見逃して?
前回までのあらすじ。
事故により、離ればなれになっていた二人。ようやく巡り会い、再会を喜び合う。これから、二人は幸せになれるのか。
なんて、昼ドラ的しようもない事を考えてしまった。そんな場合じゃないんだけど、ないんだけどね。
「あの、女将さん? そろそろ、ここ、片付けませんか〜〜〜っ」
むぎゅーっ
またも抱きしめられる、もとい締め付けられる。ムラクモも、ボクの髪の毛をもしゃもしゃと銜え始めるしっ。
「もう少し、もう少しだけ、ね、ね? アルちゃん」
って、もう一刻は経ってるんですけど?
「えと、ななしろ、って、さっき、言いましたよね?」
「あら、そう? ななしろちゃん? そうね、ななちゃん!」
どこかのブランド人形みたい。ボクには、似合わない。絶対。
「えーと、姫様にはロナって」
「一緒じゃつまらないもの」
つまる、つまらないの話じゃないです。
「ななちゃん。まだ、お母さん、聞いてないのよ?」
何を。
ぶひん!
「ほら、ムラクモさんも聞いてないって」
「あ、え? えーと」
「ちゃんと言って」
これって、あれかな?
「た、ただいま?」
「お帰りなさい」
また、きつくきつく抱きしめられた。
ようやく放してくれた。
肩とか頭とか、涙とよだれでべちょべちょだ。
「もう、もう、どこにも逝かないでね?」
行くなと言われても。
「ってー、ボク、まだ修行中だし。えーと。ヴァンさんはなんて言ってきたの?」
「アルちゃん、じゃなかったわね。ななちゃんが帰ってきて。アルちゃんとは別人の振りをしたがっていて。姫様のお気に入りで。そんなところかしら」
簡潔。いいけどね。
「他には?」
「そうねぇ。無茶振りに磨きがかかって手に負えないって」
ひどい。
「ヴァンさん達が大げさにしすぎてるだけだもん。ボクは、巻き込まれただけの一般人!」
「あらあらあら。王宮ってば、また粗相したのかしら」
ありゃ。アンゼリカさんの笑顔が黒い。でもまあ、お仕置きしてくれるっていうなら、お願いしよう。
「それより、片付けようよ」
流石に、木工品は魔術で一発補修、という訳にいかない。細胞組織は偉大だ。複雑すぎて再現できない。
「・・・ねえ、ななちゃん。そのしゃべり方は、なに?」
「んー、なんとなく」
そう、なんとなく。でも、直す気もない。
「似合うけど、似合っているんだけど。ねえ? 何かしら。どうなのかしら」
考え始めた隙に、アンゼリカさんから離れる。でもって、元テーブル、今残骸を食堂の脇に運んでいく。
一体全体、どういう勢いで蹴り付けたんだか。床に穴が空いてないのが、・・・蹄の形に凹んでいるじゃないの。
ムラクモは、壁や天井に刺さった切れ端を抜き取ってくれた。散らばった木切れも、丁寧に銜えて集めている。そして、こちらを見ない。見ようともしない。さっきまでの態度はどこにやった。
どう頑張っても、テーブルを元の形に戻すのは難しそうだ。よく枯れた良い木を使っている。高かっただろうなぁ。
・・・あれ? 改装したばかりって言ってたよね? もう一度、家具を取り揃えたり、穴の空いた壁を繕ったりすれば、同じぐらいの値段になる、はずだ。うわぁ、どうしよう。
「あ、あのー、女将さん?」
「お母さん!」
「女将さん」
「お母さんなの!」
「女将さん、でしょ?」
「お母さんなの!!」
不毛な押し問答の結果、また、名前で呼ぶ事を強要された。ぜー、はーっ。
「それで〜、壊したテーブルとか床の弁償はどうすれば」
さっきもお店のことで話があるって言ってたし。
「あら、気にしないで。ななちゃんとお話したかっただけだから。それに、ムラクモさん、ななちゃんに逢えて、ちょっと喜びすぎただけだもの」
