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行きも帰りも、とおりゃんせ

 到着したのは、騎士団の一隊と黒塗りの箱馬車だった。いや、塗ってない。素材そのものが、黒い。


 これにも、嫌というほど見覚えがある。


「かっこ、いい、馬車、だね」


「私宛に、クモスカータ国から送られてきた物です。私には分不相応な品だと思うんですけどね。結婚の祝儀だそうです」


 港都のエレレラさんにせがまれて作ったあの馬車が、巡り巡ってローデンにやってきていた。


「この馬車、私を運んでくださった報酬として、所有権をムラクモ様に譲渡するんです」


「・・・なんでまた」


「ムラクモ様は、馬具のコレクターなんですよ。それに」


 耳元に口を寄せて、小さな声でささやく。


「真偽のほどは判りませんが、賢者様の手による物だと。従魔のムラクモ様がお持ちになるべきだと思いませんか?」


 思いません。


 馬具や馬車を欲しがる魔獣。魔獣なんだよ? なんか違うでしょ!


 黒馬車を牽く位置に立つムラクモに目を向ければ、鼻を大きく開いてドヤ顔を決めている。「取り返しましたぜ、親分!」って、ところ?


 誰もそんなこと頼んでないのにっ!


「そして、この馬車は扉の開き方が特殊なので、レオーネの逃亡を阻止できます」


「あー、そうなんだー」


 レンには、開け方を教えてないのか。


「ナーナシロナ様も、お乗りになりませんか?」


「いいいいいいです。結構! 遠慮しときます!」


「まあ。レオーネも随分と嫌われてしまいましたね」


 既に馬車に押し込められているレンが、目に見えてしょぼくれている。


「いやいやいや。それもそうなんだけど、じゃなくて。道中、ずーっと恨みつらみを聞かされるかと思うと」


「「「あー」」」


 まわりで聞いていた砦の兵士さん達が、納得の声を上げる。


 牢からここまで連れ出してくる間、ひっきりなしに「食べたかった」「欲しかった」「ずるい」などなどを連発していたのだ。


 どこにも反省の色は見られない。わたしの労力を返せ。


「ですが。ナーナシロナ様が、逃亡、ごほん途中下車されてしまうと、私の身が危険なので」


 それこそ自業自得。巻き添えはごめんだってば。


「我々も見張っていますから、ご安心ください!」


 グロップさん率いるハンターご一行様とフォコさん、メヴィザさんも、同行することになっていた。

 火山の調査結果が異常無しだったので、通信魔道具での簡易報告を行った後、急いでローデンに帰還する必要はなくなった。そして、全員がアルファ砦に居残っていたのだ。

 目当ては、わたしの料理。念願かなって、満足そう。


 良かったね。わたしは全く嬉しくない。


「森でも街でもロナさんの料理は最高に美味しかったことが証明された! 一生付いていく!」


 一気に言い切るグロップさん。見た目、あなたの方が二十以上、年上だってのに。ついてくるって言うなら、[魔天]につれてってよ。


「あたしも! 見てよ、お肌つるつる。十年若返った気分よ♪」


 ミリーさんが、大はしゃぎしている。それを見つめるユードリ少年も、うっとり。


 三人の背後で、ラバナエさんのポージングが光っている。うん。ムキムキだ。


 皆さん幸せそうで良かったねっ。


 そして、先行するムラクモに続いて黒馬車を運んできた騎士団員さんたちが、帰路の護衛も務めるそうだ。・・・あの料理戦争にも参加、もとい間に合っている。ちっ。


 ローデンとアルファ砦を移動するなら、通常の隊商だと丸四日掛かる。それを、王妃様ご一行は二日半で走破した。まあ、荷物が黒馬車のレンだけで、他は騎馬だったから、というのもある。体力お化けのムラクモが馬車を牽き、更に、馬車本体の性能にも助けられた。


 隊商御用達の高速魔道馬車は、軽量化魔術式の効果で車体は軽くなっても振動まではどうにもならない。つまり、乗り心地はよろしくない。

 でも、この馬車なら振動対策もバッチリ。副次効果で、二割増の速度が出せる。もっとも、普通の馬が、馬車を牽いた状態でそんな早さで走り続けることは出来ない。体力を使い果たしてしまうから。


