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正しい囚人

 市中引き回しにしてちょうだいよ。打ち首ならなお良し。


 なのに。わたしは、箱馬車に乗せられた。せっかくの悪役宣伝の機会だったのに、街の人には誰も見てもらえない。残念。


 次は、牢屋、ではなく、取調室に直行だった。待ちぼうけは一刻ほど。ようやく取調官がやって来た。


「トングリオさん?」


 随分と丸くなっちゃって。特にお腹が。トンちゃんと呼んでも違和感ない。


「ろぉなぁ〜っ!」


 幽鬼の様な、おどろおどろしい挨拶だ。


「なんで、来るたびに騒ぎを起こしてるんだっ」


「こっちこそ文句を言いたい。毎回毎回巻き込まれて迷惑してるんだってば。それを回避する為に、悪役に転身したんだもん。今回のは必要経費」


「なんなんだ。その理屈は」


 机の上に突っ伏した。お腹がつっかえて苦しそう。


「それはともかく。知り合いが尋問って、ありなの?」


「団長と、副団長の、指名だよ。指令だよ、逆らえないんだよ。どうしてくれる!」


 取調官が容疑者相手に逆ギレしても、情報は得られないと思う。


 同室しているのは、メヴィザさんとフォコさん。メヴィザさんは、現場を見ていた証人だ。屋敷に入る前から、フォコさんと一緒にずーっと【隠蔽】してわたしを追跡していたそうだ。

 用があったなら、声をかけてくれればいいのに。


 そのメヴィザさんは、聴取前だというのに、乾涸びたワカメ状態。クタクタのヨレヨレ。わたしの乗る馬車に誘ったけど頑として拒否して、徒歩で王城に戻った。きっと、その所為だね。


 他に、書記役の兵士さんが二人もいる。わたしが取調室に入ったら、すぐさま机の向きを変えてしまい、こちらを見ようとしない。いいんだろうか。


「順番に聞いて行くからな」


 頭を仕事モードに切り替えたトングリオさんが、ようやく取り調べを開始した。


 Q 馬車の屋根に乗っていた動機は? 屋敷を襲撃するためか?


 A 昼寝するのに、ちょうど良かったから登った。襲撃って、なんのこと?


 Q 屋敷に入る前に降りようとは思わなかったのか?


 A 気が付いたら屋敷の前だった


 Q 敷地から出なかったのは?


