勧誘合戦
「そうですよね〜。作られる物がびっくり箱なら、作り手はもっと凄いのも当然、ですよね〜」
凄いって、なんなの。
「陛下。お気を確かに!」
ウォーゼンさんが、うつろな目をしたスーさんの肩を揺さぶる。
「あ、そうだ」
全員が、びくん、と体を震わせる。
「おい。まだ何かあるってのか?」
ヴァンさんが、睨みつけてくる。
「やだなぁ。ウォーゼンさんを借りるから、スーさんに一言断りを入れようと思っただけなのに」
「借りる?」
「俺が説明する!」
ボクより先に、ウォーゼンさんが、さっきの「お願い」を一通り説明した。所々に、ボクへの嫌みが込められてた気がする。でも気のせい。あれは、正当な取引だ。
「これらを実行すれば、ロナ殿は指輪を受け取ってくださるのですよね?」
スーさんまで、念を押してくる。
「そうでなければ、 ケツ百たたきだ」
「ヴァンさんてば、下品」
「いちいち茶化すな!」
「二人ともそこまで!」
ウォーゼンさんが、間に入る。
「指輪は壊さない。これでいいでしょ」
「・・・」
「だから。話をコロコロ変えるな!」
「ボクのお願いを聞いてくれる、ってちゃんと答えてくれたのは、ウォーゼンさんとヴァンさんだけだもん」
「ミハエル殿下もだ」
「え? 泣くばっかりだったじゃん。二百部書き取りも「やります」って、言ったっけ?」
「「・・・」」
「宰相さんもペルラさんも、返事する前に気絶しちゃうし」
「「・・・」」
「判りました。三人には私から履行させるよう申し付けます。ですから、どうかお受け取りください」
「約束だよ?」
「必ず」
よし。スーさんの確約も貰った。
ペルラさんを揺すり起こしたけど、目を覚ましても半泣き状態だった。またコエノさんに来てもらって、部屋から送り出した。そして、入れ替わりにメイドさん達が大挙してやってきた。
でもって、男性陣を叩き出しつつ、部屋の清掃やベッドメイキングをてきぱきとこなしていく。プロはすごいな〜。
「それで、ミハエル殿下へのお仕置きはなさったのですか?」
「蓑虫の刑で十分でしょ」
「「「物足りません」」」
メイドさん、怖いわ〜。
「ええと。騎士団訓戒を書き取りするって」
「もしかして、レオーネ様の宿題と同じ物ですか?」
「そう。レンってば、終わってなかったみたいだね。で、ミハエルさんに姪っ子の手本になりなさいって言ってあげた」
「「「なるほど」」」
にやりと笑う一同。
「うまく使ってね♪」
「「「畏まりました」」」
これで、問題児達が少しでも大人しくなる、といいなぁ。
・・・なし崩しで今夜も王宮に泊まることになっていた。しまった。
翌朝。起きてすぐ、入り口に控えていた侍従さんに、宰相さん宛の手紙を頼んだ。さすがに、口頭で呼びつけるのはまずい、と思ったからなんだけど。
朝食が終わらないうちに、駆けつけてきた。
「はっ、はっ。今度は、何事でしょうか!」
「手紙に書いたじゃん」
宰相さんに、ボクの身分証を手渡す。
「・・・どうしても、でしょうか?」
「金額は、はいこれ」
メモも手渡す。
「・・・」
アルファ名義だった時に溜め込まれた報酬や手数料に、不良貴族の勝手振込分、身分証再発行の手数料も加わえておいた。うええ、目が回る。
「侍従さん達に、これの使いっ走りを頼む訳にもいかないでしょ。だからって、宰相さんが走ってこなくてもいいんだからね」
「・・・はい。後ほど、お返しに、上がります」
「よろしく〜♪」
とぼとぼと廊下を引き返していく宰相さん。
「ナーナシロナ殿は、不思議な方ですねぇ」
「宰相殿も陛下も気安んじておられるようですし」
同行していた侍従さん達が、感心している。なぜだ。
「気安く浴室に乱入されるのは困るんだけど」
「「・・・」」
侍従さん達はボクに一礼した後、そそくさと宰相さんの後を追っていった。
「変だねぇ」
「後ろめたいことでもあるのでしょう」
メイドさん達は、しかめっ面している。もしかして、のぞき、とか? それはいけない。あの見事な鞭さばきは、痴漢対策? で鍛えられたのかもしれない。
「ところで、ナーナシロナ様。本日のご予定はどうなさいますか?」
「うーん。街で、買い物をしたいんだけど」
「ご所望の品は何でしょう」
「あ、ええと。干した果物を」
せっかくだから、[魔天]では手に入らない種類の果物を買っていこう。クッキーに混ぜたり、そのまま齧ったり。うん。昨日食べたのは、美味しかった。
「畏まりました」
「早速、ご用意して参ります」
・・・あれ?
