会議は踊る 阿鼻叫喚編
ヴァン殿は、閉門ぎりぎりまで粘ったようだ。だが、成果は無かった。門兵に預けておいた伝言を聞いたようで、まっすぐに俺の執務室までやって来た。
「ウォーゼン! あいつが街に入ったって報告はっ」
「その前に、これを」
彼女が残した物を見せる。
ぎりぎり
「・・・あの野郎っ」
歯を食いしばる口から、怨嗟の声が漏れる。
「マジックバッグでは無く、行軍用リュックの方に隠してあった」
出来るだけ冷静に、事実だけを伝える。
「いつの間にっ」
「ヴァン殿こそ気付かなかったのか!」
思わず、俺の声も荒くなる。
「森から出る直前に中身は確認した。リュックの方もだ。それから、ずっと俺が背負っていた。昨晩の野営のときも、だ!」
「歩いている途中、リュックに手を入れれば」
「さすがに判るって」
二人して考え込んでしまう。もう一つ、見せる物を忘れていた。
「それから、この手紙が添えられていた」
くしゃくしゃになっていた紙を広げて、ヴァン殿に渡す。
もう一度、握り潰された。
「〜〜〜あんの野郎ーーーーーーーっ!」
「副団長! 何事ですか?」
「ヴァン殿の発作だ」
「あ、そうなんですか」
「て、てめえらっ」
「俺宛の連絡は来ていないか?」
「いえまだなにも?」
「そうか・・・」
副団長職とはいえ、王宮の設備をすべて勝手に使用できる訳ではない。宰相殿の采配が欲しいところだが。ここで、話をするのは避けたい。
「何か?」
「あ、ああ。預かりもののこのバッグなんだが、なかなか使い勝手が良くてな。宰相殿には、実物を前に報告したいと」
「トングリオさんが譲られたって言う、アレですか?」
「そうだ」
「ロナさん。もう少し、譲ってくれませんかね〜」
やはり、マジックバッグは羨望の的になる。
「師匠の指導無しには無理だと言っていた。俺も残念だ」
「そうですかぁ」
兵士のため息に付合う。芝居ではなく、ため息が出る、いろいろと。
「おめえらっ。俺を綺麗さっぱり無視しやがってっ」
「もうしばらく、[魔天]行きの反省会をしている。連絡がきたら、呼んでくれ」
「了解しました」
兵士を追い出し、扉を閉める。
「ずいぶんな言いようじゃねえか、ええっ?」
「ヴァン殿を案内してきた彼は何も知らないのだ。誤摩化すしかないではないか。もっとも、バッグについては嘘偽り無しだぞ?」
「っく!」
ソファーのクッションを抱えて、殴り始めた。それは、俺の私物なのだが。
「焦ったところで、今、俺達に出来る事は無い。違うだろうか」
「ぐぎぎぎ」
コンコン
扉が開かれた。
「副団長。宰相殿が呼んでいるそうです」
「すぐ行く」
「俺は?!」
「ここに放置しておく訳にもいかないだろう。同行させる」
「俺の扱いが雑じゃねえか」
「いいから。行こう」
拗ねるヴァン殿を促して部屋を出た。
「こちらの侍従殿が案内するそうです」
侍従が一人、扉の外に待機している。
「よろしく頼む」
「了解しました」
「トングリオに会ったら、宰相殿に呼ばれたと教えておいてくれ」
「・・・なんでですか?」
「土産をねだられた」
「ぶっ。[魔天]帰りの副団長に? 大胆ですねぇ」
[魔天]の猟果は、ほとんどがギルドに集約される。その上前をはねようとした、と聞こえるだろう。
「訓練の時にこき使っていいぞ」
「了解です! では、いってらっしゃい」
扉が開いた時、兵士と侍従がそろって鼻をひくつかせていたように見えた。が、気のせいだ。俺は見ていない。
執務室を後にした。
案内された小会議室には、手紙を出した全員が揃っていた。夕飯も人数分ある。ペルラ女官長が、行軍用リュックを背負ったままの俺に、怪訝な目を向ける。だが女官長、中身の中身はアレだ。
「無事に帰還してくれたね。ご苦労様でした」
陛下がねぎらってくださる。
「ですが・・・」
