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好き好き、大好き

 ステラさんが泣き止むまで、かなり時間が掛かった。


 よっぽど、子供の事、レンの事を心配してたんだねぇ。


 とはいえ。


 わたしが児童相談員を勤めるのは無理。ミスキャストにもほどがある。まして、ローデン熱血魂を体現しているようなあの暴走王女さまをどうこうできる自信は、これっぽっちもない。


「すみません。たびたび、お見苦しいところを」


「あ、うん。泣きたい時は、泣いていいと思う」


 顔を拭くように、手ぬぐいを差し出した。


「・・・アル様は、相変わらず、ですのね」


 泣き笑いの顔で、そんなことを言う。


「その呼び方はだめだってば」


「あ。ごめんなさい」


 軽く肩をすくめて小さく舌を出すステラさん。元、王女さまのする仕草じゃないでしょ。


「そういうことをするから、貴族のお姉さん達に笑われたんじゃないの?」


「帝都商工会でお仕事をさせていただいた時に、癖になってしまいました」


 そんなことまでしてたのか。


「父の庇護を振り捨ててきた以上、働かないとご飯が食べられませんから。皆さん、短い間でしたが、とても良くしてくださいました。ルテリア様が教えてくださったんですけど、アル様、私の後ろ盾になってくださってたんですね」


 後ろ盾? とんと記憶にありませんが。


「帝都の西に向かわれるレウム様と同行する対価が、私の生活を保障してくださる事だったそうではありませんか」


「そうだったっけ?」


 ため息をつかれた。


「もう。本当に、お変わりなくていらっしゃる」


「どこが?」


 あちこちが小さくなっている事には、何万遍でも文句を言いたい。

 逆だったら良かったのに。むっちりまではいかなくていいから、普通に、普通の体型がよかった。


「髪の毛も目の色も、背丈だって違うでしょ」


「そのむやみやたらとお慈悲を振りまくところです!」


「慈悲も何も、好き勝手してるだけだけど。というか、させてもらいたいだけなんだけど」


 あれ。テーブルに突っ伏してしまった。


「あの子が、レオーネが夢中になるのも無理無いです。でも、でもでも」


 なにやら、呪文のようにつぶやいている。怖いよう。


「こうしましょう。今後、レオーネが何を言ってきても知らぬ存ぜぬを決め込んでください」


 いきなり顔を上げて、そう宣うステラさん。でも。


「森で拾った時にもそうしたんだけど、駄目だった。ぜーんぜん聞いてくれなかった」


「・・・」


 他人の振りも、見て見ぬ振りも、全く通用しない。一方的にまとわりつくワン子をノックアウトさせられる決定打があるなら、是非教えて欲しい。


「私や陛下から「近付くな」と言っても」


「勝手に探し出すかも」


 今回みたいに。


「そう、かもしれません。ロージーさんが体調を崩して宿下がりした時には、あの子、王宮を抜け出して彼女の家に突撃したんです」


「・・・はい?」


「彼女のご近所さんから巡回兵士に、そして王宮の私のところに漸く連絡が届いて。結局、一晩お世話になってしまいました。その時の抜け出した理由が、「ロージーに会いたかったから」でした。また、どうやって家を探し出したのか聞いてみたら、「なんとなく、こっちに居る気がして」と言いました」


 今度は、わたしがテーブルに突っ伏した。今回と全く同じパターンじゃないのよ。

 お気に入りセンサー全開で、障害物は蹴散らして邁進する。そんな突貫娘、防ぎ様がない。なにがなんでも、引き蘢ろう。そうしよう。

 ・・・でも、[魔天]に探しに行くんだ! と、宣言していたよね。そうなると、もう逃げ場がない。どうしよう。


「もう、牢屋につないでおくぐらいしか、手段が思いつきません」


「実の親に、そこまで言われるなんて」


「追いかける相手が、彼氏だったらよかったのに」


「いやでも、とんでもない人物だったら、まずいでしょ」


「あの子の好感度は、お人好しと言われる人ほど高いんです」


 厄介すぎる!


