楽しいピクニック
ウォーゼンさんの執務室に連れて行かれた。
部屋の片隅には、行軍用の荷物が積み上がっている。でも、水袋は見当たらない。明日の朝、出されるのかな?
「お疲れさま〜。話って何?」
「練兵場の騒ぎはここまで聞こえてきたんだが。何をしていたんだ?」
「えーと、侍女さん達に護衛術、でいいのかな、を教えてって拝まれて、レンも模擬戦したいっていうから付合って、若手の団員さん達が付合ってくれて、仕上げにブランデさんとマイトさんに手合わせしてもらった。詳しい事は、後で、二人に聞いてよ」
「・・・目立ちたくなかったのではないのか?」
「ちょこっと運動しただけじゃん」
「「・・・」」
ウォーゼンさんだけでなくトングリオさんも、頭を振っている。
「誰か目付役を付けておかないと、騒ぎは広がるばかりですよ」
「だが、ペルラ女官長ですら気絶させる豪傑だぞ? 適任者が、・・・居るのか?」
「豪傑って、誰の事?」
「「・・・」」
沈黙が重い。
「とにかく。明日からは、団長が執務室にいる、はずだ。トングリオ、よろしく頼む」
「何故、俺なんですか?」
「お前の班には、ミハエル様とレオーネがいる。言うなれば、俺の直属みたいなものだからな。こういった任務を頼みやすい」
「・・・便利屋じゃないんですがね」
「すまない」
なんなんだ。団長さんも問題有りなの?
「それで、明日からの荷物なんだが、本当にヴァン殿に持たせる気か?」
傍らの荷物を見る。
「あれがあるじゃん」
「あれ、って、まさか! あのマジックバッグか!」
トングリオさんが声を上げる。
「いくらボクでも、老い先短い年寄りにそんな重労働を押し付ける訳ないでしょ」
「あの仕打ちを見ていては、到底頷けないんだが」
ウォーゼンさんが、しかめっ面している。
「向こうの態度が悪すぎるからだよ。っと、マジックバッグを実際の採取で使った時の感想が知りたいんだ。ヴァンさんなら、忌憚ない意見が聞けると思って」
経験「だけ」は豊富なはずだから。細かい問題点も指摘してくれるだろう。
「もしかして、俺もか?」
「うーん。森での採取と巡回任務では使い方が違うと思うんだ。採取の時は、何を入れるか判らないでしょ。それに比べて、騎士団で使う時は、大体決まってるはずだし。面倒な方から先に、ね」
「・・・了解した」
かなり残念そう。それにしても、でまかせの屁理屈をよく鵜呑みに出来るもんだ。
「それで、トングリオさん? バッグを借りたいんだけど」
「・・・ここにある」
ウォーゼンさんが、渋々と言った感じで棚から引っ張りだした。
「あれ? トングリオさん達にあげたのに、なんで、ここにあるの?」
「ミハエル様とも相談して、団長に預けようとしたんだ。だけど、団長、逃げ出してしまって・・・」
「逃げるって・・・」
団長さんの持つボクのイメージって、どんなものなんだろう。
「仕方なく、俺が保管する事になった」
「そっか。それじゃ、所有権はウォーゼンさんで、ギルドに貸し出しとかにしたら? それと、普通の行軍用のリュックとかもある?」
「あるが、どうするんだ?」
「偽装する。マジックバッグをそれの中にしまうんだ」
「ヴァン殿が担いでいる時点で、誤摩化しも何もないと思うんだが」
「まあ、あとは採取した血まみれの魔獣と、自分が食べるご飯を別にしたいってのもある」
「「・・・」」
その辺が、騎士団とハンターの最大の相違と言える。ハンターは、帰ってくる時の方が荷物が多くなる。入れ物を別にできるものならそうしたい。そうか、ウェストポーチみたいに内袋を増やせばいいか。
荷物を選り分けながら、マジックバッグに放り込んでいく。
「ねえ、この筒は何?」
「水筒だ。大樽一つ分が入る」
どうりで、水袋がない訳だ。でも、
「重いよ?」
質量軽減の術式は組み込まれていないようだ。こんなものをヴァンさんに担がせたら、森に入る前に疲労困憊してしまう。そもそも、マジックバッグにしまいたくても持ち上がらない。
「街道の巡回任務じゃないんだから、馬や馬車は使えない。水袋三個に変更して」
他にも、巨大な天幕、上質の毛布、大量のロープ、などなど。救護活動? それとも、大規模盗賊討伐でも想定してたのかな。
一方で、雨具や調理具がなかった。
「[深淵部]に近付くほど雨が多くなるのに。騎乗用の雨具があるでしょ? こっちは、テントじゃなくて防水シートに変更。それと、せめて小鍋ぐらい入れておいて。乾物だけじゃ体力持たないよ。あ、簡易コンロもね」
