愉快なピクニック
ボクが、最後の見張りを引き受けた。その間に、作業を済ませることにする。
キルクネリエの皮を軽く処理して、マジックバッグにしまう。本格的に鞣している時間はない。でも、今回の猟では必要になる予定。
次に、鍋ごと冷ましていたもも肉を取り出し、防腐作用のある木の葉で包んでから、虫革の小袋にしまう。そして、これもマジックバッグの中へ。
残った煮汁に、炙った骨からこそげ落とした肉を入れる。ふむ、結構な量があるな。
朝になって、ヴァンさんとウォーゼンさんが、起きてきた。まずは、お茶でも出しておこう。
「おはよう。今日からが本番だからね〜」
「おはよう。存分に使ってくれ。それで、今している作業は何だ?」
「煮詰めてる。薄めてスープに使うんだ。出汁がたっぷり効いてて美味しいよ」
「そうか」
嬉しそうなウォーゼンさん。上司がこれなら、部下も倣うよね。食いしん坊め。
「茹でたもも肉は、昼にも食べられる。塩漬けにした方は、もっと保つよ」
「なるほどな」
「[魔天]の中じゃ出来ねえ作業だけどな」
流石、ヴァンさん。よくわかってる。
「作れる時に濃縮スープを作っておけば、次の料理の時間が短くできる。問題は、汁のこぼれない容器がなかなかないってこと」
移動用の汁物密閉容器は、ガラス瓶か大小の樽。水なら、革袋も使われている。だが、以前、ボクがロックアントで作ったようなものは知られていない。
「ローデン王宮で出てきたあの食器類は、各都市の王宮にも協力を頼んで、再現に取り組んでいるところだ。だが、材料がロックアントというところで、どこも頭を悩ませている」
「シルバーアントがあるじゃん」
げふぉっ!
二人とも、飲んでいたお茶を思いっきり吹き出した。
「な、な、な」
「別に、全部武器にする必要はないでしょ?」
「だ、だが。もったいないと言うか、高く付くぞ」
「今なら、製作費半分で作れるんだし。倉庫に積み上げておくだけの方がもったいないよ」
ちなみに、今、詰めているのは棘蟻の保存容器。なぜか、熱を伝えにくい。暖かい物は暖かく、冷たいものはそのままに。酸や塩にも変質しない。食品保存にはもってこい。いやあ、いい素材だ。
「ロナ殿も作れる、よな?」
「ボクは、見習い職人。そんな特級素材は扱えませ〜ん」
「俺達の目の前にある物は何だ?」
「師匠が作ったんだも〜ん」
「そこまで白々しく宣言されると、いっそ清々しいな」
「エヘヘ」
「褒めてない!」
ちぇ〜
[周縁部]に足を踏み入れた。徐々に、魔獣の影が濃くなる。
流石に、二人とも無駄口が減った。緊張のし過ぎもよくないんだけど。
お、この辺でよさそう。
「二人とも、ちょっといい?」
「なんだ?」
「何か見つけたのか?」
「ここで、メランベーラを捕まえよう」
「・・・そういや、鎚がねえな。どうやって獲るつもりだ?」
「鎚?」
「あいつは鉄の塊みたいなもんだ。その上、跳ね飛んで来やがる。そこをたたき落として捕まえるんだが」
「そんなことしなくてもいいよ。ちょっと準備がいるけど」
その辺の木から、太い枝を二、三本切り落とす。
「そんなちゃちな枝じゃ、落とせねえぞ」
「違うよ〜」
あの辺かな?
