引きこもる!
成功!
ローデンに到着する直前。一葉さんに頼んで、手紙付きの包みを行軍用リュックに忍ばせてもらった。スリでもやっていけるかも。やらせないけど。
あとは、ヴァンさんが門に入る事に気を取られた隙に、『隠鬼』で姿をくらます。静かに離脱して、城壁の影まで移動。
ロックアントのように右往左往するヴァンさんの姿は、多いに目を楽しませてくれた。怒声、罵声のオンパレードは、聞こえませーん。ふんだ。
門が閉まり、夜になってから、[魔天]に向かった。
相棒達の事は気になる。でも、みんな、それなりに楽しくやっているように見えたし、大事にされているのも確認できた。街に飽きたら、まーてんに集まってくるんじゃないかな?
糧食を手に入れられなかったのは惜しかった。代用品、探してみよう。
ゆっくりと[深淵部]を通り抜け、まーてんに到着した。
一葉さん達は、今回、そろってまーてん中を徘徊している。何か探してるみたいだ。てん杉をいじめている訳でもなさそうだし。用があれば声掛け、じゃなかった、合図してくるだろうから、放っておく事にする。
まーてんの頂上に登って、変身を解く。そう、今は、ドラゴンでいる方が楽。疲れてるんだ。その所為だ。今だけなの!
自己暗示を掛けつつ、昼寝を決め込む。
うん。先は長いって、うーんと長いってことは判っている。焦ってもしょうがないんだから。
昼寝からふて寝に変更した。
のんびりしよう。
でも、何か、大事な事を忘れているような?
・・・
・・・・・・
ごあああああああっ!
まーてんにほど近い森から、鳥が一斉に飛び立ち、魔獣達の怒号が谺のように返されてくる。
ごめんなさい。失礼しました。思わず吠えちゃいました。
いかんいかん。わたしは、女。中身は、人間。いくらなんでも、雄叫びはいかんでしょう。
じゃなくて!
「おんせーん!」
しまった。復旧したガーブリアの保養地に行き損ねた!
現金のまま便利ポーチにしまっておいた報奨金が出てきたので、予算は問題ない。
峠の関所を通らなくても、山越えでこっそり入国する事も出来る。
問題は。
あそこは高級リゾート地(*イメージです)。それなりに収入と暇のあるひとでなければ利用できない場所。宿に泊まるときとか、絶対にいろいろと訊かれるはず。
身分証が無ければ、どこかで怪しまれてしまうに違いない。ううう、上げ膳下げ膳おまかせで、ゆったりのんびり温泉三昧、くつろぐつもりだったのに。幻の休暇になってしまった。
それはともかく。
今、温泉に浸かりたい。川とか池じゃ我慢できそうにない。沸かし湯にする? ・・・やっぱり温泉がいい。天然掛け流し。温泉じゃなきゃ嫌だ!
まーてんの山頂をうろうろ歩き回りながら考える。
ガーブリア以外に温泉のあるところは・・・
火山の湧いた無人島。目印の無い海上をあちこち漂流した所為で、方向すら判らない。だめじゃん。
他の火山。保養地近くのあの山しか思いつかない。
ふ、ふふふっ。
なかったら、作ればいいのだホトトギス。
あの火山の溶岩は、一部、西側にも流れた。きっと探せば、お湯の出る地点もあるはず。
そうと決めれば。
「一葉ー、双葉ー、三葉ー、四葉ー。温泉掘りにいってくるーっ」
山頂から声をかけた。
なんか、慌てて草地に這い出して来たよ。
「ものすっごく熱い湯とか岩だとかが有るからー、留守番しててー」
ぶんぶんぶん!
