大・変・身
モリィさんが繰り出したカウンターラリアットは、直前で回避した。
「逃げないでよ!」
「逃げるわ!」
人型に変化していても、ドラゴンの一撃はアンゼリカさんの比じゃない。
「ボクの首をへし折る気?!」
じりじりと間合いを取る。
「包容させてもくれないの?」
「初対面の人に、誰がやらせるか!」
そもそも、さっきのはそんな可愛らしいレベルじゃなかった。
「ちょっとぐらいいいじゃない」
「何かがごっそり減りそうだから嫌!」
すぱん! ぱん! すぱぱぱぱーん!
双方ともに、床に沈んだ。
双方ともに、本体はドラゴンだというのに。なんという破壊力。がくっ。
「〜〜〜フェンさん、ひどいじゃない」
漸く復活したモリィさんが、涙目で抗議した。それを見返すフェンさんの目は冷たい。
「神聖な作業場で、何をしようとしてたのかしら」
見れば、フェンさんだけでなく、縫製のお姉さん達も手に手にハリセンを握っている。全て、ワイバーン製。モリィさん諸共に、お仕置きされたのか。
・・・なんて代物を量産・常備しているんだ。相当に物騒な縫製店。もう帰りたい。
「店長、お帰りなさい」
「それで、何があったんですか?」
代わる代わる声を掛けるお姉さん達に、何とも言えない視線をわたしに向ける事で答えるフェンさん。
「「「ないわ〜」」」
「でしょう?」
「何が!」
替えの上着をウェストポーチには入れてなくて、ここまで改造したものを着てきた。フェンさんがあまりに五月蝿いので、さらにポンチョも羽織っていたのだが、さっきのハリセンの嵐でめくりあがっていた。どうやら、それを見ての感想のようだが。
「それだけじゃないわ。鞣してもいない革で作り直しするとか、許せる?」
「有罪ですね」
「見逃せません」
「どうしてくれましょう」
だから、なんなの。その物騒な台詞の数々。
「んじゃ。帰るから」
見なければいいじゃん。他所で作るもーん。
「「「「「逃がさない!」」」」」
え?
こういうのも、女体盛り、というのだろうか。
モリィさんを筆頭に、次々にのしかかってきた。何人いたっけ。結果、腕一本動かせない状態に。
しかぁし! じりじりと力を込めて、両手両膝を床につく体勢にまで持ってきた。あと少しで、はね飛ばせる。
「悪役ななしろの、報復を、覚悟しろ〜」
「アークヤックァーナシィロナ? 珍しい名前ね」
お姉さんのつぶやきに脱力して、再び、床につぶれてしまった。だから、どこをどう聞いたらそう聞こえるんだよぅ。
「この男の子、お客様ですか? うちは女性装備専門店なのに」
一番最後に飛びかかってきたお姉さんが、苦情めいたことを言う。
「女の子だから問題ないわ。母さんから、預かってきたの」
ようやく降りてくれた。その際、ポンチョも上着も小手も帽子もはぎ取って。追い剥ぎも真っ青な手際。
この店は魔窟だ。すぐさま盗賊にジョブチェンジしても、十分やっていける。
「やっぱり。これキルクネリエですよ。しかも鞣しも上等!」
「それで、この上着? キルクネリエも泣くわね」
「このポンチョ。何か加工してあるみたいだけど」
「返して。返してってふぶっ!」
でも、現在進行形でモリィさんの腕の中。どこをどう締めているのか振りほどけない。その上、わたしの頭をプルンプルンな胸に押し付けている。時折、息が止まる。いっそ殺して。
「レオーネ姫様のとばっちりを受けて、一目で悪人と分かる格好をしなくちゃならないんですって」
違う。中身も悪役になるの。
「こんなにかわいいのに?」
「関係ないじゃん!」
「どう見ても、美少年」
「関係ないってばっ」
「どちらかと言えば、正義の味方よね」
「どこが?!」
「放っておいたら、またこんな物を作りそうだから、うちに引っ張ってきたのよ」
「「「「・・・」」」」
お姉さん達の沈黙が重い。
「こんな物とは何さ。次こそは華麗な衣装で、鮮烈にデビューっうぶ」
やめて苦しい窒息する! 力一杯、むにんな物体を顔に押し付けないで。
「ということだから。いいわね」
「なにがという事だからなんだかって何ーっ!」
モリィさんの腕の中から解放された。と思ったら、手際よくシャツもズボンもひっぺがされた。更には、採寸の為に全身撫でくり回されていた。
ぎゃーっ。痴女がいるっ。
「このラインは切り過ぎ」
「ここの縫い目、惜しいわぁ」
「服を返せーっ」
「今作ってるから待ってなさい」
「要らないってばっ」
第二次攻防戦、勃発。