軽く、さらっと流しましたよ。
でも、この惨状を、ちょっと、とは言わない。言えない。
それに、ムラクモの怯え様は尋常じゃなかった。「ただ」で済むとは思えない。ムラクモはすっかり小さくなっている。一応、世話を受けているところに迷惑をかけた事は理解しているようだ。もっと早くに気が付いて欲しかった。
「そう言う訳には。ボクが逃げ回った所為でもあるし。それに、きっと、凄くお金が掛かるでしょ?」
「大丈夫よ。子供が心配しなくても。お母さんが、なんとかするもの」
と言っている時点で、大丈夫じゃない。
そうだ。相手は了解してなくても、口座には振り込めるんだから。
「ななちゃん? 何、考えてるのかしら?」
相変わらずの千里眼ぶりだ。なんとか誤摩化さないと。
「え、えーと。食堂が開けるようになるまで、何日ぐらいお休みするのかなーって」
「まあっ。そうよね。やっと帰ってきてくれたんだもの。ななちゃんに、もっとおいしいご飯を食べてもらわなくちゃ。頑張るわ。頑張らなくっちゃ! メイラ、クララ? 大工は来たかしら?」
矛先は逸れたようだ。アンゼリカさんは、厨房の奥に突進していった。ムラクモと顔を見合わせて、安堵のため息をつく。
「これからは、もう少し、気をつけようね」
ひゅん
こっそり食堂から出ようとしたら、ムラクモがついてきた。うう、気持ちは嬉しい。でも。
「ごめん。もうしばらく、アンゼリカさんも見ててくれる?」
でっかい目がさらに大きく見開かれる。
「ほ、ほら。お店に迷惑かけちゃったし。このまま知らんぷりできないから。ムラクモに見てて欲しいんだ。だめ?」
耳をぐるぐる回したり、首を振ったりして、拒否しようとする。
「ムラクモも、せめて、扉を壊した分は借りを返さないと。ね?」
そう言ったら、とたんに縮こまる。なんとか、納得してくれたようだ。
「じゃ。また来るから。頼むね」
ひゅーん
ごめんよぅ。
ムラクモの熱い視線を背中に感じながら、「森の子馬亭」から逃げ出した。決して、君の図体がでかすぎる、という訳も少しはあるんだけど、それだけじゃないから。
とにかく、ごめん!
「こんにちは〜」
「「「キャーッ!」」」
びっくりした。
べたべたな頭や服は、ギルドハウスに入る前に拭っておいた。それでも、多少は変な目で見られるかと覚悟してはいた。
まさか、お姉さん達の歓声に迎えられるとは。
「遊びにきてくれたんですよね?!」
鼻息も荒い、気がする。
「え、えええと、そうじゃなくて。振込を」
「そんなぁっ」
そこまで残念そうにしなくても。
「〜〜〜それでは、振込先と金額をこちらに」
渋々と言った様子で、振込申請書の魔導紙とペンを差し出された。
「この書類って、保存されるの?」
「三年間は保管されますよ」
無謀貴族の無断振込は十年以上前だ。もう、残ってないのか。残念。
アンゼリカさんに、前回貰った報奨金の九割を振り込むよう手続きした。これだけあれば、食堂の修理に足りるだろう。
少し残したのは、レンの買い食いに付合う分。足りなくなったら、蜂蜜を売る。そうしよう。
「・・・ええと。これで、よろしいのですか?」
渡した書類を確認しているお姉さんが、変な顔になった。
「うん。お願い」
記入漏れはないはずだけど。
「・・・・・・。身分証をお借りします」
よし。これも処理終了、っと。
「あと、銀貨二十枚、払い出しできる?」
「はい、こちらです。確認してください」
蜂蜜取り上げられたから、他のお土産を探さなくっちゃ。
「ありがと」
「では。お茶に付合ってくださいねっ♪」
・・・あれ?
昼食まで付合わされた。
あれーっ?
