キッチン・テロリスト
下ごしらえは、手分けして取りかかる。わたしは、下味用の調味料の調合と焼き上げ担当。
「せっかくの、せっかくのグロボアがぁっ」
半泣きになって肉をみじん切りにしているのは、ラバナエさんと砦の料理人さん。でも、ミンチにしているのは、大きな塊の採れない骨のまわりからこそげ落とした部分なんだから。とにかく、泣き言言わずに、手を動かせ。
「もっと薄く切れって? あーまた切れなくなった! 次の包丁! で、これ研いできて!」
「これ、薬草でしょ?! いいの? 本当にいいの?!」
「氷?! 何に使うんだ」
料理人さん達にもそれぞれ料理を仕上げてもらおうと思ったのに、本人からも却下された。
「ナーナシロナ様の料理でないと、効果がありません」
って、ステラさんに断言された。本当かね。
火の通りが早い料理から、仕上げていく。
薄切り肉のショウガ焼き。調査班にも振る舞った一口サイズの串焼き。茹でハムは、氷で締めてからスライスして焼き目をつけてフルーツソースを掛ける。薫製、ミートボールスープ、ハンバーグもどき。王道の厚切りステーキは、数種類の動物から。タタキ、オーブン焼き。他にも、何かあったっけ。
ふーみゃ〜
オボロの顔が緩みまくっている。魔獣なのに。
どの料理も、最初の一皿はオボロが食べた。そうしなければ、わたしが頭から齧られていた。
それから、ギラギラと飢えた目をしたギャラリーに振る舞われる。会場のあちらこちらから、悲鳴にも似た歓声が上がっていた。
やっつけ料理が、そこまで美味しいのかね。それはそれで、最後の仕掛けが効果的になるから、まあいいか。
もちろん、調理助手の皆さんは、作る傍らで味見しまくっている。
「焼きたて、焼きたてがもうっ」
「肉汁が、こう、じゅわぁ〜って溢れて♪」
料理人さんだけでなく、緊急に、砦宿舎の武器の手入れを専門にしている工兵さんたちも、包丁だの調理具だのの手入れに駆り出された。魔獣素材は、生半な道具では歯が立たない。使い方が悪ければ壊れもする。
「鍋接ぎぃ?」
「またかよ。誰だ、こんな乱暴な刃物扱いしたやつは! めしを取り上げろ!」
「差し入れはまだか〜」
そう、料理で釣った。というか釣られた。
そうこうしているうちに、砦の中で一休みしていた隊商だけでなく、街の住人までもが集まってきた。
「露店、じゃ無いのか?」
「何か、大量に獲れたのかな」
「いいにおい〜」
「商売上がったりだよ」
とかいいながら、振る舞われた料理をがっついている。
などなど。
次の料理の指示をもらいつつ、現状報告してくれるブランデさん。
ちょっと。匂いをバラ撒くのは官舎周辺だけじゃなかったの?!
「いやもう、すごい人出だよ。どう。砦の専属料理人にならない? ワッツ砦長にも掛け合うからさ」
「却下! 次に取りかかるから。それまで、料理が途切れないように、薫製と焼きハム出して。ハムは焼き目つけるだけだから、出来るよね?」
「だってさ! よろしく!」
「「「おう!」」」
料理人一同が、さらに気合いを入れる。
仕込みは十分。ここからが本番だ。
荒く叩いたミンチに、賞味期限ギリギリの廃棄直前だった糧食を砕いたパン粉、擂り下ろした芋、そして特製調味料を混ぜて捏ねる。小さな団子の中央に、貴重なチーズをひと欠片。フライパンでコロコロ焼き転がせば、出来上がり。
程よく焼けた匂いに、散々味見を繰り返していた人達が、またもつばを飲む。
次は、野菜の肉包み。薄切りにしたもも肉の中央に、各種野菜を刻んで混ぜた具を置いて包む。野菜に下味がついているので、焼き上がりに塩を少々振るだけ。
残り物の野菜やくず肉で、口直しのスープ。これにも、特製調味料をたっぷりと。
どれも、どんどん食べられていく。
あっというまに食べ尽くされた。
ふ、ふふふ。ここから、悪役ななしろの伝説が始まるのだ。伝え広めるがいい。ワハーハハハハッ!
・・・あれ?
食材を使い果たし、後片付けを始めた人達の様子が、変わらない。
いや、顔を上気させ、上機嫌で鍋だのフライ返しだのを洗っている。
やがて、会場から朗らかな笑い声が聞こえてきた。隣同士で肩を叩き合い、けたけた笑っている。肩を組んで踊り出す人達も見える。
会場の外、街のあちこちからは、陽気な音楽が聞こえてきた。
おっかしいなぁ。
笑い茸は入れてないよ? 外はともかく、会場内には酒も無い。
ぽん
肩を叩かれて振り向けば、オボロのしっぽが揺れていた。
ふうみゅあ〜ぁん♪
おい。酔っぱらってないか? だから、お酒は飲ませてなかったよね?
