表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/194

雲隠れ

 一瞬、頭の中が真っ白になった。


「一緒に西門に入ったはずなのに、いつのまにか声がしねえ。その場にいた門兵に片っ端から聞いてみたら、入ってきたのは俺一人だったって言うじゃねえか!

 もう一度外に出ようとしたんだが、荷物が邪魔だ。預けようとしたら、出来ねえって突っぱねられるし。時間が経てば、追跡は難しくなる。こいつを預かってくれ。探しに出る!」


 ヴァン殿が、いつもの余裕たっぷりな態度をかなぐり捨てている。


「り、了解した」


「他の連中への連絡も頼む!」


 そこまで言い置いて、飛び出していった。


 だが、ヴァン殿に見つけられるだろうか。

 彼女は、王宮魔術師隊の誰にも出来ないような【隠蔽】を使いこなしていた。再び現れた時、「魔術が使えない」と言っていたが、あれは、「気付かれるような使い方はしない」という意味だったと思う。ペルラ女官長が、顔色を変えていたし。


 とにかく。今、出来る事をしよう。


 ・・・ああ。俺は、無力だな。


 副騎士団長という役職について、これでもっと人の役に立てると、思っていた。そして、職務に励んでいた。つもりだった。

 だというのに。今、また、彼女を見失ってしまった。




 あの時の、後悔の一瞬。




 あり得ないほどの透明な水の向こうで、苦笑いしていた彼女。その水諸共、崖の向こう、濁流の中に、俺が手を伸ばす前に消えてしまった。


 いつまでたっても忘れられない。思い出してしまう。


 いや。今日のはヴァン殿への嫌がらせだ。[魔天]に入り込んでいたというのに、彼女をからかってばかりいたからな。ああ、そうさ、そうに違いない。

 きっと、そのうちに帰ってくる。あの時とは違う。今日は、水に流されていった訳じゃない。


「伝令を用意。大至急、王宮、いや陛下に直接お渡しするように」


 ジラジレや同類の手先が、完全に王宮から排除されていない可能性がある。彼女がこれ以上巻き込まれないうちに、解決しなければ。


「了解しました。副団長。それで、こちらの荷物は?」


「ああ。俺の物だ。ヴァン殿に預かってもらっていたんだ」


「そういう事だったんですか。あの人もそういってくれればいいのに」


 ヴァン殿に付いてきていた門兵が顔をしかめている。


 手紙の受け継ぎは引き受けても、荷物を預かる事は厳禁している。・・・門兵の控え室がが荷物いっぱいになってしまうからな。


「とにかく、急いでくれ」


「はっ!」


 伝令役が来る前に、手紙を書かなくては。




 伝令に手紙を預け、俺はギルドハウスに向かった。一応、今日までが休暇なのだ。どこに向かっても問題ない。念のため、行き先だけは門兵に伝えてある。何か進展があれば、ギルドハウスに連絡が来るだろう。


