おいしいピクニック
翌朝。具沢山スープと塩漬け肉の焼き肉に糧食を添えて出す。ヘビ肉は少ししか残らなかったので、焼き直してからスープに入れた。うん、ぷりぷりの食感がいいよね。
「・・・なんていうか、なあ」
「そうだな」
「なに?」
男二人が、齧りかけの手にした糧食を見ている。じっと見ている。
「ロナ殿の料理を食べた後だと、これが何とも」
「美味しい?」
「じゃなくて! 食べ辛いんだよ」
「でも、そういうものなんだし」
ある程度保存が利いて、カロリーも確保できる食品はそう多くない。ローデン騎士団の糧食は、焼き締めしたパンだ。硬いし、口の中でもそもそするし、そもそも味がしない。
「そういえば、ロナ殿は保存食も作っていたな」
「会議室で食わされた、あれか?」
「食わされたなんて言う人には、もうご飯は作らない」
「悪かった! すまねえ! もう言わねえっ!」
本気で謝っている。最初から、素直に欲しいって言えばいいのにねぇ。
「その口、直さないと、そのうちに後ろから刺さされるよ?」
「・・・」
「ごほん! それで、あのクッキーはどうやって作っているんだ?」
ウォーゼンさんが必死にヴァンさんのフォローをする。こんなおじーさんなんか、放っとけばいいんだ。
「クトチが主原料。クッパラの他に干した果物を刻んで混ぜて焼いた。やっぱりバターを使うと味が違うね」
さすがに、[魔天]で乳牛は飼えない。バターも作れない。あ〜、残念。
「そ、そうか」
「この糧食、スープを付ければ少しは食べられるよ。試してみたら?」
「お、おう」
「今日は、ちょっと歩いてもらうから。出来るだけ休憩は入れるつもりだけど」
「何を探すんだ?」
「狩りに適した場所をね」
「そうか」
「荷物持ちさん、頑張ってよね」
「わかってる!」
と、その前に。
「今度は何だ?」
「せっかく切ったのに、もったいないじゃん」
昨日の即席網に使った竹を、加工する。節間の長い部分を矢にする。残りは竹ひごに裂いて籠に編み直した。さらに、その辺の蔦を採ってきて背負い紐にする。削り屑や端材は放置。ロコックの糸は、きりきざんでしまったので、やっぱり放置。
「そんなちゃちな矢じゃ、魔獣には通用しねえぞ?」
「これだけならね〜。角、二本もらうよ」
手早く鏃の形に整えて、竹矢に取り付ける。膠の代わりは、近くの木から採ったヤニを使う。小型の魔獣や普通の狼なら、この鏃でも突き刺さる。用心の為だから、それほど長持ちしなくてもいい。
「矢羽根がないようだが」
「ボクの弓だと、無くても命中率が下がらないんだ」
「ありえねぇ・・・」
「・・・つくづく便利だな」
「そうだね〜」
キルクネリエの足の先の部分の皮で、矢筒を作る。出来上がった矢をしまう。数組出来た。
「本当に、現地調達、だな」
「こいつくらいなもんだ。まともに取り合うな」
「でも、これが出来なきゃトップハンターとは言えないよね?」
「今、それが出来るやつが減ってるんだって」
「ちゃんと指導してないからだよ」
知識ゼロで[魔天]に放り込まれて、こんな事が出来たら、それこそ天才だ。わたしは三百年掛かっている。自分の要領の悪さが恨めしい。
「ぐぎぎぎ」
一方のヴァンさんは、歯を食いしばっている。怒鳴りつけたいのを我慢しているようだ。
「また、骨でも齧ってる?」
「うぐぐぐっ」
昨晩、追加で作った濃縮スープの出汁用骨を渡してみた。
・・・冗談だったのに。ガリガリ齧ってるよ。
「丈夫な歯だねぇ」
「ロナ殿。その辺で」
「ま、いいか。準備もできたし。片付け終わったら、行こう」
がりがりがり
齧ってないで、手伝ってよ。
竹籠は、ウォーゼンさんとボクが担いだ。ボクの方には、矢筒を入れてある。
「まさか、マジックバッグだけじゃなくて、籠一杯に魔獣を狩るつもりなのか?」
「それこそ、まさかだよ。これは小道具。使い方は後でね」
「事前に説明してもらえないのか?」
「だって、「うそだーっ」とか「無理だーっ」とか絶叫しそうなのが一人」
がじがじがじ
骨は二本めだ。持ってきておいてよかった。それにしても、つくづく頑丈な歯をしている。茹でたとはいえ、キルクネリエも魔獣だってのに。
なかなか見つからない。
「おい。ロナ。こんなに右往左往して帰り道は大丈夫か?」
「まーかせて♪」
方向感覚は完璧。この体の機能も無駄に高い。でも、使えるから使う。
「俺は、どちらから来たかもう判らないぞ?」
「俺もだ」
ん? こっちかな?