針子のお姉さん達が持つわたしの服を取り返そうと襲撃しているのだが、服や防具に掛ける意気込みでは負けてないお姉さん達は、ひらりひらひらと躱し続け、それでも手にした生地から目を離さない。そればかりか、わたしの隙を見て、お互いに手にしている服を交換したりしている。魔獣の上を行くよ、ここのお姉さん達は。
一方で、フェンさんはいつの間にか針を手に縫い物を始めているし。やめさせようとすれば、モリィさんが邪魔をする。というか、両手を広げて待ち構えている。
「愛しい人よ、カモーン!」
「邪魔っ」
「うふふふ。照れなくてもいいじゃなぁい♪」
この二十年で何があったんだ。モリィさんが妙な方向にねじ曲がってる。
そうだ。これなら。
「ほーらほらほら。ボクの手作りクッキーだよ〜」
ぴくん。
モリィさんは、わたしの手にある巾着袋に注目。右にー、左にー。顔が大きく動く。食欲大王様は健在だ。
よし。
「ほーら。取ってこーいっ!」
針子のお姉さん達の方に投げた。
「あ!」
口紐が緩かったかな? モリィさんの手に収まる前に、クッキーが空中でばらまかれた。
「だめーっ。それは私の!」
「「「え?」」」
モリィさんに飛びかかられて、お姉さん達が巻き添えになった。合掌。
「あら。おいしい」
「私の私のーっ」
なんと。床に落ちる前に、全員が手や口でキャッチ。感想を漏らす余裕もある。お針子さん、恐るべし。
でも、今のうちだ。緩んだ手から、服を奪い返す。
「出来たわ。着てみてね」
あとはシャツを着れば、という時に、布の塊が降ってきた。
「これなに?」
やけにぶかぶかな気がする。
「・・・コンセプトは?」
「悪役(笑)」
床に叩き付けた。
「ボクはすっごく真面目なのっ」
かっこ笑い、って何さ!
「真面目に作ったのに〜」
「そのコンセプトのどこが?!」
「だって。ロナの場合、何着せても「可愛い」になるんだもの」
「まだなってない!」
「現在進行形で可愛いわ」
またも、モリィさんに背後から羽交い締めにされる。
うー。
警戒センサーは、詳細モードかオフの二択しかない。オンにすると、屋外の音や気配まで拾ってしまうので、とんでもなく疲れるのだ。森の探索や戦闘時以外にしか使えない。術具での制御も試しているが、今のところ、手持ちの素材ではすぐに壊れてしまう。
なんて不便なわたしの体。
「店長。こんなデザインはどうですか?」
黒板とチョークを持ってきたお姉さんが、素早くラフ画を描く。なんだけど。
「道化師になるつもりはなーいっ」
「これに仮面をつけて」
「ボクだと判らなければ意味がないっ」
「我がままねぇ」
「だから自分で作るんだっ」
「だめだめ。こんな面白い事、ごほん、やりがいのある仕事はないわ」
「いかにそれっぽく魅せるか、ですね?」
字面が違う。
しかも、「ぽく」ってのは、何? わたしは、正真正銘の悪役になるんだ。見た目なんちゃっての、お手軽ごっこをするつもりはない。
「二度とこんな依頼はないわ。これは、わたし達に対する挑戦よ。受けて立とうじゃないの」
「「「はいっ」」」
「挑戦って、何?」
「任せなさい。誰が見ても、そうと判る衣装にしてみせるから」
「あのー。誰も依頼してないよ?」
「細かい事は、気にしないで」
「いやいやいや! 勝手されたら困るんだってばっ」
悪役ななしろのデビューに変な注釈、例えばカッコ笑いなんてついてもらっては、後々の活動に支障が出る。
とはいえ、ここは彼女達の城であり、ホームグラウンド。わたしの抗議はそっちのけで、デザイン談義に熱がこもる。あちち。
とどめに。
「ねえ? 以前の名前を言ってもいいかしら」
フェンさんがそっと囁いた。
「卑怯なっ」
「何言ってるの。ロナの依頼を完遂したいだけよ。その為に、依頼者にも協力して欲しいってお願いしてるだけじゃない」
ねじれてる。目的と手段がねじれまくってる。頼んでもいないのに、勝手に仕事にしたのはフェンさんなのに。
「それに。モリィさんの相手をして欲しいのよ。しばらく相手にしていれば、落ち着くと思うわ」
「・・・ますます粘着しそう」
「そこは、ロナの努力次第ね」
がぁくっ!
モリィさんは、わたしの体のあちこちを嗅いでいたかと思うと、頭やら背中やらにほおずりを繰り返す。そうして、いきなり全力で抱きついてくる。わたしは、ぬいぐるみじゃないやい!
でも、フェンさんには急所を握られている以上、逆らいにくい。
喧々諤々、散々やりあって、わたしが気に入らなければ絶対に着ないこと、わたしが作った服以外の装備も身につける、ということで決着をつけた。
一作目は、即行拒否した。真っ赤なマフラーって何。正義の味方のシンボルマークでしょ。ぜーったいに、嫌だ!