百メルテ以上ある山頂からも判るくらいに蔦の端を振り回している。いや、もともと、すごく良く見える目なんだけど。
「ここからー、飛んでいくからー」
なんとまあ。まーてんに這い上がろうとしている。が、流石の一葉さん達でも、長さが足りない。四本継ぎ足しでも山頂には届かない。
「あ」
岩壁から浮いた時には、こんがらがって、もう落ちていた。だ、大丈夫かな。動物と違って骨はないし、体は柔らかめだし、落ちた場所は草地だし。・・・蔦先が動いている。よかった。無事みたいだ。
「じゃあ。いってきまーす♪」
ふんふんふーん。温泉、おんせーん。
溶岩流の冷え固まった場所の上流に着いた。超高高度から、人がいない事を確認して急降下する。ワイバーン? そんなのもいたっけね。でも、快く進路を譲ってくれた。ありがとう。全力で逃げ出したようにも見えるが、それは気のせい。
着陸し、早速、地中を探る。水脈をたどり、高温岩塊付近を通って、地表に近い物を選び出す。これなんかが、よさそう。
ここで、問題です。どうやって地上に導けば、いいんだろう。
井戸掘りは、無人島時代に失敗している。直径三メルテは太すぎるって。一気に源泉が枯渇してしまう。岩の隙間から滲みだす感じがいいんだけど、・・・面倒だ。岩盤を自力で割ってしまえ。
誘導できそうなところに、あらかじめ穴、もとい浴槽となる窪みを作る。お湯が沸き始めてから掘るのは大変だから。
右手でぐわしっ、左手でざくっ。
おんせん、お〜んせん♪
およそ直径二十メルテの窪みが出来上がったところで、気が付いた。最初から岩石魔術で固めれば、もっと楽に作業できたのに! がっくり。
周囲は、わたしが掘りまくった石混じりの土や瓦礫が小山を作っている。雨が降れば、窪みはまた埋まってしまう。このままでは、沸いてきたお湯も土で濁ってしまうだろう。
窪み、いや湯船を補強することにした。掘り出した土を適当な大きさのブロックに固めて、湯船の縁を作っていく。ブロックの表面は、足を滑らせないようにでこぼこ感を残した。器用だな、岩石魔術。
周辺から雨水が入らない高さまで積み上げる。その外側も縁の部分も、自然な感じに見えるように、ちょいちょいと形状を整えた。
あら。天然ぽくていい感じ。
それでは。
うまくいきますようにっ
どかん!
ドラゴンの右手を握りしめ、湯船の中央で地面を打つ! よし、少しひびが入った。まだまだいくぞーっ。
がん! どん! だかん!
やった! 滲み出して来た。ひびだらけになった湯船の底の色が、濡れて黒っぽくなっていく。早く溜まらないかな〜。
・・・・・・
そうだよね。こんな大きな湯船なんだもん。早々満杯になる訳ないじゃん。人サイズのを作れば良かったんだ。と、またも反省。
しかし、今現在、全身泥だらけな訳で。・・・洗い落としたい。それに、せっかくここまで作ったんだ。ドラゴン温泉も堪能したい!
とはいえ、これ以上ひびを大きくしたら、一気にお湯が溢れて、やっぱり源泉が枯れてしまうかもしれないし。ここは、がまん。辛抱するんだ。
待つ事、半日。湯船の半分まで溜まってきた。この量なら、体の容積がある分で、全身浸かれるだろう。
ざぶん! とは、やらない。
しっぽの先で、お湯の温度を確かめる。ふんふん、いい湯加減♪
お湯をはねとばさないように、そおっと湯船に入る。
はふぅ〜〜〜
と、息をついたはずが、
ぐるぐるぐる
喉を鳴らしていた。
・・・ま、今はいいか。許す。気持ちいいから。
労働の後のひと風呂は、やっぱりいいわぁ。
湯触りを楽しんだ後は、泥を落とそう。湯を被って柔らかくはなったけど、それだけでは泥は落ちてくれなかった。半日も放置していたのだ。こびりつくのも当然だろう。
えーと、ブラシかボディータオルは、・・・あるわけないって!
一旦、湯船から出て、腕輪からトレントの枝とロープを取り出す。今すぐにブラシを用意するのは無理そうなので、枝の片方にロープを巻き付けて代用にする。ヘチマたわし、ならぬロープたわし。泥が落とせればいいのよ。
また、お湯の中に戻って、なんちゃってボディーブラシ片手に全身を洗っていく。
頭にもこびりついていた。道理で、おでこがむず痒かった。角の付け根とか、顎の下も丁寧に擦る。首の後ろに生えている短い鬣は、お湯の中で梳るように洗った。気になる部分は、何度でも洗った。
一番面倒だったのが翼。強度はあるようなんだけど、皮膜を突き破りそうな気がして。なんたって、岩盤かち割るくらいだし。何より、四枚ある。四枚。付け根の部分もデリケート。丁寧に、丁寧に。
慌てる事はない。無人島以来の温泉だもの。じっくりたっぷり骨休めしてもいいよね。
気が済むまで体を洗っていたら、もう、月が高々と登っていた。
うわお。月見風呂? 優雅だわぁ。
おや? わたしが掘り当てたところとは別の部分からもお湯がわき出しているようだ。最初のに誘われたかな? 時折、気泡が浮かんでくる。
ふん、ふふ〜ん
温泉旅行かぁ。
あのバス事故がなければ、その先にある旅館に皆で泊まるはずだった。有名ではないが、隠れ宿的な落ち着いたところで、いい温泉が湧いているという話だった・・・。
ばしゃり
顔を湯につける。
いいんだ。帰った時、こことのお湯比べをするんだ。きっと、向こうの方に軍配が上がるとは思うけど。温泉大国、日本万歳!