「ローデンとアルファ砦の間の街道は、最近、大規模整備したばかりなんですよ」


「ふーん。そうなんだー」


 に、しても。


「王妃様直々に馬車の手綱を取るって、ありなの?」


 ステラさんが苦笑している。わたしは、黒馬車の御者席、ステラさんの隣に座らせられていた。


「他の方ですと、ムラクモ様が・・・」


「じゃ。ボクが代わるから」


「いえいえいえ。食事の準備で疲れていらっしゃるでしょう?」


 悪役デビュー第三弾。ローデン王妃を連れて迷走しまくり。最後は森に放置して遁走! の回も、幻で終わってしまった。うぐぐ。


 オボロに乗って脱走することも考えた。


 が、オボロはお手玉遊びがたいそう気に入ったらしい。背中に乗ってても、跳ね上げる、投げ上げる、咥え上げる、と、手の付けようがなかった。料理で懐柔しようとしても駄目。玩具じゃないんだ、って言ってるのに!

 わたしがそんな扱いを受けていても、一葉さん達は知らんぷり。誰も助けてくれなかった。君達の判断基準も判らない!


 それはさておき。


 懲りないステラさんは、帰路の料理も頼み込んできた。ここまで来たら、一食二食増えても変わりはない。と、開き直ってしまったのだ。


 俄然張り切ったのが、グロップさん達。


「まだ少し残ってたよな。街に入る前に食べ切ってしまわないか?」


 もう街壁が見えている地点だというのに、そんなことを言って。


「「「「「いいですねっ」」」」」


「すぐ竃を作りましょう♪」


 メヴィザさんが、即座に九十度向きを変えた。


 ・・・誰も、反対しない。


 ハンターチームは、道中、食べ出のある動物を見かけては、率先して捕獲していた。


 多すぎると文句を言えば、


「残ったら、次の食事の時に出してくれればいいから」


 はっはっは、と豪快に笑う。


「駄目になるじゃん!」


 と言えば、


「俺、氷魔法は得意なんです」


 と、実力をアピールするユードリ少年。本当に将来有望ですよ、君は。


「薪を確保しておいてよかったな」


「おう! 俺達偉い」


 騎士団員も、こんなのばっかり。


 ローデンを目の前にして足を止め、火を焚く一行に、街道を行き交う隊商から奇異の目が向けられた。


 だが、それも肉を焼き始めるまで。


「あ」


「うわぁ」


「さっきローデンで食べてきたばかりなのにっ」


 そんな感想を耳にして、得意そうな顔をするグロップさん達。


「うーん。しんぷるいずべすと」


「基本中の基本ですよね」


「お・に・くぅ〜♪」


 そう、ただの塩焼き。なのに。


「ロナさ〜ん。やっぱり俺のチームに入ってくれよ」


「駄目です。それくらいなら、王宮で召し抱えます」


「いやいやいや。騎士団で訓練した実績があるんだから、すぐに正式採用されるって」


「全部却下だーっ」


 どいつもこいつもコンチクショウ。

 ヴァンさんの口が悪くなった原因が判った、気がする。だからといって、ちび呼ばわりを許すつもりはない。それはそれ、これはこれ。


 馬車の中のレンには、ひと串だけ差し入れられた。宿営地での食事も以下同文。


「ううっ、美味しいよう。もう一つ欲しい!」


「あなたが本当に反省していれば、いくらでも食べられたのに」


「ははうえぇ〜っ」


 窓の飾り格子をガンガン殴りつけている。シルバーアントにアスピディの羽を使った窓は、びくともしない。


 だめだこりゃ。どう見ても、反省しているとは思えない。生涯独房入り決定、かな。


 お茶まで堪能した一行は、他の隊商から羨望のまなざしを受けつつ、最後の行程を歩き出した。


 ローデンの東門が目の前だ。


 だが、わたしの身分証は手元にない。


 砦では不問にされてしまったが、王都でそれはない。不審者扱いで拒絶されるはず。駄目なら、門兵さんに一発かまして脱走する。

 最後の最後でどんでん返し。悪役らしい逃げっぷりを披露しよう。


 ぜーったい、街には入らない!


