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野望の下ごしらえ

「アンジィよう。もう、放っておけってんだ」


 ギルドハウスから拉致同様に呼び出されてきたヴァンが、ため息まじりにアンゼリカを諌めた。


「ヴァン! 放っておけないから、聞きにきたのよ?!」


「あいつの頭ん中がどうなってるのか、俺達に判る訳ねえだろうが。好き勝手させとけ。相手にすんな」


「このぽんこつ! 年とって増々ぐーたらになったんじゃないの?!」


 寝不足も相まって、ついつい口調も荒くなる。


「誰がぐーたらだ! 俺は、他ん処のギルドと再編の打ち合わせで、てんてこまいだってーの! それこそ、あいつの撒いた種の尻拭いやってる最中なんだ。中途半端なことをしてみろ。ただじゃ済まねえんだぞ? 俺はまだ死にたくねえ!」


「ヴァンは、昨日のななちゃんを見てないから、そんな事が言えるのよ! 変な服を作って、悪役宣言するんだ、って・・・」


「ああ? まだそんだけだろ? 規則違反て訳じゃねえし。第一、あいつぁ三歳の子供でもねえ。人様に迷惑掛けたらがっつり叱って、困ってたら助けてやる。親ってのは、そういうもんだろ」


 ヴァンの最後の台詞は、国王夫妻にも向けられていた。


「「・・・」」


 庶民の親子なら、それで話は終わる。しかし、無謀な行いで一般市民を危険にさらしてしまった王女を、ただ叱責するだけでは済まない。誰が見ても、納得できる処罰を与える必要がある。


 王妃が砦で採った方法は、うまくいけば三方治まりの妙案ではあった。が、肝心の王女が反省の色を見せなかった為に、ただの娯楽に終わってしまった。

 協力を願った人物は、無自覚にも世間から高評価を受け、知る人ぞ知るとなった。一方で、その依頼をきっかけに、王女以上の奇行を始めた。


 という話が広まってしまったら、そんな事態を引き起こした王宮の評判は下落する。それは、そのまま交易都市ローデンの評判に直結する。


 事は、そう簡単な問題では無くなってしまっていた。


 しかし。


「王宮の事は、俺は知らん。あいつが手助けを求めてきたら、協力する。それでいいだろ。俺は忙しいんだ。じゃあな」


 ヴァンは、そのまま会議室を出て行ってしまった。


「あの、アンゼリカ様? この度の件、わたくしも、お手伝いできる事はなさそうですわ」


「ペルラさんまで!」


「今、なかなか手が離せなくて。申し訳ありません」


 すでに王宮を辞していたペルラ元女官長も、ななしろに近しい人物だからと招集されていたが、あっさりと白旗を揚げてしまった。


「みんな、あんまりだわ。あれ程アルちゃんに色々してもらったのに、冷たいじゃないの!」


「あ、あの、アンゼリカ殿。冷たいのではなくて、どう対応していいか分からないだけですよ」


 ようやくミゼル騎士団長が口を開いた。


「アンゼリカ殿さえ混乱しているというのに、我々ではどうにも対処できない、と思う」


 ウォーゼンも口を添える。


 二人とも、アンゼリカと国王夫妻の極寒対決に、手出しも口出しも出来なくて、傍観者に徹していた。


「女将殿。ヴァン殿がおっしゃっておられたように、現状で、我々がナーナシロナ殿に出来る事はなさそうです。それに、あの方をお諌めするのは、眠っている竜の鬚を引き抜くような暴挙と言いますか、無理難題、ではないか、と・・・」


 宰相も、完全にお手上げだと開き直っている。王宮に非難が集まる事も覚悟している。


「だから相談しにきたのに!」


 激高するアンゼリカをなだめすかし、要請があれば騎士団を派遣すると約束した。


「しかし。ロナ殿が、本気で暴れたらどれくらい被害が出るものか・・・」


「そもそも、取り押さえられますか?」


「・・・魔術師隊にも協力を要請して、精鋭部隊を組織しておきましょう」


 正副騎士団長と宰相は、悲痛な顔をして、最悪の事態を想定した対策の相談を始める。


「ななちゃんが、そんな事をするはずはないでしょう?!」


「ですから。そこは女将様の誠意説得をもって全力回避して頂けますよう」


「一晩掛けたわよ!」


 国王の懇願に対し、アンゼリカは、昨晩の努力が徒労に終わった事を一言で告げる。


「アンゼリカ様、粘り強くお話ししてください。わたしも、出来るだけ様子を見に参りますから」


 仮にも王妃の地位にある女性が、ほいほい城外を出歩くことは出来ない。許されない。


「ステラ?」


 はずなのだが。国王の声に、非難は無い。


「フェル。わたしも貴方も、アル様には大恩があるのよ? もちろん、アンゼリカ様にも。もう、黙って待ってなんかいられないわ」


「・・・判った。君に任せる。私も、協力するよ」


「当然よ」


 うっかり桃色空間が発生してしまった。しかし、それをかち割る勇者はどこにもいない。


 その後、これといった名案もなく、アンゼリカ要請の緊急会議は、なし崩しに、うやむやの内に解散となった。




 ベッドの上で、目が覚めた。痛みはない。昼過ぎ、かな?