「持っていく糧食は調理する必要はないのだが」
「ん? ご飯は現地調達に決まってるじゃん。糧食ってのは非常食ってこと」
ボクが付いてて、糧食の出番があるとは思えないけど、猟が出来ない時もあるからね。
結局、部屋にあった荷物の大半が取り残された。
「ここまで駄目出しされるとは思わなかった・・・」
「騎士団の面目丸つぶれと言うか・・・」
ウォーゼンさんとトングリオさんが、ものすごく複雑な顔をしている。
「ミハエル殿下の見聞の供をしている時に必要だった物をそろえてみたのだが」
「目的地も活動目的も移動手段も違うでしょ? 荷造りが違うのも当たり前」
「・・・」
王子さまの行幸と、野生の王国に体一つで突入するのとでは、想定される事態が全く異なる。
ウォーゼンさんにヴァンさんの見張り役を頼んだのは、間違いだったかもしれない。無事に、帰らせられるかな。
翌朝。
メイドさん情報に依れば、レンは、昨日のハードな訓練の賜物で、まだ布団の中だそうだ。よしよし、今のうち。
一応、手紙を言付けておく。頼むから、早く自立してくれ。
王宮で朝食を貰って、すぐにギルドハウスに向かった。番犬、じゃなかった、ウォーゼンさんも一緒だ。
この季節にしては珍しく小雨が降っている。ウォーゼンさんには、雨具を被ってもらう。ほら、早速役に立った。ボクのポンチョは、元から防水仕様だから問題ない。
「だからって、こんな雨ん中でなくてもよぅ」
「往生際が悪いよ? ウォーゼンさんの都合もあるんだから、仕方ないじゃん」
「おい、ウォーゼン。なんでもっと後にしなかったんだよ」
「まとまった休暇が取れるのは、今しかなかった。戻ればすぐにヘンメル殿下の誕生会なのでな」
「あ〜、そういや、そういうもんもあったなぁ」
「んじゃ。荷物持ち、よろしく〜」
「ロナさん。こんなぽんこつ、どうでもいいですから。無事に帰ってきてくださいね」
ギルドハウスのお姉さん達の玩具にされた時、普通の口調でいいから! とお願いした。
それはともかく、ギルド顧問を「どうでもいい」発言は、まずいでしょ。
「なんで、俺の周りの連中はこんなんばっか・・・」
「ロナさんの足を引っ張らないよう、せいぜい頑張ってくださいね」
「・・・」
受付嬢の力強い励ましの言葉を受けて、行軍バッグを背負い、とぼとぼと歩き出すヴァンさん。
ボクとウォーゼンさんは、聞かなかった振りをする。いや、聞いてない。なんにも、聞いてないから。
東門から街の外に出る。早朝出発する隊商から、変な視線も感じたが無視する。
「それでよ? [魔天]にただ潜るんじゃねぇよな?」
「普通に狩をするだけだけど」
「あ、いや。おめえのこったから、連れ回して森の奥に放置するとか」
「それは、後ろの人達次第だねぇ」
だから、馬の骨を優遇するなというんだ。妙な勘繰りをされるばっかりじゃないか。
「どっから嗅ぎ付けてきやがるんだか」
「捕縛しなくてもいいのか?」
「付いてきているだけだもん。うっとおしいけど、実害はないし」
「ほっとけ、ほっとけ。そのうち、迷子になるって」
「ウォーゼンさん、懐かしいでしょ」
「それは言ってくれるな!」
フードに隠れて入るけど、真っ赤になってるんじゃないかな〜。
昼時に、[魔天]に続く森に入る。といっても、ここはまだ領域外だ。この頃には、雨も止んでいた。
昼食は、朝市の露店で買っておいた料理を食べる。
「あ〜、旨いもんもしばらくはお預けかぁ」
「ロナ殿によれば、現地調達とのことだった」
「だがよ? 調理場が使える訳じゃねえし」
「じゃ、ヴァンさんだけ糧食ね」
「悪かった! 何でも喰う!」
「最初っから、そういっとけばいいんだ。本当に、一言多いんだから」
「ヘビの塩焼きは絶品だったぞ」
珍しくウォーゼンさんが笑み崩れている。
「いつの話なんだよ、それは」
「ミハエル殿下は、それを食べて賢者殿と確信したそうだ」
「どういう記憶のされ方なのかな?」
「さてな」
「そりゃ、夕飯も楽しみだな。そろそろ、行こうぜ」
ボクが先頭、ヴァンさんを挟んで、ウォーゼンさんが殿。
小休止して、メイドさん達からもらった干し果物をかじる。
にっこりと微笑むメイドさん達を前に、返す、とは言えなかった。ウェストポーチに入り切らず、こっそり腕輪にもしまった。気持ちは嬉しかった、んだけど、多過ぎ。
にわかストーカー達の気配は、すでに消えている。
「引っ張り回してないよな?」
