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泥んこ大将

 あ、あれぇ?


 ワタクシ、ただいま緑色の蔦に取り付かれて雁字搦めに縛られてます。なんでこうなったかと言うと・・・。


 ちびドラゴン体型で、まーてんの草地に降り立って、そして、一葉さん達に取り囲まれたとたんに、この有様。ただいま、の、挨拶をする暇もなかった。


 下手に力を込めたら、ちぎり飛ばしてしまいそう。そんなことしたら、死んでしまう。ということで、抵抗らしい抵抗も出来ません。


 放して〜っ


 と叫んだら、


 くるるるるる〜〜〜っ


 あれれれぇ!


 なんで、人語が話せない?!


 しっぽの先で軽く地面を叩いて、ギブアップしていることを現してみたけど。無視された。


 ぬおおおおっ


 翼の付け根を締め付けないでーっ


 そこ、痛い。痛いから。


 日が沈み、夜になっても、解放されなかった。してくれなかった。


 それだけじゃない。首まで締めてきた。


 ワタクシ、このまま天上行き?


 ああ、それもいいなぁ。川の向こう、一面の花が咲いていて、母さんが手を振ってる。迎えにきてくれたんだ。今、行くよ〜〜〜




 べちべちっ


 朝になっていた。一葉さん達は拘束を解いて、わたしの顔や腕を叩いている。


 ・・・なんだ。還れると思ったのに。


 三人は、なにやら謝っている様子だけど、一葉さんだけそっぽを向いている?


 それにしても、痛かった。


 手足や翼の具合を確かめる。巨大化したエルダートレントを瞬殺した四人に締め上げられてて、骨折も脱臼もなし。手加減してくれてた、のかなぁ。

 あれでも。


 ひと形に変身し、話せるようになってから、なぜこうなったか聞いてみた。随分と時間はかかったけど、なんとか理解はした。


 小さくなっていた所為と腕輪をしていなかったので、不審者だと思ったそうだ。

 でも、ろくに抵抗しないし、以前の体型も思い出して、ようやく本人と気付いた、らしい。


 それでも締め付けるのを止めなかったのは、


 置いてけぼりは、酷い!


 って、なによ。


「だから。天然温泉だよ? 離宮の風呂より熱かったら、みんなが危ないじゃん」


 びしびしびしっ


 一葉さんが地団駄踏んでいる。蔦だけど。独り占めは許さない? よっぽど風呂が気に入ってたようだ。


「わかったってば。次は、みんなで行こう」


 ぴしっ


「はいはい。約束ね。今日は、クトチを集めにいくんだけど、ど」


 どうする? まで、言えなかった。


 一葉さんと双葉さんは、預けていたウェストポーチを拾い、素早くわたしの腰に収まった。三葉さんと四葉さんは、腕輪が無くて逡巡したけど、今度は手首から肘の間に手甲よろしく落ち着いた。・・・いいけどね。


 出かける前、収納指輪に名前をつけた。「山梔子くちなし」と「山茶花さざんか」。どちらも、模様のない真珠色のシンプルな指輪。

 なんだけど。わたしの手から抜けようとしないとか、いきなり寸法を変えるとか、自己主張激しすぎ。名前でも付ければ、少しはこちらの言い分も聞いてくれ、ないかなぁ。


 竹籠一杯にクトチを拾ってきて、まーてんに持ち帰る。蒸して、ほじくって、刻んだ干し果物と混ぜて焼く。焼き上がったら、小分けにしてしまう。そして、また拾いにいく。


 気が済むまでクッキーを作った。その間に、エルダートレントの実の薫製も作り溜めした。なぜなら、次の予定は。


「んじゃ。山に行って、は」


 びしびしびしぃっ


「・・・は、後にして、温泉、行こう」


 びしっ


 一葉さん、わたしはあなたのタクシーですか? 機織り、したかったのに。


 ちびドラゴンに変身して、一気にマイ温泉に向かう。かなり離れたところに、ハンターが来ている? でも、こちらに近付く様子は見えない。気付かれてもいない。なら、いいか。


 湯船の上には、もうもうと湯気が立ち上っている。今日もいい湯加減のようだ。


 縁に手を掛けたら、一葉さんは、そーっと、蔦先を伸ばして、即座に引っ込めた。


 ・・・ぴゆ?