 それにしても。


「アンゼリカさん。不意打ちとはあんまりだ」


「あなたがそれを言うの?」


 フェンさんが、ベッド横の椅子に座っていた。


「悪役ななしろは、やりたいようにやるんだもーん」


 上着はベッド脇に下げられていた。うーん。明るいところで見ると、いまいちだな。ショック。


「だいたい、この上着は何?」


「悪役にふさわしい衣装を、と思ったんだけど」


 フェンさんは、ばふっとベッドにもたれ込んでしまった。デザインはともかく、派手さが足りない、と。


 そのとき、そーっと、扉が開かれた。


「フェンさん、お茶をお持ちしましたぁ。って、起きたんですね?!」


 メイラさんは、手にしていたお盆を小机に置くや否や、廊下に取って返して行ってしまった。


「賑やかな人だねぇ」


「手際はいいわよ。うちのお針子に欲しい位」


 衣装の細工を手伝ってくれないかな。


「それで? どうして、こんなものを作る気になったの?」


 一晩で作った間に合わせとは言え、こんなものとは、ひどいじゃないの。


「[魔天]で勝手迷子になったお姫様を拾って、懐かれて。で、王妃様云く、「お人好しが好き」っていうから、こう、嫌われるようになればいいかなぁ、と」


 ベッドから、顔をあげようとしないフェンさん。


「それで、悪役?」


「うん。とりあえず、見た目だけでもなんとかしようと思って」


「・・・」


 かちゃり!


 メイラさんが、大きなお盆を持って突進してきた。そう、突進。それでも、乗せてきた料理は一滴もこぼしていない。プロだ。


「ナーナシロナさん。どうぞ、食べてください!」


「頼んでないよ?」


 そもそも、宿代も払ってないし。ウェストポーチには、一銭も入っていない。どうやって「山茶花」から取り出そう。


「あー、えーと。女将さんから、「思わず手を挙げちゃったお詫びよ」、と言われましたぁ」


「そう言う事なら。いただきます」


 悪役ななしろは、施しは受け取らない。でも、お詫びなら、しょうがない。


「どうぞっ」


 小机の上は、片手で持っていた料理の盆に置き換えられた。ここでも、こぼさない。プロだ。


「フェンさんは?」


「・・・わたしは、もう食べたから」


 まだ、ベッドに突っ伏したまま。また、徹夜でもしてたのかね。


 メイラさんが見守る中、料理を頂いた。確かに、昨日は、昼前の焼き肉と夜の干し肉しか食べてなかった。

 あっという間に、食べ終わってしまう。


「ごちそうさまでした」


「いえいえ。お粗末でした。では、お茶どうぞ」


 なんと、お盆を片手に、もう片方の手でお茶を淹れていた。わたしとフェンさんにカップを手渡すと、またまた小机のお盆を置き換える。どんだけ器用なのよ、この人。


「それでは、ごゆっくり〜」


 メイラさんは、ニコッと笑うと、お盆を下げに行ってしまった。


「あ、そうだ。部屋代の事、聞くの忘れてた」


「後で聞けばいいわ。それで、今はナーナシロナ、で、いいのね」


 しまった! つい、フェンさんの名前を呼んでいた。


「あー、えー。初めまして?」


「何を今更。三年も前に母さんから聞いてるわ」


 だめか。


「内緒にしてくれるはずだったのに」


「母さんが、わたしに隠し事する訳ないでしょ?」


「いや。親しき仲にも仁義有り、でしょ?」


「無理よ。わかっちゃうから」


 アンゼリカさんの千里眼は、確実に引き継がれていた。なんてこった。


「それに、モリィさんが荒れに荒れてて、大変だったのよ」


「・・・はい?」


「昨日から「アルさんの気配がする!」って。竜人って、すごいわね」


 そんな凄さは溶岩にでも埋めといてよ。


 じゃなくて。


「ローデンに、居るの?」


「ユアラに行ってた母さんと一緒に帰ってきて、そのまま居着いちゃった。でもほら、街で暮らすには色々と物入りでしょう? かといって、王宮の世話にはなりたくないって言うから、わたしが預かる事になったの。ほら、服にも興味持ってたし。今は、うちのお針子見習いしている。

 ガーブリアの温泉に行った話は聞いた? で、わたし達はローデンに先に帰ったけど、モリィさんは、ちょっと足を伸ばして里帰りしてて、前に、えーと、ロナ、が来た時は街に居なかったのよね」


 何という幸運。里帰りしててくれて、助かった。そのまま引きこもっていてくれれば、もっと良かった。


「今は?」


 どうやって、留守番させているんだ?


「この店で騒ぎを起こしたら、母さんが激怒するのを知ってるし。それに、無理に押し掛けたらロナは今度こそ完璧に雲隠れするかも、って脅してきたの」


 そりゃ、その通りなんですが。相手が誰であれ、わたしは逃げる気満々だから。ともかく、フェンさん、どれだけ人の事を読めるのよ。


「ま、それは置いといて。これからどうするつもり?」


「そりゃもう。悪役道を極める!」


「・・・アレ着て?」


「もう少しインパクトが欲しい、かな?」


 ばかん!