 前に居る隊商も、一人一人、身分証と名前を確認していく門兵さん。よし。先に名乗りを上げて、即座に対応。わたしは、とっとと帰りたいんだ。


「あら? ナーナシロナ様?」


「ちょっと」


 騎馬から降り始めた団員さん達の間を抜けて、先頭に立つ。


 立とうとして。


 はぐぁ。


「何? 降ろして!」


 ムラクモが、またもわたしの襟首を咥えてぶら下げたのだ。


「ナーナシロナさん。ローデンは、久しぶりですね」


 そして、そう声をかける門兵さん。


 って、なんで顔を覚えてるんだ。今日も山賊スタイルだってのに。


「そうそう、ウォーゼン副団長から伝言です。「身分証を落とすなんて、だめじゃないか。ギルドハウスに届けておいたから、取りに行ってくれ」だそうです」


「別人だから。それ、ボクじゃないから!」


「やだなぁ。何の冗談です? 忙しいんですから、からかわないでくださいよ。ハイ、次の方は」


 スルーされてしまった。


「ちょ、ちょっと。いいの?! 門兵さんがそれでいいの?!」


 黒馬車を牽き、わたしを振り回すムラクモ。激しく目立っているはずなのに、誰も相手にしない。してくれない。


「では出発しましょう」


「王妃様っ。ボク、不審者っ、ぐえ」


「誰が何だって?」


「聞こえなかったなぁ」


 グロップさん達も同行してきた団員さん達も、誰もまともに取り合ってくれない。


 ひどい。ひどすぎる。こうなったら、ムラクモが口を開けた瞬間に、街門を突破しよう。


 って、いつ放してくれるんだろう。


 ・・・放してくれなかった。


 王宮の門すら、素通り。それも、ぶら下げられたまま。丸っと見せ物。のおぉぉぉっ!

 にもかかわらず、笑い飛ばしもせず、「お疲れ様でした」と丁寧に挨拶する王宮正門の門兵さん。なんでだっ。

 待機していた兵士さん達に先導されて、牢の入り口に到着する。そこには、更に数人の兵士さんとメイドさん、侍従さんが待っていた。


 どうやら、街門を潜った時点で伝令が走ったらしい。敵は準備万端。逃げ場はどこだ。


「では、レオーネは最上階の独房に。この馬車は、手入れをして車庫に預かってください」


「了解です」


 ステラさんの指示で兵士さん達が動き出した。そして、ステラさんの手で、黒馬車の扉が開かれる。


「ロナぁ。どうして、こんなことに」


 なぜ、わたしに慈悲を乞う。違うでしょーに。


「たまには一人で反省することも必要だってこと、なんでしょ」


「だって、だって!」


「連れて行ってください」


「母上っ」


 なまじ女の子だから質が悪い、かも知れない。乱暴に扱えないから。


 ぐずるレンを十数人の兵士さんが取り囲んで、連行して行った。それを見届けたステラさんが、くるりとこちらに向き直る。


「申し訳ありません。これから、すぐに陛下のところに向かわなくてはなりません。後日、改めてお礼、いえ謝罪申し上げます。今日は、このままお引き取りくださいませんか?」


 あれ? 身の危険って、王宮に連れてくる為の口実じゃなかったの?


「それより。放してもらっていいかな」


「それは〜、ムラクモ様?」


「ふぐえっ」


 また振り回された。


「どこか一緒に向かわれたいところがあるのでは」


「ほぶっ」


 縦振りされた。


「行くから。ちゃんと行くからあっ」


 今度は、横振り。


「では、ムラクモ様。ご案内、よろしくお願いいたします。私はこれで失礼します。また、お会いしましょう」


 と、言いおいて、ステラさんはそそくさと行ってしまった。今から、夫婦で全面対決、なのだろう。赤負けろー、青負けろー、どっちも負けろー。


「賢馬殿。門までご案内します」


 兵士さん達は、ムラクモにものすごく丁寧な対応をしている。まあ、迫力はある。気を損ねたら、その頑丈な前脚で「がすっ」と蹴られてしまう。きっと、そのせい。凶器のせい。