「って、ボクがお人好し?」


「極上でしょう?」


「・・・」


 ふと横を見ると、オボロがしっぽを振りまくってる。


「そうなの?」


 にゃん!


「そういうことなら。決めた。これからは、悪役に徹する!」


「「・・・」」


 ステラさんとオボロが、揃ってぽかんとした顔になる。


「何?」


「無理ですよ」


「無理じゃない! やらなきゃ、殺られる」


 お人好しだかなんだか知らないけど、有象無象によってたかってまとわりつかれて、・・・そんな人生、金輪際御免だ。取り殺されてしまう。


「意味が違いませんか?」


「まずは、見た目だけでも悪役っぽく。うーん。眼帯でも駄目だったし。いや、パンク風にとげとげ装備を・・・」


 素材なら、首長竜の鱗がある。ロックアント、シルバーアント、棘蟻もある。チェーンぐるぐる巻きのヘビメタ風も迫力あるよね。いける。


 ステラさんが、あわてて扉を開けた。


「妃殿下。どうされました?」


「あ、るではないでした! ナーナシロナ様を止めてください!」


「はい?」


「いやもう、これしかないでしょ」


「ですから、無理です」


「無理じゃないの。やるか殺られるかなの!」


 砦にも魔導炉はあるはず。ちょいと借りて作ってこよう。うん。強引に使わせてもらうんだったら、悪役第一話にちょうどいい。


「ちょ、ちょっと、ロナちゃん? どうしちゃったの」


「ナーナシロナ様がそんなことをするくらいなら、レオーネを遠島追放する方がましです!」


「レンだけじゃないでしょ。ボクの平穏な生活を取り戻すために、断固戦う。目指せ、脱・お人好し!」


「な、なあぁっ?! ロナちゃん! 何があったの!」


 ふみーっ


「あ、ちょっと、オボロ? どわあっ」


 抱き枕、もとい、抱かれ枕、何度目だ?


 それだけじゃない。


 なんと、ムラクモまで廊下を走ってきた。どうやら、オボロの声を聞きつけてきたようだ。狭い廊下を巨体が驀進してくる。無茶するなぁ。って、なぜこの砦に居る?