「予算はね?」
「必要ありません。女官長様から、昨日、昨晩のお詫びとして、ナーナシロナ様のご指示には全て従うように、とのことです」
「だから、レンは監禁中でしょ? それに、犯人、ごほん、本人は、ボクがぐるぐる巻きにしちゃったし。なんで、女官長さんが?」
レンの小遣いは、蜂蜜でスッカラカランのはずだし。ミハエルさんの小遣いから、というなら判るけど。
「私達はご命令通りにするだけです。他に、お取り寄せする品物はございませんか?」
にこやかに尋ねるメイドさん。
「ない、です。ありません。果物で十分」
「夕刻までにご用意致します。その頃、ウォーゼン副団長がお越しになるそうです。本日は、こちらで、ごゆるりとお過ごしください」
「どうぞ、何なりとお申し付けください」
「あ、ありがとう、ございます」
休める、のかなぁ。
お昼ごはんと一緒に、宰相さんと身分証が帰ってきた。
「本当の本当に、よろしかったのですか?」
やった! 残高が減ってる。よしよし。
「うん。頑張ってね」
「・・・王宮に勤めて以来、このような仕事は初めてなのですが」
「宰相さんや王様は、最終責任者。他にも仕事は色々あるんだから。最初は、とにかく使えそうな人を集めて、どんな形で運用するのがいいか検討するところから始めればいいんじゃないの?」
「そこまで計画されているのであれば、ナーナシロナ殿こそ参加してくださってもよろしいではありませんか!」
「ボクは、見習い。それに、つてもないし。人を集められる訳ないじゃん」
物作りはなんとかなっても、日本でもこの世界でも、人事運用は専門外。無理ったら無理。
「そうではなくてですね?!」
「一年二年で出来ることではないでしょ。むしろ、二十年ぐらいは継続しないと効果ないし」
「でしたらなおさら」
「人を使うのは苦手なんだ。使われるのはもっと無理。適材適所。ということだから、頑張って」
組織運営を長年やってる宰相さんなら、うまく舵取りしてくれるだろう。
にこにこ。笑顔で応援♪
「・・・」
控えている侍従さん達は、目を白黒させている。安心したまえ。そのうちに宰相さんが説明してくれる。というか、のぞきに精出す暇もないくらい激務に追い回されることだろう。頑張ってね。
宰相さんと二人きりで昼食をとった。これだけでも目立つってのに。給仕に当たるメイドさん達の視線が怖い。言いふらさないでよね。
やたらと勧誘してくるのをのらりくらりと躱し、あったらいいな魔道具とか、現在使われている魔道具の不満なところとか、メイドさん達も交えて話をした。
聞いて知った、驚愕の事実。
この世界の魔道具は、専ら公共施設として使われていた。下水処理とか、街灯とか、街道の敷石とか。いずれも、王宮の経費で維持されている。
他にも、保冷効果のある部屋、煙突の煤除去装置、調理場の汚れにくい床、清潔な病室、などなど。衛生関係の設備は、補助金付きで設置義務が課せられている。
なお、お湯の出るポットのような日用品的魔道具は、贅沢品。貴族が功績を上げた家臣に褒美として渡すとか、懇意の商人に袖の下代わりに寄越すとか。金色の菓子詰めみたい。用途として、どうなんだろう。
マジックバッグは、魔石を使わない変わった魔道具だ。魔力さえあれば使えるけれど、結構なお値段がする。使用者の魔力量によって、容量も変わる。
使用者に最適化されたバッグだと、もはや術具扱い。かなりの物量がしまえるようになるが、オーダーメイドとなる上、製作にかかる時間も費用も半端ない、らしい。
なるほど。ボクのリュックを持たされたマイトさんが絶叫する訳だ。
「そうだ」
「ま、まだなにかあるのですか?!」
宰相さんが泣きそうな顔をしている。
「んしょ。これ、あげる」
ウェストポーチから、ショルダーバッグを取り出す。ここをちょいちょいと弄って、はい、準備OK。
「忘れてた。スーさん、じゃなかった、王様からもお願いされてたし。お仕事増やしちゃったし。これ、ボクがお手伝い出来ない代わり」
宰相さんのプルプル震える手に持たせる。
「もしや、その、これは、あの・・・」
侍従さん達やメイドさん達もいるから口にはしないけど、これこそ、宰相さん専用に作ったマジックバッグ。
「ちっちゃいんだけどね。そうそう、中の注意書きは読んだほうがいいよ」
「は、はは、は。ありがとう、ございます・・・」
引きつった笑い顔で、それでも受け取ってくれた。