「まずは、食事にしよう。疲れているだろうから、話は後で」
「は・・・」
陛下は、給仕の侍女や侍従達も下がらせた。ペルラ女官長が、何か動作をする。【遮音】を使われたのだろう。
「女官長殿。済まないが、食事の前に、これを鑑定してもらえないだろうか」
「副団長様、なんですの?」
「・・・ロナ殿の置き土産、だ」
全員が、顔を引きつらせる。
「そう危険な物でも。あ、いや。ある意味、危険ではあるが」
「あの、どちら、なのでしょうか」
赤い容器をテーブルの上に並べる。ヴァン殿が首を傾げている。
「こいつが何だ?」
論より証拠。最後の一つは、ふたを開けてから、テーブルに載せた。
ごくっ
気のせいではなく、のどの鳴る音が揃って聞こえた。事前に警告はした。腹が減っていてもいなくても、「これ」は十分武器になる。俺の腹の虫も、騒ぎだした。
「っておい! 三日前のやつじゃねえかっ」
ヴァン殿はテーブルから飛び退った。それでも、料理から目が離れない。本当に、なんてものを作るんだ、ロナ殿は。
「ヴァン殿が来る前に、一個試食した。今のところ、調子は悪くない」
「何も、副団長様が毒味なさらなくても!」
「中身が判らなくて、開けてしまったら、こう、我慢できなくて・・・」
「「「「あ〜」」」」
匂いの暴力としか言い様がない。陛下も宰相殿も、もう料理に釘付けになっている。
「わ、判りましたわ。料理が悪くなっていなければいいのですけど」
すべての容器を判定してもらった。
「わたくしの見立てでは、こう、お腹を壊すような事はなさそう、ですわ」
「ではっ」
全員で、食べた。容器を奪い合うようにして、食べてしまった。用意された料理も食べた事は食べたが。
「コトット、すまない・・・」
「ちくしょぅ〜〜〜! また、食っちまったっ」
「年寄り、には、少々、きつい、ですな」
「あああ、ドレスのサイズがっ」
「ななちゃんったら、もう、ひどいわ〜」
あの、薬草入りサラダも数個あった。人数分に取り分けたのだが、効果は、・・・。
「手が止まらなくなるなんて。初めてです」
誰もが、目に見えて腹が膨れている。こういうときなら、食後の香茶を用意するであろうペルラ殿も、だ。動きたくても動けないようだ。
「陛下は、コンスカンタに向かわれた時に、召し上がられていたのでは?」
「ほとんどは、アンゼリカ殿に頂いた料理を分けてもらってましたから。その場で料理して頂いたものは数えるほどしかありません。しかし、この、今日の料理は、その上を行きます。どれだけ超人ぶりを発揮すれば気が済むんですかあの人は!」
だんだん怒りだしてしまわれた。
「離宮で作られたという、薫製やハムとも違いますし」
ペルラ女官長が複雑な顔をしている。
「肉は、キルクネリエだ。スープの出汁もな。くそっ。あん時も腹がはち切れるかと想ったぜ」
ヴァン殿! 余計な事を。
「「ウォーゼン?」」
ヴァン殿を覗く人達から睨まれてしまった。
「俺が、俺達が要求したのではなくて! 狩が順調に進んだ、その、褒美だと言って、・・・」
「「「「ずるい!」」」」
「その前に! こちらを」
急ぎ、丸められた手紙と、緑色の布包みを取り出す。
「あ」
「そうでした」
「ウォーゼン殿。なぜ、こちらを先に出さなかったのです?」
宰相殿。そう、恨みがましい目つきは止めていただけないか。
「この容器の中身はすべて料理だと推測した。それで、駄目にしてしまう前に、と・・・」
「つまり?」
「もったいない、な、と」
「そうね。もったいないわね」
「アンゼリカ殿ぉ〜」
「そういやぁ、あいつは、何かと言えば、「もったいない」って、言ってやがった」
「「「・・・」」」
もったいないからと言って、以前は畑の肥やしにしかならなかったものからロー紙を作り、自分が採取したロックアントを惜しみなく押し付け、我々には思いもよらない知識を披露し、揚げ句の果てには大量の宝まで残していってしまった。
