勝負!
「ん? ちょっと待て」
ヴァンさんが、タンマを入れた。
「何を?」
「指輪だよ、指輪! そいつ持ったまま[魔天]に入ったら、魔獣どもに取り囲まれて、採取どころじゃなくなるんだろ?」
「あーーーーっ!」
ウォーゼンさんが、大声を上げる。今、ペルラさんいないのに。
「何事ですか!」
ほら見ろ。客室の外にいた侍従さんやメイドさん達が飛び込んできたじゃないか。
「宰相さんと打ち合わせしてたら、疲れてたみたいで。寝かせてきてくれる?」
とっさにボクが説明した。嘘ではない。途中経過を省略しただけだ。でもって、ソファーに伸びている宰相さんを指差す。
「「・・・」」
ウォーゼンさんとミハエルさんが、呆れている。
「最近は、お疲れのご様子でしたし」
「だからといって、お客様の前で眠ってしまわれるとは」
侍従さん達は素直に信じてくれた。
・・・ボクは助かるけど。いいんだけど。それでいいのか? ローデン王宮。
「あ、あー。ロナ殿は、レオーネ殿下にも慕われているからな。最近のご様子をお聞きして、安心されたのだろう」
ウォーゼンさんが、苦し紛れのフォローを入れる。
「左様でございますか」
「そうでした。女官長様から、御夕食の用意を申しつかっております」
「まだしばらくは打ち合わせの続きをしている。届いたら知らせてくれ」
「了解しました」
扉を閉めて、ようやく大きく息を吐くヴァンさん。
「はーっ。焦ったぜ」
「いや。申し訳ない」
「それで! ナーナシロナ殿が危険なのでは?!」
ミハエルさんが、直前の話を振り直した。
「別の魔道具を使うもん」
「「「は?」」」
「レンも指輪をしてるんでしょ?」
「あ、ああ。もちろんだ」
「ほら。離宮で結界を張る魔道具を使ったけど、スーさんの指輪は光ってないんだよね?」
「え? あ、ああ。異状を知らせてきたのはロナ殿の指輪だけだ」
よし。
「おい。説明しろよ」
「あの結界には、魔力を感知できないようにする機能もついてるんだ。それを使えば、魔力狙いの魔獣に襲われる事は無くなる、はず」
「・・・そうなのか?」
「俺に聞かれても判らん」
「私も門外漢なので」
男三人が困惑している。
「・・・そうだ! それなら私がお供できます! します!」
なぜか、改まった言葉遣いでアピールするミハエルさん。
「却下」
「な、なぜですか?!」
しょげたところはレンにそっくりだ。
「また、迷子になりたい?」
勇者ごっこを忘れたとは言わせないぞ。
「!」
また泣く。おぼっちゃまは、いくつになってもおぼっちゃま。
「だから。手加減しろって言ってるだろうが」
「それはともかく。ヴァンさんが荷物持ちで、ウォーゼンさんは、その護衛。ミハエルさんまで手が回らないよ」
「自分の身は自分で守ります!」
「森の中での魔獣戦の経験はある?」
「・・・」
無理じゃん。
「それ以上ぐだぐだ言うなら、書き取り増やすよ?」
「!」
だから。いい年した大人が、わんわん泣くのってどうなのよ。
「ミハエル殿下、ここは堪えてくれ。俺が、二人分働いてくるから」
あまりにも鬱陶しいので、しゃくり上げるミハエルさんに侍従さんを付けて、客室から追い出した。
「・・・なあ、ヴァン殿」
「なんだ?」
「ロナ殿は、前から、こんなだったか?」
「いや? ここまで酷くはなかった」
二人して、ボクを見る。
「相手に理解しやすい言葉で説明してるだけだってば」
物理的被害は、最小限に抑えてるし。何のどこが酷いというんだ。
「帰ってきてくれて、無事な顔を見れて、うれしいんだがよ? それ以上に、なあ」
「喜ぶのはそっちの勝手だけどさ。一から十まで付合ってたらボクの身が持たない」
「うそつけ」
「ヴァンさんと一緒にしないでよ」
「どういう意味だよ?!」
「無駄に元気」
「このっ、・・・・・・」
あれ? 怒鳴り散らすかと思ったのに。
「へ、へっへへっ。そうはいくか。話をそらすのも大概にしやがれ! 二度とその手は喰わねえからな」
「ヴァンさんの乗りがいいから付合ってあげただけだもん」
「・・・」
握りこぶしに力を込めて、とっさの怒号を飲み込んだようだ。
「我慢のし過ぎは体に良くないよ?」
くるりと背を向け、壁を殴りつけ始めた。八つ当たりもよくない。
「ロナ殿。からかうのもそのぐらいにしてくれ」
