いざ、出撃!
衣装作りは、わたしかフェンさん達のどちらかが却下して次のデザインに取りかかる、の繰り返し。いろいろな素材を大量に消費した。
五日間の攻防、もとい集中合宿を経て、ようやく衣装が決まった。
ワイバーン革の上下一式。色は、目にも鮮やかなスカイブルー。どうやって染めているんだろう。教えてくれなかった。けち。
ヒーローっぽい色なのが難点だけど、他の色だとどうにもしっくり来ない。というか、お遊戯会、再び。何故だ。
眼帯もブーツもお揃い。腰には、「睡蓮」と空色の鞭を装備。「椿」は、ウェストポーチでお留守番。性能は恐ろしい代物なんだけど、子供が背伸びしているように見える、と言われてしまった。ちぇー。
外套は、背中の刺繍に手間取っている。漢字で「悪」、の一字。なんだけど、この世界の人が見た事ないデザインなので、わたし一人でちくちく仕上げている。あともう少し。
チェーンも付けたい。と言ったら、またモクロさんの工房に出かける事になった。
不完全な衣装でデビューはしたくない。シャツにポンチョを羽織って出かける。フェンさんも付いてきた。
「なんで?」
「ロナは、わたしの預かりだもの。それに、衣装とバランスのとれた鎖のサイズもあるでしょう? 作成する時に確認できれば、作り直す手間は省けるわ」
それもそうか。
工房に向かう途中、露店で大量に屑魔石を売っているのを見つけた。
魔導炉の燃料は、魔道具に組み込む時に出る魔石の屑、あるいは組み込むには小さすぎる石だ。今回は、長時間魔導炉を使わせてもらうつもりなので、借り賃代わりにちょうどいいだろう。
普通、露店で売る商品ではないので訳ありだと思い、安く買いたたこうとした。
聞けば、案の定、工房からいきなり解雇された時、集めていたゴミを退職金代わりにかっぱらってきたというのだ。
「これ、見つけてあげたんだから。あとのは貰ってもいいよね」
思いっきり凄みながら、ゴミにまぎれていた小さな魔包石を示したら、
「あ! ありがとうございます! これで工房に帰れます!」
店主は、店の放り出して駆け去ってしまった。あれ?
「フェンさん。どうしよう?」
「・・・そうね。貰っておけば?」
忘れられた屑魔石の袋を持って、露店も片付けてから、モクロさんの工房に行った。そうしたら、
「坊主が見つけてくれたのか!」
諸手を上げて大感謝された。
「どういうこと?」
一昨日、モクロさんの子供が、うっかり工房の道具を散らかしてしまった。その中に、モクロさんが親から譲られた魔包石があった。しかし、モクロさんも職人さんも、誰が散らかしたか判らなかった。それで、いつも通りに工房の掃除をしていた職人さんが盗みの嫌疑を掛けられ、手にしていたゴミ袋ごと放り出された。という顛末らしい。
「って、何それ。きちんとしまっておかなかったモクロさんが悪いんじゃないのさ」
顛末を聞いて、呆れた。
「今朝、ガキの様子がおかしくてな。ようやく打ち明けてくれたんだが、その時には、お前はもう出て行ったあとだった。すぐに追いかけていかなくて、本当に、済まなかった」
「おれは、親方の工房でまた働かせてもらえれば十分です」
「ロコ!」
「親方!」
こら。人の話を聞け!