二作目は、わたしがデザインした。作ってはくれたものの、試着した時点で店員一同に却下された。わたしも、納得。どうみても、子供のお遊戯会。
背が、背が低いのが悪いのか!
三作、四作と、挑戦は続けられた。
何故似合わない。やはり、背が低すぎるせいなのか。
ならば、と、シークレットブーツの製作に着手した。防具担当のお姉さんが靴底のデザインする。しかし、店にある素材では高さが取れないというので、知り合いの魔道具工房の魔導炉を借り、ロックアントで成型することになった。
「坊主。いい腕してるぜ。どこの工房で指導を受けたんだ?」
工房主のモクロさんが、わたしの手際を見て褒めてくれた。
「街から離れたところに自力で工房を建てた変わり者の師匠に、ね」
「へえ! そんな人の話、初めて聞いたよ」
「そうかも。師匠のことはローデンで聞いた事ないもん」
というか、ある訳がない。架空の人物なんだから。
「急なお願いで、悪かったわ」
フェンさんが、モクロさんに謝っている。
「そうでもない。ちょうど一段落ついたところだった。それに、お得意さんの頼みだ。気にしなくていい」
「素材まで売ってもらっちゃったし」
「練習用に買っておいたロックアントの足の、切れ端ばかりだ。それを、全く別の形に加工しちまうんだから、すごいもんだ。うちの炉もまだまだ使えるってことだな」
モクロさんは、フェンさんのなじみの職人さんで、小品を作る腕はぴか一なのだそうだ。なので、炉のサイズは小さいながらも、ロックアントが加工できるということで、紹介してもらった。
騎士団の工作班がロックアントの鎧や盾を作る時は、大抵は用途に合った形状の部位を切り抜いて組み立てる。昔、わたしに見せてくれた槍の柄は、脚をベースに使っていた。原形を留めないほどに丸めてぎゅーして成型する、なんてことは、普通はやらない。というか、想定外の加工法だそうだ。
まあ、使用する魔石の量が格段に増えるから、炉の性能とか対費用効果の関係もあって仕方ないのかもしれない。
「ねえ。これとこれも使っていい?」
工房の隅に転がっていた魔獣の骨を見つけた。古ぼけてはいるが、まだ大丈夫そうだ。もったいない。
「何に使うんだ?」
「うーんと。魔導炉の補強。使わせてもらったお礼だよ」
というか、この炉、使いにくい。
「出来るのか?!」
魔獣の骨を炉に入れて、圧縮加工しレンガ状に固める。炉を停めて、緩んでいた内壁をはずし、その裏のブロックも取り外す。新しいブロックが隙間なくはまるように「黒薔薇」ナイフで形状を整えてから、定位置にはめ込む。内壁もはめ直して作業終了。
小規模な魔道具工房では、中古の魔導炉を譲り受けて使うところもある。そういうところの職人は、簡単な補修は出来ても炉全体の改装までは出来ない人が多いそうだ。
わたしは、港都やコンスカンタを訪れていた時、魔導炉の仕組みを教えてもらった。魔道具職人見習いの振りをするために、自分でも組み立てた。
炉を再起動して、試しにロックアントを加工する。うん。さっきよりも加工しやすい。
「一週間ぐらい炉が停められれば、もっとしっかりした炉に出来るんだけど」
本当は、一から組み立て直した方が性能は上がる。しかし、仕事の受注状況もあるから、長期間炉を停めるのは難しいだろう。
でも、調整次第では、シルバーアントの加工も楽々出来るようになるぞ。
「あ。いや。うん・・・」
「また、頼みにくるかもしれないから。先行投資」
「そういうことなら、考えておく。ありがとうな」
「こちらこそ。使わせてくれて、ありがとう」
いくら昵懇の間柄のフェンさんの紹介とはいえ、実力の判らない職人見習いに大事な商売道具を使わせるなんて、軽い気持ちで出来る事ではない。
うん?
フェンさんが、ニヤニヤと笑っている。
「どうかした?」
「今の会話のどこに悪役が潜んでいるのかしら」
「あ。う。えーと」
ニヤニヤ笑いは止まらない。
「あ、飴と鞭! その内に無理難題を吹っかけるの。そうなの!」
「ふぅん?」
「何の話だ?」
「それがねぇ。ロナってば、レオーネ様に気に入られたのはいいんだけど、何か騒ぎに巻き込まれて困ってるんですって。それで、何でも悪役の振りをしなくちゃならなくなったって言うんで、うちで協力してるのよ」
「へええぇ」
「振りじゃなくて、悪役ななしろに華麗に変身するんだってば!」
「へ、へえぇ」
何よ。そのものすごく気の毒そうな顔は。
前言撤回。
とんでもない無理難題を吹っかけてやる。
看板に偽りあり。衣装のお披露目に、たどり着きませんでした。