 他の三人は、最初から手を、じゃなかった蔦先を出そうともしない。


 よくよく、湯温を見てみれば。


 八十度オーバー。


 自分のしっぽを浸けてみる。


 う〜ん、いい湯だなぁ。


 じゃなくて!


 湯船から離れたところで、ひと形になる。四人にはそこで待つように言い置いて、一人、湯船に近付く。


 慎重に、指先を湯面に伸ばす。あちちちっ。


 四人は、見ている。目はないけど。じーっと、見ている。


「はいはい」


 ロックアントで幼稚園児が庭遊びで使うようなプールを作り、湯船からお湯を汲み入れる。そこに、魔道具の[水筒]から、冷水をじゃばじゃばと注ぐ。

 四十度まで下げてから、四人に声をかけた。


「今度は、どう?」


 真っ先に一葉さんが突進してきた。だから、どれだけ風呂が好きなの。


 ばしゃん♪


 いいようだ。


 三人も、いそいそとやって来た。お湯を楽しむ魔獣。元植物だけど。


 せっかくだから、わたしも入る。もちろん元湯の方に。


 でかドラゴンに戻って、湯船に入った。ざぶーん!


 ああ。やっぱり、気持ちいい。


 ドラゴンの適温は、ひとよりかなり高めという事が判った。そういうことなんだ。うん。


 あれ? 四人がこっちに蔦先を向けている。


「湯船の底からわき出してるから、冷ますのは無理だよ」


 うなだれた。なんなんだ。


「一緒に入りたかったの?」


 ぴっ


「ひと用の設備をひとに見つからないようにするのは難しいよ。・・・って、そのうちに、なんとかするから!」


 ウォータープールの中で暴れる四人を、あわてて宥めた。


 わがままだなぁ、もう。


 でも、わたしも、ひと用温泉に入りたい。って、前来た時にも考えたっけ。


 恒常的な隠蔽用結界で覆っておいて、わたしが来たときだけ解除するとか。岩山に偽装して、目くらましにするとか。両方でもいいな。


 今日は、いいや。どうせなら、じっくり設計してみたい。ローマ風呂? いや、日本庭園風もいい。ぐふふ。


 全員で、たっぷりと温泉を堪能した。そして、山の洞窟へ、ゴー!


 今度こそ、機織りしよう。




 ロックアントの新発見。


 きっかけとなる個体を潰してしまえば、群を作らない。


 ロックアント狩のシーズンの直前に、観察していて気が付いた。わたしには判らないが、多分フェロモンのような物で呼び集めるようだ。その個体の周辺にいるロックアント達はだんだんと挙動がおかしくなる。そして、同じようなフェロモンを出し、更に仲間を呼び集める。そういうことらしい。


 動きの変化した個体を選んで採取していたら、群を作らなかったのだ。


 ・・・なんで、今まで気が付かなかった?!


 のほほんと歩き回るロックアントの横で、両手両膝を付き、うなだれてしまった。こてこてと触覚で背中を叩く感じが、なんていうか・・・、慰めなんか要らないやい!


 それはともかく。


 トリガー個体すべてを狩り尽くす事は出来なかった。とは言え、群の数が激減しただけでも十分だろう。

 ちなみに、棘蟻もフェロモンの影響を受けて変化していたようだ。トリガー個体を取り除いたら、棘蟻は出現しなかった。


 トリガー個体の出現する原因も判るといいな。来年に期待だ。



 次は、繭の採取に取りかかろう。


 [深淵部]に近い場所から採取を始める。ちびドラゴンに変身して移動する。繭は、樹上からも容易に探し出せた。樹冠に飛び降りて、「山茶花」から直接繭に陣布を貼付けて、待つ事しばし。


 チン、チン、チチチチチーン!


