彼女が望むこと
「ぎゃーっ。人殺しーっ」
「刑罰は国外追放ってことで」
「駄目です!」
「まだ死んでません。死んでませんから」
「おめえらっ。助けろよっ」
「物忘れが激しいみたいだから。強めの刺激で治るかもね」
「俺はまだそこまでぼけちゃいねぇっ!」
「あ。宰相さんも一回やっとく?」
「謹んでご遠慮申し上げます!」
「遠慮しなくていいよ?」
「そういう事でしたら私に!」
「ミハエルさんが、これ以上バカになったら、侍女さん達が過労死しちゃう」
「・・・」
「その前に俺が死ぬ!」
「うん。ヴァンさんは死んできて」
「だから止めろ! 悪かった、俺が悪かった! 謝るから」
「やだ」
「この凶悪凶暴娘がっ」
「そういう危険人物を街に入れちゃだめじゃないか」
「自分でいうなっ」
おろおろおたおたする王宮組の取りなしにも耳を貸さず、ヴァンさんが暴れ疲れてぐったりするまで手を離さなかった。
ソファーの上に投げ出されても、もはやぴくりとも動かない。
「ロナ殿。少々やりすぎ、だと思う」
ウォーゼンさんが、気の毒そうに見ている。でも、見ているだけ。ヴァンさんを引き剥がそうとするたびに、ボクに蹴り飛ばされたから。全身痣だらけになってる、かもしれない。
「ヴァンさんの自業自得。いっつも余計な事ばっかり言ってるから、こういう目に遭うんだ」
「ですが。いくらぽんこつでも、さすがに気の毒ですわ」
「じゃあ、ペルラさん、代わりにやっとく?」
「失礼しました。もう、何も申しません」
あっという間に壁際まで下がっていってしまった。冗談なのに。
「さてと。これで、やることはやったし。帰る」
「待て待て待て! もう陽は暮れている。街門は閉められているんだぞ」
「うん? 門の前で一夜明かして、朝一番で出るつもりだけど」
「だから待ってくれ! ロナ殿は俺の客人だ。そんな事させられない」
「気にしなくていいよ」
「いいや気にする。ものすごく気にする。なんなら、部屋を換えよう。離宮でも官舎でも好きなところを用意する」
まあ、結構な人数が右往左往したしねぇ。でも。
「必要ない。ボク、帰るから」
「あの。今から門に向かわれると、目立ちますわよ?」
「だいじょーぶっ! こんな時こそ魔道具の出番だよ〜♪」
「「「あ」」」
レンにあげた『音入』の術杖を、新しく作り直しておいた。もっとも、起動、解除のキーワードは変えてある。
「じゃあね・・・」
あれ?
「こいつは、没収、だ」
下から伸びてきたヴァンさんの手に取り上げられてしまった。気絶してたと思って油断した。口だけじゃなくて、手癖も悪かったのか。
「どろぼーっ」
「いってろ」
片手で頭を抱えながら、ゆっくりと体を起こすヴァンさん。無駄に丈夫なんだから。
「丈夫で悪かったな」
「あ、聞こえてた?」
「わざとらしく、いいやがって!」
「それで、何の用だったの?」
「ああ?! おめえになんかあったらしいって、血相変えて伝令が走ってきたから、大急ぎで駆けつけたってのに。その態度はなんだ!」
「おじーさんが逆ギレしてもかわいくない」
「かわいくなくて結構! で? 何がどうなったってんだ。判るように説明しやがれ!」
「ミハエルさんに裸見られたから、帰るところ」
「「「はしょり過ぎです!」」」
判りやすくていいじゃん。
「目立ちたくないってのに、要らないって言ってるのに、うるさい物ばっかり押し付けてくるし」
「お、王家の指輪をうるさいとは・・・」
宰相さんが絶句した。
「そういうおめえこそ、魔包石とか、とんでもねえ代物を寄越しやがって」
「ちゃんと使える物なんだから、いいじゃん」
「ですから、我々の手には余りますと申し上げました!」
ペルラさんは絶叫。
「なあ。お互いに受け取ってやればいいんじゃねえか?」
お疲れ気味のヴァンさんが妥協案を出す。
「要らないもん。返す」
「どうか、魔包石だけでもお引き取りくださいませ!」
「これじゃ、話が進まねぇ」
ヴァンさんがため息をついた。
「指輪だからって、嵌めとかなくてもいいんだろ?」
「それが、しまったら騒ぎになった。スーさんが光っちゃったんだって」
「はあぁ?」
