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妄想完成形

 電車の振動は、なぜか眠りを誘う。


「乗り過ごした?!」


 ・・・違った。


 ここは、まだヘリオゾエアのある世界。

 ちょっと寝ぼけていたらしい。いい感じに陽の当たる馬車が止まっていたので一休みしていたら、いつの間にか移動していた。


「また、お館様に叱責されるのか」


「レオーネ姫が見つからないのだから、仕方がない」


「ローデンに帰ってきているのだろう?」


「そろそろ、街に出てきていい頃合いだと思うんだがなぁ」


「おい。馬と馬車を片付けておけ」


「へい」


 最後の声は、初老の男性だった。下働きなのだろう。他の男達は、ゾロゾロと移動していく。


 レンが、どうかしたのかな。気になる。


 [音入]の術杖を取り出し、結界を張る。砦で一度は取り落としたけど、メヴィザさんが調べようとしていたところを見かけて取り返した。


 それはともかく。


 屋敷の規模に比べて、人が少ない、気がする。屋敷に入る前に見た庭も、手入れが行き届いていなかった。どういう家だ?


「レオーネはどうした」


 男達と一緒に部屋に入るなり、聞いた言葉がこれだ。心配しているとか親身になっているとかいう声色じゃない。ものすごく軽蔑しているように聞こえる。


「申し訳ありません。今日も、市場では姿を見かけてないそうです」


「ふん。見つけたら、すぐに連れてこい。所詮は平民の娘よ。なに、気に入りの人物がいると言う。それを餌にすればあちらから付いてくる」


「連れてきて、どうする気?」


「知れた事よ。レオーネを人質に、王位を返上させる。・・・誰だ!」


 鈍いなぁ。部屋に入って、すぐに結界を解除してたのに。


 報告していたおじさん達が、あわてて振り返り、わたしを見て変な顔をした。どこか変かな。


「悪役ななしろ。それで、話の続きは?」


「・・・ごほん! ここは貴様のような下郎が勝手に入ってきてよい場所ではないぞ!」


 あっけにとられていたおじいさんが、なんとか威厳を取り繕い、それを聞いたおじさん達が、剣の柄に手を掛ける。反応が鈍い。危機管理がなってない。もっとも、今のわたしには都合がいいんだけど。


「どうでもいいじゃん。ボクはやりたいようにやる。それよりも、話の続き」


 後で、王宮に密告してもいいかもね。それとも、このおじいさんを脅すネタにするとか。ふふふ。楽しみぃ。


「小僧。それを知ってどうする?」


 屋敷の当主らしきおじいさんが、ふんぞり返っている。


「んー。聞いてから考える」


 他の使い道があるかな。


「ふざけるな!」


 おじさんの一人が剣を抜いた。。安い剣使ってるなぁ。ろくな手入れもしてないみたい。


「まあいい。もともとローデンの王権は我が家の物なのだ。それを、あの成り上がりが手にしているなど、許せるものか。その上、平民を妃に召し上げるなど、王家の誇りも何もない。今こそ、我が手に取り戻すべきなのだ」


 一応は大家の主なんだろうけど、妙に芝居がかって見える。言ってる事が三流貴族っぽいし。ああ、悪役っぽいのか。

 でも、この系統の役作りはわたしの趣味じゃないなぁ。


「おじいさんが王家の係累である証拠、ってどこにあるの?」


「ガレ王直系子孫である儂を侮辱するか!」


「ガレ? ガレ、・・・ああ! 馬鹿やって王位を取り上げられた馬鹿王だったっけ」


「ぶ、ぶ、無礼者ーっ」


 おじいさんの顔が、ゆでだこのように真っ赤に染まった。


 そういえば、この世界にタコはいるのかな。港都では見かけなかった。手に入ったら、茹でて締めて三杯酢。普通に焼きタコ。たこ焼きも食べたいけど、ああ、鰹節もどきはあった。醤油も見つけた。うーん、あとは、ソースと青のりか。


「話を聞かんか!」


「あ、ごめん。タコの事を考えてた」


「「「タコ?」」」


 いないのかな。別の名前かもしれない。


「こっちの話。それで?」


「ぅおほん! 王家も貴族どもも、平民などに迎合し、あるべき誇りを忘れて情けないとは思わないのか?! ローデン開闢直後の伝統を取り戻し、愚昧な民草を導いてやる。それこそ、我ら王家の血に連なるものの義務なのだ」