「坊主は、うちの大恩人だ。炉でもなんでも好きなように使ってくれ!」
いきなりそうくるか。
「それは、助かるけどさぁ」
ニヤニヤ。
「フェンさん?」
「何も? それより、早く作ってしまいなさいよ」
またもニヤニヤ。
なんだか腹が立つ。
とはいえ、時間も惜しい。
何か手伝わせてくれと言うモクロさんに、他の工房からロックアントの端切れを集めてもらった。待っている間、フェンさんと鎖の大きさを決める。
いくつか試作して、漸く形が決まった。あとは、つなげていくだけ。やるぞーっ
「・・・おい。坊主。坊主よう!」
「ん? 何?」
「体は平気か?」
おや、もう夕方だ。お昼ご飯、食べ損なっちゃった。
「ちょっと集中しすぎたかな」
ん〜。背中を伸ばす。ずーっと小槌を振ってたからね。うおぅ。ばきばきいっている。
「二刻も炉の前にいたら、気分が悪くなるもんなんだがな」
水の入ったコップを差し出しながら、呆れたようにモクロさんが言う。
魔導炉から漏れる魔力で、魔力酔いみたいになるのだろう。でも、魔導炉に放り込まれた訳じゃないし。炉の前なんて、まーてんの地力に比べたら軽い軽い。
「フェンの預かり人は、竜人然り、お前さん然り、とことん普通じゃねえんだな」
「ボクは、ただの悪役だってば」
お水は貰う。
「そうかい、そうかい」
座っていたわたしの頭に手をやって、がしがしと撫でるモクロさん。ちょっと、ちゃんと話を聞いてた?
「フェンから、戻ってくるまでここにいてくれ、って伝言を預かってる」
「じゃ。それまで、もうちょっと」
「・・・そうかい」
残っているロックアントで、別の物を作る。けけけ。フェンさんの店で、仕上げをするのだ。出来上がりが楽しみだな。
夕飯を買い集めていたフェンさんに連れられて、お店に戻った。
「アンゼリカさんの食堂には行かないの?」
「・・・母さんは、熱出して寝込んでいるわ」
「ふうん。お大事にって伝えといて」
お見舞いに行きたいけど、病人の枕元を騒がせたくはない。
「何これ! どう取り付ければいいの?!」
「うちにある道具で、切れるのかしら」
「ロナさーん。こっちの部品は?」
フェンさんの縫製室では、未だ、熱冷めやらぬお姉さん達の暴走が続いている。
チェーンは、ちょん切らないで上着に取り付けてられるよう細工を頼んだ。フェンさんがうめいていたけど、気にしなーい。靴底を預けると、ブーツの仕上げに入った。
更に、追加で作った部品を武器に取り付けてもらう。
「・・・ものすごく、凶悪よね」
「悪役ななしろにふさわしいでしょ」
「・・・」
細いワイバーン革を編んで作った鞭全体に、ロックアント製の棘を埋め込んだのだ。まんべんなくチラ見えするスパイクがチャームポイント。
「この鎖、やっぱり少し短くしない?」
「それなら、マントの裾に付けよう」
「・・・バランスが悪くならない?」
「いい音がするよ」
車の後ろにくっつけて地面を引き摺るチェーンのイメージだ。どうだろう。
「やっぱり、やめましょう。全部、上着に付けられるようにするわ」
いい案だと思ったんだけどなぁ。
いよいよ、デビュー当日。
「あの組み合わせで、どうしてこうなるの・・・」
フェンさんが、頭を抱えていた。
「私達、何か間違えた?!」
「うう、うううっ」
お針子のお姉さん達は、嗚咽を漏らしている。
衣装の作成中、わたしにべったり張り付いていたモリィさんも、
「こんなの、やだぁ」
と、泣きじゃくっていた。
「ここは泣くんじゃなくて、褒めたたえるところでしょ」
「「「「どこがっ!」」」」
「じゃあ。行ってきまーす」
「行かせたくない。行かせたくないけどっ」
煩悶しているフェンさんの脇を通り過ぎて、道に出る。
「わははは。悪役ななしろは止められなーい」
朝市の喧噪が収まった頃、裏通りを巡回する。大通りは、馬車も人も多すぎる。手始めに、ほどよく視線が通る場所で喧伝するべきだ。
それに、まずはローデンの住人に周知してもらいたい。
なんたって、メインターゲットが、ローデンのお姫様だからね。彼らの口から、牢屋まで届いてもらわないと。