あら? よく考えたら、ここってわたしのプライベートスパ? くふっ。贅沢だねぇ。
お湯から出たり、また浸かったり。日が昇るまで、繰り返した。
はい。休憩しましょ。お腹すいた。
変身後、身に着けていた抜殻シャツまで、つやつやピカピカになっていた、気がする。汚れてる訳じゃないし、気にしなーい。
狩の時に作った料理は、ヴァンさん達に全部渡してしまった。食べ納めだよ。味わってくれたかな〜?
ひと形態で満腹になれば、でっかいドラゴンになっても空腹感は満たされる。どういう仕組みなんだか。でも、大量に動物を狩らずに済むので、多いに助かる。
肉なら、手元にまだある。首長竜のもあるし。無人島で作った干物も残っている。どれにしよう。久しぶりに岩盤焼きでいってみよう。
土を、焼き肉用の石のプレートに固めた。
キルクネリエの脂の多い部分と、背肉を取り出す。背肉は適当な厚さでそぎ切りにして、切っている間に、暖めた石の上に脂身を落とす。十分脂が回ったら、肉を焼く。焼き上がる直前に、軽く塩コショウして。
おお、美味しい!
ビールがないのが惜しいっ
代わりに蜂蜜酒のロックで一杯。これもこれでよし。
最近は、ずーっとフライパンばかりだったからねぇ。どこが違うんだろう。火力? 遠赤外線がどうこうとか、グルメ番組で蘊蓄を語っていた気がする。ガスコンロより、上質の炭の方が、鮎がふっくら焼き上がるとも聞いたし。
試してみよう。
美味しく焼き上がるときの岩の状態をいろいろと調べた。気が付けば、随分と陽が高くなっている。つまり、その間、ずーっと食べ続けていた訳で。
一休み、もとい食休みする事にした。そして、ひとサイズの風呂にも入りたくなった。
ただ、この辺りは、ハンターもたまに入ってくる。人工建造物があれば、ものすっごく怪しまれるだろう。うーん。どうしたものか。
よし。後で考えよう。今は、お風呂が先。
変身して、また湯船につかった。縁から緩やかな傾斜を降りていく。湯船は、パスタ皿の様な形状だ。だって、いきなり深くなってると、入りにくいんだもん。体長と比べると手足が短いから、こう、しょうがないんだってば。
洗ったり湯に体を沈めたり。お腹いっぱいになった所為かな、眠気が・・・。
くあぁぁぁぁ〜
って、あれ?
湯船の縁に顎を乗せて寝ていたようだ。体内感覚では、三日ほど。・・・三日?!
よく、のぼせなかったな〜。
じゃなくて!
周りに人は?!
きょろきょろと見回す。ハンターがいた痕跡はない。聴覚にも引っ掛かる物はない。ワイバーンの影もない。ふぅ。一安心。
これだけ堪能すれば、当分温泉は入らなくてもいい。気が済んだ。
湯船は、このままにしておく。壊すのはもったいないし、どこかのニホンザルのように、他の動物が入りにくるかもしれない。焼き肉の後片付けも終わっている。よーし。まーてんに戻ろう。
一つ、試してみよう。
小さいドラゴンには変身できないだろうか。このサイズだと、空を飛んでいる時『隠鬼』を使っても、ぼんやりと影が落ちる事が判った。それに、小回りも利きにくい。
ひと形で、隠れて走ってもいいんだけど、なんとなく回り道感がある。
どうだ?
やれば出来るジャン♪
・・・・・・あれ? 腕輪は?
本来の大きさの時には、腕輪だった。今は、指輪になっている。中指にひとつずつ。
元サイズに戻ってみた。指輪のままだった。
ひと形に変身してみた。指輪のままだった。
試しに、ドラゴン用ボディブラシを取り出してみる。出てくる。
自分で作った物なんだけど、なんだけどね? 訳が判らん! 外そうとしたら、またも抜けないし。
・・・いい事にしよう! 使えるんだから。判らない事は棚上げにする。放り投げる。見なかった事にする。科学は万能じゃない。全知全能はどこにもいない。だから、いいの。
指がちぎれたりはしないよね? 頼むから。
体は、小さくなったとはいえ、まーてんに帰ってきたときと同じくらいで、四メルテ弱はありそうだ。後で計っとこう。おまけで、翼が二枚に戻っていた。いいの! 気にしない。気にしたら負けだ。
『楽園・改』の術具を取り出して、展開する。飛ぼうとして、・・・飛べなかった。なぜだ?!
結界無しなら? 飛べる。『隠鬼』は? 飛べる。結界と飛行能力の相性も、検証が必要だね。
やることがあるのはいいことだ。一つずつ、確かめていこう。・・・忘れないように、メモっとかなくっちゃ。
今度こそ、まーてんに戻ろう。
温泉旅行、いいですよね。ご馳走もあれば、文句無し!