 とにもかくにも。


 オボロから助けてくれた、訳ではなく。わたしの襟首を銜えて持ち上げてしまった。何がしたいんだっ。ぐえ。


「苦しいよう。下ろしてよう」


 地面に足がつかないので、逃げ様がない。お願いしても、放してくれない。それどころか、ムラクモが嫌々をすれば、わたしは振り回される。当然、首も絞まる。ぐえ。


「ああ、一時はどうなる事かと思いました」


「ロナちゃんの気が狂ったかと思った」


 この状態を見て安心してないで、助けて。


「だって。レンはお人好しに懐くんでしょ。だったら、正反対の性格になればっ。ぐぅっ」


「冗談は止めてください!」


「無理だって!」


 ブランデさんにも否定された。だから、ムラクモさん? 苦しいですって。


「冗談なんかじゃない。やらなきゃ殺られる」


「どういう意味なんだよ、それ」


 騒動を聞きつけて、宿舎にいた兵士さん達も集まってきた。官舎の廊下をムラクモが走り回れば、驚くのも無理はない。


「皆さん、お騒がせして申し訳ありません」


 ステラさんが、深々と頭を下げる。


「え? えーと、頭をお上げください。それで、妃殿下。何事だったんですか?」


「ロナちゃんが姫様に嫌われる為に「脱お人好し!」なんてとち狂った事を言ったものだからおどろいちゃって」


 ブランデさんが、これまた一気に説明してるよ。よく舌を噛まずにしゃべれるものだ。


「ロナって、あの千人切りの?」


「なんなんだ、その呼び名は」


「騎士団員を片っ端から叩き伏せたからだって」


「俺は、首切りって聞いたぞ?」


 兵士さん達から、物騒な呼び名が次々と聞こえてくる。この際だ、利用させてもらおう。


「その


「三年前の侍女戦の話なら、本当だよ。うっかりスケベどもが、みーんなひっくり返されたけど。俺、審判やったから一部始終見てたんだ。

 ちなみに、ロナちゃんに一撃入れられた団員は、俺も含めて誰一人居なかった」


 ・・・」


 「侍女戦?」「あれって」「うわぁ」「俺、参加しちゃってたっけ」


 兵士さん達の声が、小さく、小さくなっていった。まあ、王妃様の前だから、ってこともあるんだろうけど。そもそも、うっかりスケベに声をかけて集めたのはブランデさんじゃないか。

 とにかく、わたしのイメージチェンジ作戦の邪魔しないでよ。


「侍女さん達の訓練を買って出てくれてねぇ。なんの報酬もなかったのに」


 それは違う。干し果物を山盛り頂戴したし。最高級の茶葉もついてたし。優雅なティータイムを満喫させてもらってるし。


 と、言う前に。


「まあ。そんなこともしていただいてたのですか。おかげで私も助かったのですね!」


 ステラさんの、感極まった台詞が飛び出した。


「はい?」


 どういう事かな。


「ヘンメル様の十歳の誕生パーティー会場で、反国王派の貴族達が妃殿下やヘンメル様を襲ったんだ。その時、見事に守り切った侍女さん達がいてねぇ」


 ブランデさん、そんなところにも居たんですか。もしかして、神出鬼没?


「それだけではないんですよ? どういう手段だったのかわからないんですけど、レオーネは数人を不意打ちで行動不能にしましたし、ヘンメルは短剣でくせ者の武器を切ってしまいました」


 そこまで切れ味よかったっけ。あの短剣。レンの不意打ちは、多分、術杖を使ったんだろうな。


 って、今のわたし、さらし者状態なんですけど。ムラクモ、下ろしてよ。だから、首を振らない! 首が絞まるから!


「これだけのことをやっておいて、今更、ねぇ?」


「ブランデさん、何が言いたいのさ」


「だから。悪役なんて無理」


「無理じゃない!」


 やってみなくちゃ、わからない。いや、断固実行あるのみ。


「そう言えば、フォコのやつ、調査から帰ってきた晩、やけにニヤ付いてたから締め上げたんだ。そうしたら」


「「「そうしたら?」」」


「糧食が足りなくなってたときに、森のはずれで絶品の串焼きを食べさせてもらったって。で、それ作ったの、ロナさん、なんだって」


 兵士さんの一人が、またも無駄情報を流してくれた。絶品、のところにものすごーく力が籠っている。


 またも注目! するな!


「ずるい」


 ブランデさんが、ぼそりとつぶやく。


「え?」


「そうだ、ずるいぞ!」


 なぜか、「ず・る・い!」のシュブレヒコールがわき上がった。


 みゃっ、みゃっ、みゃーっ!