「ナーナシロナ殿。ですから、省略し過ぎです」
宰相さんが、もう一度指輪の機能を説明した。聞けば聞くほど鬱陶しい道具だ。
「何だってそんな仕組みがついてるんだ?」
「ローデン開闢以来、王家に伝わる魔道具でございます。ですので、理由までは・・・」
「スーさん達には必要な道具かもしれないけど、ボクにはものすっごく邪魔なだけだもん」
「邪魔っ・・・!」
宰相さん、再び絶句。
「指輪くらい、持ち歩いても問題ないのではないか?」
「[魔天]の魔獣はねぇ、異様な魔力を関知しちゃうんだ。つまり、危険倍増。とっても困ったことになる」
ペルラさんが、ダラダラと汗をかいている。以前、王宮発行の身分証に付け加えていた追跡用術式のことを思い出したのだろう。
「ロナ殿は魔道具を山ほど持っているだろう!」
「ちゃんと対策してあるもん」
常時発動型の魔道具は作ってないし、普段は腕輪とかウェストポーチにしまっているし、魔力隠ぺいの術式も付け加えてあるし。完璧でしょ。
「・・・こんの非常識娘が」
「よぼよぼのおじーさんには言われたくないね」
「誰がよぼよぼだ!」
「どうしても、受け取ってもらえないのか?」
ウォーゼンさんが話を引き戻してしまった。ちぇ。ヴァンさん怒らせて、話をそらせたと思ったのに。
「さっきも説明したじゃん。こんな物騒な物、持って歩けないよ」
「それは[魔天]に入るときの話であって!」
「街ん中でも目立つでしょ?」
「ぐっ!」
ウォーゼンさん、撃沈。
「め、名目だけでも私と結婚したことにすれば、指輪をしていてもおかしくはありません!」
唐突に、なにを頓珍漢なことを言い出すんだ、元おぼっちゃまは。
「裸見られた程度で責任取れなんて一言も言ってないよ?」
「そうではなくてですね? 確かな身分があれば、より自由に行動できるではありませんか」
「お供がぞろぞろ引っ付いてくる自由なんて、自由とは言わない」
「それはっ」
今朝のレンの行動は、例外中の例外。多分、ハナ達がついているから見逃されているのだと思う。
「ミハエルおぼっちゃまは、ずーっとそんな生活をしてたから、気にならないのかもしれないけどね。ボクは断固拒否する」
「・・・」
撃沈、二。本気で泣くほどのことではない、と思うんだけど。あー、うるさい。
「あ、あの! それでは、王宮御用達魔道具職人を保護しているという名目ではいかがでしょうか」
「まだ見習いだって言ってるのに」
「〜〜〜いい加減にしてくださいませ! この術杖型魔道具だけでも一級職人のさらに上を行っておりますわ!」
ヴァンさんが握っている杖を指差して、断言するペルラさん。もちろん、ボクは反論する。
「それは、師匠の作品だもん」
「ああああっ! そうではなくてですね?!」
綺麗に結い上げられていた髪の毛をかきむしるペルラさん。コエノさんが見たら、また絶叫するな。
「ローデンで、街で作られてもよろしいじゃありませんかっ」
「ボクは、ボクが作りたい物を作りたい時に作れればいいんだ。それに、街でやったら危ないよ」
「危ない?」
「ほら。魔術って時々、暴発するでしょ」
「まあ、術具を作る時とか、魔術の練習をする時に、多少は」
ペルラさん自身も魔術師だ。心当たりがあるはず。
「ボクが作る魔道具の場合だと、半端なくって」
実感を込めて言うと、ペルラさんだけでなく揃って顔色が青くなった。
「ご冗談、でしょう?」
宰相さんが、愛想笑いで確認してくる。
「それが。ヘンメル殿下のあれで失敗した時は、近くに置いてた石材が粉々になった」
港都のルプリさんを笑えない。山に新しい洞窟が増えてしまった。『楽園』などの陣布やフライパンは、魔導紙に描き起こした時でもそこまで酷くなかったし、魔道具はあっさり完成したのに。もっと簡単な魔術式の「魔力避け」の方が、環境破壊度が大きいとは。
謎だ。いや、何故だ。
「・・・よく、ご無事で」
「そりゃもう、必死になって逃げたし。というわけで、街中でそれやっちゃうと、近所迷惑を通り越して被害甚大」
「・・・・・・」
青を通り越して白くなってしまった。でもって床に座り込むペルラさん。戦線離脱、かな?