「なんで殴るのっ」


「いかにも悪党って格好をする人がどこに居るのよ! それに、いくらなんでもアレはない。わたしの目の前であんなものを着るのは許さない」


 いかん。フェンさんの、服職人の血が騒ぎ出した。


「だから。見た目が大事なんだってば」


「・・・どういうことよ」


「最近、王女さまが騒ぎを起こすときは、必ずボクの名前が出てきちゃってる。これから先の騒動を防ぐには、王女さまにボクのことを諦めさせればいいと思って。

 お人好しが好きだって言うから、真逆の性格になればいくらなんでも見限るでしょ。でも、性格って、そう簡単に判るものじゃないし。だから、「こいつは悪いやつだ!」って一目で分かる格好から始めるわけ」


 きっちりきっぱり悪逆非道を尽くすつもりではあるが、悪役デビューにも、それなりの手順があるのだ。

 レン、わたしの悪役化のネタ振りに使わせてもらうよ。ふはははっ。


「別に、悪者の振りをする必要は、ないでしょう」


「あの天然王女さまに、下手な芝居は通用しない。本気で掛からないと、「それがどうかしたか?」とか言われて、おしまいにされると思う」


「・・・」


 反論が、ない。


 レン〜。本当に、なんて残念な王女さまなんだ。裏も表も、街の人に知られまくってるぞ。


 よし。目標は、「レンを上回る悪評を獲得する」。これにしよう。そこまで徹底すれば、賢者とわたしを同一視する人は皆無になるはず。よーし、頑張るぞーっ。


「それ、その、悪人衣装は、姫様の目の前だけにしてくれない?」


「無理。王女さまは、昨日、王宮に到着するなり、牢屋に放り込まれちゃったから。そう簡単に面会できないと思う」


「え?」


 一応、口外無用と念を押して、[魔天]領域での脱走騒ぎから一連の事件を教えた。


「帰りの馬車の中でも、料理の話ばっかりで。一緒にいたハンターさん達が味見をするから、レンのだけ変な味にする事も出来なかったし」


 グロップさん達への意趣返しのつもりで、力一杯手抜きした塩を振っただけの焼き肉が、一番受けが良かった。何故だ。


「どうあっても、悪者振るのを止める気はない、わけね」


「いつ出してもらえるかは判らないけど。このままだと、レンが牢屋から出てきたら、また同じ事の繰り返しになっちゃう」


「それはそうかもしれないけど」


「レンの、王女さまの暴走を止める方法、他にあるなら教えてよ」


「・・・」


 んじゃ。早速。


「何を始めるの」


「んー。この上着は受けが良くないから、新しく作る」


 グロップさん達は、料理の手間賃代わりに、狩った獲物の皮を全て譲ってくれた。これを鞣して使う。魔獣の皮に比べたら加工しやすいし、街で着るだけだから十分だろう。


 しかし、またもフェンさんの駄目出しが。


「ちょっと。今から鞣すつもり?」


「身分証ないから買い物できないし」


「宿屋で皮鞣しなんかしないでよ。ろくな仕上がりにならないわ」


「他に場所ないし。あ、厩を借りればいいか」


「臭いが凄いでしょ?!」


「ふふん。悪役の第一歩。あらゆるところで、迷惑を掛けましょう」


「ああもう。いいから来て!」


「ほえ?」


 生皮の束をを小脇に抱え、もう片方の手でわたしを捕まえて、「森の子馬亭」を出る。


「あの〜、フェンさん?」


 メイラさんが、めざとく気付いた。


「母さんが戻ってきたら、ロナはわたしが預かったからって伝えて」


「は、はいぃ。いってらっしゃい」


「フェ〜ンさ〜ん。どこ行くの」


「わたしの店よ。決まってるでしょ」


 もう、日が暮れかけている通りを、ずかずかと歩く。通りのあちらこちらには、街灯が点り始めていた。大通りにもある魔道具の灯が、こんな路地にも設置されている。


「街灯が増えた?」


「魔道具職人への梃入れ政策の一環らしいわ。よく知らないけど」


 フェンさんの店に、魔導炉はなかった。専属の魔道具職人さんがいないから、詳しいことを知らないのだろう。


「ふうん」


 そういえば、街道の補修も頻繁にやってるようなことを聞いたし。スーさんと宰相さんは、それなりに頑張っているようだ。


 ハンターギルドの再編みたいなことも、やってたね。最初っから、仕事しとけばいいのに。


 きっと、わたしの置き土産を消化しようと、みんなそろって躍起になって、レンのことをほったらかしにしたんだ。で、わたしにとばっちりが回ってきた、と。


 ・・・これも、自業自得? いやいや。元々レンが積み重ねてきたあれやこれやもあるんだし、やっぱり違う。


 さて。フェンさんの店に来たはいいけど、これからどうしよう。


「入って、入って」


 懐かしの、縫製室に案内された。そして、


「あああああーーーーーっ! やっとあえたわぁーーーーぁっ!」


 美女の絶叫に迎えられた。

 主人公よ。どこへ行く?

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