 ・・・『隠鬼』効果で周りに聞こえないとは判っていても、心臓に悪い。


 落ちた繭を拾い集める。そして次のコロニーへ移動し、以下繰り返し。


 回れるコロニー数が、徒歩で移動するより若干増えた。そして、より広い範囲を探すことが出来た。はっはっはっ。大漁だ! そして、疲れた。


 痺れ蛾の芋虫が減ってくれれば、ここまで躍起になって採取することも無いのに。


 ヴァンさんには、陣布に使う『繭弥まゆみ』の魔法陣を渡してある。身分証返却のついでで、上着の隠しに突っ込んでおいた。確かめずに洗濯、・・・するかもしれないけど。それが無くても、ペルラさん経由の採取依頼が増えるだろう。


 だから、自家用の糸は、今のうちに沢山確保する。


 それにしても、首長竜の毒血は減らない。減ったように見えない。虫糸の染色以外に、解毒方法はないのかな。


 繭を繰って糸を採り、染色しやすい束にする。今年のは、全部泥染めにしよう。


 っと、もう、泥が少ない。採取してこなくっちゃ。




 無惨!


 大事な泥の採取場は、グロボアの泥浴び場に大変身していた。いなくなった隙に採取、・・・次のグロボアがやって来た。長々と、なーがながと泥にまみれて、ようやく立ち去った。・・・また来た。入れ食い状態? フィーバー?


 こりゃ駄目だ。


 だってねぇ? みんな、気持ち良さそうな目をしてるんだもん。多分、わたしが温泉に入っているときも、そんな顔をしていたと思うし。邪魔しちゃ悪い。


 ということで、他に採取場所を探そう。


 そう簡単に見つかるもんじゃない。でもって、また温泉に入りたくなった。グロボアめぇっ! 作業意欲をそぎ落としてくれちゃって、もう。




 染色準備は中断し、マイ温泉へ飛び立った。


 こちらも大変身。


 なにこれ。なんとか地獄?


 湯船は、一面の泥池になっていた。中央付近には、ぼこぼこと鉛色の気泡が弾けている。湯気は、以前より一層濃くなっている、ように見える。


 どこかの観光地のようだ。


 一葉さん達も、どうしたらいいか判らず沈黙している。


 後から滲み出してきたお湯の経路の途中に、泥の層があったのかもしれない。


 温度は? 以前よりさらに上がって、九十度前後ある。十分に、ゆで卵が作れる。

 しっぽの先で湯加減ならぬ泥加減を探ってみれば、・・・ちょいと熱めだけど入れない事はなさそう。なら、問題ない。


 ふむ。泥パック。美容に良いのだ。グロボアだって、やっていた。


 体に着いた泥は、縁に立って『水招』で洗い流せばいいだろう。


 前回同様、四人用の湯も用意する。『水口』でぬるくして、入るかな。・・・入っちゃった。

 嬉々として泥遊びに興じる生きた縄。ファンタジーだ。


 では。


 今回は、ブラシは無しで、手とかしっぽを使ってマッサージ♪。このヌルヌル感が何とも。

 きゃほーっ。ぽっかぽかのピッカピカだぁ♪


 そうだ。


 この泥でも、染められるかな。


 一旦、泥湯から上がって、染色用の桶を出す。クトチの実の殻を煮出した媒染液を用意して、さて、やってみよう。


 泥だらけの指輪からでも、糸の束は出てくる出てくる。それを泥湯の中に押し込んで、ぐにぐに、もみもみ。


 わたしと一緒に、温泉気分はいかがかな? って、糸が答える訳はないけど。


 ・・・一葉さんが、うらやましそうにこちらを見ている?