 A 妙な会話が聞こえたから、続きが知りたくて後を付けた


 ・・・・・・


 淡々と、聞き取り、もとい取り調べが進む。所々に、メヴィザさんの注釈も入る。


「ロナさんが手を出す前に、御当主が殺害を指示しています」


「屋敷への侵入者を排除するのは、当主として当然の判断でしょ?」


「だからって「殺せ」はないです。過剰防衛です!」


 メヴィザさんは、まるで、わたしの弁護人。


「でも、ボクは力一杯抵抗したし。おじいさん達まで拘束したし」


 不法侵入に、窃盗未遂、暴力行為に監禁。おお、犯罪のオンパレード。凄いな。


「「「・・・」」」


 調書の書記役の兵士さん達の手が、ブルブルと震えている。寒い、わけではなさそうだが。


「ロナ。正直に話しているんだ、よな?」


 トングリオさんの声も、ビブラートが掛かっている。


「うん。ボクがやったことは、全部話した」


「私が証言した、当主と奥方の供述は・・・」


「脅されたから、と言われたら、それまでだな」


「証拠集め、頑張ってね〜」


「私は! 私も、あなた方の会話を聞いていたんですよ?!」


「頑張って証言してねー」


「ご自分の事なのにっ!」


 なぜ、メヴィザさんが泣く。


 トングリオさん達は、黄昏色のため息をついた。


「ジラジレ家当主による王位簒奪計画、その為の姫様の誘拐未遂に、過去の毒殺疑惑。おそらく、不正収入も、あると思う」


 フォコさんが、弁護人の代打に立った。


「だろうなぁ」


「昔っから王位を狙っていたっていうなら、屋敷の中に代々の覚え書きみたいなものがあるかもね」


 わたしは、今回、書類は一切触っていない。興味なかったから。いや、脅迫ネタの為に集めておけばよかった。今更だけど。


「騎士団に魔術師団も加わって、捜索することになっている。ロナの聴取が終わったら、フォコとメヴィザも加わる」


「おお〜。オオゴトだ〜」


「元々、噂の絶えない家だったが、前回の騒動では捕縛できる程の証拠がなかった。今回は、ロナが、いろいろと、いろいろとやらかしてくれたおかげで、それを口実に徹底的に調べ上げることができる。

 しかし、しかしだ。それはそれ、これはこれ、で」


 ものすごく言いにくそうなトングリオさん。援護射撃が必要かな。


「そのとお〜り! 処罰は何かな〜♪」


「だからご自分の事なのにっ! なんでそんなに楽しそうなんですかっ」


 またも、メヴィザさんが大声を上げた。


「七日間の牢屋入りだ。ジレジラ家の調査結果によっては、恩赦が出る。かもしれない」


 ほんの少し、トングリオさんがしぼんだ気がする。


「そんなもんでいいの?」


「あのなあ! 罰を受けるんだぞ、罰。それを喜ぶやつがどこに居る?!」


 フォコさんが、わたしに掴み掛かりそうな勢いで捲し立てた。


「だって。悪役ななしろだもん。罰はむしろ勲章でしょ」


「「「違う!」」」


 部屋の隅で、立て続けにペンの折れる音がした。ああ、もったいない。





 肩を落として廊下を案内するトングリオさんの後ろを歩く。途中の房から、様々な声が掛かった。


「あっ。あのガキっ!」


「へっ。とうとうお縄になりやがった。ザマアミロだ!」


「もう一度、あの鞭を〜♪」


 最後のは、聞かなかった事にする。


 雑居房ではなく、独房に入れられた。しかも、衣装もマジックバッグも身に着けたまま。


「ねえ。武器だけでも取り上げなくていいの?」


 囚人にあるまじき待遇だ。


「どうせ、牢破りする気はないんだろう?」


「やってもいいなら、やる」


 いい事教えてもらった。これぞ悪役。脱獄だーっ


「するなっ!」


「冗談だってば。ボクがなりたいのは悪役。破壊工作員じゃないもん」


 トングリオさんの足が乱れた。


「・・・違いが判らない」


 そうかな。


 建て直した牢屋を意図的に壊しても、何の得もない。

 迷惑の対象が個人ならごめんで済むが、市民生活や都市機能にまで及べば、それはテロだ。とことん、わたしの趣味じゃない。


「そうだ」


「なんだ?」


「レンに、伝えてもらえないかな。とっ捕まって、牢屋入りしたって」


「なんでだ?!」


「ボクは、お人好しを卒業したんだ。これで、レンも嫌いになるよね」


「・・・は?」


 ここで見捨ててもらわなければ、フェンさん達の協力も無駄になる。


「これで駄目なら、次の手を考える」


「やめてくれ」


 うめくトングリオさん。


「だからさ。うまく説明してくれないかな」


「俺の仕事じゃない!」


 ますます、しぼんでしまった。太りすぎてたから、ちょうどいい、かもしれない。


 牢の中から、足を引きずって引き返すトングリオさんを見送った。



 改めて、独房を点検する。石作りのベッドと部屋の片隅の便器。それだけ。前に入った事のある牢屋は、木造のベッドとただの穴、だったような。


 牢の外のトイレに連れ出してもらって、逃亡する。


 ということは、出来なくなっている。便器は、蓋付きの魔道具トイレ。多分、排水溝は最小限の太さしかない。無理矢理便器をひっぺがしても、穴をくぐって下水道に、という手は使えない。