「おい! 置いていくな!」
ようやく、手頃な広さの空き地を見つけた。草地には、やっかいな植物型魔獣、も、いない。ただ、時刻は昼過ぎだ。狩は明日にしよう。
「今日は、ここで野営。明日、早朝から狩にするね。で、その前に薬草を摘んじゃおう」
「「は?」」
「この草地は狩で踏み荒らされちゃうはずだから。もったいないでしょ」
「・・・」
「あ〜。ロナ殿。その前に、食事に、しないか?」
忘れてた。
またも、フライパンと[湯筒]の出番。塩で締めた肉に、トングリオさん達からもらった香辛料を振る。パン粉と卵があればいいのにな。ん? やってみるか。
「今度は何を始めやがった」
「新作料理〜」
糧食のパンをおろし金で砕いて、肉の両面にたっぷりまぶす。キルクネリエの脂身を焼いて、フライパンに油を回し、十分熱したところで肉を焼く。
「お、おお、おおお?!」
思ったよりもいい匂いがする。いいかも。
肉の塩気が多いから、スープは薄味にする。こちらにも隠し味に香辛料を少々。
「焼き上がったよ。はい。味はどう?」
二人とも、夢中でかぶりついている。
ボクの分も焼けた。うん。カツもどき、とでも言うのかな。カリカリの衣の食感が楽しい。とんかつソースがあればなぁ。
「おかわりを貰えないか?」
「食べ過ぎると夕飯が入らないよ?」
「昼飯が遅かったんだ。少しぐらいいいじゃねえか」
「はいはい。わかった」
もう一枚焼いて、半分ずつ渡す。
「とても[魔天]で食ってる料理とは思えねえ」
「旨いな」
カップには、食後のお茶の代わりに、お湯で割った蜂蜜酒。少し甘みのある味が、カツの脂っ気を口の中から洗い流してくれる。
「それにしても、静かだな」
「そうだな」
「ここは、多分、最近トレントが移動した跡だと思う」
「なにぃ?!」
「あれって、時々動くじゃん。で、その時は周りの魔獣を手当り次第に巻き取って食べちゃう」
「あ、ああ? そう、なのか?」
おや、これも知らなかったのか。
「動き回るとは聞いていたが」
「特に植物型魔獣は狙われる。ここ、ドリアードぐらいしかいないでしょ? ドリアードは移動速度が速いからね。トレントがいなくなって真っ先に戻ってきたんだよ」
「トレントが動くところを見たやつなんか、ほとんどいねえからな」
「まあ。あんまり近付きたくはないよね」
ボクなら、手刀一旋で切り倒しちゃうけど。
「・・・なにか物騒な事を考えてないか?」
「いや? 移動したトレントがまだ近くにいるといいな、と思っただけ」
「なんでだ?」
「明日の狩りに必要だから」
「おい! いくら何でもトレントは担いで帰れないぞ。でかすぎる」
「違うよ〜。それも、明日のお楽しみ♪」
二人とも、ものすごく疑わしそうな目で見ている。失礼な。
「さっさと、薬草を採取しよう。ヴァンさん、あってもいいでしょ?」
「あ、ああ。薬草は常時買取するぞ」
「ウォーゼンさんは、見張りよろしく。そうだ。リュックと籠をヴァンさんと交換してくれる?」
「へいへい。根こそぎ集めりゃいいんだろ?」
「何バカ言ってんのさ。根っこは残すの!」
キルクネリエの大腿骨で、ヴァンさんの頭を叩く。
「なにしやがる!」
「午後の骨だよ。要らない?」
「〜〜〜〜〜っ!」
ヴァンさんは、骨と籠をかっさらうと草地に突っ込んでいった。
「ロナ殿。ほどほどにしてくれ」
「年寄りにしては丈夫な歯をしてるし。大丈夫なんじゃない?」
「そうではなくてだな?」
「ボクは、周りの森の中を調べてくる。ヴァンさんと荷物をよろしく。何かあったら、思いっきり大声を上げて」
「・・・了解した」
ヴァンさんの籠の中には、いつのまにか一葉さんが潜り込んでいた。いってらっしゃい、と言わんばかりに蔦先を振っている。護衛のつもりだろうか。まあ、いいか。
トレントの実が無ければ、場所を移動しなくてはならない。でも、今回はそう遠くないところで見つけられた。実もたっぷり実らせている。やっぱり、こいつが移動したトレントだろう。
トレントから離れれば、小型の魔獣があちらこちらにいる。毒持ちもいるけど、彼らなら、今朝作った矢で対処できる。
大型魔獣は、見当たらない。まあ、[周縁部]には、よっぽどのことがなければ大物は出てこない。
次の退避場所の目星も付けておく。といっても、さっきのトレントのところが良さそうだ。
いいもの見つけた。ショウガだ。それじゃ、ヴァンさん達のところに戻ろう。
「遅ぇ!」
「まだ、陽は翳ってないじゃん」
「なかなか戻ってこないから、心配したぞ?」
「最初から、そういえばいいんだ」
がりごりがり
キルクネリエの骨が大活躍している。随分細くなっちゃって。
「こっちは問題なかった?」
「何もなかったぞ」
「違うだろうが。こいつはなんだ?」
一葉さんが、竹籠に巻き付いている。何してるの。
「俺が採ったやつを確認しては、弾き飛ばしやがって」
「枯れかけてたのとか、病気のやつが混じってたんじゃないの?」
ぴっ、と蔦先が振られる。とはいえ、どうやって識別してるんだか。彼らも謎だなぁ。
ごりごりばきっ
「噛み割っちゃったよ」
「ヴァン殿はすごいな」
間髪置かずに、次の骨を渡す。すぐさま噛み付いた。ヴァンさん、犬ですか。
「・・・夕飯の支度、するね」
「・・・頼む」
がりがりがり
歯がすり減ってないといいけど。
メランベーラを取り出して、そぎ切りにする。おろしショウガに魚醤と酒を少々、の漬け汁を作り、切った肉をもみ込む。一頭分でも、スープ鍋一杯になった。・・・誰が食べるんだ?