一本を放り投げる。即座に白い塊にされる。
「お、おい。あいつは」
「ロコックだよ〜」
「こっちが狙われるじゃねえか!」
「だいじょーぶ」
すぐさま、元木の枝、今、クモの糸の塊が落ちてくる。すかさず、二本めを投擲。これも、糸でぐるぐる巻きにされて落ちてきた。次、三本め。これも、糸巻きにされて落ちた。
やがて、頭上から、クモの影が消えた。
「・・・、おい。どういうこった」
「餌が引っ掛からないから、移動したんだ」
唖然としているヴァンさんを置いて、次は竹を切り出してくる。
竹の一本にロコックの糸の端を絡めて、もう一本の竹の棒の間に広げる。それを繰り返すと、白い網が出来上がった。余った糸は、黒薔薇で切り落とす。
「えーと「不殺のナイフ」だっけ。それでも、切れるから。ヴァンさん、持ってきてるんでしょ?」
「あ、ああ。ガレンから借り出してきた」
「もう一組、網を作って」
「お、おう」
「ウォーゼンさん、ヴァンさんを手伝ってね」
「了解した」
出来上がった網が絡まないように、一本の木の周りに立てておく。さて、次だ。
「ヴァンさん。そこの木の幹を思いっきり殴ってみて?」
「は?」
「いろいろと溜まってるでしょ。今なら、叩き放題♪」
「〜〜〜っ!」
手甲を嵌めて、がすがす殴り始めた。おお、いい調子。
「ロナ殿、これは」
「すぐに来るよ。合図したら、竹棒の片方を持ってくれる?」
「あ、ああ」
ほら来た。
「な、なあっ?!」
「ヴァンさんに当たる前に、被せるよ〜」
黒い弾丸が、森の奥から突貫してきた。
近いところに突き立てておいた網を持ち上げて、絡めとる。はい、一丁上がり。一つの網で、一、二匹は採れる。
「ヴァンさん、もういいよ」
二つめの網で捕まえたところで、声をかけた。
「ふう。って、なんじゃこりゃ」
「何って。あ、これで最後かな?」
猛り狂ったメランベーラが、周りの木に体当たりしつつ、こちらに向かってくる。
「ウォーゼンさん、よろしく〜」
「お、おう」
狙い済まして〜、はい、キャッチ。耳を澄ませて、もう、激突音が聞こえない事を確認する。
とはいえ、他のメランベーラが集まってくるかもしれないし。
「二人とも網を担いで。では、撤収〜ぅ」
すたこらと、その場を後にした。
「せ、つめい、してもらおう、じゃ、ないか」
ヴァンさんは、ちょっと息があがっている。まあ、竹二本にメランベーラも付いているから、無理もないか。ちなみに、水袋もマジックバッグの中に入れたので、背負っている物の重さはほとんどない、はず。
後方、自分達が立ち去った方向からは、どかーん、どごーん、と猛々しい音が響いている。
「メランベーラの体当たりは、縄張り宣言なんだ」
「「は?」」
「思いっきり木を殴ると、縄張りを荒らされたと勘違いした個体が飛んでくる。ヴァンさん、知らなかったの?」
攻撃に転化されれば、鳩尾に一撃食らったアンフィがのたうち回るくらいには強烈だ。個体同士でぶつかり合うと、双方のダメージはとんでもない事になる。
そこで、音の響き具合で力を競い合う。木をへし折らず、それでいて大きく深く遠く響かせる者が、強く力のコントロールも巧みな個体として縄張りに君臨する。普段は臆病すぎるほど警戒心が強いくせに、打撃音には敏感なのだ。
「・・・」
ロコックの糸に絡めとられて、じたばた暴れるメランベーラ。更に、網を捩って、身動き取れないようにする。
「お、おい。それ、どうするんだ?」
「夕方、解体しよう。それからマジックバッグに入れればいい」
「すぐに入れないのか?」
「生き物厳禁だもん。子供とか赤ん坊とか攫われちゃうでしょ」
「「・・・」」
「一仕事終わったし。お昼にしようよ」