 それより。彼女が採取した素材が傷まないうちに届けて、処理してもらう方が先だ。それに、ギルドハウスに先回りしているかもしれない。


「副団長様。お早いお帰りですね♪」


 受付嬢達が、きょろきょろしている。


「ああ。ヴァン殿はロナ殿を探しに行ってしまったのでな。俺が届けにきた。買取を頼む」


 目に見えてしょげている。ロナ殿。大人気だぞ。だが、そうか。こちらにも来ていなかったか。


「ぽんこつ顧問は、ちゃんと役に立ちましたか?」


「ヴァン殿か? あ、ああ。俺も役に立ったと言えるかどうか。二人して散々やり合ってたしな」


「探しに行ったって、何をしでかしたのかしら。いくつになっても、しょうがない人」


 ため息をつく受付嬢。だが、こう見えても、俺やヴァン殿が生まれるよりもずっと前からこのカウンターに居続けた強者つわもの達だ。俺の敵う相手ではない。


「右手奥にどうぞ。ぽんこつ顧問も一緒でいらしたそうですので、ギルドマスターにも連絡しておきます」


「頼む。なんでも、ガレン殿の直接依頼だったそうだ。では、奥に入らせてもらう」


「どうぞ」


 カウンター裏にいた者が、あちこちに連絡してくれたらしい。解体場脇の専用カウンターに、おやじどもが待ち構えていた。


「よ、副団長。稼ぎはどうだった?」


 ミハエル殿下との旅から帰ってきて、しばらく話をしているうちに親しくなった。彼らの魔獣の解体技術はローデン一だろう。


「俺の稼ぎではないよ。ロナ殿の独擅場だった。ヴァン殿は、前言通り、荷物持ちに徹していた。俺は、どうなんだろうな」


「ガッハッハッ。図体ばかりでかくなっても、魔獣には歯が立たねえってか?」


「適材適所ってやつだ。俺の専門は盗賊討伐だ」


「そういうもんかい?」


 そんな話をしながらも、マジックバッグから次々と採取物を取り出す。


「ん? この黒いのは、やった! ロックアントだ!」


「三体分、すべての部位が揃っているはずだ。確認してくれ」


「三体、しかも解体も済んでるって、どこにそんな暇があったんだよ」


「ロナ殿の機転だ。だが、冷や汗ものだった。ほかのロックアントが餌に夢中になっている後ろで、・・・」


 ああ、思い出したくない。


「わ、悪かった。だが、そんな採取方法、知られてないぜ?」


「魔道具をいくつか使っていてな。今日は無理だが、近いうちに詳細を教える」


 一体のロックアントの頭部と腹部には、彼女が、陣布、と呼んでいたものがまだ張り付いていた。


「これは、ロナ殿のものなんだ。預かっておいてくれないか?」


「採取ん時に使ったのか?」


「そうだ。だが、使い方は聞いていない」


「こりゃ、王宮に任せた方がいいんじゃねえか?」


「解析してよい、と許可を貰ってからでないと」


「あ、ああ、そういうことなら。それにしても、解体済みとはいえ三体もよく入ったな、このマジックバッグ。王宮の特注品か?」


「まだあるぞ」


「「「は?」」」


 ギエディシェの頭部、解体済みのメランベーラ、そして、薬草の束。


「こ、こいつは!」


 包んでいた皮の中から出てきた物を見て、おやじ達は血相を変えた。


「手の空いてるやつを治療院に走らせろ! ギエディシェが入った! 薬草もだ!」


「こっちは、・・・すげえ! 砕けた鱗が一枚も無いぞ?!」


「肉は! 流石に無理か〜〜〜」


 もはや、俺の事は目に入っていない。いいんだがな。


「価格は任せる。ロナ殿、ナーナシロナ殿の口座に振り込んでおいてくれるか?」


「「「・・・」」」


「おい!」


 メランベーラを一体ずつ丁寧に査定しているおやじに声を掛ける。


「あ? お、おう。わかった」


「それと、マジックバッグのことは出来るだけ内密にしたいんだが・・・」


「そりゃ無理だ。ただでさえ、上質のロックアント三体を持ち帰ってきたんだ。この情報は、売りに出した時点で知られちまう。だが、ギルドハウスに運び込むところは誰も見ていない。気の利くやつなら、すぐに判るさ」


「・・・そうか。今は俺の預かりになっている。もし、所有者を訊かれたら、そう答えてくれ」


「いいぜ。しっかし、前の時は、トングリオの野郎がおっかなびっくり担いできたから何かと思えばサイクロプスを引っ張りだした。俺達も驚いたよ。騎士団はずいぶんいい物を手に入れたな」


 よだれを垂らさんばかりに、見ている。


「同じ物だぞ? 行軍用リュックの中に入れておいただけだ」


「そうだったのか? ・・・そうか、そうだよな。そんなすげえもん、ごろごろ転がっているはずは無いよなぁ」


 ロナ殿は、際限なく作れそうだが。俺は、全力で阻止するぞ。便利ではあるんだがな、これ以上の騒動はごめんだ。


 何気に、マジックバッグの外側、行軍用リュックの底を探っていた。そこに、何かある。小さな布袋? 取り出そうとして、手が止まった。見慣れてしまった緑色の布に包まれた、四角い物。今一度、しまい直す。


