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連行します

 トレントの藪の脇に、手頃な竹が生えていた。では、早速。


「何を作っているんだ?」


背負子しょいこ


 紐付きの足付き椅子を手早く組み立て、レンを座らせた。でもって、飛び降りたりしないように、雁字搦めに椅子に縛り付けておく。剣と杖は、取り上げた。


「ロナ、これは酷いぞ」


 猿ぐつわを咬ませてないだけ、ましでしょ。とは言わない。


「移動中に、落ちたら困るからだよ」


 更に、細い竹を採ってきて笛を作る。


「何をしているんだ?」


「こうする」


 怪我人発見。集合地を指示されたし。


 という意味の警笛を鳴らした。案外、覚えているものだ。


 それにしても、思ったよりも大きな音が出た。これでは肉食系の魔獣が集まってくる、かも知れない。急いで移動しないと。


「レンが来た道を戻るからね。それと、しゃべると舌噛むよ」


「ええっ。こう、話したい事が沢山っ!」


 問答無用。


 椅子を担ぎ、籠をぶら下げて、森の中を走り出した。


 それにしても、レンの足跡が見えない。「音入」に、痕跡を残さないようにする機能まで付けてたかな。

 レンが来た方向と、指笛の鳴った位置で集合場所を推測する。


 合図が聞こえる。遠くはなさそうだ。


「うぶぶっ」


「だから、言ったのに」


 レンの頭が木の枝にぶつからないよう、慎重にルートを選ぶ。これ以上ばかになったら、本人も王宮も困るだろう。




 見つけた。

 三人、頭を寄せ合って話をしている。ここは[魔天]領域だよ。周囲の警戒はどうした。


「もしもーし。迷子の配達だよ〜」


 声を掛けてから、近寄った。一斉に、こちらを振り向く。


 背負子を下ろしてレンの顔を見せたとたんに、二人が地面にへたり込んだ。


「た、助かった」


「君は命の恩人です!」


「今、散っている連中にも集合するように合図する」


 先の一人は、レンよりやや年上の騎士団員っぽい青年。もう一人は、魔術師のようだ。残る若いハンターが、高らかに指笛をならす。ずいぶんと明るい音に聞こえる、気がする。

 彼の足下には、数人の荷物がまとめて置かれていた。こちらには魔獣の足跡が残っている。オボロ? だよね。随分と慌てているようだ。って、ここまで一緒に来てて、どこ行ったんだ?


「背負ってきたのか?」


「右足をくじいてるから」


「程度は?」


「痛み止めは塗ったけど、[魔天]を歩かせるのは厳しいかも」


 半泣きになっている年長者そっちのけで怪我の状態を確認するとは、ずいぶんと手際のいいハンターさんだな。うん、将来有望。


「ろら〜、おろひて〜」


「「え?」」


「ああ。舌噛んじゃったみたい。しゃべるなって言ったのに」


「らっれ〜」


 椅子に座らせたレンと、立ってるわたしの視線がほぼ同じ高さ。また背が伸びた? 竹の子みたい。わたしにも少し分けてよ。


「君は、この人と知り合いなのか?」


 ハンターさんが、質問してきた。


「違うよ?」


「ロナっ! いくら何れもそれはらい!」


 ふん。徹底的に、他人のフリしてやる。こんなお騒がせ人間の知り合いなんか、金輪際欲しくない。ないったらない。


「それよか、お兄さん達、何しに来たの?」


 団員さんは、まあそこそこできそうだけど、レンは完全に足手まとい。魔術師さんが混ざっている理由も判らない。

 騎士団員の[魔天]経験ツアーって線もありそうだけど、それなら、もっとローデンに近い場所でいいはずだし。


 三人が、顔を見合わせて何やら窺う様子。いや、無理に教えてくれなくてもいいんだよ?