大きくかぶせる蓋の部分に、ひまわりみたいな刺繍が付いている。かわいいでしょ。郵便配達夫というよりは、幼稚園児の通園バッグ? でも、機能には関係ない。だから、問題ない。
「宰相様、よくお似合いです」
給仕していたメイドさん達が、べた褒めしている。ほ〜ら、問題ない。
またも、肩を落として部屋を出て行く宰相さん。
「もうちょっと、喜んでくれると思ったのにな」
「女性からの贈り物に縁がないからでしょうか?」
「下心付きの物でしたら、たくさんご縁がありそうですけど」
「宰相様は、とてもとても潔癖です。そのような品は一切受け取ったことはないそうですよ?」
うーん。ボクも、下心がないとは言えない。もっと働け! と、尻を叩いた訳だし。
「迷惑だった、かな?」
「大丈夫ですわ。ナーナシロナ様があまりにも可愛らしいので、照れていらっしゃるだけです」
そうなのかな。
コンコン。
メイドさんの一人が入り口で受付している。
「ナーナシロナ様、レオーネ様がこちらにお伺いしたいそうです。いかがなさいますか?」
「どうぞ〜」
おや。ミハエルさんの反省文効果が早速出たか。昨日までだったら、メイドさんも蹴散らかして突入してきたと思う。飛びかかってくるのもなし。うんうん。いい傾向だ。
「ロナ〜っ!」
身なりはきちんと整っているのに、くたびれた感が全身から漂っている。
「どうしたのさ」
「うっ、うっ、ううっ」
なんか、泣きそう。
「それで?」
「終わらないんだ」
「何が」
「・・・書き取り」
「あと、いくつ残ってるの」
「多分、五十、ぐらい」
・・・おい。
「三ヶ月も何やってたの!」
「だって、だって、ロナが居ないから」
理由になってない。
「ほら、座って。お茶飲もう」
「う、うん」
メイドさん達が、香茶を入れてくれた。お茶請けは、ボクのクッキー。
「やっぱり、ロナのクッキーはおいしいな」
誤摩化すんじゃない。
「で? 宿題ってのは、宿題出した人が居ない時にするものだと思ってたけど。違うの?」
「・・・違わない」
小さく縮こまる大型犬、もといお姫様。
ハナ達を見れば、
「・・・なにそれ」
腹を上に向けて、降参のポーズ。
「ちゃんと、レンのこと、見てるんじゃなかったっけ」
さらに、万歳のポーズ。君達、一体、何をしてたんだ?
「これからは、朝起きたら、一部書くこと。毎日だよ?」
「うん。判った」
「ただし。」
びくん! 背を伸ばすレン。
「ボクがいいというまでは、ずーっと、ずーっと続けること」
「え? どうして!」
「だって。宿題、終わってなかったし。罰を受けるのは当然、だよね?」
レンについてきていたメイドさん達を見れば、大きく頷いている。皆さん、苦労してるのね。
「朝の訓練が出来なくなる!」
「一部書くのに、そんなに時間がかかる? それに、だらだらと素振りするより、集中して型をこなす方が訓練になるんだよ?」
「・・・・・・」
「まあ、剣を使えないボクが言うことじゃないけど」
「そんなことはない! ロナは強い」
「型なんて知らないもん」
「それで、どうしてあんなに戦えるんだ? 男達四人をあっという間に制圧したじゃないか」
「相手をよく見て、隙を窺って、好期を逃さず一撃必殺、かな。自己流だよ」
それを聞いていた鞭使いのメイドさん達が、拍手している。
「鞭も、型などありません。ただ、集中して腕の一部になるまで振るい続ける。これだけです」
それだけじゃないと思う。兵士さん達を追い出してたときの気迫は、ただ者じゃなかった。なんか、恨みつらみを込めまくってた? 何があったのか聞いてみたいけど、怖くて聞けない。
「ナーナシロナ様は、お強いのですか?」
「知らなかったか? 盗賊討伐の時、サイクロプスの首を切り落としている。それは見事な切り口だったそうだ。それに、ロナを襲った男達をばったばったとなぎ倒して返り討ちにしたのも見た。すっごく強いんだ」
目をキラキラさせてメイドさん達に教えるレン。
「あの。ナーナシロナ様は、剣、をお持ちになられてないようですが」
「武器は、これ」
ウェストポーチからトンファーを取り出した。さすがに、姫様の前で刃物を見せるのはまずい、と思う。これが、一番無難だろう。
「あの。ナーナシロナ様。図々しいお願いとは承知しているのですが、私達に稽古を付けていただけませんか?」
メイドさんの一人が、恐る恐るお願いを口にした。
「・・・はい?」
部屋にいた他のメイドさんも、頭を下げている。
「わたしも! わたしも一緒にやりたい!」
なんで、そうなる?!
まだ、王宮から出られませ〜ん。あれ?