「帰って来て下さる、でしょうか・・・」
陛下の声も小さい。
「う、ううむ」
宰相殿の眉間には跡が残りそうなほどのしわが刻まれている。
「指輪だけでなく、身分証も残して行かれたの、ですよね?」
ペルラ女官長の顔色も悪い。いや、この場に居る誰もが、だろう。
コンスカンタでの出来事を、また思い出してしまう。自らの手で、身分証のペンダントを握り潰し、晴れやかに笑っていた。そう、笑っていたのだ、彼女は。
「ウォーゼン?」
言うべきか迷う。
その時、丸めた紙を手に取り、広げた人がいた。
「なあに、この手紙。
「受け取る、壊さない、とは約束したけど、返却しない、とは言ってないよね」
・・・」
アンゼリカ殿の沈黙が恐ろしい。
「お、女将殿?」
「ななちゃんが書いたのかしら。前とは書き方が違うのね。右手を怪我していたようには見えなかったけど」
「ロナ殿は、姿が変わられてから、左手で文字を書いていた。その所為だろう」
おそらく、筆跡鑑定を恐れたのだと思う。そこまで、徹底していたのだ。
「受け取るとか、返すとか。これの事? 身分証と、この指輪、なあに?」
アンゼリカ殿の視線の先では、陛下が床の上に正座していた。
「陛下?」
アンゼリカ殿の優しい声が、なおさら恐ろしく感じられる。見れば、宰相殿らも、陛下の横に座っている。
「それ、は」
「それは、王族である事を証明する指輪でございます。聖者殿とナーナシロナ殿の功績を感謝してお送りする事にいたしましたっ!」
陛下よりも先に、宰相殿が一気に説明された。
「あら。あの子、感謝に物で返されても喜ばないのよ。それなのに、自分が他人を助けたり手伝ったりするのは当たり前、みたいな顔するし。困った子よねぇ」
「「「「!」」」」
男達は無視して、俺とヴァン殿だけを守る事も出来たはずなのに。渋い顔をしながら、厳しい顔をしながら、それでもあの男達を助ける為に、狼を殺していった。
盗賊討伐のときも、怪我はさせても殺してはいない。むしろ、助けていた節がある。
そういう事だったのか!
「それで? どうして、あの子がへそを曲げるような事になったのかしら? 判る人は居るの?」
それからは、アンゼリカ殿の執拗な追求、もとい懺悔室、ちがうな、とにかく、ロナ殿がローデンに来る事になった経緯から、王宮がらみの騒動に至るまで、事細かく詳らかにする暴露大会と化した。
宰相殿がポーチをお持ちだった事も災いした。ロナ殿の事案は、不特定多数の者の目に留まるのは避けたい、ということで、すべて持ち歩いておられたのだ。その、ロナ殿謹製のボーチの中に。
言葉を誤摩化そうとすれば、
「あら、そこに証拠があるんでしょう?」
と、要求される。
顔色は悪くても、先ほどの料理のおかげで、体調は万全となっている。アンゼリカ殿も、我々も。全く、なんてものを残してくれたんだ。
「ウォーゼンさん?」
「は、はっ。なんでしょう」
俺も、気付けば正座していた。この人にも、敵わない、と思い知った。
「狼に襲われた後の様子はどうだったの?」
「その、考え無しの若造に腹を立てていたようだった。そして、泣いていた、気がする」
「なんだ。ウォーゼン、おめえも気付いてたのか」
「ずいぶんと声を殺していたようだったが、な」
「あ、あの。お茶の用意をしてもよろしいでしょうかっ」
ペルラ女官長、助かった。
「まあ、そうね。お腹も落ち着いたし。私が入れるわよ?」
「いえ。わたくしにお任せくださいませ!」
しかし、ペルラ女官長は、立ち上がりはしたものの、その場から一歩も動けなかった。
「だから言ったのに」
それでも、椅子に座ってもいい、とは言ってくれなかった。もしかして、ロナ殿の容赦なさはアンゼリカ殿譲り?
