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帰り着くまでが、ピクニック

「俺が悪かった。だから、もう、勘弁してくれ」


「これ以上は、一口も入らん・・・」


 二人とも頑張った。頑張ったけど、食べきれずに、白旗を揚げた。


「まだこんなに残ってるじゃん」


 どの料理も一人当たり二皿以上用意したけどさ。だって、ご褒美だもん。


「無理なもんは、無理・・・」


 そう言って、ヴァンさんは草の上に寝転んでしまった。


「サラダには、昨日の薬草も混ぜておいたのに」


 胃腸は、絶好のコンディションのはず。


「あの苦さもアクセントになるとは、思わなかったな」


「そうでしょ。んじゃ、おかわりを」


「う、う〜ん」


 気絶するように、ウォーゼンさんも伸びてしまった。


 あれ?


 残った料理を棘蟻容器に移していく。明日食べてもいいし、まーてんに持ち帰ってもいい。糧食も使い様があるなあ。少し分けてもらえないかな。


 川に水を汲みにいっている間に、二人は、そのまま寝てしまっていた。


 仕方がないので、今までの術式に雨避け機能を付け加えた『楽園・改』を起動する。雨が降ったら、半円の結界は丸見えになるけど、これは仕様だから仕方ない。言ってる側から、雨が降ってきたし。

 結界内に生えていた草をむしってきて、薫製に使った薪の上にくべる。これで、すでに結界内に入り込んでいた虫の動きが鈍くなる。咬まれたり刺されたりはしないだろう。


 調理具を濯いで水気を拭き取り、ウェストポーチにしまう。焦げ付かせない限り、水洗いだけで油汚れも綺麗さっぱり。テフロン加工も真っ青。ロックアントは、なかなか優れた調理器具の素材だ。


 雨は上がり、雲間から月が現れた。


 ロックアントの足を綺麗にする手は止まらない。といっても、半分に割って、中の腱をはぎ取るだけなんだけど。キルクネリエの皮が足りない。そうだ。ロックアントの胴体に押し込んで、縛っておけばいいか。二人を起こしそうだから、明日の朝にしよう。


 それにしても。魔道具然り、魔術然り。あそこまで使い方が硬直しているとは思わなかった。多分、旧大陸から避難してきた騒動の最中に、いろいろと伝わり損ねているんだろう。だからといって、創意工夫を続けなければ、さらに先細りするだけだろうに。


 ・・・でもないか。港都のルプリさんや、コンスカンタの職人さん達も、きっかけさえあればあれこれ作ろうとしているし。


 わたしの使う術は、人々が使う物とも竜族が使う物とも一線を画している。魔道具で誤摩化すにも限界があるみたいだし。どうしたものか。


 これからの事をつらつらと考えているうちに、夜が明けた。さて、起こすか。


 まず、香茶を用意しておく。水汲みに使ったバケツを空にして、ひっくり返し、


 ガンガンガン!


 鉄製でもないのに、いい音がする。ロックアントの外殻に鉄って含まれてたっけ?


「うおっ」


「出動か?!」


「寝ぼけないでよ。おはよう」


 二人とも、飛び起きた。けど、ウォーゼンさんのその台詞。仕事柄、苦労が忍ばれるわ〜。


「あ? あ〜、そうか。って、夜の見張りは!」


 ヴァンさん、遅すぎる。


「二人とも、ぐーっすりだったねぇ」


「・・・」


「面目ない」


 なぜか正座して、背中を丸める二人。


 二人の前にカップを置いて香茶を注ぐ。


「水汲んでくるから、それ飲んで待ってて」


「「はいぃ」」


 結界は解除、っと。バケツに水を汲んで、自分の顔を洗う。もう一杯汲み上げて、今度はヴァンさん達のところに持っていく。


「顔洗って。布巾はこれ。昨日の布だけど乾いてるからいいよね。朝食はどうする?」


「あ、いや。まだこう、腹一杯と言うか」


「ああ。食べられる体調ではなさそうな・・・」


「薬草入りサラダで調整してても駄目だったか〜。胃腸が弱ってるんじゃないの?」


「「・・・」」


 えーと。この辺に、あったような。


「何、探してんだ?」


「うん。薬草」


 昨日のとは違う効果のやつが〜、見つけた。


「〜〜〜おい。そいつは「くさ」じゃねえだろうが!」


「カンタランタは植物型魔獣だから、一応「草」の範疇に入らない?」


「入るか!」


 葉の付いてない蔓をボクの腕に巻き付けて、近くにある緑色の壺に引きずり込もうとしている。でもねぇ。


「・・・大丈夫、そうだな」


「まだ若い個体だからね。壺が小さい」


 そう。蔓も壺も小さくて、ボクに力負けしている。ということで。主幹に生えている葉を、容赦なく毟り取る。なに、すぐに生えてくるって。

 大きくなれば、キルクネリエくらいは飲み込めるぐらいの壺を備える、ウツボカズラのような魔獣だ。しぶとさが売り。ただし、寿命は短め。葉だけでなく、蓋が開く前の壺も薬として使える。