 愚昧、ねぇ。


「小僧。儂の前に姿を現した度胸に免じて、召し抱えてやる。せいぜい忠義に励むがいい」


「お館様?!」


「わざわざ、儂の話を聞こうというのだ。我が家への士官が目的であろう?」


「しかし! こんな、こんなふざけた格好をしておいて!」


 失礼な。わたしは、真面目に悪役やってるんだ。


「人手不足なんだろうけどね。素性の判らない人をほいほい雇い入れるのはどうなの?」


「「「「!」」」」


 由緒ある貴族を名乗るのであれば、たとえ一兵士でも身元の確認ぐらいはする。まして、紹介状も無しに訪問した人物を試用期間も無しに直参として配下に加えるなんて、それこそ格式を疑う。

 ローデンの王宮のわたしへの対応は、狂ってるとしか思えない。


 それはさておき。


「家人であれば、少々報酬が安くても文句を言うはずがないし。傭兵を雇うよりは安く上がるし」


「そそそそんなことはない! きちんと報酬は払っているぞ。それなりの仕事をすれば、褒美もやろう。なに、金はいくらでもある」


 おじいさんが、急に猫なで声をだす。怪しい。ついでに家来衆の目が、おじいさんに向く。安月給なんだ、きっと。


「隠し金で? 税金ちょろまかして何に使うつもりだったのさ」


 それこそ、傭兵を雇うとか。いや、単に金銀財宝が好きなのかも。うーん。ドラゴン向きの性格だ。


「・・・!」


 またも、ゆでだこになったおじいさん。


「家人への報酬でいっぱいいっぱいなのかな。ま、どうでもいいや。使い捨てにされるのも嫌だし、おじいさんもボクの好みじゃないし。お誘いは遠慮しとくね」


「ここここの無礼者を切り捨てろーっ!」


 人は、図星を指されると逆上するという。なんちゃって。


 この部屋にいる家来は四人。近くに隠れているのが一人。気配探知で屋敷内を探る。遠くに一人、別の部屋にも二人いる。

 隠れている人が厄介そう。でも、目の前のおじさん達が先だ。


 鞭で、四人の持つ剣を叩く。いとも簡単に折れ曲がってしまった。鞭で曲がるなんて、やっぱり安物だ。


「なんだと!」


 驚愕している隙に、鳩尾やら首筋やら、とにかく急所を狙って気絶させた。ふむ、鞭さばきも慣れてきた。今なら、メイドのお姉さん達といい勝負が出来る。かもしれない。


 それは後にして。


 隠れている人をぶん殴ろう。


「わ。待って! ロナさん、待ってください。私です。メヴィザです!」


 鞭を振って近寄っていったら、結界を解除して出てきた。おやまあ。


「こんなところで会うなんて、偶然だねえ。屋敷の内偵でもしてたの?」


「詳しい話はあとで。それより、この人、どうするつもりですか?」


 何やら慌てていると言うか、焦っていると言うか。


「ボクは、どうするつもりもないよ。後が面倒くさいもん。それより、家捜しするんだ」


 どろぼーですよ、どろぼー。財宝を奪う。これぞ悪役。

 王宮魔術師団所属のメヴィザさんという、願ったり叶ったりの証人もいる。ふふふ、やる気が出てきた。


「・・・はい?」


「なんだと! 許さん、許さんぞ!」


 ヨロヨロと立ち上がるおじいさんを軽く叩いて気絶させた。邪魔しないでよ。


 家来衆も、ロープを取り出して手早く縛り上げる。おっと、猿ぐつわも忘れちゃいけない。騒々しいのは御免だ。


 室内に飾られていた鎧が持っていた槍を十字に結び、おじいさんを括り付けた。


「家捜し、するんじゃ、ないんですか?」


「家の主なら、どこに何を隠しているか知ってるでしょ? 全部しゃべってもらおうと思って」


 痛めつけずに、いたずらする。嫌がらせですよ。くけけ。


「・・・」


 おじいさんの靴だけ脱がせる。四葉さんに頼んで、シャンデリアにロープを掛けてもらい、おじいさんの磔をぶら下げた。

 ちょうど足下に当たるところには、鎧の頭部分だけを置く。これには飾りに鳥の羽が付けられていたのだ。くくく。


 ふわり、と毛先が足の裏を撫でる。その刺激で、おじいさんが目を覚ました。


「のわっ。な、なんだ? おい、下ろせ、下ろさんか!」


 身をよじれば、また羽がくすぐる。


「やめっ、やめんか!」


 コンスカンタへの道中でもやった、くすぐりの刑、鳥の羽たっぷりバージョンだ。堪能してね。


「探せるところは探してみよう」


 リアル宝探しゲーム、いってみよう。


