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決心・欠真〈きめたこころ・かけたまこと〉

 十六頭は射落としたところで、男達の体が邪魔になって矢が打てなくなった。リーダーを含めて七頭が健在だ。


 矢に気が付いたリーダーが、ボクも敵と認識した。


 がああっ


 男達の後ろから離れて、三頭がボクに接近してくる。ボクも「椿」を抜刀して、駆け出した。


 飛びかかられる瞬間に、狼の右に立ち、「椿」を振う。すこん、と首が落ちた。残る二頭が、前方と左手から同時に飛びかかってくる。二歩下がって、一歩左に踏み出す。牙が空を咬む音がした。左手の狼の首を刎ねる。


 前方の一頭が、それでも戦意を失わずに、突進してきた。


 がきん!


 またも、牙は獲物を捕らえる事が出来なかった。右手に向きを変え、「椿」を振り下ろす。三頭めの首も落ちた。


「たっ、助けてくれ!」


 しがみつこうとする男を、蹴り飛ばす。こっちは武器持ってるってのに。危ないじゃないの。


 ごああああっ


 男に肉薄していたリーダーが、目標を変更し、ボクの前に立つ。


「ひっ、ひいいいいいっ!」


 邪魔!


 肘で顎を打って黙らせる。


 その間も、リーダーから目を逸らさない。浮かぶのは、怒りと、哀しみ。


 きっと、この男達の方が要らぬ手出しをしたのだろう。でも、もういいでしょ?


「まだやる?」


 ぐるるるる


 逡巡は一瞬。


 リーダーが突進してきた。


 彼の顎下に「椿」が触れる。


 すこっ


 何の抵抗もなく、刀身が振り抜ける。


 すれ違った先で、重い物が落ちる音がした。


 群の残りは三頭。


「もう、帰りなさい」


 リーダーの死に動揺している。


「帰って、忘れて」


 難しいだろうけど。人の近くにいたら、また無駄な血が流れる。いや、人が流血を求めるのかもしれない。ボクが狩ってきた魔獣のように。


 きゅーん


 三頭は、しばらくもの言わぬ躯となったリーダーや仲間達を見ていた。やがて、踵を返し、悲しげな声を残して駆け去っていった。


「き、きひゃま。らんてころを!」


 顎を打たれた時に舌を咬んだらしい。ボクの肘鉄を受けて気絶しなかったとは、随分と丈夫な顎だ。


 ボクに掴み掛かろうとして来た男を無視して、射殺した狼のところに行く。二十三頭もの群にしては毛艶がいい。優秀なリーダーだったのだろう。


 だが、もう死んでいる。わたしが、殺した。


 ウェストポーチからロープを取り出し、後足を四頭ずつ纏めて縛る。両肩に担いで、ヴァンさん達のところに戻る。


「大丈夫か? 怪我はしてないか?」


「うん。ウォーゼンさん、あの人達から話を聞いてもらえる? ヴァンさんは、頭を集めるのを手伝って」


「お、おう」


「特に、あの顎を抱えた人、危なかったんだよ。刀を持ってるボクに抱きつこうとしたんだから」


「「バカか?」」


「だからさ。ウォーゼンさんに任せる」


ボクが相手をしたら、真剣持っての殺し合いになりかねない。副団長の身分ですら取り合おうとしない人に、ギルド顧問の看板は役に立たない。そもそも、口の悪いヴァンさんと、まともな話ができるかどうか。


「〜〜〜了解した」


「ヴァンさん、行こう」


「おう」


 矢で死んだ狼達を集めてきた。首を落とした四頭も並べる。


「らから! きひゃまら、ほんもろろひょうひょははるおは!」


「身分証を偽造したとでも?」


「はれらは、ひらひれほうひゃふろひひはんれはるろ!」


「そこのお前。通訳できるか?」


 食って掛かってきているのは一人だけで、残りの男達はウォーゼンさんがローデン騎士団副騎士団長と知って、小さくなっている。身なりも全く違う。


「怪我人は?」


「あ、はい。いえ、生きているかどうか判りません。五人ほど、後方に・・・」


 比較的息が整ってきた一人が返事をした。


「そうか。それで、お前達は?」


「ジラジレ侯爵家に雇われました。あちらはリック・ジラジレ様。公爵様のご子息です」


 七人は、素直に自分達の身分証をウォーゼンさんに提示した。ちなみに、舌噛み男は取り出そうともしなかった。どっちが怪しいんだか。


「遠乗りか何かか?」


「それが、その・・・」


 ちらりと、ボクの方を見やる。見返したら、あわてて顔をそらした。失礼な。そういえば、助けたお礼も無かった。ずいぶんだよね!