パンの木のような実を見つけた。本当は、蒸し焼きにすると美味しいんだけど。
フライパンを取り出し、スライスした実を焼く。
「って、おい! 火もないのに、どうして焼ける?!」
「あれ? 前に見せたじゃん。でもって、ハムとか焼いて食べさせたよね? やっぱり、ボケが来てるんじゃ・・・」
「うるせえっ。いや、そういう事じゃなくてな?」
「ロナ殿。もしかして、その、フライパン、も、魔道具、なのか?」
「当たりぃ〜。こっちのポットもそうだよ」
[湯筒]を軽く振って見せる。
手にしているカップに濃縮スープを掬い入れて、その上から湯を注ぐ。ほーら、インスタントスープの出来上がり。
その間にも、次々と焼けたパンの実を皿に移していく。
そうだ。初日にしては良い成果だったし、ご褒美を出そう。
「・・・なあ。これは」
座り込んだシートの上に取り出した小瓶を見て、二人が指差す。
「うん。蜂蜜。好みで、焼けた実に掛けて」
「「・・・」」
実を焼き終わったら、次はハムだ。
「何ぼんやり見てるのさ。さっさと食べてよ」
「ああ」
「お、おう」
もそもそと食べ始める二人。
「もしかして、この実は嫌いだった?」
「いや、そんなことはない」
「そう、じゃなくてな?」
「説明してもらえないか?」
「フライパンの事? いいよ」
設計図は渡してある。説明してもいいだろう。
腹八分目に食べて、軽く食休みする。
すすいだカップに、香茶を淹れた。
「まさか、[魔天]で香茶が飲めるとは」
「茶葉は侍女さん達に貰ったんだ」
昨日の講習会のお礼で、スーさん達王族御用達の品だそうだ。ものすごく、もったいない気がする。でも、飲まなければ、増々もったいない。
「そうだな。普通なら、水か酒だ」
「なんで、お酒?」
「腐りにくいからな」
「ああ、そういう事なんだ」
「飲み過ぎれば、大事になるが」
「酔っぱらったら、自分が狩られちゃうもんねぇ」
「湯を沸かさないのか?」
「[魔天]に入ったら火は焚かない。魔獣達の目印になっちまうからな。それに、野火が怖い」
「雨が多いと聞いたが」
「よく燃えるやつも多いんだ」
落雷であっという間に松明になってしまう物もいる。でもって、運が悪ければ、周りの木も燃やしてしまう。たいていは豪雨の中での出来事なので、極端に燃え広がる事はないが、それでも用心するに越した事はない。
「テントに飛び火したら、逃げられないよ」
「そうか、それで却下されたのか」
「それに、夜でも、とっさの時に対応できるようにしとかねえとな」
「火がなくても使えるフライパンとポットもどき。これがあれば、[魔天]でも暖かい食事が出来るでしょ」
「高く付くぜ」
げっそりとした顔で言うヴァンさん。
「士気と命には代えられないよね?」
「確かに。うまい飯は元気が出るな」
ウォーゼンさんがしみじみと宣う。
「実感籠ってるねぇ」
「さ、さてと。午後の狩りに行かないか?」
今更、取り繕っても遅いよ。
「そうだな。このままじゃ日が暮れちまう」
それもそうだ。手早く荷物をまとめて、出発!
「おい、どうするんだよ、この肉!」
「ボクが貰うんだからいいじゃん」
「だからって、キルクネリエばっかり、四頭も狩りやがって」
「群れてたんだから、しょうがないでしょ」
「次はどうするんだ?」
「ウォーゼン、おめえも空気読めよ」
「皮を傷付けないでね〜」
「俺の話も聞けよ!」
現在、丸々と太ったキルクネリエを解体中。昨日のと同じように処理して、丁寧に皮を剥いでいる。本当に、三葉さん達には助かっている。ありがたや〜。
「えーと。角も売れるんだったよね」
「おう。五頭分なら、そこそこの値が付くぞ」
キルクネリエの皮は、手頃な厚さと強度から用途は多様にあるそうだ。角は、槍の穂先だっけ?