 換気用の小窓は、外に向けた撥ね上げ戸で、内側に格子がはまっている。窓の外を見る事は出来るが、そこは新しい練兵場だったりする。


 うん。普通に脱獄は無理そう。するつもりもないけど。


 しばらくは、ゆっくり出来そうだ。




 翌日、トングリオさんが駆け込んできた。


「騒ぎを起こすなと言ったのに!」


「何にもしてないよ?」


「・・・手にしているものは、何だ?」


「暇つぶし〜」


 じゃかじゃか鳴らしていたマンドリンを見せる。

 見回りの兵士さんが、報告したのだろう。文句を言いにきたのが、牢屋管理担当の上官じゃないのが解せない。それに、見回りしてた時、直接言えばいいのにねえ。


「何度も声が枯れるまで言い続けて、それでも完璧に無視されたと泣きつかれたんだ!」


「そうだったの?」


 全然気が付かなかった。


「・・・」


 床に手をついてしまった。おや?


「だから。道具を取り上げなくていいかって聞いたのに」


「囚人が言うな!」


「あるから使うんだも〜ん。でも、今度からは音量控えめにするよ」


「・・・そうしてくれ」


 だから、取り上げなくていいの?


 

 トングリオさんは、翌日の昼過ぎにもやって来た。


「牢屋で料理するな!」


「料理じゃない。昼食を暖め直しただけだよ?」


 ウェストポーチから取り出したフライパンを使って、パンと肉を焼き直しただけなのだが。食べるなら、おいしくいただきたい。

 そして、さて食べようか、という時には、格子や扉をガンガン叩く音が聞こえていた。この階には、他にも独房がある。野太い雄叫びも喧しかった。当然、無視したけど。


「五月蝿くしていたのは、他の囚人さんなのに」


「うまそうな匂いが牢屋中に漂って、我慢できないと言われたんだ」


 料理の出来がいい所為だろう。運ばれてくる間に冷めてしまうのは、仕方がない。諦めてねー。


「ボクに言わないでよ」


「そこにある料理が原因、もとい、元凶なんだぞ?」


「そういうことなら。えーと、手元にある調味料は・・・」


 もう少し香ばしくしてみよう。


「牢屋で料理するなーーーーっ!」


「トングリオさんも食べる?」


「要らん!」


 と、その場では言った。


 だがしかし。


 


 翌日は、朝から看守役の兵士さん達が入れ替わり立ち替わりに押し掛けてきた。担当している囚人房を静める為とか、料理のコツを教えて欲しいとか。まあ、口実はいろいろあるが、言っている事は唯一つ。