「正直に話してくれれば、お前達を咎める事はしない。まあ、口外厳禁という契約なら仕方ないが」


「それはなかったです。では。あの子供が王家の係累であるとは間違いだから、成敗するので手伝え。でした」


 言わんこっちゃない! どこかで指輪の話が漏れたんだ。あるいは、隠し子疑惑が払拭されていないのか。


 それにしても、そこまでバカ正直に白状しなくても良さそうだけど。ま、素直な人には褒美がある、かもしれない。


「あ。お。ロナよぅ」


「何?」


「顔が怖えぇぞ」


「当たり前でしょ。無駄な殺しをさせてくれたんだから」


「・・・それだけじゃなさそうだけどな」


「八つ当たりさせてもらってもいい?」


 両手をわきわきさせた。ヴァンさんの頭はちょうどいい形をしている。


「もう言わねえ!」


 本当に一言多い。多すぎる。




 誰か一人がローデンまで伝令役に出る事も提案された。


 ジラジレ家のぼっちゃんは、問題外。お付きの傭兵は、全員が、戦闘よりも全力疾走による疲労と空腹で、これまた無理。彼らを残してボクらが離れてしまえば、野獣や盗賊に襲われても対処できないと判断した。

 一番足が速いボクが行くと、ウォーゼンさん一人で、ヴァンさんのカバーとぼっちゃん一行へ対応をしなくてはならない。そして、両立させるのは難しい。

 置き去りにしてきた五人と合流しても、足手まといが増えるだけ。残酷かもしれないけど、今、生きている人達の安全を優先させるべきだ。


 結局、揃って移動することになった。


 ウォーゼンさんが先頭に立つ。

 森から出てしまえば、ローデンの位置は、太陽の角度と方向でおおよそ見当がつく。ボクも教えた。


 ウォーゼンさんには、ぼっちゃんがしつこくまとわりついている。

 闇討ちしようとした相手に自分から助けを求めた、という事実は、ぼっちゃまの頭から抜け落ちたらしい。

 その上、未だに回り切らない舌で、無い事無い事をウォーゼンさんに吹き込もうとしている。

 初めのうちは相手をしていたウォーゼンさんも、同じ事の繰り返しで飽きたらしい。ろれつが回らなくて聞き取れないという事もある。何を問われても、返事をしなくなった。


 次に、傭兵が七人。よろよろしているのは、疲労だけでなく、狼達を担いでいる所為もある。竹竿に狼達の死骸をそれぞれ十頭ずつぶら下げて、前後一、二名で支えている。うち、四人は狼の頭も抱えている。もう死んでるってのに、時々、怯えた様子を見せる傭兵達。変だねぇ。


 後方を、ボクとヴァンさんで見張る。


 とはいえ、ここは木もまばらで見通しが良い。ローデンに近い事もあって、盗賊もまず出てこない。ゼロではないけど。


「馬は連れていなかったか?」


「最初からいなかった。街の外で内緒話をするとでも思ってたんでしょ」


「それが、ずんずん森に入っていくから慌てた、と」


「なんで、狼に襲われる事になったんだろうねぇ」


「子供にちょっかい出したんじゃねえか?」


 聞こえているだろうに、傭兵達は沈黙を保っている。こりゃ、手をだしたのは、ぼっちゃまだから、だろう。

 危険から雇い主を遠ざけるのも、警告するのも傭兵の仕事じゃないのかね。契約に無いからやらない、と契約に有るからやらない、では大きな違いがある。と思うのはボクだけ?