いきなり、わたしの首根っこを咥えた次の瞬間。
放り投げられた。
「どわあぁぁあああぁっ!」
眼下には、人がいっぱい。
じゃなくて!
ぶつかるぶつかるーっ
その人達を押しのけて、着地地点に陣取ったオボロの頭に着地。そこから飛び降りようとする前に、頭を振り上げて、またも頭上へはね飛ばされる。
それからは、オボロのお手玉にされてしまった。
わたしは軽業師でもなーい!
にもかかわらず。
それを見ていた見物人には、大受け。指を指し、腹を抱えて大きな口を開けてげたげた笑っている。会場のあちこちを飛び回るオボロに弾き飛ばされても笑っている。見せ物じゃない。見るな!
『隠鬼』を使おうにも、くるくる回されていて、術杖を取り落としてしまった。それすらも、笑いのきっかけになっている。
オボロが遊び疲れて伸びてしまうまで、延々と、延々と玩具にされていた。
残ったのは、笑い疲れて息も絶え絶えの群衆と、すっかり目を回したわたしと、最後の料理を食いっ逸れた兵士さん達。
「な、何が起きてたんだ・・・」
「あ〜、後は〜、よろしく〜」
呆然とつぶやく兵士さん達に声を掛けると、わたしはオボロを枕にして寝てしまった。
華麗な悪役デビューをプロデュースしたはずなのに、お笑い劇場に大変身。
なんでこうなった。
翌朝、つやつやピカピカの人達、ワッツさん、ステラさん、ブランデさんが、揃ってわたしの寝ていた部屋にやってきた。そこがもう変。おかしい。予定では、みんなベッドで唸っているはずなのに。
夜になる前、オボロがわたしを部屋に連れてってくれていた。別に、野天でも構わなかったのに。そうしたら、起き抜けに脱走したのにさ。気が利かないったら。
そのオボロも、ご機嫌中の上機嫌だ。毛艶も素晴らしい。ブラシ、掛けてないのに、もっふもふのふわっふわ。
「おはようございます! 昨日は、大盛況でした!」
「妃殿下。大成功の間違いでは?」
「どちらもでしょう?」
漫才は他所でやって。こっちはまだ頭がふらふらしてるんだ。手加減無しに回され続けてたんだぞ。
「昨日、料理を食べていた隊商から感謝の声が続々と届いています」
「ガーブリアの保養地に行く前なのにすっかり元気になった、って泣いてた人もいたよ」
「あまりに人が多いので、宿舎に押し掛けるのだけは制止してます。その対応に当たっている兵士達も元気発剌です。人員整理の命令を出しておかなかったら、彼らがこの部屋に押し掛けていたでしょう!」
「実は、砦にはムラクモ様に連れてきて頂いたのですが、正直、体がきつかったんです。もう、凄い早さで走っていかれたものですから。ですが、あのお食事のおかげで、すっかり回復しました。本当に、ありがとうございます!」
「それに、こちらの手違いとはいえ、廃棄寸前で大量に保管されていた糧食を一気に消費していただけて、大助かりでした!」
在庫管理は、的確に。もったいないじゃないの。
って、そんなことはどうでもいい。
「ねえねえ。一体、どんな魔術を使ったんだい?」
「んなもん、使えないって」
回復魔術という物は知られていない。わたしも知らない。
「これで、ナーナシロナ様の評判はうなぎ上りですよ!」
うなぎ。居るのか。蒲焼き、食べたいな。
・・・じゃなくて!
「肝心の! 効果の方は、どうだったの?」
「「「あ」」」
「どしたの?」
三人とも、ものすごく、ばつの悪そうな顔をしている。
「・・・あれから、レオーネの様子を見に行っていないんです」
「俺も。すっかり忘れてた」
「夜番! 夜番の兵士が巡回しました!」
慌てたワッツさんが弁明する。
「でも、報告聞いてないんでしょ?」
ワッツさんが、更に変な顔をしている。
「どしたの」
「それが。全員、昨日の料理の話ばかりで」
「駄目じゃん!」
「いえ。このまま放置で行きましょう!」
ステラさんも、鬼だ。レン、ますますグレたりしないかな。
「独房棟だけでなく、砦全体に充満しましたからね」
「風魔術で、焼き上がりの香ばしい匂いも立て続けに送り込んだし」
食べたくても、どんなに食べたくなっても、匂いしか届かない。細く開けられた窓からは、外の喧噪も聞こえてくる。おいしい料理に舌鼓を打ち、感想を言い合う声は、途切れることが無かった。
でも、牢に居るレンは、食べられない。食いしん坊には、酷い仕打ち。
いや。数少ない囚人には、一皿ずつ差し入れしたらしいが。レンだけ、仲間はずれ。むごい。
「昨日の朝食を運んだ時に、「ナーナシロナ様は、おまえが多くの人に迷惑を掛けてしまったことに心傷め、お前に代わってお詫びの料理を振る舞ってくださるそうです」とは教えてきました。好きな人の手を煩わせてしまったと、そこから反省してくれる。と思ったのですけど」
肉体的拷問よりも、効く。ちょっとやそっとでは反応しない鈍感神経の持ち主でも、流石に堪える、はず。という目論見だったのだが。
誰も確認しにいかないって、どういうことよ。昨日のわたしの労力を返せ!
