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走れ、ハンター

 椅子に縛り付けているロープを解いたというのに、レンの様子がおかしい。椅子の上で、モジモジそわそわ落ち着かない。


「あ〜、もしかして?」


「うん」


 男性一同が、きちんと顔を背ける。紳士だねぇ。


「ええと、ロナさん。でいいわよね。お願い」


 女性ハンターさん、ミリーさんが、わたしを拝む。


 レンと腰紐を縛り付けている、もとい、繋がれているのがわたしだから仕方ないけど。


「ちょっと待って。これ、使って」


 渡された小瓶は、ガラス製。


「ありがとう」


「違うわよ。用心のためだもの」


 手のひらを振って、送り出された。その仕草も格好良い。惚れちゃいそう。


 二人して、少し放れたところに移動する。


「ほら。術杖使って」


「うん」


 終わったら、瓶の中身を振りかける。ロックアントの消化液だ。こういう時にも使える便利くん。


「ロナはいいのか?」


「まだ大丈夫」


 というか、最近すっかり回数が減ってしまった。黒竜時代再び? なんか悲しい。

 一葉さん達は諦めてくれたけど、てん杉達は未練がましい。やたらと実を押し付けてくる。もったいないから、加工して保存してるけどさ。


「なあ、ロナ。なぜ三年も顔を出してくれなかったんだ」


「ボクの都合」


「薄情じゃないか」


「だから、都合だってば」


「納得できない!」


「レンこそ、無謀にも程がある! 一緒に来た人達に迷惑を掛けた自覚がある?」


「う。それは」


 術を解除した。


「あ。」


「みんなの前で、納得できる理由を説明してもらうからね」


「・・・」


 口をパクパクさせている。ふうん。手間掛けさせた自覚はあるんだ。


「おかえり」


 ミリーさんが、座るように促す。待っていた一同は、手に赤い容器を持っていた。色も形も、ものすごく見覚えがある。


「この依頼。報酬額はともかく、これが何よりの楽しみで」


「王宮料理なんて、そう簡単に食べられるものじゃないしな」


「うまいなぁ」


「はい。ロナさんも」


「あ。ありがと」


 ミリーさんの差し出した容器を、思わず受け取ってしまった。これは、置き土産を入れていた棘蟻ランチパック。有効利用してくれたようだ。


 それはいいんだけど。


 うん。暖かい。中身も悪くなってない。亜空間収納でもないのに。この容器だと、料理は何日保つのかな。わたしも確かめておこう。


「わたしの分は?!」


 食いしん坊が、力一杯、抗議した。


「ない」


 リーダーのグロップさんは、さらりと断罪をくだす。


「ほ、本当に?」


 これまた、一致団結して肯定した。


「は、はうわ・・・」


 さっき、言われたのを忘れてたのか? この、トリ頭!