「俺達、何やってるんだろう」
「任務ですよ。任務」
「でも。もう見ていたくない・・・」
「言わないでくださいよ」
騎士団員のフォコと王宮魔術師団員のメヴィザが、悲痛な顔をして通りを歩く。
前方には、一度見たら忘れられない、とにかく目に痛い服を纏った人物が闊歩していた。
濃紺のマントの中央に、見た事もない模様が白く刺繍されている。ブーツも指無しの手袋も、そして服も、空をそのまま写し取ったような青。それを覆い隠すように細い鎖が取り付けられ、見た目とは裏腹な軽やかな音を立てている。底厚のブーツは、何の素材を使っているのかは判らないが、軽快な足音を響かせる。
国王から受けた勅命は、「彼女がなにか騒動に巻き込まれたら、すぐにフォローするように」だった。が、しかし。
「巻き込まれたら、って言われたけど」
「巡回の兵士を呼ぶくらいしか出来ないですよね」
あの格好で出歩き始めて、早くも三日。騒動に巻き込んで、もとい巻き込まれているのは、破落戸、ちんぴら、不良ハンター、その他諸々。
彼女の事を、いいところの子供が粋がっているだけと見て、ちょっかいをかけているのだろう。が、しかし。
「悪役ななしろに手を挙げるとはいい度胸だっ」
と、悉く返り討ちにされている。
威嚇するつもりで店頭の籠を蹴り飛ばした男は、
「ボクの目の前を散らかすなんて、不届き千万!」
散々打ちのめされた揚げ句、手下も揃って、路地に転がった野菜を拾い集めさせられた。更には路地の清掃までやらされていた。逆らえば、鞭の音が鳴り響き、男達の頭髪は減らされる。
そして今日も。
「ああん? ふざけた格好しやがって、どこのガキだ」
「ふざけてるのはおじさんの顔だけにして」
「誰がだ!」
「ボクは、悪役ななしろだ」
「何が、アークヤックァーナシィロナだ! 名前までふざけてやがる。おい、てめえら、こんな馬鹿なガキにはお仕置きが必要だ。やっちまえ!」
「「「「おう!」」」」
この近辺の店で商品を唯同然で取り上げたり、やたらとケンカをふっかける、などの悪さを繰り返している一味が、彼女を取り囲む。
「あああ。またですよ。また犠牲者が」
「でもなぁ。全部、相手から挑戦しているし」
「挑戦じゃないでしょう?!」
二人の前で、何度も見た光景が繰り返される。
ショートソードが引き抜かれる前に、衣装と同じ色をした棘だらけの鞭で顔やら尻やらをひっぱたかれ、悲鳴を上げる手下達。鞭の棘は尖っていないらしく、穴が空く代わりに青あざが出来る。当たりどころが悪ければ、気絶もする。
あっという間に、数人が行動不能になった。
「来るな、来るなっ」
仲間がばたばたと倒されるのを見て、最初の勢いを失い、怯えて後ずさる最後の手下。
「問答無用♪」
すねを蹴られて、うずくまった。相当痛いらしい。地面の上を転がり悶絶している。
「このガキがっ」
「ボクの名前をちゃんと言えないおじさん達が悪い」
「理不尽だっ」
懸命に剣を振るうリーダー。だが。
「あふん」
大事なところを蹴り上げられ、泡を吹いて気絶した。何度見ても、見させられてても、ついつい前屈みになってしまう。
「むごい」
「・・・」
「巡回班を呼んできます」
「近くにいるよな」
「いますよね」
もう一度、現場に目を向ければ、
「わははははっ。悪役ななしろに楯突くから、こういう目に会うんだ。思い知ったかーっ」
「「・・・」」
周囲の店主も客も、決して振り向かない。見れば、背中がむず痒くなり、どうしようもなく居たたまれない気になるのが判っているからだ。
あの台詞だけでも、かなり来るものがあるというのに。
「俺、仕事やめようかな・・・」
「陛下が解任してくださいますか?」
「・・・」
フォコとメヴィザは、深々とため息をついた。
本人は、本気で悪人になった気でいる。
手始めとして、手当り次第にケンカを売っているつもりなのだろうが、結果は街のゴミ掃除。変なプライドを持つ乱暴者ほど、彼女に目をつけ、言いがかりをつけ、先に手を出して、結果、沈められた。