「街の人にはまだ話さないでもらいたい。いいか?」


 どうやら、ハンターさんが話してくれるようだ。しかし、この前置き、物騒だな。


「了解」


「俺達は、ローデンギルドの依頼を受けた火山調査団だ。

 二十年ほど前に噴火したのは知っているか? ガーブリアは、聖者様の警告を受けてすぐに対策をしたおかげで、街は壊れても人死にはなかった。ローデンもそうだ。けが人一人でなかった。

 でも、火山の噴火ってのは、どのくらい被害が大きくなるのか予想がつかない。早めに様子を確認して、避難準備とか街道への警告を出さないと、噴火が始まってからでは遅い、らしい。


 三年前、たまたま通りかかったハンターから、火山の西側で白煙が上がっていると報告があって、すぐに魔術師を含む調査班が差し向けられた。煙は、噴火跡にできた熱水の池が湯気を立てていた所為だと判った。そして、すぐに噴火する事はなさそうだ、ということだった。

 この付近で狩をするハンターには、異常を発見したら報告する義務が科せられている。でも、万が一も有るから、定期的に詳しく調査する事が決まったんだ。

 俺達は、今期の調査から帰るところだったんだよ」


 ・・・ちょっと拍子抜け。


「でも、この人達、ハンターじゃないよね」


「ああ。騎士団からも調査員が加わっている。なんていうか、ほら、ハンターってガラの悪いのが多いから、報告書を書く時に、ね」


 ばつの悪そうな顔をするハンターさん。苦労してるのね。


 いやでも、報告するだけなら、王宮魔術師団所属の魔術師さんだけでいいはず。なぜ、レンと団員さんが、そして、オボロも同行していた?


「そうだ。君もハンターなんだろう? 何か、気付いた事があれば教えてくれないか?」


 熱水の池って、わたしが掘った温泉、なんだろうなぁ。騒がせるつもりはなかったのに。ごめん。


「湯気が気になって見に行った事はあるよ。地面が熱くて触れないとか、ひび割れが増えたとかはなかった」


「へえ。よく見てるねぇ。ありがとう。それにしても、俺から聞いといて今更なんだけど、あそこに登る途中、ワイバーンがたむろしてるだろう。襲われなかったか?」


「ま、まあね」


 まだ少年と呼んでも差し支えない若いハンターさんが、しきりと感心している。

 でも、わたしは落ち着かない。ワイバーンにまとわりつかれる前にぶっちぎって通り抜けているだけ、とは言えないからだ。いや、言った方がいいのか?


 背後では、レンが二人にガミガミ言われている。

 が、上の空。しきりとこちらを気にしている。起こられてる最中でしょうが。真面目に聞いときなさいよ。


「ああ、見つかったか!」


「怪我したって? って、なんで椅子に座ってるんだ」


「傷に塗る薬草を取ってきたよ」


「ねんざだけだそうだ。手当も済んでいる」


 わらわらと、周囲の森からハンターさん達も集まってきた。ご苦労様でした。本当に。


「誰が見つけたんだ?」


 一番年配に見えるおじさんが首を傾げている。


「そういえば、聞き覚えのない音だったわね」


 女性ハンターさんも、いぶかしげな顔をしている。


「この少年が連れてきてくれたんだ」


 留守番していたハンターさんが、わたしを紹介した。


「え? こんなちっちゃいのに? 姫さんを担いできたのか!」


 巨漢のハンターさんが、吃驚している。そりゃ、先の二人の目にも留まらないくらい、小さいですけどね!

