお願いしたい、とおっしゃっていた。その前に、ロナ殿の了解を取り付けておこうと思ってな。それに、ロナ殿を今日中に牢から引っ張り出せるとも限らなかった。お二人の予定を調整をする時間をくれ」


「二人とも、当分面会禁止。呼び出されても行かないからね」


「ロナ。いくらなんでも、それは・・・」


 国王陛下との直接面談は、本来ならば名誉なことだと喜ぶものなのだろう。招聘を拒否するなど、もってのほか。


 が、しかし。


「顔を見て、悪口雑言を止められる自信がない」


「「・・・」」


 親の教育的指導も効かなくなるまで悪化させてしまったレンの再教育を押し付けるんだ。いくらでも、延々とエンドレスで文句を言うぞ。


「それで。どの程度まで厳しくしていいの?」


「死なない程度で好きにしていい、だそうだ」


 本当に、ノープランで話を持ってきたのか。


「思いっきり、丸投げしてるね」


「面目次第もない」


「・・・」


 ウォーゼンさんの陳謝を聞いて、言葉も出ないトングリオさん。


 三人で顔を見合わせ、一斉にため息をついてしまった。




「ロナと二人でピクニックが出来るなんて、うれしいな」


 何も知らない能天気が一人、ウキウキと歩いている。


「荷物を落としても、ボクは拾わないからね」


「もちろん気をつける」


 どうだか。信用できると思えない。ほら、また転びかけてるし。


 あれから、ミゼル団長さん、ウォーゼンさん、トングリオさんと討議を重ねた。

 会議室を覗き込んでいたスーさんを徹底的に無視していたら、泣きながら走っていったけど。会わないよって、言ったのに。


 それはともかく。


 レンには、森でのサバイバル生活を経験させることにした。


 どうやら、ローデンでは、市場の人のみならず、騎士団員も、何かというと「しょうがないなぁ」と言ってレンの問題行動を見逃していた節がある。

 その積み重ねが、我慢の利かないかまってちゃんになった原因だ、と思う。


 街中で仕事をさせるという案も出たが、手助けしてくれる人が誰もいないところで現実の厳しさを身を以て知り、自分に何が出来て何が出来ないのか自覚させよう、という目論見だ。


 参加人員は、わたしとレンの二人だけ。ハナ達もオボロも、ローデンで留守番だ。

 わたしの負担も半端ない。が、どうせ、他の人の忠告は聞かないと判っているのだ。


 この際、思う存分、わたしの好きな様にやらせてもらおうじゃないの。


 準備段階でも、極力、レンに手を貸さないよう周知してもらった。レンが、具体的に質問してきたら応えるが、ただの「お願い」は無視する。つまり、野営道具をはじめとして、一からレンに選ばせたのだ。

 レンのセレクトでは、普通のリュックに入りきらないだろう、と予測している。ウォーゼンさんからマジックリュックを貸してもらうことだけは、あらかじめ言い聞かせた。


 そして、わたしが与えた出発前の助言は、それだけ。


 なぁにが出てくるかな。


「レン。どこで、どのくらいの期間、何をするか、ちゃんと聞いてきた? 覚えてる?」


「え? あ、ああ。えーと・・・」


 お出かけ一晩目は、興奮しているレンを寝かしつけるのに苦労した。翌日の昼になって、レンに目的を理解しているか聞いてみた返事が、これだ。


「まあ、いいか。到着すれば判るし」


「うん! そうだよな♪」


 判ってない。


 レンは、足の速さだけは自慢できる。ローデンを出発して三日後、予定よりも早く目的地に到着した。


「それで。これから、どうするんだ?」


 ニコニコしていられるのも、今のうちだ。


「三ヶ月、この森で、二人だけで自給自足。目標は、レンが、自分で食べる物を獲れるようになること」


「・・・え?」


「この場所は、ハンターさん達も滅多に来ない。当然、騎士団員は言わずもがなだよ。ボクとレンだけで、住む場所も、食べるものも、安全も確保するんだ。

 もう一つ。期限が来るまでにレンが泣き言を言ったら、ボクは二度とローデンには行かない」


「それは聞いてない!!」


「ウォーゼンさんにはちゃんと言ったよ? 当然、レンにも説明していたはずだけど」


「・・・」


 さすがの能天気も、一瞬で真っ青になった。

 主人公のやり過ぎが、こんな形で帰ってきました。


 #######


 建て替え前の牢屋〜


 前作「いつか、どこかで」の「優雅な囚人」での一幕。

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