住人達は、街で迷惑行為を繰り返す人達を排除してくれたお礼が言いたい。言いたいけれど、行動にそぐわない見た目との落差が激しすぎて、誰も、今の彼女に声を掛ける勇気が出ない。
と、巡回の兵士達に訴える者が続出している。
その兵士達は、自業自得な男達をせっせと回収しているだけ。街の巡回担当部からは、治安が良くなるのはいいが、そろそろ牢屋が満員になる、という連絡も受けている。
今回も、彼女が立ち去って、すぐに兵士がやって来た。
「呼びに行かなくても良さそうだ」
「では、いきましょう」
「そうだな・・・」
彼女が更に細い路地に入っていくのを見て、あわてて追いかけた。其所で見たものは。
「・・・何、して、いるんでしょう」
止まっていた無地の箱馬車の屋根に上って、寝転がった。
「昼寝?」
「器用ですよね」
「そういう話じゃないと思う」
本当に、昼寝をしているようだ。屋根から降りてこない。
「どうします? 交代で昼食をとりましょうか」
「ちょっと待て。様子が変だ」
馬車の周りに、数人の男達が集まってきた。屋根の上の彼女には気が付いていないらしい。言葉を交わしたあと、馬車に乗って路地から出て行く。話の内容は聞こえなかった。離れすぎている。
「起こしましょう!」
「って、どうやって?!」
もう馬車は動き出している。にもかかわらず、彼女は落ちてこないし、起きてもこない。
「付けるしかない」
「はい」
のんびりとした早さで移動する馬車が向かった先は、貴族の屋敷だった。
「どうする。ここで待機するか?」
「いえ。まだ【隠蔽】は継続できます。馬車を探して、ロナさんを起こしましょう」
「了解」
馬車を見つけた時は、男達が屋敷に入るところだった。馬車の上に、マントの端が見えている。
「よかった。屋敷の者達にも気付かれなかったようです」
「そろそろ、声をかけよう」
その二人の目の前で、屋根の上の人物は姿を消した。
「え?」
「何が!」
飛び降りたのではなく、姿が掻き消えたのだ。
「あれって、姫様の杖と同じじゃないか?」
「あ!」
レオーネが[魔天]で単独行動する直前、姿が見えなくなった。そして、今。ナーナシロナの姿が消える直前、レオーネの物によく似た杖を手にしていた。
どんな魔道具でも、発動時には僅かでも魔力を発する。術具ならなおさらだ。にもかかわらず、レオーネの術杖は、発動中、全く魔力を感知できなかった。
同じものなら、魔力の残渣を追跡することは不可能だろう。
「どうする!」
「・・・なんとなく、嫌な予感がするんですけど」
最近すっかり血色が悪くなったメヴィザが、さらに顔色を悪くしている。
「言って、くれないか?」
「彼女、姿を隠して、屋敷に乗り込んで、当主を見つけて大暴れするつもり、かもしれません」
「根拠は?!」
そんな物騒な話が当主の耳に入ったら、名誉毀損で訴えられても文句は言えない。
「勅命を受けたあとで、極秘にロナさんの資料を見せられたじゃありませんか。あの中に、彼女を直接襲おうとして逆に狼から助けられた貴族の話があったこと。覚えていませんか?」
「それが、どうかしたか?」
「この屋敷、ジラジレ家の本家ですよ」
「!」
フォコも、一瞬で蒼白になる。
「副団長殿によれば、「かなり腹を立てていた」そうですし」
「すぐ応援を呼んでくる。メヴィザ殿は、彼女よりも先に当主を見つけてくれないか?」
「何の為に!」
「証拠も無しに貴族に刃を向ければ、流石に処罰しないわけにはいかない。白黒はっきりするまで、当主が傷つかないようにして欲しい」
大恩ある彼女の手を無用の血で汚れさせるようなことになったら、陛下からも妃殿下からも叱責を受けること間違いない。なにより、フォコ自身が彼女にそんなことをさせたくなかった。
「了解です。でも、間に合わなかったら・・・」
「その時はその時だ。副団長殿や陛下の判断を仰ぐしかない」
「そうですね。今出来ることをしましょう。フォコさんも急いでください」
「了解した。後を頼む」
周囲に人がいない事を確認し、フォコは一気に駆け出した。
執筆中、背中を何度も掻いてしまいました。