 適度に揉み込んで、絞る。ぬるま湯で泥を洗い流し、また絞る。次は媒染液へ。


 あ、一葉さん? 糸束に八つ当たりするのは止めてーっ! 媒染液の中で暴れないでってばーーーーーっ! 絡まるから、絡まったら困るの!


 一葉さんは、残る三人によって、強引にウォータープールに連れ戻された。おいおい、まだ暴れているよ。

 早いとこ、ひと用風呂も作らないと、虫糸が全滅させられるかも。


 媒染液に浸している間に、次の糸束をいくつか出して、また、泥湯の中へ。ドラゴンの手だと、一度に沢山束を握れるから、作業がはかどる〜ぅ♪  と思うのは間違い。糸を千切りそうになる。ドラゴン握力は、半端ない。


 爪を引っかけないよう注意しながら、指先で、むにむに、むにむに、・・・。大きな手だと、搾るのは楽チン。でもない。またも糸を千切りそうになる。


 どうかな? 媒染液の中の糸束を取り出す。湯温が高すぎるかもしれない。糸が弱くなってる気がする。でも、染まり具合は悪くない。物は試しという事で、続行!


 ほぼ一日中、泥まみれになって、染色作業をしていた。

 疲れた。繭の採取なら、七日間、小休止を入れるだけで採取していられるのになぁ。


 いやいやいや。これは、湯疲れ。


 双葉さん達は、媒染液の方の糸束を絞ったり干したり手伝ってくれた。今は、岩の上に広げてふかふかに乾燥させている。

 一葉さんだけは、その間もしぶとくウォータープールに浸り続けていた。ふて湯? って、言ってもいいよね。


 泥湯を採取することにした。洞窟でも染色テストをしてみたい。

 容器、は、手頃なサイズがない。というより、ドラゴンの手で扱えるほど大きな物は作ってない。いやいやいや。ロックアントで作っちゃえばいいだけなんだけど。


 指輪を見る。空欄の亜空間収納の件数は二万以上。容器は無いけど、湯船の泥をちょっとだけ。


 のはずが、湯船の底が露になった。


 「山梔子」の収納品タグに、「温泉(泥)」が増えた。温度、成分、総体積などなどが付記されている。


 ・・・見なかった事にする。うん。分析機能なんか付けてない無いもん。気のせい。疲れていた所為だ。見間違いだ。そうに違いない。


 ちょうどいい。泥を流そう。『水招』で湯船一杯に水を溜めて、体の泥と、糸束から泥を洗う桶と、使用済みの染色桶も洗おう。


 あ。


 四人が突撃してきた。こら、背中に這い上がるな! だめだ、振り落とせない。

 そのまま、桶を洗う事にした。ドラゴンの手で、底を突き破らないよう丁寧に扱う。それなりの大きさがある桶なのに、小丼ぐらいに見えてしまう。水気を切って、乾燥させた。


 次は、自分の体についた泥を落とす。


 ブラシを取り出して、・・・取り上げられた。三葉さんと四葉さんが、見よう見まねで、泥をこすり落とそうとしている。はいはい、まかせた。

 湯船の底に横になって、ブラシを動かしやすいように、翼を広げたり傾けたり。

 お腹は流石に遠慮してもらった。流石にねぇ? ワタクシ、女の子だもん。


 もう一回、全身を『水招』で洗い流した。よし、さっぱりした。


 さて、まーてんに帰ろう。


 あれ? 一葉さん達は、いつの間にか、片方の桶の底で、絡まっていると言うか、伸びていると言うか。


「おーい。帰るよ?」


 いつもなら、蔦の先で返事をするのに、小さく身じろぎしただけで、動かなくなった。湯当たり? 湯疲れ?


 ふふっ、はしゃぎ疲れちゃったかね。


 桶一つを残して、片付けた。チビドラゴンに変身して、桶を抱えて飛んだ。


 四人は、まーてんの東屋に運んでも起きてこなかった。


 わたしも、寝よう。


 おやすみ〜

 泥つながりで、いろいろとやらせてみました。お肌つるつる、いいなぁ。

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