 鎧の中、壁掛けの裏、ソファーの底。探せば出てくるものだ。この部屋からは、主に金貨が出てきた。隣の寝室からは、金属のインゴットと魔包石。

 仕上げに気配探知や土魔術系も使って、根こそぎ調べ上げる。拾い漏らしは許しません。


 あ。おじいさんを尋問する意味ないじゃん。・・・まあ、いいか。嫌がらせだし。


「これだけの魔包石をどうやって!」


 あらぬところから財宝が見つかるたびに、メヴィザさんが悲鳴を上げた。


 でも、わたしの探索を止めようとはしない。最初に制止しようとした時、「おじいさんと一緒にぶら下がる?」と訊いただけなんだけど。


「金、銀、魔鉄鋼、こっちはミスリル。すごいねぇ」


「それはっ。我が家で代々収集っ、してきたものだっ」


「ふうん。集めてどうする気だったの?」


「しっ、知れた事っ。うおっ」


 お抱え魔道具職人でも居るのかな。でもって、優秀な武器を作らせるとか? 金塊は、どうするんだろう。武器にはならないし。


「金貨はともかく。魔包石とかミスリルとか、そう簡単に換金できるの?」


「・・・あー、現在は無理、でしょう」


「現在はって、昔は出来たの?」


「二十年ぐらい前まで、金貨の代わりに使っていたところもあるそうですよ。要は現物支給、みたいな取り扱いだったそうです。

 とはいえ、魔包石が使える魔道具は稀少ですし、そんなものが作れる職人は、当時も名が知られていましたから、不正取引には使えなかったでしょうね。ミスリルや魔鉄鋼を扱える工房もほんの僅かです。換金できるのは、金銀ぐらい、でしょうか。

 そうでした。税金の支払いに使う事は出来ます」


「誰がお前らなどに渡すものか!」


 悪役ななしろには、聞こえませーん。


「さっきの話は聞いてたんでしょ。アレって本当?」


 メヴィザさんに、気になっていたことを聞いてみた。


「ジラジレ家が、旧王家の血筋である事ですか?」


「ふうん。この人が、ジラジレさんだったんだ。それで、王権を取り返すって、言ってたけど、できるの?」


「・・・さあ。陛下や宰相殿に聞いてください」


 なぜか、肩から力が抜けたメヴィザさん。


「だってさ。一般的に認められた話じゃなさそうだけど?」


「貴様ら平民に何が判る!」


 あ、兜が傾いてる。どうりで元気だったはずだ。向きを直しておこう。兜の数も増やすかな。


「あっ! やめろ! それはどけろと言っていっ」


「鎧は使ってなんぼでしょ」


「使う部分が違うっ」


 そうかな。




 全ての部屋の探検も終わった頃、騎士団員が大挙してやってきた。


「無事かっ!」


 先頭にはウォーゼンさんがいるようだ。


「はあ」


「・・・メヴィザ、どうした?」


 館の玄関で待っていたメヴィザさんは、大きくため息をつく。


「こちらへ」


「?」


 部屋のドアは開けっ放し。廊下の声もよーく拾える。


「・・・ロナ殿は、一体、何をしているんだ?」


「悪役らしく、家捜しした」


「そうではなくてだな?!」


 ウォーゼンさん以下、殺気立って飛び込んできた兵士さん達が、部屋の中に見たものは。


「お止めなさいっひっひっ! わたくしをほっ、だれだとぉおおぅ、おもっているのですっふぅ!」


「ひいいいいっ!」


 女性二人がまとめて蓑虫状態で天上からつり下げられ、それぞれが悲鳴を上げている。はしたなくも、裸足で。上流階級の女性の足はデリケート。くすっ。


 さらに、


「ひゃひゃひゃひゃ」


 けったいな声を上げるおじいさんも、ぷらぷらと揺れていた。


 どちらも、足元にはふわっふわの羽飾りのついた兜が所狭しと並んでいる。ただの鎧兜に使うにはもったいない素材なんだけど。


「そこの兵ひっ、早くふわたくしをほ下ろしなひゃ!」


 おばあさんが金切り声をあげる。


 いいじゃん。触り心地、最高でしょ。


「よくもまあ、これだけ集めたよねぇ。あ、これも宝石だ」


 ぽいっと、別の袋に取り分けた。


 家捜ししている途中で奥さんに会ったので、おじいさんの居る部屋に連れて行った。しかし、夫婦仲良く、でもないらしい。


 侵入者の前だというのに、旦那さんを助けようとするどころか、「わたくしが王妃になるはずだったのに」とか、「持参金目当てのくせに」とか、聞くに堪えない話をベラベラと。

