指南役には無理がある
練兵場を借りることになった。相手をするのは、明日が休日のメイドさん達とレン。
うわぁ。鞭だけじゃなかった。棒とか、ハサミとか、室内向けの怪しい武器が出るわ出るわ。いや、ハサミは武器じゃないよね。
「レオーネ様の専属女官様から、いろいろ教わりました」
「私達は、目立つ武器は所持できませんから」
「どうか、全力でお相手ください」
「・・・ボクの方が、無事に済みそうにない」
棒はともかく、鞭は使った事がない。ハサミって、どう使えばいいのさ。
「大丈夫だ。ロナは強いから」
レン。それ、理由になってない。
「そもそも、なんで稽古?」
「お仕えする方々をお守りするためです」
「ヘンメル殿下には、魔術師隊が付けられませんし」
「いざという時に、お役に立てるよう、少しでも腕を上げたいのです」
「えーと、王妃様とか王子殿下の護衛のため?」
「「「「はいっ!」」」」
ものすごい決意が感じられる。
「これまでも、騎士団の訓練にも加えていただいたことはありますが、その、武器が」
「私達のお守りする場所は、主に王宮内ですので、大剣や弓矢相手では参考にならないんです」
まあ、屋内で王族を殺そうとするような場合は、小さな武器を隠し持っての不意打ちになるだろう。騎士団は、屋外での盗賊退治や魔獣対策が主な仕事だから、戦う方向性が全く違う訳で。
確かに、メイドさん達の訓練にはなりにくい。
「ナイフとか槍とかは?」
「ナイフは予備装備扱いで、普段の訓練では使わない、と相手にしてもらえませんでした」
「槍は、槍持ち達はっ!」
うわぁ。目尻がつり上がっている。
「やりたい放題でっ」
「あの、スケベどもっ」
メイドさん達は、メイド服を着ている。そして、スカートを握りしめて真っ赤になっている人が多数いる。・・・スカートめくり?
「懲らしめよう」
「「「「是非っ」」」」
「って、鞭があるじゃん」
「武器を取り落とした時にしか効果がなくて」
ああ、搦め捕るほどの長さはなかったもんね。
「ええと、とにかく、王妃様達の護衛が出来るように、で、いいの?」
「「「はい」」」
「でも、半日しか時間ないし。それに、ボクで役に立てるかどうか」
筋力抑制プラス手加減方向で練習してきたし。そもそも、武術はからっきしだし。師匠の投げ技でもいいのかな。
「武器の使い方は、人それぞれだから、ボクには何とも言えない」
ものすごーく残念そうな顔のメイドさん達。
「悪知恵とか、小細工とか、そういう話になるんだけど?」
一気に食いついてきた。
「あの、ロナ? わたしはどうすれば・・・」
「そうだね。あ、いいところに。とーちゃん!」
「とーちゃんって呼ぶな!」
訓練中のマイトさんを呼んでみた。なぜか、ブランデさんもくっ付いてきた。休暇無しという名のおさぼり中かな。
「や、ロナちゃん。元気だった?」
「久しぶり、ブランデさん。ちょっと、とーちゃん借りていい?」
ぶふぉっ
「あ、あ、あ〜っ」
離宮でも、散々そう呼んでたでしょうに。あれ、メイドさん達の目が三日月型に・・・。からかいネタを提供してしまったかな。
「うんうん。それで、これからナニするの? 俺もまぜてよ」
ブランデさんは、ものすごく楽しそう。やっぱり、おさぼり中のようだ。それなら、遠慮なく。
「侍女さん達と、護身術、護衛術講座するんだ。それで、イケニエ、じゃなかった、練習相手が欲しいんだけど。適当な人に参加するよう声掛けてもらえる?」
ついでに、参加したくなるような入れ知恵をささやく。
「アハハハハッ。いいね! うん。あの辺のちょーっと気の抜けた奴らを集めてくるよ!」
「よろしく〜」
「それで、おれは?」
マイトさんを忘れてた。
「こっちの話が終わるまで、レンの相手してて」
「ロナっ! なぜ、わたしが後回しなんだ」
「え? レンや王子殿下を守ってくれる人達だよ? 大事なことじゃないか」
「・・・」
だから、よく考えなさいっての。
「あ〜、早めに終わらせてくれ。いつまで相手してられるか判らないから」
「とーちゃん、頑張って♪」
「だから、とーちゃん、いうな!」
ぶつぶつと文句を言う二人を遠ざける。
「それじゃ、さっそく」
なぜか、練兵場の隅っこで車座にしゃがみ込んで講習会、もとい悪巧みが始まった。
ボクは、屋内戦の心得なんか知らない。
とはいえ、場所柄、襲ってくる人のパターンはほぼ限られてくる。そして、地の利はこちらにある。応援がくるまで持ちこたえられれば、あえて打ち取れなくても勝ち、なのだ。