キルクネリエが終わったら、メランベーラも解体に取りかかる。
網替わりのロコックの糸を切り裂いて、まず一匹。団子がほどけて伸びる。しっぽの先を掴んで引っ張ると、地面に張り付き、四肢を踏ん張り、逃げ出そうともがく。その鼻先を殴って気絶させ、ひっくり返してからのど元を切る。
ちなみに、気絶させる前にひっくり返すと、団子状態になってしばらくは丸まったままになる。ダンゴムシみたい。
「手慣れてるなぁ」
「これのお肉、美味しいんだよ」
「・・・あれだけの肉があって、まだ食う気かよ」
「もったいないじゃん」
依頼されていたのは、背中側の鱗だ。皮ごと剥いでおく。前脚の爪も買い取ると聞いた。骨から肉を取り外し、虫革の袋に入れていく。
採取部位は、キルクネリエの皮に包んでマジックバッグにしまう。肉は、メランベーラ一頭分を残して、腕輪の中に。使わない内臓や骨は、あらかじめ掘っておいた穴に放り込む。
日が沈む前に、解体作業は終了した。
「その腕輪は、本当に便利だな」
「ウォーゼンさんなら作ってもいいけど、って、出来るかな」
「魔道具なんだろ?」
ヴァンさんが、首を傾げる。
「これは、術具の方。超高機能マジックバッグ? うーん、素材よりも術式が・・・」
「やめてくれ。作らなくていい!」
「そ、そうだ。ロナ殿は弓も使えたのか」
ウォーゼンさんがあわてて話題を変える。盗賊討伐の時の報告書にあったでしょうに。
「ギルドハウスの訓練場でもばかすか打ちやがってたな」
ヴァンさんも乗ってきた。
「なにその言い方」
「だが、さっきの弓は狩弓にしても小さい。それであんな威力になるのか? 見せてもらえないか?」
「うーん。触らない方がいいと思う」
「なんでだよ」
「論より証拠? 同じ素材で作った短剣なんだけど」
「黒薔薇」を一本取り出して、鞘ごと放り投げる。
「「え?」」
揃って見上げた先には、でっかい口を開けたヘビが一匹。「黒薔薇」は、その口に飲み込まれた。
びくん!
痙攣しながら落ちてきた大蛇。これの皮も使えそうだね。ラッキー。「椿」で首を刎ねてから、また、三葉さんに解体の手伝いを頼む。まだ、穴を埋め戻してなくてよかった。
「・・・」
「説明しやがれ!」
目を丸くしているウォーゼンさんと、わめくヴァンさん。
「ボクにもよくわからないんだけど。この素材で作った物、ボク以外の人が触ると雷に当たったような状態になるんだ」
「「・・・」」
「ボクには害がないから、こうして使ってる」
いや、実際、原理が判らない。だから、説明のしようもない。
「ま、まあ。お嬢だしな」
「ヴァン殿、それは禁句では?」
「お、おう」
「この大きさだから、明日の朝もヘビ焼きでいいかな?」
ハンティングナイフ「睡蓮」で、さくさく切り分けていく。メランベーラは明日の夕飯にしよう。
「お、おめえに、任せてるからな」
「りょーかい〜」
ヘビと芋の塩焼きは、綺麗に食べ尽くされた。この、食いしん坊達め。
ヴァンさんが起きてきた。次はボクが休む番だ。
「変な事したら、」
「しねえって、何遍言わせる。いいから、休め!」
近くにある木にもたれかかって、体を休める。寝入ってはいない。
日本人時代は、インドア生活で、キャンプも数えるほどしか経験してなかったのに、いつのまにかすっかり野営にも順応してしまった。ああ、早く帰りたいなぁ。くすん。先は長い。長過ぎる。
「何、溜め息なんか付いてやがるんだ?」
「無神経」
「てめっ」
「乙女の感傷を邪魔しないでよ」
「こいつが乙女って柄か?」
「だから、ぽんこつ呼ばわりされるんだ」
「ほっとけ!」
「ヴァン殿もその辺で」
「ふん!」
そっちがその気なら、明日もこき使ってやる。
まだ、肩ならしなんですよ、お二人さん。