違うもん。気を使って忠告しただけだもん。
「明日のうちに、三人、七日分の糧食と水を用意しておいて。武器は正副二種類以上。でも、重くなりすぎないように。いい?」
「・・・いきなりだな。だが、判った」
「ヴァンさん。いつまで壁と遊んでるの?」
「ちくしょーっ」
あらら、蹴りまで加わったよ。綺麗な壁なのに。
コン、コン。
「はい?」
ボクが扉を開けた。一番、近い位置にいたから。
「お食事をお持ちしました」
ペルラさんが、一人で大きなワゴンを押してきていた。髪型は、すっかり元通り。
「部屋から出た後、笑われたりしなかった?」
「っ!」
真っ赤になっちゃった。
「そ、その話は、お食事中にでも。こちらに、支度させていただきます!」
「お前達も、そろそろ交代してくれ。もし、陛下がお見えになられたら、中に声を掛けるように。他の者は入れないでくれ」
「了解しました」
ウォーゼンさんは、入り口に控えていた侍従さんと兵士さん達に指示を出し、すぐさま部屋の扉を閉めた。
むう。四人分の夕食にしてもなかなかのボリューム。次々とテーブルに並べられていく。ただ、ワゴンの一番下の段から取り出されたのは、リュックだった。
「こちらの品も、お持ちいたしましたわ」
「まあ、ご飯食べてからにしようよ」
「そうだな」
「俺も腹減った」
「ヴァンさんは怒り過ぎだよ」
「誰の所為だ、誰の」
「短気も健康によくないんだって」
「・・・!」
ヴァンさんは、猛然とご飯を食べ始めた。そういう食べ方も、体には良くないと思う。
「ロナ殿、そろそろ、その辺で」
ウォーゼンさんが、嗜めてくる。
「ボクの事、告げ口してくれたお礼だもん」
まだまだ言い足りない。全然足りない。
「ナーナシロナ様も、どうぞお召し上がりくださいませ。料理長自慢の料理ですのよ?」
ペルラさんは、ヴァンさんの拗ねっぷりにも動じない。流石だ。
「うん。いただきます」
「宰相様とミハエル様は? こちらにいらっしゃらないようですが」
そうか、四人分じゃなくて六人分の料理だったんだ。どうりで多い訳だ。
「あ〜、それは」
口ごもるウォーゼンさんの代わりに説明してあげた。
「宰相さんはね、ボクのお願いに感激して卒倒しちゃった。ミハエルさんは、感涙泣き止まず」
「「それはない!」」
ウォーゼンさんとヴァンさんが、代わる代わるに説明した。聞いているペルラさんは、どんどん渋面になっていく。
「ミハエル様には手緩いと思いますが、理解はしましたわ。ですが、その、宰相様への「お願い」というのは、昨晩の?」
「ボクにもローデンにもお得な話なのに、なんで嫌がるのさ」
「ナーナシロナ様の大損ではありませんか!」
「大金なんか必要ない。邪魔なだけだよ」
「口座にあるだけですわよ?」
「使われないお金は死んでるお金。もったいないでしょ」
王宮が、非常時の為の予算を確保しておくのは義務でもあるだろう。金銀財宝があればあるだけ、住人は安心できる。個人で死蔵しているより、よっぽど有意義だろうに。
「「「・・・」」」
しばらくは、誰もしゃべらなかった。
食べ終わって、食後のお茶が出されて、ようやくヴァンさんが口を開く。
「なあ。こいつの頭ん中、どうなってるんだろうな」
「俺のような凡人には計りかねる」
「わたくし、全敗中ですの」
「勝ち負けの話だっけ?」
「・・・そうじゃねぇ」
ご飯を食べた直後だというのに、ヴァンさんは、全身から疲労感を漂わせている。あんな食べ方をするからだ。きっと。
「それで〜。ペルラさんへのお願いなんだけど」
「は、はい。いかような処罰もお受けします」
処刑台に上がる罪人のような顔をしている。ボクが、いじめたみたいじゃないか。
「なんで罰なの」
そう言いつつ、腕輪から虫糸の束を取り出して、持ってきてもらったリュックに移し替える。
最初はきょとんとし、次に喜色を浮かべ、そのうちに顔色がものすごく悪くなってきた。
「あの! ナーナシロナ様。ご説明、いただけませんか?」
「うん? これ、ペルラさん気に入ったみたいだから、あげる」
「そうではなくてですね? その糸巻きの数は」
「布じゃなくてもいいでしょ? それに、これなら好きな柄の布が好きなだけ織れるし」
ボクの分は、来年、また集めまくればいい。
