我らは喰う。
残念。
いつものお手軽ヘビさんは見つからなかった。替わりに、ウサギと穴熊を仕留める。うーむ。料理方法を悩むな。
「・・・なんなんだ、その弓は」
「練習した」
帰る道すがら、ユードリさんがしきりと声を掛けてくる。
「だって、弓だよ?」
「だってもなにも、ちゃんと狩れたでしょ」
ちなみに、見つけたのがイノシシやクマだったら、痺れ矢で足を止めてから、ハンティングナイフの「睡蓮」で仕留める。矢衾でもいいけど、毛皮が穴だらけだと後で使いにくい。
「[魔天]で行動するのに、武器が弓だけでは危険だろう?」
魔獣だったら、『隠鬼』で接近して痺れ矢をお見舞いして、とどめの一撃。卑怯とは言わせない。一人で狩りをする為の、必須技術だ。内緒だけど。
「魔獣には通用しなくても、必殺にはならなくても、牽制に使えるし」
「興奮させるだけじゃないのか?」
「チームで狩をするなら、話は別。一人に攻撃が集中するより、敵の気を散らさせた方が全員の危険度は下がるよ。必殺の瞬間を作るためのサポートにはうってつけ」
弓を使うハンターがゼロではないのは、そういうこと。もっとも、魔獣を相手に戦うには相当の腕や度胸も必要だ。チームメンバーはよく選ぶように。そして、弓矢どころか鉄剣も弾くロックアントのような魔獣だと、ユードリさんの言う通り、ただの挑発にしかならない。かえって攻め手の邪魔になる。
ついでに、[魔天]以外の開けた場所では、遠距離からの先制攻撃ができるので重宝されている。それ故に、弓使いの盗賊は多い。
「君は一人だったじゃないか。それに、魔獣ではないとはいえ、たった一矢で一匹仕留めるなんて」
「そう? ウサギも狩れないハンターなんて、ハンターと名乗るのも恥ずかしいとは思わない?」
「・・・」
とは言え、都市部周辺の集落でウサギを狩るなら、断然、弓より罠の方が効率がいい。逃げ足早いからね。
「おかえり。って、ユードリ、どうした?」
「ハンターの心得を教えられました」
ラバナエさんの質問に、どんよりと答えるユードリ少年。まあ、精進したまえ。
「ロナっ。ロナ♪ 今日は、どんな料理なんだ?」
おい。
じゅる。
今、聞こえた音は、一つや二つじゃない。
「・・・フォコさんや。その舌なめずりは、何?」
「マイト先輩やブランデ先輩から、聞いたことがある!」
余計なことを吹聴するんじゃないっ。
見れば、メヴィザさんが立派すぎる竃を作り上げていた。
「ふ、ふふふ。土魔術なら、任せてください」
なるほど。火山の状態を調べるなら、土魔術が得意で地下探査も出来る魔術師さんが同行するのも道理だ。
じゃなくて。
「薪もこれだけあれば足りるだろ」
フォコさんやレンに話を聞かされた、もとい吹き込まれたらしい。ハンターさん達が、準備万端をアピールしている。
「串焼き、に、するつもり、なんだけど?」
「すぐ作る!」
「待ってて!」
グロップさんとミリーさんが、薮に突進していった。
「・・・じゃあ、下ごしらえするね」
「俺が手伝おう」
巨漢のラバナエさんが、ナイフ片手に立ち上がる。怖いって!
一口大に切った肉に、軽く下味を付けて串に刺す。骨から削り落とした肉は、骨出汁スープに入れた。
串が焼き上がる直前に、もう一度、軽く塩をふる。
「今度は俺だ!」
「何よ! さっき三本も食べたじゃないの!」
「いただき!」
「メヴィザ、ずるいぞ」
「こういう食事は、相手が姫様だろうが早い者勝ちです」
「このスープ、うまー」
「次、次はまだ?」
などと、低次元な争奪戦が繰り広げられている。
それなりに大きな穴熊だったのに。ウサギ肉も全部混ぜたのに。わたしの分は、串一本、スープ一滴残らなかった。
皆、お腹をさすっている。満腹してくれたらしい。
しかし。
「ロナ。それも美味しそうだな」
なんて残念な王女さま。いつまで食い気優先?