 ウォーゼンさんが、足を止めた。


「なれ、こんらところれとまるんら!」


「日暮れ前にローデンには到着できない。ここで野営する」


 傭兵達は、ほっとしていた。体力の限界だったんだろう。


「なれら! やろもなりもなりれはらいら!」


「ここは都市内部ではない。数日は経験しているだろう。もう一日ぐらいがなんだ」


 ウォーゼンさんの堪忍袋も限界に近い。敬語が吹っ飛んでる。


「お前達、野営道具は?」


「全部、置いてきました」


 見て判る。剣以外、何も持ってなかった。


「狼から逃げる時に、やむなく」


「糧食も有りません」


 おいおい。正直すぎるにもほどがある。


 ウォーゼンさんが、ボク達のところに来た。小声で相談する。


「あと、何食分ある?」


「この人数で、四食分。でも・・・」


「ああ、あいつは食わねえだろうな」


「料理を作る気はないからね!」


「判ってる」


「水は?」


「みんなで、コップ一杯飲んだらおしまいだよ」


 出発前、全員に、一杯だけ水を与えた。ぼっちゃんは大いに文句を言っていたけど。ぬるいとか、足りないとか。


 [魔天]では、主にボクの魔道具でお茶を飲んでいたから、水袋の中はそこそこ残っている。一方で、[魔天]の川での補充もしていない。


 [魔天]の水にはスライムの卵が混ざっているからだ。魔獣なら、よっぽど弱った個体や子供でもなければ卵を消化してしまう。でも、人の胃袋はそこまで強靭ではない。胃の中でふ化して体内を食い荒らされて一巻の終わり。

 卵も成体も、乾燥と高温には弱い。煮沸、濾過すれば飲めるように出来たけど、と思っても後の祭り。


 現在地の近くに川も無い。


 じーっ


 二人がボクを見る。


「そっちも、協力するつもりはない。あんな人達に、ボクの魔道具は見せたくないもん」


「あ」


「そ、そうだよな。うん。出すんじゃない」


 身分でのごり押しで取り上げようとするのが目に見えている。


「だが、マジックバッグは、悟られるかもしれない」


 [魔天]から出てきて、三人の荷物がリュック一つというのは、マジックバッグでも無ければ説明がつかない。


「それは、ウォーゼンさん達でなんとかして。ボクが口出しすれば、もっと話がこじれる」


「あの指輪を使えば」


「却下。あれがあったから、このぼっちゃんは乗り出してきたんだ。見せてごらんよ。それこそ、偽物だーとかふさわしくないーとか口実付けて、傭兵さんたちをけしかけてくるに決まってる」


 真剣を持った七人相手に、どこまで手加減できるか。練兵場でのお遊びとは違う。手足の一本や二本は覚悟してもらわないと。


「ありうるぜ」


「面目ない」


「糧食と水は、ある分を提供しよう。一晩堪こらえれば、明日の昼前にはローデンに着くんだし」


 どうしても同行に我慢が出来なくなったら、ボクらだけで先行してしまえばいい。ヴァンさんでも、ぼっちゃんよりは速く走れる。そして、傭兵達は、ぼっちゃんを置いて行く事は出来ない訳で。


「だから、物騒な事を考えるなって。背中が寒いぞ」


「あっちが手を出してきたら、正当防衛だよね」


「・・・そこまで、バカでない事を祈ろう」


 ウォーゼンさんが、傭兵達に、人数×二食分の糧食と水袋二つを渡す。


「俺達も森から帰ってくるところだったから、譲れるのはこれだけだ。この先も川は無い。明日の昼にはローデンに着くだろう。それまで保たせろ」


「ありがとうございます。助かります」


 傭兵のリーダーっぽい人は、まだ話が通じるようだ。目に見えて安堵している。こんなバカな依頼を引き受けるひとではないようだけど。ま、ボクにはもう関係ない。


「彼の相手はお前達でなんとかしてくれ。夜の見張りは、こちらで引き受けてやる」


「・・・ありがとう、ございます」


 複雑な顔をして引き下がっていった。訳ありかぁ。


 手分けして、枯れ枝を拾ってきた。地面をならして焚き火をたく。傭兵達が三つ。ボクらが一つ。


「なんで向こうは三つ?」


「一つはぼっちゃん用だろ?」


「それと生け贄が一人か二人」


「生け贄って・・・」


「犠牲者の方が良かった?」


「犠牲になったのは、置き去りにされたままのあいつらの仲間と、狼達だ。違うか?」


「・・・そうだね」


 ヴァンさんも、それなりに腹を立てていたようだ。


 精霊の世界では、散々、権力者の強欲に振り回された。精霊も含めて。だからこそ、こちらの世界では、そんなものとは縁のない生活がしたかった。・・・街に出たとたんに、べったべたに張り付かれたけど。

 師匠の癇癪で、二度目と相成って、今度こそ! と気合いを入れたら、またも王族直系とご対面。

 揚げ句の果てに、意味不明なぼっちゃん襲撃者まで現れた。


 ここにも似たようなのがいて、バカ精霊みたいにしゃしゃりでてはこなくても、わたしをもてあそんで、高笑いしてるんじゃないだろうね?