「姫様には、これが一番効きますねぇ」


 魔術師さん、メヴィザさんがしみじみと宣う。


「水はちゃんと飲ませてあげるから」


 ミリーさんが、一応、一応はレンの世話を焼いている。ちなみに、彼女はわたしとレンの間に座ってしまった。腰紐の上に、ででーんと。

 解いていいかな。


「ロナさんには、迷惑料代わりに姫さんの分を食べてもらう。当然だろう」


「自分で食べるものは用意してるよ?」


「遠慮なんかしないで!」


「でも、食べたらこのままローデン行きに・・・」


 にこにこにこ。笑顔の圧力も半端ない。わたしに拒否権はないのか。


「そういうことなら、我慢する」


 レンが、きっぱりはっきり言っちゃった。


「ちょっと?!」


「姫さんもこう言ってるんだし。さあ、冷めないうちに食べて食べて」


「これじゃ、罰にならないじゃん」


「そんなことはない!」


 暴走王女が胸張って言うな。


「それはそうと、何故、一人で行動したんだ」


 騎士団員のフォコさんが、改めて尋問を開始した。


「最後までチーム行動するのが、約束でしたよね?」


 メヴィザさんの口調も厳しい。


「貴女にもしものことがあったら、ここに居る一同、国に帰ってもただじゃ済まないところだったんですよ?」


「あ、う。それは」


 矢継ぎ早の追求を受けて、レンがしどろもどろになる。


 ようやく聞き出してみれば。


「つまり、[魔天]探索の練習のつもりで参加して」


「そうしたら、近くにロナさんが居る気がした」


「だから、そちらに足が向いてしまった」


 頭を抱える人、地面に突っ伏してしまった人、それぞれに呆れた様子を隠そうともしない。

 それを悪びれないレンもレンだが。メンバーに心配を掛けたことは悪かったと思っていても、チームから離れたことについては、これっぽっちも反省していない。


「その、[魔天]探索は、何のためなの」


 ミリーさんが、肝心の動機について、要点鋭く質問する。


「ロナは、魔道具の素材を自分で採取していると聞いた。だから、[魔天]に探しに行けば、ロナに会えると思ったんだ」


 意味不明なセンサーなど腐ってしまえ。


「[魔天]がどんだけ広いか判ってての台詞か?!」


 とうとう、グロップさんの声もひっくり返った。


「わたしならロナを探し出せる。現に、こうやって会えたしな」


 わたしは、話の途中で、円陣に背を向けている。聞こえない。なーんにも聞こえません。


「ロナさん」


 肩に置かれたミリーさんの手が重い。


「ボクは、何も聞いてない」


「ロナさん。頼む。俺達の手には、もう、どうしようもないんだ」


 若手ハンターのユードリさんが、反対側の肩にしがみつく。


「どうだ? ロナ。わたしの勘も捨てたものじゃないだろう」


「威張るな!」


「と、いうことだから。明日もよろしく頼む!」


 グロップさんが、重々しく宣言した。名前によく似合う、重低音ですね。って、見逃してよ!


 ・・・逃げ出せなかった。


 [魔天]での野営ということで、二人以上が常時、見張りに起きている。身動きしただけで、「何かあったのか?」と目を向けるし。


 何より、レンが抱きついたまま寝てしまっている。離せっ!


「ぐふ、ぐふふふ♪」


 どんな夢を見てるんだか、寝言まで不気味だ。


 翌朝。


 わたしの気持ちとは裏腹な、爽やかな空だった。いつもなら、まだ暫くは朝もやが掛かっているはずなのに、きれいさっぱり晴れ上がっている。何となく悔しい。


「森から出られれば言うことは無いが、無理はしない。何か気が付いたら、すぐに全員に知らせるんだ。いいな?」


 グロップさんが、今日の移動方針を全員に念押しした。


「やっぱり、付いていかないと、だめ?」


 グロップさんに、もう一度、確認をとる。


「あの姫さんの様子を見て、それを言うか?」


 すでに椅子の上に座り込んで、上機嫌なレン。朝ご飯も抜かれているというのに、ありえない。空腹のあまり、おかしくなったんじゃないの?