「これはボクのご飯! あげないからね。十分食べたでしょ」
「それはそれ、これはこれだ!」
「山梔子」には、精肉が各種保存されている。人前では出せないけど。なので、ウェストポーチの干し肉を齧る。スープの替わりに、縄茶を淹れた。自分の分だけ。
でも、なぜか、全員がこちらを見ている。
あんた達もなの?!
「そう言わずに。一口だけ、な?」
「な? じゃない」
「だって、昨晩は何も食べさせてもらえなかったんだぞ」
「口を尖らせてもだめ。あれは自業自得」
「ロナ〜。お願い。一口!」
「それじゃあ、罰にならない」
「そんなっ」
わたし達の様子を見ていたらしい。食べ足りない、ってことではなさそうだ。少しだけ、ほんの少しだけ見直す。
「仲がいいよな」
「良くない。たかられてるだけ」
「だからさ。姫さんが懐いているだろ」
「それは気のせい。食い気に負けてるだけ」
「・・・否定できない」
ほらみろ。
レンの執拗なアタックを躱して、なんとか夕食を済ませた。あー、疲れた。だというのに、抱き枕、再び。
三葉さん、レンを引き剥がしてくれない? だめ? あ、そう。しくしく。泣いちゃう。
翌朝。糧食と香茶で食事を済ませる。
「うん。こういう物だと分かってはいるんだ」
「そうなのよ。そうなんだけど」
「だったら、黙って食べる!」
たっぷりとお湯を沸かしたので、お茶は飲み放題。さっさと食べて出発なくていいの?
「王宮の料理も美味しかったんだが」
「昨日の焼き肉には負けてますよね」
王宮組が、訳の分からない納得の仕方をしている。
「思いっきり走った後だから、そう感じただけでしょ」
なんと言っても、空腹は最高の調味料。
「よし! 今からまた狩ってくる。一休みした後だから、食べ比べになるよな」
リーダーであるはずのグロップさんが、剣を片手に立ち上がる。
「調査報告が先でしょ! 仕事仕事、仕事はどうした!」
わたしの一喝で、レンを除いた大人達が、正気に返った。
「・・・すっかり忘れてた」
何のために[魔天]に来てたんだか。
レンの足の腫れは、ほとんど引いている。でも用心して、またも背負われていくことになった。
「それじゃ。森から出たんだから、もう付いていかなくてもいいよね」
「「「「いやいやいや!」」」」
調査班全員から駄目出しされました。
って、冗談じゃない。
「夕飯の礼をしなくては!」
「そうそう。姫様を運んでくれたお礼も!」
「それもサービスにしとく」
「「「「いやいやいや!」」」」
取り囲まれそうになり、慌ててすり抜けようとした。しかし、ラバナエさんの手が、わたしの襟首を掴む。武器を持ってないからって油断した!
そして、そのまま、引きずられていく。
「ぐ、ぐるじい〜」
「そう思うんなら、歩いてくれよ」
「や、やだ〜」
一方のレンは、椅子ごと引きずられている。
「ロナー。わたしの膝に乗らないか?」
「やだっ」
みゃーん!
・・・なぜ、あの声がここで聞こえる?
「ああ。姫さんが行方不明になった時に、砦への連絡をお願いしたんだ」
「だ、誰に?」
「金虎殿も姫様の跡を追えなくてね。慌てる一方だったから、何か頼めば落ち着くかと思って」
わたしの魔道具、オボロの追跡も遮断するとは。すごいぞ。
じゃなくて!
馬車を連れた騎馬隊も同行している。あああ、どれだけ呼び集めてきたんだか。
みゃ? みゃみゃみゃーっ!
押し倒され。再び。ラバナエさんもろとも、地面に転がされた。
「どわっ。金虎殿? この人は姫さんじゃないぞ?」
うーみゃっ!