「どうした?」


「あ、いや。他の荷物も片付けないとと、思い出しただけだ。後は頼む」


「おう! 薬草を包んでたキルクネリエの皮と角も買取でいいか?」


「構わない。それも、ナーナシロナ殿に支払ってくれ。角が足りないのは、途中で鏃に加工したからだ」


「へ、へえ。こいつの加工も出来るのか、あの坊主」


「女性だぞ?」


「なっ! 受付のねーちゃん達が騒いでいるから、てっきり・・・」


「まあ、俺から見てもかっこいいと思う」


「副団長・・・?」


「そういう趣味じゃない。俺には妻子がいる。彼女は、戦い方といい、狩の腕といい、見ていて華があるんだ」


「ああ。訓練場でもひと暴れしてたよな」


「それにしても、ウォーゼン。[魔天]の採取に参加して、報酬無しか?」


「そういう「約束」だったんだよ。ヴァン殿も、俺も」


 本当に、彼女には敵わない。


「「「・・・」」」


 ため息をつく俺に、何とも言えない顔をするおやじ達。なに、そのうちに、嫌でも判るようになるだろう。


「そうだ。後で、西門から狼が二十頭届く。それも、彼女の口座に」


「どういうことだ?」


「帰り着く直前に、ちょっと絡まれて、な」


「・・・二十頭?! 怪我は、してないようだな。さすがは副団長だ」


 違う。俺じゃない。彼女一人で平らげてしまった。狼達の切り口を見れば、オヤジ達も判るだろう。せいぜい驚いてくれ。


「ああ。早く帰って休みたいよ」


 だが、多分、休んでいる暇はない、だろう。またも、ため息が出る。


「それもそうだ。[魔天]帰りだったんだよな」


「そういうことだ。ではな」


「おう。お疲れさん!」


 まだ、ヴァン殿はギルドハウスに戻ってこない。彼女も現れなかった。受付嬢に、ヴァン殿宛の伝言を頼んで、ギルドハウスから離れた。


 王宮、ではなく、騎士団の俺の執務室に向かう。


「副団長、お帰りなさい!」


「[魔天]探索の感想、聞かせてくださいよ!」


「後でな」


 団員達に声をかけられながら、先を急ぐ。部屋の前にトングリオが立っていた。


「どうした?」


「あ。あ! 副団長! やっと帰ってきてくれましたか!」


「今日までは休暇だぞ?」


「レオーネもミハエルさんも静かすぎて、もう気味が悪くて・・・」


「判った、判った。報告は明日だ。今日は、俺も疲れた」


「そう、ですよね。七日も野営してたんだし。すみません」


 いや、疲れたのは精神的に、だ。体調はすこぶるいい。特に、ロナ殿のあの薬を飲んだ後は・・・。忘れよう。


「荷解き、手伝いましょうか?」


「いや。自分の手で確かめたい事もある。それより、団長から目を離さないでくれ」


「今は、というより、副団長の伝言を聞いてから、執務室から出てきませんよ。食事は差し入れてますけど」


「寝かせてこい!」


「は、はっ。了解しました!」


「それと、一人見張りを呼んできてくれないか? もしかしたら、宰相殿から伝言が届くかもしれない。だが、それまでは部屋を明けないで欲しいんだ」


「・・・何か、独り占めする気ですか?」


「何をだ! 採取した物はギルドハウスに置いてきた」


「ですが、ロナが一緒だったんですよね。何かお土産とか・・・」


 こいつ。訓練量を増やすか。


「あったら渡してやる」


「必ずですよ?! では、見張りを呼んできます!」


「頼む」


 ようやく、部屋に入って、鍵をかける。


 まだ、置き去りにされた荷物が残っていた。これも片付けなければならないが、それよりもこちらが先だ。


 マジックバッグの中身を、一つ一つ、面接用のテーブルの上に並べていく。

 薬も予備の武器も全く出番はなかった。腰の剣も鞘で殴った以外に使っていない。武人として、どうなんだろう。

 雨具は、後で洗わないと。糧食は、まだ食べられそうだ。水を汲んだバケツも入っている。ロナ殿の冗談だろうか。黒い小袋は、クッキーだ。なぜ、こんなに入っている。


 そして、赤い保存容器が数十個、・・・。ローデンを出発する前に、こんな物は入れなかった。嫌な予感しかしない。だが、中身を確かめなくては。


 その内の一つを手に取り、ふたに手を掛ける。こう、捻ればいいのか? よし、開いた・・・。


 ぐ、ぐぐ〜〜〜っ


 くっ。もう二度と嗅ぎたくはないはずだったのに! 若造ども一行に付合って、昨日の朝以降、ろくに食べていなかった事を思い出した。


 中身は、キルクネリエのミンチを平たい団子にして焼いた料理だった。ロナ殿が並べ立てた時同様の、食欲を掻き立てるいい匂いが部屋中に広がる。

 思わず、口の中によだれが溢れてくる。しかし、しかしだ、アレから二日以上立っている。大丈夫なのか?


 マジックバッグからフォークも取り出した。そして、恐る恐る、口にする。


 ・・・


 うまい!


 肉の滋味とそれを引き立たせる香辛料の絶妙な組み合わせ。


 あっという間に食べてしまった。


 もう一つ、と手を伸ばしかけて我に帰る。ロナ殿が言っていた。料理の事を報告したら、陛下が激怒するかも、と。


 だめだ。独り占めは出来ない。

 それに、万が一の事もある。ペルラ女官長に鑑定してもらってからだ。


 腹は、次の料理を要求している。だが、俺は命も惜しい。




 未練を残し、保存容器をマジックバッグに戻す。バケツとクッキーもだ。ここから持ち出した物は、食べてしまった糧食以外はすべて取り出した。あとは、陛下にお任せしよう。俺では、判断がつかない。副団長として情けないとは思うが。


 最後に。


 行軍用リュックの底に見つけた包みを取り出す。丁寧に、布を剥いていく。


 すぐに中身はあらわになった。


 身分証、と、指輪と、紙片。


 慌てて紙をつかみ取り、広げて文章を読む。




「受け取る、壊さない、とは約束したけど、返却しない、とは言ってないよね」




 やられた!


 思わず、紙を握りしめる。


 これからどうすれば。考えが纏まらない。してやられた! という言葉だけが駆け巡る。

 王家の指輪だけでなく身分証まで置いていった。その意味は明白だ。


「二度と、ローデンに来るつもりはない」


 だめだ。俺一人では、対処できない。思いつかない。


 陛下、宰相殿、ヴァン殿、女官長殿。とにかく、彼女の正体を知る人達に知らせるべきだ。


 ・・・ああ、アンゼリカ殿にも連絡、するべきだろう。


 俺は、本日二度目の筆を取った。

 ウォーゼン視点でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