 ぱちん


 焚き火がはぜる。


「寝てていいぞ。必要になったら起こす」


 ヴァンさんが声をかけてきた。


「戦闘能力は、ロナ殿には敵わない、と思い知ったからな」


 ウォーゼンさんが、褒め言葉にならない慰めを言う。


 痺れ薬で動けない隙に傭兵達を逃がしたとしても、狼達は、もはや人を許しはしなかっただろう。そして、見知らぬ他人を襲い続けて、いつかは誰かに狩られて、いた。


 無関係な人達が巻き込まれる前に、と狼達を手にかけた。彼らの命は、無駄になってしまっただろうか。生き残りの三頭が、せめて、人から離れて少しでも長生きしてくれれば、リーダー達の供養になるだろうか。


 そして、わたしは。


 命を無駄にはしていないか?


 師匠が言っていた「真面目に生きろ」と言う意味が、今も判らない。


 命を食べて、命は続く。繋がっていく。廻っていく。わたしは、その巡りの中に居る? 居る事を許されているのだろうか。


 地球から、日本から、愛しい家族から遠く隔てられて。この世界で。「わたし」は、どうすればいい。




 ぽかっ!


「なにすんのさ!」


「泣くな。怒るな。いや、怒っていいが、こっちの肝まで冷やさんでくれ」


「何が言いたいの」


「あいつらは、俺が、俺達がなんとかしてやる。おめえが手を下す価値もねえ。そうだ。あの狼達は、おめえに想われてよかったな」


「っ!」


 こ、の、無神経ジジイ!


「もうちょっと寝てろって」


「その、寝ようとしている人の頭を叩くってのは、どういう了見?」


「ああ? ぐるぐる考え込んでるようだったからな。そんなんじゃ眠れねえだろ」


 とことん、気が利かないぽんこつジジイだよねっ。あーそーですか。そっちがそういう態度なら、こっちも覚悟が出来た。


 覚えてろ!





 小さい肩が震えているのを見て、思わず手が出ちまった。忘れろとは言わねえ。だが、おめえの責任じゃねえ。おめえが泣く事は無いんだ。



 ・・・冷えてきたな。歳のせいか?




 雨に降られる事も無く、野獣の襲撃も無く、夜明けを迎えられた。


 どうしても糧食を食べられなかった若造は、歩く事が出来なくなり、狼達と共に傭兵に担がれることになった。それでも、ときおり意味不明なことを言う。・・・全員が無視した。


 大荷物のため、歩く速度は少々遅めになった。それでも、街道から離れたこの付近を通りかかる隊商はなく、盗賊を見張る巡回騎士も来ない。ローデン副騎士団長を勤めている俺が、一番良く知っている。

 自分達の足で進むしか無い。


 今朝の予想より遅れて、昼過ぎにローデンの西門へ到着した。


 とにかく、この傭兵達の扱いを指示するのが先だ。

 ロナ殿とヴァン殿には、そのままギルドハウスに向かうようお願いした。荷解きの手伝いは出来そうにない。


 まず、置き去りにされたという残りの傭兵達を探索する人員を手配する。東門周辺にも、待機しているかもしれない。念のため、そちらにも人手を出す。


「面接室で、一通り聞き取りさせてもらう。それから、一旦休養を取って、改めて呼び出す事になる。いいな?」


 くたびれ果てていたた傭兵達だったが、ローデンにたどり着いた安堵と差し出された水と食べ物を素直に喜び、仲間の探索に迅速に取りかかる様子を見て、こちらの指示に従うと宣誓した。件の若造は、空腹で気絶している。そのまま牢屋に連れて行くよう指示した。


「あの、ジラジレ公爵様への報告は・・・」


「少し待て」


 手紙をしたため、俺のサインを書き込み、傭兵に渡す。俺の隣で、その手紙を二通複写していたのも見させていた。騎士団長と陛下に大至急届けるよう、伝令を用意させる。複写された手紙にも俺のサインを入れ、伝令と共に傭兵を下がらせた。

 これで一段落・・・


「ウォーゼン! 大変だ!」


 ギルドハウスに向かったはずのヴァン殿が、血相を変えて駆け込んできた。


「ヴァン殿。どうした?」


「あいつが。ロナが見当たらねえ!」


 なにっ!

 はい。姿をくらましました。

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