そう、ボクの時間はある。まだまだある。腐りそうなほどある。
「な、なあ。ロナ。いくつ渡すつもりなんだ?」
「え? あるだけ、全部」
「おおおお願いではなかったのでしょうか!」
ペルラさんが、どもった。
「だから、お願い。これで、布、織って♪」
「ひゅぅ〜」
「女官長殿?!」
「・・・気絶しやがったぜ」
倒れたペルラさんを見て、ヴァンさんがつぶやく。こっそり、『楽園』を起動しておく。絶叫対策だ。
「ペルラさん、機織り出来ないの?」
「そんな事はない、はずだ」
そうだよねぇ。王族の衣服を作る為の布地は、買うだけじゃなくて女官さんが織ることもあるって聞いたし。
「そうじゃねぇ! 魔獣素材は高騰してるって教えたじゃねえか。それに、そいつは新種の魔獣から採ったやつだろう? そんなもんを荷馬車が山積みになるくらい押し付けられたら、俺でも目を回しちまう。って、もう出すな!」
「あともうちょっとでおしまい〜」
ほら、移し替え完了。
「ただ布を織らせるだけではないのだろう?」
む。ウォーゼンさん、鋭い。
「元ローデン王宮女官長のペルラさんが織る布だよ? 貴族のご令嬢方も興味津々になるでしょ。それで評判になれば、今度は、ギルドに「採ってこい!」圧力がかかるかもしれないね〜♪」
「んなっ」
「普通の人達が使う為の魔獣狩りには消極的でも、大きなもうけが期待できる貴族からの依頼が増えれば、ハンターは大喜びで[魔天]に狩りに行くようになるよね。ついでに、普通の依頼も消化できるようになる。どう?」
「・・・」
ヴァンさんの目も口も、かぱーっと開いたままだ。瞳孔も開いちゃってるかもしれない。
「こ、ここ、こんの、悪党!」
復活したとたんにこの台詞。やっぱり、口が悪い。頭じゃなくて、首を絞めるべきだったか。
「いやだなぁ。仮定の話だよ? そうそううまい話にはならないって♪」
とにかく、あれこれ仕事を押し付けて忙しくさせておけば、ボクごときにかまかけている暇は無くなる。
ふふふ。口座は減らせる、お願いも聞いてもらえる。ついでに、しつこい人達を身の回りから追い払える。一石三鳥!
コン、コン
「俺が出る」
ウォーゼンさんが、扉に向かう。『楽園』を解除しておかないと。
「ナ「また来たの?」・・・」
スーさんが物言う前に、先制攻撃。
「・・・とにかく。陛下。中へ」
ウォーゼンさんが、慌ててスーさんを部屋に入れた。うなだれる王様を見て、侍従さん達が驚愕している。そりゃそうだろう。
でも、反省はしない。むしろ、反省を求めたい。
扉が閉められ、スーさんが席に着く。もう一回『楽園』を起動した。
「女官長も気絶しているということは、やはり」
「お願い聞いてくれる、って約束してくれたもん」
「陛下。女官長殿は、宰相殿とは別の件で」
「こないだ見せてもらっただろ、緑の布。あれの糸を、この部屋が埋まるくらい押し付けられた」
「は、はあっ?!」
ウォーゼンさんとヴァンさんの解説を聞いて、スーさんが王様らしからぬ間抜け声をあげる。
「その上、そいつで布を織れと抜かしやがった。この悪党!」
なんで、悪党呼ばわりされなきゃならないんだ。
「金貨五百枚積み上げられるよりはましでしょ」
「・・・どこからその金額が出てきたのだ?」
「港都でシルバーアントを売ってくれって言われた時」
「「・・・」」
「さすがに、女官長の退職金では賄いきれませんよ?」
スーさんも戸惑い顔だ。
「誰が、買い上げてって言ったのさ。布にしてって、「お願い」したの」
「・・・」
「肝心なことを、聞いてなかったぜ」
ヴァンさんが唸る。
「なんだっけ」
「とぼけんな。指輪だよ、指輪! おめえが受け取らないってんなら、この話は無しだ!」
「そっちが先だよ」
「そうです! 先ほどは、何があったのですか?」
小さな巾着袋をスーさんに手渡す。
「これに入れてただけ。たぶん、指輪の存在を隠しちゃったからだ、ってペルラさんが言ってた」
スーさんが難しい顔をしている。
「こんな素材があったなんて」
「これ、トレント変異種で作った物だから、そう簡単に手に入るとは思えないけど?」
おや? スーさんの魂も抜けてしまった。
ここの王宮の偉い人達は、タフなんだかヤワなんだか判らないなぁ。
主人公、絶好調!