基本は、相手よりも多い人数で対応する。
さらに、騎士団員と同じように、メインウェポン以外にも使える得物を増やすようにアドバイスした。まあ、部署によってはよりどりみどりだけど。モップとか箒とかハタキとか。バケツだって鈍器になる。
魔術が使える人には、いくつかの攻撃方法、もとい妨害工作を提案してみた。派手な攻撃魔術は仕えなくても、使い所はある。例えば、欲張り貴族さん達への嫌がらせみたいな、って言ったら、力一杯納得してくれた。
次は、実際に動いてみる。
トンファー一本をナイフに見立てて、メイドさん達の武器の使い方を確かめる。ナイフは、ギルドハウスでやっつけた短剣使いを参考にした。
皆さん、イイ顔で笑っている。
「そのような考え方もあるのですね」
「うん? ボクが物知らずなだけだよ」
ただ、使える物は何でも使う。TPOは読むけど。
「それに、お姉さん達は持てる物が限られてるんだから、なりふり構っていられないじゃん」
基本的に、侍従さん、メイドさん達は、武器を所持できない。侍従さんは男だから力技も使えるけど、メイドさん達は、最初から不利なのだ。
「それで。これからブランデさんに集めてもらった人達に訓練相手をお願いするんだけど、負けたら侍女さん達がデートするって約束したから」
「「「「え?!」」」」
「本気になれるでしょ?」
見れば、にやけきった若い団員がかなり集まってきている。下心が見え見えだ。
「負けなければいいんだよ」
「い、いきなりですか?!」
一番若いメイドさんが狼狽している。
「大きな夜会だと、こう、手癖の悪い人が居るでしょ。躱す練習だと思えばいい」
「あ、はい。でも」
「一対一でもないし。先輩さんがフォローできるし」
「お任せください!」
ヤル気、いや殺る気に満ちた目で、連中を睨みつけている。・・・本当に、何があったんだろう。聞いてみたいけど、怖い。
いくつかの小道具を集めて、準備完了。
「このくらいの人数でいいかな?」
ブランデさんが、やってきた。
「ええと、ボク、ななしろです。侍女さん達の訓練に付き合ってくれて、ありがとう」
「いやいやいや。俺達にもいい訓練になるから」
団員、もとい犠牲者候補達がニタニタと嗤っている。
「一通り、侍女さん達と模擬戦してもらった後で、ボクも相手してもらっていいかな? ボクが降参したら、約束通りデートできるようお願いするから」
「「「「いいとも!」」」」
よし。
ブランデさんは、吹き出すのを懸命に堪えている。
「ブランデさん。判定役をお願いしていい?」
「いいとも」
さて、やるか。
条件は、次の通り。団員さん達がナイフまたはショートソードを使う。団員さん達一人または二人に対して、メイドさん達はそれ以上の人数で対戦。ブランデさんの判定に従う。締めのボクとの一戦では、団員さん達全員に掛かってきてもらう。
もう、それを聞いただけで、団員さん達の頭の中は桃色に染まってしまったようだ。口元が、だらしなく緩んでいる。ちょろいな〜。
「では、はじめ!」
最初は、ナイフ持ちが一人に、メイドさん二人。それぞれ、棒と鞭を持っている。
棒とナイフが突きと払いを繰り返す。メイドさんの間合いに踏み込めないのにじれてきたのか、ナイフの扱いが雑になってきた。すかさず、棒で大きく突きを入れる。狙いは、言わずと知れた、あそこ。
思わず逃げ腰になったところに、鞭の追撃。って、顔面直撃?!
鼻血を出して、ひっくり返った。
「それまで!」
「なっさけねえなぁ」
「焦り過ぎだろ?」
「カルメさん。美人だし」
「俺は、絶対にデートするんだ!」
見物していた訓練参加者は言いたい放題。知らないって平和だね。
「次!」
「俺が」
「俺も」
ショートソードが二人。メイドさんは三人。武器は、棒二人と無手。
「いいのか?」
「ええ。よろしくお願いします」
にっこり微笑むメイドさん。でも、獲物を狙う目つきだよ? ボクだったら、全力で逃げるよ?
「それでは、はじめ!」
ショートソードと棒が打ち合う。が、それほど時間が経たないうちに、
「冷てっ」
声を上げた一人の頭上に、棒の一閃。
「がっ」
はい、リタイア。どれくらいの大きさのたんこぶが出来たかな。
「なにっ」
慌てる相方の上には、
「「「「あ」」」」
頭と同じくらいの大きさの氷の塊が。見物人が声を上げた直後に、落ちた。
ごん!