「途中で、振り落としてもいいかな」


「すぐに拾ってくれるならな」


「早く出発しよう」


「姫様が言うな!」


 フォコさんは叱り飛ばし、メヴィザさんは無言でげんこつを落とした。


 朝食後、レンの右足の状態を診てみた。やはり、腫れが引いていない。歩かせるのは無理だ。


「糧食はギリギリです」


 術具仕様のマジックバッグを持つメヴィザさんが、ポーターを兼任していた。どうりで、全員が身軽な装備をしている。

 それはともかく。真っ正直に、現状の食料事情をぶちまけるメヴィザさん。調査班一行は皆、渋い顔をしている。

 いやまあ、同行者との情報共有は必要だけどさ。


 ただし、一名を除く。何を期待してるんだ。


 とにもかくにも、ハンターは体力勝負。食べられなければ仕事にならない。


 やれやれ。


「あ、ちょっと!」


「集合場所があるんだって聞いてるか?!」


「うそだろ」


「待ってくれ!」


 手早くレンを椅子に括り付けて背負った。そして、グロップさんよりも先頭に立って、[魔天]の中を突っ走る。森から早く出られれば、それに越したことはない、だろう。


 こんな荷物、とっとと捨ててやる。


 二刻ほど走り続けて、少し速度を落とした。


「もうすぐ[領域]から出られるけど、休憩どうする?」


「「「「・・・・・・」」」」


「ロナ。休憩ひよう」


 揺さぶられ続けたレンが、かろうじて声を出す。また、舌を噛んだらしい。


 見れば、メヴィザさんの足がもつれている。


「じゃあ、ちょっと早いけど昼休みにしようか」


「「「「・・・・・・」」」」


 完璧部外者であるわたしの指示だというのに、誰も、何も言わない。座り込んで足を揉み解している。メヴィザさんは、仰向けに伸びてしまった。


「まだ[魔天]の森だよ?」


 警戒しなくていいのか?


「手加減、いや足加減してくれ」


「後から来ればいいじゃん」


「見失ってしまうだろうが!」


「ハンターなんだから、跡を辿るのなんか軽いもんでしょ」


「自分の歩いた跡を見たこと無いのか?」


 あるわけない。


「ロクソデスよりも痕跡が残らないなんてっ」


「体が小さい所為でしょ」


 自虐ネタ、第二弾。ぐさぁ。


「こんな人を、よく、見つけ、られ、たな」


 フォコさんが、呆れ半分感心半分でつぶやく。


「ふふん。ロナなら、どこにいても見つけられるぞ」


「威張るな!」


 レンを除けば、疲労困憊の有様だ。ここは一丁、ドーピングして差し上げよう。


「お茶飲む人ー、カップ出してー」


「「「「「?」」」」」


 メヴィザさんが、マジックバッグから人数分のカップを出した。並べたカップに、黄金の液体を掬い落とす。そして、[湯筒]の湯を注ぐ。


「「「「「・・・」」」」」


 立ち上る香りに、全員の顔が引きつった。嫌いなのかな。


「あー、ロナ?」


「何? ああ、熱いからやけどしないように気を付けて」


「そうじゃなくて! これは、もしかして」


「採りたて新鮮。美味しいよ」


 双葉さんが、小さく胸を張る。蔦だけど。


「また小遣いが減らされてしまうじゃないか!」


「うん。全員分、レンが支払うんだよ」


「・・・」


 迷惑料代わりだ。きっちり負担するように。


「あの、姫さん。やっぱり?」


 ラバナエさんが、恐る恐る声を掛ける。


「う、うん。ロックビーの蜂蜜。だよな?」


 改めて、ボクに確認をとるレン。


「疲れた時は、甘いものが一番だからね」


「「「「「・・・」」」」」


「そう言えば、昼ご飯は?」


「糧食が、二食分・・・」


 まだ唖然とした顔のメヴィザさんが、またも正直に答える。ふむ、ギリギリ、いや足りないか。


「早めに野営地に到着すれば、なんとかなる、か」


「ロナっ。もしかしてっ」


 レンの目がキラキラと期待に輝いた。


「なんだ、まだ飲んでないの?」


「あ、ああ。うん」


 レンにつられて、他の人達も、ちびちびと飲み始めた。


「あ、美味しい」


「蜂蜜湯って、こんな香りだっけ」


「はぁ。落ち着きます」


 最後のはメヴィザさん。そう、落ち着いたの。よかったね。


「ロックビーの蜜なんて初めて口にしたよ」


 ユードリさんが、目を丸くしている。


「え? ハンターなんでしょ?」


「まだ、浅い森にしか行かせてもらってない」


 ん?