「一つ、聞いても?」


「何でしょう」


「この馬車、王宮で預かるのは、なぜ?」


「賢馬殿が普段滞在なさっている宿には、馬車を留め置ける場所の余裕がないそうです。素材も特殊ですし。手入れと保安のために、今まで通り王宮でお預かりすることになりました。賢馬殿も了解してくださってます」


 縦振り縦振り。ぐえ。


 子猫のようにつり下げられた格好で、全くしまらない格好だけど、それでもきちんと説明してくれた。


「ありがとう、ございます」


「いえ。姫様の巻き添え、いえご迷惑で、いろいろと大変だったかと思うと」


 現在進行形でも大変なんです。首がっ。同情の涙より、そっちをなんとかして欲しい。


「それでは。我々もここで失礼します」


 王宮の門まで案内されて、追い出された。


 どうしろってのよ。


「あー、ムラクモさん? これからどこに行くのかな〜」


 街道を突き進んでいた時とはうってかわって、どんよりと歩き始める。


「行きたくないなら、行かなければのおおおおっ」


 横振りは駄目だって。通行人にわたしの足蹴りがっ。


 ・・・・・・


 物悲しい子牛売りの歌を口ずさみながら、商店街を通り抜けて行く。


 ちがうな。運搬されている。が、正しい。


 道往く人は、礼儀正しく目をそらしてくれた。ありがとう。悪役デビューしても、皆さんには被害を出さないよう心掛けます。


 やっと、到着したらしい。とある宿屋の裏口で、ムラクモが足を止めた。


「もりの、こうま、てい?」


 縦振り三回。おうえぃ。


「あらあらあら。ムラクモさん。お帰りなさい。そして、ななちゃんも」


 もうじき夕暮れ。食堂の繁盛時。にぎやかなはずの裏通りも、この一帯だけが妙に静か。


 前ぶりも何もなかったはずなのに。


 アンゼリカさんが、待ち構えていた。


「メイラ。食堂とお客様の対応をお願いね」


「は、はいぃぃぃ〜」


 年配の女給さんが、うわずった声で返事をしていた。


「ムラクモさん、疲れたでしょう。お部屋に行きましょうね」


 厩のことだろう。ムラクモは、うなだれて、アンゼリカさんの後ろを付いていく。まだ、わたしを咥えたまま。つま先が、地面を引っ掻いている。


 ずーりずーり。どーなどな。


 馬房に入って、ようやく降ろしてくれた。あーあ。キルクネリエの上着の襟が、ムラクモの唾液で伸びに伸びている。


 一度、ウェストポーチを外して、上着を脱いだ。こりゃ駄目だ。直せそうにないな。替わりの上着は。


「ななちゃん?」


 ムラクモに飼葉と水を供すると、厩の下男さんは速行姿をくらました。ここに残っているのは、アンゼリカさんとムラクモとわたし。オボロは、王宮の門を出た時に別れた。さて、どこに行ったのやら。


「ななちゃん?」


 別人だもん。悪役ななしろだもん。


「ななちゃん、こちらを向いて?」


 声色は、あくまでもやさしい。でも、背中の悪寒は収まらない。


「ボクは、ただの悪役」


 別人、別人。王宮の厄介な面々はここに居ない。今度こそ徹底的にしらばっくれて。


「あらそう。では、これは、何だったのかしら?」


 そっぽ向いたわたしの顔の前に突きつけられたのは、一枚の紙。


「わたしの口座にね、全く、身に覚えのないお金が振り込まれてたの。どういうことなのかしら」


「どうもこうもしらな・・・」


 そこには、極寒の風雪を纏った鬼女がいた。

 主人公、ぜったいぜつめい。


 #######


 エルバステラが身の危険を感じた相手は、アンゼリカ。ムラクモは、「もし、ななしろに会ったら、なにがなんでも「森の子馬亭」に連れてくる」ように「お願い」されていた。


 #######


 主人公が街門を通過できた理由


 ローデンでは、ムラクモやオボロ達、「聖者様の従者」が同行している人物は、誰何しないことになっている。というより、彼らがくわえこんでいるもの(人でも物でも)を、取り上げられるような度胸のある兵士は居ない。居る訳がない。

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