うん? 声を掛けたラバナエさんの顔を嗅ぎ回っている。まさか。
みゃーん! みゃんみゃっみゃーっ
これは、料理寄越せ! だ。
べしべしとネコパ○チが飛んでくる。痛い痛い!
「金虎殿。すまない。先にロナの料理を食べてしまった」
ふぐるー
ジト目でレンを睨んでいる。
心配かけた上に、いい物食べて〜
食い物の恨みだ、とストレートに理解できるのは何故だろう。
そして、わたしから離れない。抱き枕、三度目。しくしく。
「姫様は負傷しているのか?!」
先頭に立つ全身鎧の男性が、肝心要の質問をした。
そうだよね。そっちが先だよね。
「右足捻挫だけです! この少年が発見手当保護運搬しました!」
フォコさん、最後の一つは余計だ。って、ブランデ、先輩?
「あ? ああああっ! ロナちゃん!」
兜を跳ね上げた下にあったのは、ブランデさんだった。
だから、なんでこの格好でわたしだと判るのよ。
「「「ちゃん?」」」
「ロナは女の子だぞ?」
「「「「・・・えーーーーーっ!」」」」
レンの暴露を聞いて、調査班がそろって絶叫した。
ちくしょー!
今まで気付かなかったの?! ミリーさんまで。・・・それって、異性にトイレ同伴させてたってこと? いいの?
捜索班を引率していたたブランデさんが混乱したため、事態の収拾に時間がかかった。
「あー、ごめんごめん。まさか、こんなところでロナちゃんに会うとは思ってもいなかったから」
「とにかく。この、迷惑王女さまを届けたって事で、いいよね」
「いいよね、って?」
「帰る」
「「「「「待てーーーーっ!」」」」」
調査班にブランデさん、同行してきた捜索班の団員さんまで加わった。耳が痛い。
「ここでロナちゃんに帰られたら、元の木阿弥、いやまた脱走するに決まってる!」
なにそれ。
「牢屋にでも閉じ込めといてよ」
「それができればどんなにかっ」
フォコさんが、涙目になっている。
見れば、大所帯になったレン以外のメンツが、揃って大きく頷いている。
レンてば、前科持ち? 言われた本人は、何も判っていないようだ。きょとんとしている。
でも、どちらの事情もわたしには関係ない。
「じゃ。そういうことで」
「だから! 牢屋までは付き合ってって!」
ブランデさんが、取りすがってきた。
「・・・はい?」
「金虎殿の連絡を、すぐに王宮にも伝えました。そうしたら、「今度こそ、お仕置きです」、と」
「父上は、そんなことは言わないはずだ」
なにその、自信ありげな顔は。
「いえ。妃殿下のご下命です」
「!」
ブランデさんの後ろに居た副官らしき人が、これまた兜をぬいで冷たい視線をレンに向けている。
レンは、うってかわって顔中に汗をかいている。流石に、母親直々のお仕置きは恐いようだ。
ん?
「えーと、行方不明の連絡は砦に行って、それから王宮に伝令が走って・・・」
あの追跡指輪が作動したんじゃなくて? それだったら、[魔天]に入った時には大騒ぎになってるか。時間関係がおかしい。
「いや。魔道具で伝言したんだ」
はい?
「王宮間の物とは違って、簡易版、らしいんだ。よくわからないけど」
ブランデさん。判らないのに説明してたのか。
「コンスカンタの試作魔道具ですよ。小砦や都市外集落の間で、即座に連絡出来るそうです」
メヴィザさんが、ご丁寧にも教えてくれた。うん。よくわからない。
「ま、ま、ま。詳しい話は後で。砦に戻ろう。姫さんは、そのまま荷台に転がしておいて」
「「了解」」
ブランデさんの指示で、ラバナエさんとフォコさんが、レンを椅子ごと抱え上げて荷台に載せた。レンは、空を見上げている。
そう、本当に転がされている。
ロープをほどいて、普通に座席に座らせてあげないんだ〜。って、いいのか?