「二年前から、採取依頼は経験値別に割り振られるようになったんだ。知らなかったのか?」


 引きこもりをなめるな。


 その場で昼食をとることになり、糧食を食べつつ、グロップさんが最新のギルド情報を教えてくれた。ちなみに、蜂蜜湯のおかわりを勧めたけど、全員に拒否られた。レンのおごりなんだから、遠慮する事無いのにねぇ。


 それはともかく。


 今までも、ギルドでは、所属ハンターに対してある程度の指導やアドバイスは施していた。もともと、互助会的な活動から始まったらしいし。

 しかし、経験不足で深淵部に突入する、あるいは臆病になり過ぎて簡単な採取しかこなさない、などのアンバランスさがあって、近年依頼の消化率が芳しくなかった。


 そこで、ギルドは、ハンターの待遇や採取依頼に積極的に采配を振るう事にした。具体的には、依頼の難易度をクラス分けし、また、採取実績等の実力を鑑みて、ハンターにもギルド認定のレベルを付ける。

 そして、低いクラスの依頼しか受けない上位ハンターにはペナルティを与える、低ランクハンターが上位クラスの依頼を受ける時には上位ハンターが同行して指導する、など、罰則や後進の教育にも力を入れ始めた。

 罰則だけでなく、上位ランクハンターにはギルドの優遇措置を付ける、などの飴の備えも万全だとか。


 更に、各国のギルド間で、依頼のクラス分け、ハンターのランク付けの基準を統一し、ハンターの仕事の受注内容や成功率情報を共用した。


 この改革によって、国ごとの依頼の偏りも解消されつつあるそうだ。


 今まで、そういうシステムがなかったのが不思議なくらいだ、と、思う。それとも、昔は技量の高い人が揃っていて、個人プレーで事足りていた、とか。


「まあ、古株のハンターには受け入れ難いところもあるみたいだが」


 おやまぁ。


「俺はちゃんと理解してますって! グロップさんやラバナエ先輩の仕事ぶりは勉強になります!」


「おや、あたしは?」


「ももも、もちろん」


 ユードリ少年、顔が赤いよ。




「ロナさん。どこに向かっているか、判ってるのか?」


「新砦。で、いいんでしょ?」


 この場所から最短距離で[魔天]を脱出するなら、あそこでいいはず。


「今は、誰もそんな呼び方しないよ?」


「ふうん」


 世間知らずをなめるな。


「はっ、ふう。待って・・・」


 メヴィザさんが、泣き言を言う。早く帰りたいのなら、頑張れ。さっき、蜂蜜も飲んだじゃないか。


 泥湯から街道に抜けるだけなら、南峠の砦がある。しかし、険しい山道が多く、熟練ハンターには問題ないが、多分、メヴィザさんは踏破できないだろう。[魔天]を突き抜けることになっても、傾斜の緩やかな新砦からのルートを選ぶわけだ。


 おっと、前方注意。


「え? なんで方向を変えるの!」


 ユードリさんが、詰問する。


「狼の群れに突っ込みたい?」


「「「いやいやいや!」」」


 年配ハンター組も、気付いていなかったようだ。


「私が、追い、散らせば・・・」


 メヴィザさんが、疲れ切った顔で提案する。しかし。


「そんな息の上がった状態で、魔術が使えるの?」


「・・・」


 黙って走っていればいいのに。


 狼達は、こちらの人数と移動速度を警戒したのか、近付いてこなかった。よかった。


 その後は、トラブルも起こらず、まだ陽の高いうちに森のはずれまで来た。


「「「「・・・」」」」


「ひゃひゅひゃひゃ」


 君がドヤ顔してどうする。


「レンは黙ってなさい」


 ここは、小川も近い。レンを乗せた椅子を下ろす。他の人達は、疲労困憊のご様子。


「ろらっ。ろこり」


「ん? 水汲んで来る」


 ミリーさんがついてこようとして、こけた。あああ、顔が土まみれ。それでも、美人は様になる。


「戻ってくるって」


 バケツ二つにたっぷりと水を入れて、チームの居る場所に戻ってきた。全員が、ほっとしている。なによ、その顔は。


 濡らした手ぬぐいを人数分用意して、手渡す。


「これから、夕飯、探してくる」


「待って! 俺も行く」


 ユードリさんが手を挙げた。若いっていいね。真っ先に復活したよ。


「ユードリ、頼むぞ」


 グロップさんが、念を押してきた。


 見張り役? 籠は置いていくってのに。

 調査班も主人公も粘る粘る。勝者はどちら?

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