 毟ってきた葉を更に小さくちぎって、鍋で煮る。こういう時に、あると便利な茶漉し。もちろん抜かりはない。


 二人の飲み終わったカップに、カンタランタの煮汁を茶漉しで受けながら注ぐ。


 ほっこりと湯気を立てる真緑色の液体。


「さ、さ。一気にいこう」


「・・・ロナ殿。これの、薬効、は?」


「消化促進♪」


 この二人の有様で、他にどんな薬を飲ませるって言うんだ。


「ほらほら。体調不良、じゃなかった消化不良のままだと出発できないんだから」


「「・・・」」


 まだ正座したままの二人が、息を合わせてカップを口にした。そして、そのまま後ろにひっくり返った。


「あれ?」


 口を大きく開けて、酸素を欲しがる鯉のように見える。あわてて、カップを取り上げ、濯いだ後、水を入れて手渡す。


 三杯ほど水を煽って、ようやくしゃべれるようになった。


「・・・なんて物を飲ませるんだ。殺す気か!」


「え、えーと。どんな感じだった?」


「腹の中に火の玉を飲み込んだようだった。破裂するかとも思った」


 うーん、失敗したか。


「おい。説明しやがれ!」


「多分。だけど。前に使ったのは、乾燥させた葉だったんだ。今日のは生葉だった、所為だと思う」


 乾燥時よりも薬効が高いとは。普通は、乾燥させて成分を濃縮させてある方が効き目がいいんだけど。


「ふおっ」


 ウォーゼンさんが変な声を出す。


「今度はどうしたの?」


「あ、その。腹が、その」


 もじもじしている。まさかの下剤効果?!