「妃殿下。こちらにいらっしゃいますか?」
「はい。何事でしょう」
兵士さんが入ってきて、ステラさんに一礼する。
「王宮から緊急通信です。どうぞ、お越し下さいますよう」
「まさか、子供達に何かありましたか?」
「そうではないようですが」
何か、煮え切らないものがある。何だろう。ま、いいや。わたしには関係ない。
「ナーナシロナ様。私は席を外します」
「いってらっしゃーい」
ステラさんが立ち去った。もう戻ってこなくていいからね。
「ワッツさんもブランデさんも、仕事はいいの?」
「ハッハッハ。抜かりはありません!」
意味が違う。
「昨日まで、準備やら何やらで頑張っちゃったからね。今日は休暇ー」
「あ。そう」
「一日中働くってんで、今日はくたびれ果ててると思ってたんだよ。でもさ、でも、すっごい元気! このまま訓練できちゃうくらい」
「すれば?」
わたしは、いつも通り目は覚めたけど、昨日のダメージが残ったまま。オボロのバカーっ。ひげを引っ張ってやったけど、逆に喜んでるし。この、このこのこの!
「それで。一体、あの料理は何だったのですか?」
ワッツさんの態度は、ずいぶんと丁寧になってしまった。
「そう! それを聞きたかったんだよ」
「ボクも知りたい」
薬も過ぎれば毒になる。
料理の中にそれとなく混ぜ込んでおいた薬草の効果で、食べた人はすぐに腹を抱えてのたうち回るはず、だった。
人を使って食材を集めてもらうので、毒草毒薬の入手はどうやっても無理。多くの人が手伝うから、万が一混ざっていてもどこかで誰かに見つかって排除される。手持ちの非常薬も、それほど量はない。
なので、最後の最後に、どかんと投入した訳なんだけど。
「腹痛を訴える人は出てこなかった?」
「はあ?」
「腹痛どころか、食べ過ぎ胸焼けで駆け込む人も居なかったよ」
むう。分量が足りなかったか。作戦失敗。悔しい。
「ロナちゃーん。君と俺との仲じゃない。教えてよ、ねえねえねえ」
気色悪い。
「なんだっていいじゃん」
「いやいやいや。今後の砦住人の美と健康のためにも、是非」
美ぃ? あれが、美に効く? でもまあ、物は試しで聞いてみよう。
「カンタランタ、その他諸々。だけど」
ぶふぉーーーっ
二人とも、飲んでいたお茶を、吹いた。思いっきり、吹いた。きちゃない。
「最強の健胃剤を・・・」
「料理、料理に使ったの?!」
「超強力二日酔い冷ましなんかも」
「「・・・」」
やっぱり乾燥させたからかな。それとも、他の薬草とブレンドした所為かな。
配合割合の研究が必要、と。
実験台は誰にしよう。通りすがりの隊商だと、ひっくり返った後のフォローが大変だし。露店を出して不特定多数に食べさせても、追跡調査が出来ないし。
そうだ。ヴァンさんに頼もう。そもそも、カンタランタを使うことを思いついたのは、ヴァンさん達のアレが切っ掛けだ。
わたしが悪役として完成するための犠牲だ。光栄に思うがいい。くっくっくっ。
妙な沈黙が降りた部屋に、青い顔をしたステラさんが戻ってきた。
「・・・皆さん、どうかしましたか? 顔色が悪いですよ?」
「はあ」
「ロナちゃんは、こう、姫さんの上を行く、かもしれない」
「はい?」
「妃殿下こそ。お顔の色が優れませんが」
「それが、陛下からの呼び出しでした」
「それが?」
「・・・ずるい。と」
「「・・・」」
男二人が沈黙した。
「何が? 単騎で、砦に駆けつけたこと?」
「違います。昨日の、料理です。それに、保存容器もあったはずなのに、なぜ残っていないのか、って・・・」
「「「・・・」」」
スーさん。奥さんに向かって、それはないんじゃない?
「明日には、迎えの馬車が到着します。それで、どうしてこんなことになったのか、直接説明しなさい、と。珍しく本気で怒ってました」
「あ〜、あのー。妃殿下。我々も、ですか?」
ワッツさんが、びくびくしながら、それでも確認する。
「そこは、なんとか。でも、俸給は下げられるかも、です。すみません」
「「・・・」」
「王様の怒りポイントが仲間はずれって、大丈夫なの?」
「「「・・・・・・」」」
ローデン王宮。もうだめかもしれない。
正○丸入り肉団子は、お勧めできません。