 改めて言われると、いろいろ来るものがある。くすん。


「ロナは、わたしの親友だ!」


 レンは、黙ってて! と、目で合図した。けど無視された。断言された。


 しまった。事情なんか聞かないで、逃げとけばよかった。


「姫さんの知り合い?!」


 全員がわたしに注目する。


「知らな〜い」


 ぷい、とレンから顔を背ける。そう、知らない人。存じ上げません。


「ロナぁ、・・・ふっ、ふぐっ」


 やば。


 急いで、ウェストポーチから手ぬぐいを取り出し、レンの口を塞いだ。


「「「「「あ」」」」」


「[魔天]で騒いじゃ駄目だってば」


「ぶぶぶぶぶ!」


 レンの絶叫は回避したけど、


「さっきの笛も音が大きすぎたみたいだし。移動した方が良くない?」


 そう提案する。


「・・・そうだな」


「ごごごごご!」


 トレントロープは、そう簡単にはちぎれない。虫布手ぬぐいも、噛み千切るのは難しい。

 椅子の上でじたばた暴れているレンを、がっちり猿ぐつわを噛まされたレンを、誰もがなんとも言えない顔で見ている。


 でも、誰も非難してこない。問題ないようだ。


「それじゃ」


「「「「「え?」」」」」


 各人が荷物に手を伸ばそうとしたところで、動きが止まった。


「ボクは、帰る。その椅子と布はサービスしとく。そうだ。忘れるところだった。はい」


 かちんこちんになっている団員さんに、レンの剣と杖を渡す。ほら、ちゃんと握ってよ。


「むぶぶぶぶーっ!」


「君は、姫様の知り合いなのでしょう? このままだと、また徘徊、げふん、行方不明になりそうです。

 その、すみませんが、つきあってもらえませんか」


 魔術師さんが、必死の形相で取りすがってきた。


「俺からも、頼む!」


「あたしからも、お願い!」


 ハンターさん達からも、次々に声が上がる。


「なんで!」


「こうなった姫様は、私達の手には負えそうにないんです」


 魔術師さんが、重々しくのたまう。周囲の人達も力一杯頷いているし。


「いやいやいや! 連れてきた人達が責任もって持って帰って」


「「「「「そこをなんとか!」」」」」


「椅子ごと背負っていけばいいだけでしょ」


 念入りに括り付けてあるから、少々暴れても問題はない。脱走も出来ない。ほら、完璧。


 というのに、全員が全力でぶるぶると顔を振って拒絶した。


「俺らが姫さんを背負うなんて、無理無理無理!」


 なんでよ。この残念王女さまには、高貴もへったくれもないじゃん。簀巻きにしてもいいくらいだ。

 筋肉隆々のハンターさんなら、レン一人担ぐくらい軽いもんでしょ。


「森を出るまででもいいから。お願いします!」


「そろそろ、まずいぞ。姫さんを捜している時に、ロクソデスの真新しい足跡を見かけたんだ」


 焦り出す年配のハンターさん。


「おい、グロップ! そういうことは最初に言え!」


 巨漢ハンターさんが、目を剥いた。


「君も、しばらくは我々と同行した方が安全だ。だから、その間だけでも」


 言葉を重ねて誘う年配ハンターさん。


 だがしかし。わたしに、そのつもりは毛頭ない。


「こんな子供に、こんな荷物を背負わせるつもり?」


 自虐ネタだけど! 見てくれだけなら、通用するはず。だって、小さいし。小さい・・・。


「君は、姫様を背負ってここに現れた時、息も切らせてなかったし、普通に話しかけてきたよね」


 ちっ。将来有望クンは隙がなかった。


「金虎殿が居ない今、我々だけで守りきれる自信がない。とにかく! 少年を中央に。出発する!」


 ロクソデスが近くにいるというので、警戒マックスだ。


 それなら、わたしが追い払ってくる、と、言おうとした時、


「お願い。急いで」


 女性ハンターさんが、わたしの籠を取り上げ、背中を押した。




 多数決に負けた。


 無言の圧力に押し流されて、結局、レンを担いで同行している。


「森を出るまでだからね?」


「ふぐぐぐぐ」


「王宮まで届けてくれれば、とっても、ものすごく、とんでもなく助かる」


「謹んで、きっぱりと、問答無用にお断りする」


「うごごごごぐ」


「君、すごいねぇ。一人背負って、その足だろ? どうすれば、鍛えられるかな」


「毎日、グロボア一頭丸ごと背負って走る!」


「そんな無茶な!」


「ぶぶぶぶぶっ」


 背中の荷物が、異音を放つ。が、誰も気にしない。周囲に気を配りつつ、それでも、交互に声をかけてくる。