「あっちの木の影なんか、どう?」


「す、すまない!」


 内股状態で、それでも出来るだけ急いで歩いていく。


「ヴァンさんは?」


「あ、う。まだ、大丈夫だ」


「無理しないで」


「・・・行ってくる」


「生還してね」


「誰の所為だ。っく!」


 第二陣、出発。


 気の毒なうめき声とか、ピー音は聞かなかった事にする。ええ、なーんにも聞こえません。




 幸いな事に、下着を汚さずにすんだらしい。魔獣達も遠慮してくれたようで、近付く気配はなかった。

 そして、昼も近くなって、ようやく普通に歩けるようになった。


 その間、ボクは竹細工、もとい竹を刻んで遊んでいた。彫刻、というには不格好。術弾は綺麗に丸くできるのになぁ。

 本当は肉の加工をしたかったんだけど、食べ物の匂いを嗅ぐと症状が酷くなると訴えてきたので、諦めた。


「世話をかけた」


 謝るウォーゼンさんと、


「余計な事をしやがって!」


 あくまでも噛み付いてくるヴァン犬。


「料理はご褒美。食べ過ぎたのは自業自得。違う?」


「う、ぐぐぐ」


「もう骨はないから。代わりにこれでも齧っとく?」


 元竹籠の蓋、取り外したら丸い竹ザル、をわたす。


「ぐぎぎぎ」


「手ぬぐいを咬んでてもいいけど、それだと猿ぐつわみたいだし」


「だから、ロナ殿。ほどほどに」


「今から出発すれば、早ければ明日の夕方にはローデンに着くよ。予定より一日早く帰れるけど、どうする?」


「途中でトラブルがあるかもしれないから、出られるならすぐ行こう」


「ヴァンさんこそ、トラブル起こさないでよ?」


 がりがりがり


 竹ザルの縁に噛み付いた。やっぱり犬だ。


「水袋と一食分の糧食は各自で持っていこう。残りは、マジックバッグに入れたよ」


 ヴァンさん達が惨事に見舞われている間に、ロックアントの足をしまっておいた。


「来た時と同じで、ボクが先頭、ウォーゼンさんが殿。で、いい?」


「了解した」


「がりがり」


「しゃべるなら、ザルを口から離したら?」


 がりがりがり


 犬用ガムなんて作ってないし。どうしたもんかね。




 途中でモディクチオが目の前を横切っていった時は、ヴァンさんが固まってしまったけど。日が沈む前に、もう少しで[周縁部]から脱出できるところまで来た。


「どうする? [魔天]を出るまで歩く?」


「いや。暗闇の方が厄介だ。ここで野営しよう」


 ヴァンさんの意見に、ウォーゼンさんも同意した。そんじゃ。


「あ〜、飯は肉抜きで」


「俺も」


「昨日のご馳走はキルクネリエ三昧だったし。メランベーラならいい?」


「だから。肉は止めてくれ。しばらくは食えそうにない」


 おやおや。トラウマにならないといいけど。


 スープだけなら問題なさそうなので、薄味に仕上げて、焼いたパンの実に添える。


「こんな薄いスープがうまいと思える日が来るとは」


「塩味は薄くても、しっかり出汁を取ったからね」


「・・・そうか」


「で、だ。おめえ、昨日は寝てないんだろ?」


「あ。まあね」


「少しでも寝ておけ。その分、俺達が長めに起きているからよ」


「でも、ヴァンさん達も「アレ」で、結構消耗してない?」


「それが、そうでもないんだ」


「落ち着くまではきつかったんだが、体の中からすっきりしている。軽くなった感じでな」


 ・・・あれだけ出せば、体重も軽くなるだろう。


「ま、ちゃんと起こすから。任せろ。ただし。明日の朝も肉抜きで」


 本当に、トラウマになってしまったんじゃなかろうか。


 夜中に交代して、また交代した。


 昨晩と同じ薄めのスープに糧食を浸して朝食にした。その時に、二人に確認する。


「体調は、大丈夫?」


「ああ」


「問題ないぜ」


 なんとかハイに近い状態かもしれない。さっさと帰還して休ませないと。


 二人には、クッキーの小袋も渡す事にした。


「糧食よりは食べやすいと思う。移動中に小腹が空いたら食べて」


「おうっ。ありがとな」


「助かる」


 ・・・ヴァンさんが素直すぎる。気味が悪いよぅ。


 昼前に、[周縁部]から離れた。


 早めに休憩を取る事にする。熱いお茶で、一息入れる。干し果物も渡しておこう。


「ふうう。やっとここまで戻ってきたか」


「ヴァンさんなら、だいたいの位置は判るんじゃないの?」


「おめえじゃあるまいし。木の種類なんかで、[魔天]から出られたのは判るが、現在地までは無理だって。最近は森にすら入ってないんだぜ?」


「だってさ。これが、サバイバル技術を知らない人が迷い込めば、どうなるか。わかるでしょ?」


 さりげなーく、ウォーゼンさんに話を振る。


「それは昔の話だっ」


「ミハエルの、アレか?」


「さあねぇ?」


「いいじゃねえかよ。俺とおめえの仲なんだし、教えろ」


「ボクは、十六歳。昔の事は知りませーん」


「〜〜〜いつまでも韜晦していられると思うなよ!」


 ヴァンさんがその気なら。


「アンゼリカさんに、一昨日の事を教えてあげよう」


「おまっ。卑怯だぞ!」


「受付のお姉さん達でもいいかも♪」


「やめろ! やめてください。俺が悪かった!」


「もう、その台詞聞き飽きた。何度めだっけ」


「〜〜〜っ」


「ロナ殿。そろそろ、出発しないか?」


 これで、この口の悪さで、よくギルドマスターを張っていられたよねぇ。受付のお姉さん達のサポートがあったからこそ、じゃないのかな?


 昼もだいぶ過ぎて、森の端まで来た。


「さて、またも二択です。走る? 迎え撃つ?」


「なんだ?」


 左手を指す。騒々しい音を立てて、男達が走ってくる。その後ろには、狼の群。


「なんだってまた・・・」


 ウォーゼンさんが、頭に手を充てて空を仰ぎ見る。


「たぶん、[魔天]に入る前に付いてきた人達。もうすぐ来るよ」


「ほんとかよ」


「防具の音とか、足音とか」


「・・・野生児だな」


 放っといてよ。聞こえるんだから。


「普通に走れば、日暮れまでに西門に到着できる。もっとも、途中で狼に追いつかれるけど。ここで迎え撃てば、どのみち、今日中にはローデン入りは出来ない」


「追い払えないか?」


「・・・無理そう。リーダーっぽいのが、めちゃ怒ってる。あ、そうだ」


 二人がぎくりと身を固める。


「痺れ薬があった。この距離なら、狼も鬱陶しい人達もひとまとめで身動き取れなく出来る、かもしれない」


「・・・効果時間は?」


「半刻から一刻。ただし興奮しすぎている魔獣には効かなかった」


 痺れ薬を塗った矢で射る方法もあるが、このスピードだと撃ち漏らしがでる。なにより、急所を外して連射するのは難しい。


「・・・効果があったとして、その間に男達を避難させるのは?」


「無理でしょ。鎧をひっぺがして、引きずって行っていいなら、全滅は回避できるけど」


 何よりも八人纏めて担ぐのは無理。かさばりすぎる。それに、半刻なんて、狼の足ならあっという間に追いつかれる。


「全員は無理、か」


「それと、もう一つ思いついちゃった。人にしか効果無かったときは、あの人達、蹂躙されるね」


 狼相手に効果確認した事はない。ぶっつけ本番でやるにはリスクが大きすぎる。提案はしてみたけど、現状では使えないな。


「・・・やべえじゃねえか!」


「狼を殺る、しかないな」


 二人とも、人命優先のお仕事だもんね。とはいえ、ヴァンさんは軽量化させてるとはいえ荷物持ちだし、ウォーゼンさんは、そのヴァンさんを守ってもらわないと。

 あんな鬱陶しい人達の為に、働くのは気が向かない。でも、人の命には代えられない。


 矢筒を取り出し、「朝顔」を構える。


「ウォーゼンさん、ヴァンさんをよろしく。ヴァンさんは無茶しないで」


「なんで俺だけ!」


 矢継ぎ早に射る。狼達が悲鳴を上げて、次々と倒れる。


 男達が、こちらに気が付いた。懸命に走ってくる。


 街に向かって走ればいいのに。

 ほら、一悶着。

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