「ちょ、ちょっと? ラバナエ殿? フォコ?!」
「調査その他諸々、お疲れ様でした。皆さんは、座ってください」
ブランデさんが、調査班一同を、人員搬送専用馬車のちゃんとした椅子に誘導する。レンは彼らの足下。やっぱり、上を向いたまま。
「な、なぜわたしだけ!」
レンは、じたばたもがいている。もがいても縛り付けている紐はほどけない。整備された街道ではないので、車輪の振動がダイレクトに響く。きっと、後頭部が痛むだろう。
でも、これくらいじゃ、罰にもならない気がする。
もう一台、迷子捜索班の乗った馬車もある。こちらも座席付き。
「金虎殿、馬車にどうぞ」
みゃっ
ブランデさんの台詞を聞いたオボロは、わたしをくわえて荷台に飛び乗った。それに動じない馬。・・・しつけが行き届いているんだろう。すごいぞ、馬。
思考が、現実逃避に走ってしまう。
オボロは、わたしを抱え直して床に伏せる。兵士さん達は、礼儀正しく目を逸らしていた。ありがとう、そのまま見逃していて欲しい。
とはいえ、わたしも身動きできない。オボロ、重いよ。ついでに見逃して。
うーみゃっ
・・・料理なんか、作るんじゃなかった。
アルファ砦。因縁の場所。
外見は、コンスカンタとマデイラの間にあったものと大差ない。が、表面に魔法陣の発動点がちりばめられていると聞く。完全起動したら、きっと綺麗だろうな。
身分証はないというのに、レン行方不明のどさくさとブランデさんの采配で、難なく通されてしまった。いいのか?
初めて入ったけど、中はこじんまりとした宿場町だった。外周に沿った街から見えない部分に駐屯部隊が待機していて、盗賊討伐の指令と共に出撃する、そうだ。
「先ほど、王宮に行方不明者発見の連絡をしました。なお、王妃様は、すでにローデンを出発されたそうです」
砦駐屯宿舎の一室で、連絡員からの報告を聞いた。なぜか、わたしも連れ込まれている。だから、オボロ、袖を離してよ。
「行き違いにならないよう、姫様は砦で監禁、ごほん、待機するようにとの命令です」
レンの顔が引きつった。ちなみに、椅子に縛られたまま運び込まれている。
あのさあ、曲がりなりにも自国の王女様、なんだよね? この扱いで、いいの?
「また、王妃様到着まで、人質、じゃなかった、お客様を丁寧におもてなしするように、と」
「人質ってなにさ!」
「了解。では、この案件はブランデに任せる!」
砦責任者のワッツさんは、わたしの抗議を無視しただけでなく、力一杯責任転嫁した。
「砦長! 俺、アルファ砦に移動してきたばっかりなんですよ。もてなすって言っても、どうすればいいんです?」
「そこは〜、ブランデの才気で」
ワッツさんが、口ごもる。
「この人、只者じゃないんです。俺とマイトの二人掛かりでも逆に伸されてしまったし。隠し子騒動の時も、結局、自分で解決しちゃうし」
それ、今の話と関係ないし。
「だから、その、お前に任せる!」
自分の執務室から、ワッツさんは逃げ出した。
「ボクも逃げていい?」
「ダメーーーーっ! 俺が厳罰受けちゃう!」
まだ鎧を着たままのブランデさんが、部屋の出口に立ちはだかる。廊下に蹴り出してもいいかな。
「いいじゃん。今更、罰の一つや二つ」
「いやいやいや! やっと、やっと念願の門兵になれたところなんだよ? 罰なんか受けたら、また一からやり直しなんだから」
「それも修行だよね」
わたしなんか、人生丸ごとやり直しだぞ。のし付けて譲ってあげる。
「そんなっ。ロナちゃん。同じ料理を食べた仲なのに、同じ作戦に参加した仲間なのにっ。冷たい、冷たいよ」
「泣きまねしても可愛くない」
「本気だってばっ!」
「・・・ブランデ殿。いつの間にそんなにロナと仲良くなったんだ?」
おーい、レンさん。
その嫉妬の視線は、どういう意味かな?
まずは、主人公が一敗。
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ワッツ砦長が、執務室から逃げ出した理由
オボロが怖かったから