こちらもリタイア。たんこぶ比べが出来るかも。
無手のお姉さんは、氷魔術の使い手だった。でも、氷を作ることは出来ても、遠くに飛ばすことは出来ないという。それで、ちょっとした工夫を教えてみた。
先に声を上げた方の背中に、小さな氷を放り込んだのだ。十分、器用だと思う。
「なあ。これ、どういう訓練なんだ?」
集まってきていた団員の一人が、今更なことを質問する。
「あれ、ブランデさんに聞いてない? 侍女さん達の護衛術なんだけど」
「にしても、やり方が」
「だって、お姉さん達は刃物を持てないじゃん。それでも、危ない人が来たら王妃様達を守らなきゃいけないんでしょ? しかも、護衛の兵士さん達がすぐそばに居るとは限らないし」
「「「「・・・」」」」
娯楽で練兵場を借りてるとでも思ってたのかね。
「真面目にやらないと、たんこぶしか貰えないよ?」
「「「「・・・・・・」」」」
「次!」
ショートソード持ちとナイフのコンビが立った。メイドさん側は、棒と鞭と、
「・・・真面目、なんだよな?」
「もちろんです」
手にしていたのは、配膳用のトレイ。ペルラさんに持っていかれたのと同じくらいの大きさの木の盆だ。
「はじめ!」
今度は、鞭のお姉さんが牽制する。それも、剣先をかいくぐって、手首を狙う。
「うまいな〜」
「いてっ。てっ」
狙いがずれたナイフの腹を、棒で叩き落とそうとする。それでも、なかなか武器を手放さない。
「それでは」
三人目のメイドさんが、ナイフ持ちの横に回り、トレイを振りかぶって横殴りに振る!
「うわっ」
思わずナイフを持った手で、トレイの一撃を防ごうとする。が。
「ぎゃっ」
トレイの角が、こめかみにクリーンヒット!
これは、痛い。振り始めはトレイの底面を相手に見せておいて、当たる直前で握る角度を変えたのだ。
大きなトレイなら、盾代わりに使えるかも、と唆したら、このとおり。そう言えば、ペルラさんは、何も言わないうちに、ヴァンさんを殴りつけるのに普通に使ってたっけ。
ナイフ持ちは、ショートソード持ちの方に倒れ掛かる。当然、巻き込まれないように逃げる訳だけど、
「がっ」
のど元に棒を突き当てられた。
「それまで!」
その後、何人もの勇者が挑みかかっては、ことごとく退けられた。訓練用のナイフとショートソードを使っていた、というのもあるけど、なんというか。
長めの鞭を持ったお姉さんに、足元を止められて素っ転ぶ。トレイで視界を塞がれた隙に、腹部に蹴りを入れられる。メイドさん二人に挟み撃ちされた上、棒二本をハサミのように使われて、首を締められる。モップで視界を塞がれている間に、頭からバケツをかぶせられ、さらにハタキ連打の追撃を受ける。ベッドシーツに全身を絡め捕られて、身動きできなくなる。
ちょこっと入れ知恵しただけなのに、お姉さん達の応用力は半端なかった。プロだなぁ。
「全敗か〜」
ブランデさんも複雑な顔だ。調子のいい若手の鼻をへし折るにしても、数人はメイドさんに勝てると思っていたらしい。
「まだでしょ。ボクが残ってるよ」
意気消沈している敗北者達に、復活戦があることを思い出させた。
「そうだ!」
「希望はある!」
・・・懲りない。まあ、若いし、しょうがないのかな。
「誰か一人でも勝てばいいんだ!」
「でも、こんなちっちゃな子を相手にするのは気が引けるよ・・・」
「参加しないなら、デートは無しね?」
数人が辞退した。それは、おそらく正しい。気絶したままの人も、不参加。でも、大多数がリベンジに立ち上がる。
「お前達、いいか!」
「おう!」
「やるぜ!」
「「「「おう!!」」」」
未だに下心を胸に秘めた挑戦者達が、気合いを入れる。
「では、はじめ!」
一応、作戦らしきものは立てたようだ。ショートソードの人達が先手を取る。刃のついてない訓練用とはいえ、んなもんで四方八方から殴り掛かられては堪ったもものじゃない。ということで、
「え?」
「なんで!」
その全てをトンファーで受け止めた。全員が同時に同じ間とめがけて武器を振り下ろしてくるんだから、盾でなくても可能だ。
「おわぁっ!」
力任せに押し込んできた瞬間、腰を屈めると、攻め手は勢いを止められずに揃って前のめりになる。体勢の崩れた今が、チャ〜ンス!
「いてえ!」
「ふぐっ」
腹とか脛とかを、トンファー一本で手当り次第にバカスカ殴る。痛みに転げた人はそのまま捨て置いて包囲から抜け出し、あっけにとられていたナイフ持ちを各個撃破していく。手首を打ってナイフと取り落とさせたり、足払いを掛けて倒れたところに蹴りを入れたり。
「それまで!」
うん。骨折も酷いねんざも無し。こんなもんか。
「・・・すげぇ」
いつの間にか、見物に回っていたマイトさんがつぶやく。
「今日のは、またすごいな」
レンまで。
メイドさん達からは拍手が送られてきた。
「やり過ぎた?」
「いやいやいや。このくらいの怪我なら、訓練でしょっちゅうだから。それにしても。ロナちゃんは、本当に強いねぇ」
ブランデさんが、感心している。
「体が小さいからって、舐めて掛かってきたからじゃないの?」
「いやぁ。あいつらのスケベ、げふん、意気込みは本物だった」
マイトさんが、妙な太鼓判を押す。
「ナーナシロナ様。ご協力ありがとうございました」
「早速、同僚にも教えます」
「他にも、いろいろと使えそうです」
微笑むメイドさん達。
でも、使うって、道具だよね。相手は選ぶ、よね?
とどめを刺す主人公。