 なんと、オボロまで参加してる。


「もー、やらない。やらないったら。ボクは、悪役になるんだ」


「無理だ!」


 今度は、「無理だ」コール。なんなのよ。


「皆さん。協力してくださいませんか?」


 いきなり、ステラさんが声を上げた。


「皆さんに多大なご迷惑をかけている娘のレオーネに、今度こそ、今度こそ厳しい罰を与えたいのです」


 そう言って、とある作戦を提示した。


「・・・そんなので、効果ある?」


「「「「「ある!」」」」」


「あの子が十分反省すれば、ナーナシロナ様が悪役を目指す必要は無くなります。ですよね?」


 いや、レンの事だけじゃなくてさ。


 って、今度は誰もわたしを見ようとしない。


「では、作戦開始です」


「「「「「おう!」」」」」


 もう、いやだ。この国。ついていけない。ステラさんまで染まってしまった。


 それでさ? ムラクモ君。そろそろ離してくれてもいいよねぇ? ぐえ。





 それから三日間、ステラさんかブランデさんが付きっきりだった。交互に見張り役、もとい逃亡防止役を買っているらしい。


 悪役化から気をそらす為なのか、どうなのかは知らないけれど。

 ステラさんは、クモスカータでの暮らしや、ローデンに来てからのあれこれを話し続け、ブランデさんは騎士団裏話を次から次へと披露してくれる。

 ・・・他所にばらしたらヤバいネタばっかりじゃないの。


 悪役ななしろに、そんな話をしてもいいの? と聞けば。


「悪役になれるものならば、どうぞ」


 にこやかに返された。


 むーん。切り札に使えってことかな?


 それから、ハナ達がいない理由も教えてくれた。

 そう。レンの面倒を見ているはずの三頭を見かけないから、変だなーとは思っていた。


 なんと、ステラさんは二年前に双子を生んでいた。で、今は、その子達に夢中らしい。ただの子供好きだったのか。でも、レンの頭の中は、おこちゃまだよ? ビジュアル優先?


 オボロが火山活動の監視班に参加したのは、ハナ達にレンの護衛を頼まれたから、らしい。レンが、いきなり「音入」結界を使ったので相当パニクったようだ。それにしても、いろいろな意味で怪我人が出なくてなにより。


 ステラさんが「レン失踪」の連絡を受けた時には、最速で砦に来る手段としてムラクモを頼った。アンゼリカさんの取りなしもあって、ムラクモはステラさんを連れてくる事を了解した、そうだ。

 取りなし? ムラクモがそう言っているのだから、そうなのだろう。きっと。追求はしないでおく。武士の情けだ。

 ・・・また、何かやらかしてないだろうね。


 また、レンは、火山調査に参加していた時、「王家の指輪」を砦に置きっぱなしにしていたことが判った。ミハエルさんから、裏情報を聞いていたそうだ。

 ミハエルさんのばかーっ。それにしても、暴走王女は、全く持って無茶をする。


「妃殿下! 資材が揃いました!」


 砦責任者のワッツさんが、駆け込んできた。


 わたしの背後で、オボロがゆらりと立ち上がる。やたらと舌なめずりを繰り返している。


 喰わせろー、喰わせろー


 怨念で、背中に穴があきそう。


「どうか、ご協力を!」


 ステラさんが、改めてわたしに頭を下げる。


「本当に、効果あるかな?」


 お腹が満たされれば、全部忘れるトリ頭なのに。


「まあまあ。物は試しってことで」


「ブランデさぁん・・・」


「風向きも考えて場所取りしたよ。駄目でも魔術師がなんとかするって」


 連れ出され、もとい引きずり出された先には、食材の山が待っていた。各種の肉、野菜、香辛料。それらを調理するための竃が立ち並び、薪が崩れ落ちそうなほど積み上げられている。

 この三日間、手空きの兵士を総動員して狩りをし、野草を集め、薪を準備した。また、街や通りがかりの隊商から、集められるだけの香辛料などを確保していた。


「・・・」


「お好きな物を、お好きなように。でも、全部、調理してください」


 じゅるり


 周囲にスタンバイしている参加者、いやいや試食者達から、期待に満ちた視線が突き刺さる。


「ボク一人で、こんなに料理できる訳ないだろ!」


「もちろん手伝うよ。俺は、トングリオとは違うからね」


「お願いした以上、私も参加します」


 首謀者二人が、エプロン装備で臨戦態勢に入る。他にも、調査班のハンターご一行様、砦宿舎の料理人などが今か今かと待っている。

 準備段階では、ワッツさんが各方面の調整を行ったそうだ。


 調整って、何。


「ボク、料理人じゃないのに〜」


「ほらほら。お肉が待ってるよ」


「オボロ様も、待ってます」


 まだか〜まだ〜?


 肉の塊ではなく、わたしにだけ目を向けている。あーそう。そんなに料理が食べたいの。


 魔獣なのに。君、魔獣なんだよ?!

 美味しい物は、みんな、大好き。

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