「ウォーゼンさん、何か気付いた事でもあるのかしら」
「あ、いや。その、そうではなくて! アンゼリカ殿とロナ殿はよく似ているな、と」
ふふっ
薄く笑った。
「本当の親子だったら、全部、話してくれたかしら。やっぱり、駄目なのかしら、ねぇ」
お茶を入れつつ、そんな事をつぶやいている。
「親子だろうがなんだろうが、一から百まで教えるやつが居るかよ」
「そうやって、いつも余計なことを言うから、ななちゃんでさえ機嫌を損ねるのよ?」
「あいつぁ、いっつも俺の事をからかってばっかりだったぞ!」
「ななちゃんは、やさしいわよ? そうね、さみしい独居老人を励ます為に、あえて奮起させてたんじゃないの?」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
床を殴り損ねて、自分の腿を殴ってしまったようだ。ただでさえ、痺れている足が、そんな刺激を受けたらどうなるか。
ひっくり返り、足を抱えてのたうっている。
「本当に、あの子はやさしいの。無理矢理巻き込まれても、付合っちゃうくらいには。そうでしょ?」
悲しげな表情で陛下を見つめるアンゼリカ殿。だが、視線の温度は限りなく低い。端で見ているだけでも、背筋が凍る。
「ですから! あの方がこれ以上騒動に関わらずに済むようにっ!」
「巻き込んでばかり居る人達に言われても、信用できないわよ」
「「「「!」」」」
反論、出来ない。
「そうだわ。レオーネちゃんがななちゃんを連れて来た時、彼女、本当に楽しそうだったわ。ななちゃんが面倒を見てくれてたからだと思うの。王宮で、そんな顔した事あるのかしら」
もはや、ぐうの音も出ない。
「それでは、我々は、どうすればっ」
宰相殿が、白旗を揚げた。
「何もしなければ、ななちゃんは本当に帰って来てくれそうにないわね。中途半端な事をしても、あの子に知ってもらわないとその気になってくれないし」
ほぅ
片手を頬に添えて、悩ましげにため息をつくアンゼリカ殿。
「なんとか彼女を捜し出して・・・」
俺が騎士団を離れて、独りででもやってみる価値はあるはず!
「どうやって? [魔天]の中で、こんな料理を作れる子よ? それに、ウォーゼンさんが見つける前に、あの子に気付かれるのが落ちではなくて?」
「俺が、俺も行く!」
ヴァン殿も名乗りを上げてくれた、が、・・・。
「増々駄目じゃない。ヴァンが乗り込んでいったら、ぐるぐる巻きにされて、街道に放り出されておしまいよ?」
「ふぐぁっ」
ぎっちり縛り上げられた盗賊達の様子も思い出した。あり得ない事じゃない。
「我々の、感謝は、思いは受け取ってもらえないのですか?」
ぼろぼろと泣きながら、陛下が訴える。
「あら。さっきも言ったじゃないの。ただの物で返されても喜ばないって。それに、あなた方の行為は、ただの自己満足よ? あの子が本当に欲しがっていたもの、判ってたの?」
とうとう、陛下は号泣し始めてしまった。
「ムラクモさん達も置いていってしまったし。どうしたらいいのかしら」
宰相殿やペルラ女官長も嗚咽を漏らす。俺は、俺も、どうしていいか判らない。
「そうねぇ。あの子の「お願い」を、街道中の評判になるくらいにこなせば、気になって様子を見に来てくれるんじゃないかしら」
「それはっ」
「他に、あの子が喜んで帰って来てくれる方法、あるかしら?」
「「「「・・・」」」」
俺に、俺にも出来る事は、あるだろうか。
お母さん、最強。