 おじいさんも負けていなかった。「お前のようなつまらない女を、持参金もなしに嫁にする者がいたものか」とか、「ろくに使えない息子ばかりを生んで」とか、これまた聞き苦しい。


 似た者夫婦、と言えなくもない。


 更に、お互いがお互いの隠し財産の在処を暴露してくれたので、せっせとかき集めさせてもらった。

 ちなみに、奥さんの部屋には研磨済みの宝石と原石の入った箱が何箱もあった。もちろん、ごっそり頂いた。大漁だ。


 などなどを説明する。

 嫌な思いは、多くの人で共有しよう。夫婦喧嘩は、犬もドラゴンも食べられません。うええ。


「武器は、地下室に沢山あったよ。使い物になりそうなのは、あんまり見つからなかったけど」


 派手だったり精緻な細工が施されてたりしたけど、材質とか強度は実戦向きじゃない。棍棒代わりには使えるかもしれない。防具も、狼程度なら一回は防げる程度だ。


「・・・それで、ロナさんが手にしているものは、何なんだ?」


 フォコさんが、まるで[魔天]から帰る時のようなくたびれた声を出す。


「魔包石の宝箱。混ざってる宝石を選り分けてる」


 奥さんが持っていた宝石の中に、魔包石が二個あった。それなら、おじいさんの魔包石には、ただの宝石も混ざっているかもしれない。ということで、いかにもなデザインの箱を強引にこじ開けた。


「彼らの足元の物は何だ?」


 ウォーゼンさんも、そこはかとなく疲れている。来たばっかりなのに。完全武装で全力疾走してきたのかな。


「色々と教えてもらったお礼だよ。クレチャの飾り羽がこんなにあるし。光り物が好きそうだから、ちょっと贅沢を味わってもらおうと思って。親切でしょ」


「「「「どこが?」」」」


 悪役ななしろの意趣返しにしては、ひねりが利いていると思うんだけど。


 クレチャは、ヘリオゾエア西海岸と東方を行き来する、鶴に似た渡り鳥だ。東の草原で繁殖期に入る直前、頭部に生やした飾り羽を使って見事な踊りを踊るそうだ。なお、子育て期間に入ると抜け落ちる。遊牧部族の人達は、それを拾って装飾に使ったり、街道都市への商品の一つにしていた。


 ちなみに、夫婦円満のシンボルだったはず。


 それはさておき。


 本当に、あの夫婦喧嘩は見ていたくなかった。お互いの権勢欲とか金銭欲とかがだだ漏れで、相手の言い分は一切受け付けようとしない。それでは、いつまでたっても収まるわけない。

 いい加減聞き飽きたので、外部刺激を与えて強制終了させたわけだ。


「この有様では、ロナ殿を捕縛しないわけには」


 目に見えて肩を落とすウォーゼンさん。何が不満なんだ?


 家来衆は、きっちり縛り上げて猿ぐつわまで追加装備したので、目を覚ましていても、うんともすんともにゃんとも言えない。


「わ、儂はっ、はっ、ジラジレ家とう、しゅだぞっ。ふっ、平民の言い草などぉっ、信じるとっ、い、言うのかははぁあうん」


 羽根つき兜は、他にもあった。ちょうど手首に羽先が当たるようにぶら下げてみたら、効果倍増。けけけ。ヴァンさんにもやってみたい。


「全員、捕縛、しろ。箱馬車を二台、それと、証拠品の運搬用に馬車を回せ」


 副騎士団長様が、ようやく指示を出した。


「「「「・・・りょーかい」」」」


 よっしゃーっ。これで、悪役ななしろの悪行がレンの耳にも入るはずっ。


 しかし、団員さん達の元気がないな。突入時の勢いはどうした。


「ロナさん。なんで、なんでそんなに、嬉しそうなんですかぁ?」


 団員さん達が、現場の確保や証拠品の運搬、なにより犠牲者の搬出に右往左往している中、メヴィザさんが泣きそうになっていた。


 泣くよりも喜んで欲しい。


 わーっはっはっはっ!


 悪役ななしろの完成だーっ。

 何本のねじを吹っ飛ばしてしまったんでしょう。拾ってこなくちゃ。

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