「うん。最短距離で、[魔天]に向かってるけど?」
「装備不足に気が付いて、諦めたのだろう」
「実感、籠ってるね〜♪」
「何やらかしやがった。ん?」
「ボクじゃないよ〜」
「そ、そろそろ、出発しないか?」
「野営ん時にでも聞かせてくれや」
「あとで、ウォーゼンさんに聞いて」
「・・・」
[周縁部]直前で、野営準備に取りかかる。
「なんでぇ。今日のうちに[魔天]に入る気だったんじゃねえか?」
「ブランクあり過ぎ老人と狩りの初心者連れてて、それはない」
「「・・・」」
ほらみろ。
「寝袋は無いから。雨具の下に一枚多めに着ておいて。夜の見張りは、今日は一人、明日からは二人で、三交代。いい?」
「お、おう」
「了解した」
「じゃ、ちょっと待っててね〜」
「火の用意でもしとくわ」
「よろしく〜」
二人を置いて、夕食を探しに出た。
うん。幸先は良さそうだ。
野営地に戻ってきたら、二人とも目を丸くしていた。
「食いきれんぞ」
「普通ならね〜」
血抜きと内臓を取り出しておいたキルクネリエを降ろして、解体を始める。何も言わないうちに、三葉さんがぶら下げてくれた。楽だわ〜。
「[魔天]に入るハンターチームなら五人前後でしょ。翌日の昼の分までと思えば、十分だよね」
「あ、あ〜」
「やっぱり、勘が鈍ってるんじゃないの?」
「ああそうだよ! チクショウ!」
「だが、俺達は三人だぞ」
「ふふん。抜かりはなーい!」
背中や腹などの柔らかい部分は、均一の大きさに切り分けて塩をたっぷりとまぶしておく。虫革の小袋に入れて、さらにマジックバッグにしまう。もも肉は、骨で出汁を取った塩水で茹でハムにする。あばらや肩、首の部分はそぎ切りにして、フライパンで焼く。
「そうだ。ヴァンさん。荷物の点検はしてくれた?」
「おう。問題ねえぞ。しかし、変な担ぎ具合だと思ったら、重かったのは水袋だけだったとはね」
それ以外の荷物は、マジックバッグに入れた。
「本当は、バッグは狩った魔獣を入れるのに使いたいんだけど」
「そうだな。騎士団のやつに移しとくか」
「明日の晩でいいんじゃない?」
「なんでぇ。すぐに狩をするんじゃねえのか?」
「下準備がいるでしょ」
キルクネリエを取ってくるついでに、山芋とか野草も取ってきた。それもフライパンで焼く。
「おい、ウォーゼン。食ってばかりで、聞きたい事はねえのか?」
「む? すまん、聞いてなかった」
食べるのに夢中だったらしい。
「食事中でも、気を緩めるなよ。街道近くとは違うんだからよ」
とか言ってるヴァンさんも、皿の上は肉が山盛りになっている。説得力がない。全くない。
「この辺りは、そんなに厳しくないよ。魔獣を警戒して狼が少ないんだって」
「よく知ってたな」
「レウムさんに教えてもらった」
「ああ、あの人か」
「二つ名持ってても、大差あり過ぎ」
「よよよ余計なお世話だ!」
「ヴァン殿は、隊商を守って魔獣の群を撃退した時に大怪我を負って引退した、ということだった。死者はいなかったそうだ。それゆえの二つ名らしいが」
「ふうん。ヴァンさんらしいね」
「褒めても何も出ねえぞ!」
「話を聞いた時は、「守護者」とか、「英雄」とか呼ばれてもよいと思った」
「どうせ、減らず口を叩き過ぎて、印象を悪くしたんでしょ」
「だから、放っておけって言ってるんだ!」
「ちょっと。大声出さないでよ。ここは、ギルドハウスじゃないんだからね」
狼が少ない地域でも、ゼロではない。現場の勘を取り戻すには、もうちょっとハードにしないと駄目かな。
「・・・おい、何企んでやがる」
「ヴァンさんのリハビリ方法。希望の魔獣はなにがいい?」
「俺は荷物持ちだ!」
「んじゃ、よろしく」
「〜〜〜!」
「ロナ殿。その辺にしておいてくれ」
「緊張感の足りないヴァンさんが悪い」
「く〜〜〜〜っ!」
「ガレンさんから、ロックアント、メランベーラ、ギエディシェを最優先でってお願いされたんだけど。どれくらい要る?」
「〜〜〜〜〜!」
「ヴァンさん?」
「俺は荷物持ちだ!!」
「声が大きいよ」
あ〜あ、出汁取りの骨にかじりついちゃった。
「それ、目覚まし代わりにもなるよね。んじゃ、最初の見張りは、ヴァンさんで。よろしく」
「ああ、わかったよっ」
「変な事したら、蹴るからね」
「誰がお前みたいな物騒なやつに手を出すもんかっ」
物騒とは失礼な。
この三人で、狩ですか。主人公に、いいように使われる様が目に見えます。って、ネタバレですね。失礼しました。