「そんな物騒なもん、作るな!」
「ペルラさんが欲しいって言ったんだもん」
「いえもう結構です。十分ですわ。これ以上必要ありませんから!」
「それだけじゃなくて。ほら、魔法陣の載った本が返ってきちゃったでしょ。読み返してたら、おもしろそうなのがあってねぇ」
「自重してくださいませ!」
ペルラさんが悲鳴を上げた。
「街でなければいいじゃん」
「・・・・・・」
追い打ちになったようだ。もはや声も出ない。
「おい。おめえは、何をどうしたいんだ?」
「身軽で静かな隠居生活」
「目ー開けたまんま寝言をほざくんじゃねぇ!」
ウォーゼンさんより酷い。
「我々の至らぬ点は直してまいります。ですから、せめて、どうかローデンにお留まりくださいますよう」
「直すっていうけど、王宮に拉致られて来た時点で、もう手遅れだし」
「!」
宰相さんは、ピッチャー返しの直撃を受けた。ヒットポイントの残りは、あといくつ?
「ほんっとうに容赦ねえな、おめえはよ!」
「だって、きっぱりはっきりどれだけ言っても理解してくれないんだもん」
「おめえがわがまますぎるんだ」
「ボク、子供だもーん。わがままなのは当然だもーん」
「一応、十六だろうが。いい大人なんだから、こいつらの好意を素直に受け取ってやれよ」
最終防衛線のヴァンさんが粘る。
「どこが好意? 悪意てんこ盛りでしょーが」
嫌がらせ二百パーセントとしか思えない。
だというのに、ボクの台詞を聞いて、王宮組が全員泣き出した。
「・・・やっぱ、おめえ、頭打ってどっか捻くれっちまったんじゃねえか?」
「ヴァンさんは、顔も口も悪くなったよね」
「俺の事は放っておけってんだ! ちょっと待ってろ」
王宮組を集めて、なにやら悪巧みを始めた。でも、ボクの耳には全部聞こえてる。ふんふん。そういう事なら、利用させてもらおう。
「あ〜、ロナよぅ。とにかく、指輪は受け取っとけ。特製身分証と違って、居場所は判らねえっていうから。で、代わりに、こいつらは、おめえの「お願い」を聞いてくれるそうだぞ。まあ、おめえの無理難題をどこまで実行できるかは判らんがな」
「ヴァン殿!」
「だから、出来そうな範囲でいろいろとやってもらえ。どうだ?」
「出来るかな?」
「だから! 手加減しろって言ってんだよ」
「一人に一つずつでも、いいの?」
「もちろんでございます」
宰相さんが、明言した。うふふ。聞いたからね。
「・・・なんだよ。その顔は」
「ペルラさんはねぇ。まずは、あのリュック、持ってきてくれる?」
「あの、とは、あれ、でしょうか?」
「そう。あれ」
「・・・かしこまりました」
【遮音】を解除し、部屋から飛び出していった。そういえば、髪の毛ぼさぼさになってるのに。まあ、いいか。
「ミハエルさんは、騎士団訓戒の書き取り百部」
「は。・・・はあっ?」
「叔父さまが率先して見本を見せれば、レンだって少しは反省する、かもしれないし。それとも、二百部にする?」
「いえいえいえ! 書き取り百部、謹んでお受けいたします!」
「やっぱり二百部にしよう」
「・・・」
マジ泣きするミハエルさん。でも、今までレンを甘やかしてきたツケだ。この際、ミハエルおぼっちゃまにも、連帯責任で、きっちり反省してもらおうじゃないの。
「俺は何をすればいい?」
「ウォーゼンさんは、ミハエルさん達小隊の代役で、ボクとピクニック」
「・・・ロナ殿。どういう意味だろうか」
「盗賊討伐の時に、ボクの採取を手伝ってくれるって約束してくれたんだ。でも、ミハエルさんは、例の指輪を持ってるでしょ。連れて行けないもん」
ものすごく葛藤している。ミハエルさんの安全確保は当然だけど、その代償で狩に出る、ってのはいまいち納得し辛いらしい。
「一人で行ってもらってもいいけど?」
「判った! 付いていく。了解した。それで、いつ行くんだ?」
「ウォーゼンさんの都合でいいよ。でも、出来るだけ早くしてね。あ、期間は七日ぐらい見といて」
「・・・明後日からなら、なんとか」
「よろしく〜♪」
「なんでぇ。いっつも一人で狩りしてたくせに、どういう風の吹き回しだ?」
「ヴァンさんは荷物持ちね」
「俺もか?!」
「アンゼリカさんに告げ口した」
「あれだけ痛めつけておいて、まだ足りねえのか!」
「告げ口した〜」
両手の指をわきわきと動かす。
「判った! 俺が荷物持ち、だな? やる。やるから、それはもう勘弁してくれ!」
「次は〜、宰相さん。アルファのお金使って魔道具職人の研究開発補助事業の立ち上げ。やってくれるよね♪」
「あ!」
「出来るだけ沢山の国を巻き込んでくれると、もっといいなぁ」
「アハハハハはぁっ」
気絶した。
「・・・ひでえ」
やってくれるよね?
容赦無し。