「料理を作ってくれ!」


 材料抱えて独房に入ってこようとした看守さんもいた。冗談じゃない。アルファ砦の二の舞は御免被る。


「・・・だからって、牢屋に篭城する囚人なんて、前代未聞だぞ」


 呼ばれて来たトングリオさんが、呆れている。


「初体験だよ。よかったね」


「そうじゃない!」


 上着のチェーンを外し、格子に巻き付かせて、扉が開かないようにしたのだ。ロックアント製だから、トレントロープ以上に頑丈。

 ふふん。斬れるものなら切ってみろ。


「看守長に苦情を言えばいいだろう?」


「その人が、真っ先におねだりしてきたんだけど?」


 またも床に手をつくトングリオさん。


「人材不足が深刻だ〜」


「ロナが言うな!」


「そもそも、手に持っているものは何さ」


 トングリオさんは、二つの盆を抱えて来ていた。一つはわたしの昼食だとして。


「お、俺の昼食だ」


「なにも、牢屋の廊下で食べなくても」


 わたしは、フライパンを取り出して加熱の準備。


「なぁ。ロナ?」


 それを見たトングリオさんが、妙な猫なで声を出して、もう一つの盆を差し出してくる。何が言いたいのかは、一目瞭然。


「聞こえませーん」


「ケチっ!」


「トングリオさん一人じゃ済まなくなるもん」


「そこは、全員」


 トングリオさんの突っ込みにも、すかさず。


「却下!」


「「「「「うおぉぉぉぉっ!」」」」」


 この会話は、この階にいる人全員が聞いていたらしい。フロア中に、野郎どもの悲鳴が谺する。マンドリンより五月蝿いぞ。


 入牢、五日目。


「ロナ。解放だ」


 顔に赤色や青色のまだら模様を付けた看守長さんと、やつれ顔のトングリオさんがやって来た。


「なんで? 丸七日でしょ。恩赦だったら要らない」


「違うっ! 兵士達が限界なんだ」


「見回りしてるだけじゃないの?」


「騒ぎ立てる囚人を押さえつけるのと! おまえのやらかすアレやコレやで疲労困憊なんだ!」


「やわだねぇ」


「「違う!」」


「看守長さん? だったよね。そのにぎやかな顔はどうしたの?」


「・・・副団長殿の鉄拳制裁を受けた」


 ぼそぼそと話す看守長さん。


「うん。強要はよくない」


 看守長さんは、トングリオさんにすがりついて泣き出した。やっぱり、ひ弱だ。


「そうだ。いい事教えてあげる。昨日、トングリオさんも「おねだり」したんだよ〜」


「なんだとーっ!」


 泣きっ面でトングリオさんに掴み掛かった。服を握られていたトングリオさんは逃げられない。くすっ。


「他の囚人さんにも聞いてみたらいい」


「おまえっ。人の事を散々さんっざん! 笑っておいてーーーーーっ!」


 首がもげそうな勢いで揺さぶっている。


「ロナぁっ!」


 慌てふためくトングリオさんに、とどめの一言。


「トングリオさんも、お仕置き、かな?」


「うわぁぁぁぁっ!」


 おっ。看守長さんの手を振り切って逃げ出した。


「待て! トングリオ! 逃げるな!」


 トングリオさんを追いかける看守長さん。


 これで静かになった。


 六日目。


「もう、食事は出さないからな」


 両目に見事な痣をくっつけたトングリオさんと、看守さんが来た。


「よく似合ってるね」


「どこが! じゃなくてだな。もう囚人じゃないから、食事は出せないと言っているんだ。だから、いい加減出てこい!」


 看守さんが鍵を開けた。でも、出ない。なぜならば。


「だいじょーぶ」


「「・・・は?」」


「非常食があるもん」


「あ!」


「補佐官殿。まさか・・・」


 震えるトングリオさんに、思いっきり渋い顔をする看守さん。


「えーとね。クッキーと、干し肉、濃縮スープもあるよ。魔道具持ってるから、お茶も飲み放題」


 結界を駆使して、「山梔子」の精肉を加工する事も可能だし、エルダートレントの干し果物だっててんこ盛りだ。


「なーーーーっ!」


 寝台の上に並べた品々を目にして絶句する看守さん。


「だから、取り上げなくていいのかって聞いたのに」


「今更言うなぁっ!」


 格子に掴み掛かっても、チェーンは巻きついたまま。扉は開かないよ?


 七日目。


 十人近い兵士さん達が揃って来た。


「「「「済みませんでした!」」」」


「なので。どうか、牢から出てください。お願いしますっ!」


 一斉に頭を下げると、兵士さんの一人が懇願してくる。


「えー、まだ期限残ってるよ」


「そこをなんとか!」


「もうしません。ねだりませんからっ」


「他の階の囚人達からも嘆願されているんです」


「なんで?」


「美味そうな匂いばかりで食べられないなんて、下手な拷問よりも酷い、と」


「そういうことなら、もう少し香りのいい料理にしてみよう」


「「「「「やめてくださーーーーいっ!」」」」」


 うんうん。いい反応だ。


 悪役たるもの、人に迷惑をかけてなんぼでしょ。

 主人公よ。どこまで征く?

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