採取した薬草から料理に使える物を選んで、軽く水洗いした後、きざむ。
「おいおいおい」
「これ、帰る途中でも採取できるから、少しぐらいいいじゃん」
「ヴァン殿。料理はロナ殿に任せているんだ」
「だが、薬草だぞ?」
「食べられるんだから、問題なーい」
「違う! そうじゃない」
「腹下し用じゃないから、安心して♪」
「それも違うっ」
なんなんだ?
焼き上がったメランベーラを、竹の皮を敷いた竹ザルに盛り上げていく。そう、盛り上げる。竹ザルは、竹籠の蓋として作っておいた物だ。・・・こんな使い方をするつもりじゃなかったのに。分量の目測を誤った。
脇に、薬草の炒め物を添える。
「お肉も野菜も三分の一ずつだからね」
「・・・どうしても食わなきゃ駄目、か?」
「好き嫌いはよくないよ?」
「違うっ」
「残したら、明日、ロックアントとタイマンしてもらうから」
「なっ! 俺は、荷物持ちだろ?!」
「料理を作った人を侮辱した〜」
「判った! 食べる、食べるから」
「どうして、余計な一言を口にしちゃうんだろう」
「・・・さあ」
ウォーゼンさんは、無難な言葉で、逃げた。
ヴァンさんは、炒めた野菜と肉を纏めて口に放り込む。
「むっ。ぐっ。・・・?」
最初は顔をしかめてたのに、噛み締めているうちに変な顔になった。
「あれ? 味付け失敗した?」
「いや、そうじゃなくて! なんで、苦くないんだ」
「火を通したから」
「!」
料理に使った薬草は、乾燥させて粉末にして服用する。ただし、とってもものすごく苦い。二日酔いの薬とは違うが、胃腸を整える働きがある。ほーら、お腹にもやさしいでしょ。
「なぜ、今まで知られていなかったんだ?」
肉と野菜を交互に頬張りながら、ウォーゼンさんが質問する。
「生食も料理も、鮮度がいいうちだけだからね。ローデンで食べるのは無理だと思う。それとも、ローデン周辺の農地で栽培してみる?」
「それは何度も試されたけど失敗してるぜ。しっかし、俺も知らなかった。うめえな、これ」
「最初から、黙って食べておけばいいのに」
「・・・」
「ロナ殿。その辺で」
「メランベーラは、直火で炙るともっと美味しいんだ。ここじゃ無理だけど」
「そうなのか?」
ウォーゼンさんが食いついてきた。
「氷魔術を使える人が居れば、氷詰めにして持って帰れるんじゃないかな?」
「あ」
「何だと?!」
「魔術ったって、攻撃ばかりが能じゃない。ほら、火魔術でかまどに火をつけるとか、普通でしょ?」
「「・・・」」
食べる事も忘れて、目を白黒させている。
「明日は、それを試してみるから。うまくいかなかったらごめん」
「って、おめえ、魔術は」
「代用品。魔道具を使うよ。成功したら、次の採取の参考に出来るでしょ」
「「・・・」」
またも、空いた口が塞がっていない。
「ねえ。冷める前に食べちゃわない?」
「お、おう。そうだな」
「メランベーラ、か。確かに旨いな」
ようやく手が動き始めた。
「そうだ。スーさんには内緒にした方がいいかも」
「何故だ?」
「ウォーゼンさんとヴァンさんしか食べさせてもらえなかった、とか言って、すねそうだから」
「「・・・・・・」」
三たび、手が止まった。
だから、肉が冷めるよ?
ヴァン犬・・・。シャレのつもりじゃなかったんですが。