 軽く会話できる程度の早さで移動するのが、距離を稼ぐコツ、らしい。わたしの体力を見る為なんだろうけど、それにしても話のネタが尽きない。


「やはり無理だな。今日も[魔天]で野営する」


 木のまばらな地点に差し掛かった時、チームリーダーっぽい年配ハンターさんが決定した。


「すまない」


 団員さんが謝っている。


「いや。仕方ない」


 そう言って、わたしを、正確には、わたしに背負われているレンを見た。うん。彼らの足なら、捜索に時間を取られていなければ、領域から離脱できていたはずだ。


「もう下ろしていい?」


「ああ。ただ、これを結わえておいてくれないか?」


 渡されたのは、ロープ。おい。


「何と何を」


「その、君と、背負っている人を、だな」


「迷子防止、いや足止めに」


 酷い言われようだ。


「ボクでなくてもいいよね?」


「いやいやいや。是非ともお願いしたい」


「ここまで戻ってきて、これ以上勝手な行動をさせるわけにはいかないんだ」


「だから、なんでボクが」


「君を追いかけて、また姫様が徘徊、げふん、行方不明になりそうで」


「連れてきた責任者に言ってよ」


「「「「そこをなんとか!」」」」


 ローデンには、他力本願宗が大流行しているのか?


「ぶぼぶぼぶぶーっ」

 

「この二年で成長したと、立派な大人になったと、そう思ってたのに・・・」


 団員さんが、涙ぐんでいる。


「なんだって[魔天]調査の最中にあんな危険なことをしたんですか!」


 魔術師さんが、また怒り出した。


「あれほど、あれほど、あ、れ、ほ、ど! 耳からこぼれるまで教えたはずですよね?!」


「メヴィザ殿、声が大きい」


 リーダーさんが、たしなめた。って、小言の内容は追求しないのか。


「ふっぐーっ!」


「言い訳無用。私達に迷惑を掛けた罰として、今夜は食事無しです。いいですね」


 全員に、同意を求める魔術師さん。誰も、反対しない。むしろ、揃って力強く頷いた。


「ふんうーっ!」


「水だけは飲ませて差し上げます。ただし、大声を出すならすぐに縛りますよ」


「・・・ふぶっぶ」


 罪人は、渋々といった感じで頷いた。


「ご飯食べないと、明日、歩けないよ?」


 馬鹿貴族のおぼっちゃまで、確認済み。なんて名前だったっけ。忘れた。


「この脚の腫れ具合では、それは無理でしょう。担いでいくなら、問題ありません」


 魔術師さんが、さらりと断言する。


「・・・それって、誰が担ぐの」


「ここまで来たんです。最後まで、お付き合いくださいね」


 逃がさない。


 と、ニッコリ笑う顔の裏から、副音声が聞こえる。

 いや、魔術師さんだけじゃない。ハンターさん達も団員さんも、そう言っている。


「なんでだよぅ」


「うぶぶぶぶっ」


 元凶は黙ってて。




 夜具代わりのポンチョを取り出したら、名前がばれた。


「もしかして、おまえがナーナシロナなのか?」


 リーダーさんが声を上げた。


「それって、ならず者四人を瞬殺したって言う?」


 巨漢ハンターさんも、まじまじとわたしを見る。


「そうそう! 俺なんかが手を出す間もなかったんだ。あの副団長が一人取り押さえてる間に、こう、ばくぼくべきっ! て手際で」


 ギルドの訓練場での一幕を見ていたようだ。

 それにしても、他人の武勇伝を聞いて、目を潤ませて感激する姿は、若い女性ならともかく、ビジュアル的にどうなの。まだ少年だからいいのか?


「露店連中が、姫さんに負けない食べっぷりだったって大喜びしてた、あの人?」


 女性ハンターさんも余計な情報をぶちまけた。


「そうそう!」


 どういう噂が広まってるんだ。


 一方で、目の色を変えたのが、魔術師さんと団員さん。王宮でのあれやこれやを知っているらしい。


「お願いします! どうか、ローデンまで同行してください!」


「このままだと、姫様の家出が、また、騒動が・・・っ!」


 揃って半泣きになって、土下座までしている。止めてほしい。


 じゃなくて!


「人違い!」


 他人他人他人。


「ふんぐーっ!」


 あ。


 椅子ごと倒れた。

 黙って立っていれば三国一の美女。口を開けば、愉快なお騒がせお姫様。・・・そんなキャラクターじゃなかったはずなのに。

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