「ようやく、依頼を受けてくれる気になったか!」
受付の騒ぎを聞きつけたのか、ガレンさんが出てきた。ボクを見たとたんにホクホク顔になる。ボクは、渋面に早変わり。
「振り込みにきただけだもん」
「そう硬い事言うなよ。ほら、これとかこれなんかも。いい素材が手に入るぞ〜♪」
そう言って、依頼書を次から次へと突き出してくる。
定番のロックアント。ローデンの主力商品となったロー紙の原料、ドリアード。
「メランベーラ、こいつは最優先依頼だ。こいつがないと街ん中の排水処理が出来ないって、役所から泣きつかれている」
へえ。それは知らなかった。どんな使い方をするんだろう。
メランベーラは、一見、ごつい鱗のトカゲと間違えそうだけど、アルマジロに似た動物型魔獣で、攻撃を受けると丸くなって体当たりで反撃してくる。一抱えもある鉄球が、ものすごい勢いで飛んでくるようなものだ。当たれば、ぺちゃんこにされる。
「ギエディシェは治療院から。もう在庫がないんだと」
あ〜、いろいろな薬に使えるからねぇ。[魔天]上空を飛び回るトビケラのような昆虫型魔獣なんだけど。でかいけど。
他にも、あれやこれや。何件溜まってるんだか。
「で?」
「で、じゃねえ! なんでもいい。獲ってきてくれ」
拝まれた。
「ボク、ハンターじゃないってば」
「うちで身分証を出したんだから、おめえもハンターに変わりはない!」
強引すぎるにもほどがある。
「そういうのは本職のハンターに依頼してよ」
「依頼はしている。でも、手が足りてないんだ。獲ってきてくれればいい。この通り! 頼む!」
「ボクはハンターじゃない!」
ここでも押し問答をするはめに。とほほ。
お互いの喉が嗄れるまで喧々囂々やりあって、ロックアント、メランベーラ、ギエディシェの三種を「気が向いたら」持ち込む、という話で決着をつけた。今、ローデンには、これらを採取できるハンターがほとんど居なくて、依頼を消化できないらしい。
ロックアントはともかく、後の二種。それほど難しい採取とは思えないんだけどねぇ。
「いやぁ、期待してるぜ」
そりゃ、獲ろうと思えばいくらでも獲ってこられる。でも、目立ちたくないの!
「勝手に期待してれば? 無理なものは無理なんだから」
「待ってるぜーっ」
どいつもこいつも。人の話を聞いてよ、ねえ。
このまま街を出てもよかった。
だけど、アルファの口座分を王宮に押し付ける件が残っている。やむなく、王宮に向かった。
王宮の門で名前を言ったら、大騒ぎになった
なんでも、レンが一人で帰ってきたので、とうとうボクに見捨てられてしまったのか、と、居合わせた門兵さん全員で問いつめたらしい。曲がりなりにも王女さまなのに。つくづく、ローデン王宮は変だと思う。
そして、今朝、ボクらを見送ったメイドさん達が、門まで迎えにきていた。
「「誠に申し訳ありませんでした」」
「え? いや、その。なんで?」
「お客様を放り出してくるなんて。今日という今日は、いくら姫様でも見逃せません!」
「今は、お部屋に押し込め、ごほん、謹慎させています」
「騎士団の二個小隊で取り囲んでいるので、いくら賢狼殿がついていても逃げ出せないはずです」
逃亡犯じゃあるまいし。
「お部屋にご案内します。どうぞ」
「・・・あ、どうも」
数人のメイドさん達にかしずかれた状態で王宮内を歩く。やっぱり目立つ。
「あのー。なんで、こんなに人数が居るの?」
「お客様を逃がさない、おほん、不自由をお掛けしないようにするためです」
本音がだだ漏れしている。見逃してくれよぅ。
夕飯前に、客室併設の浴室を借りることにした。いい加減着替えたい。風呂場まで入ってこようとするメイドさん達を押し返す。
うわぁ、こんなに濡れてたなんて。脱いだシャツのポケットから、払い出したお金を全部出す。
一緒に指輪も出てきた。邪魔だ。だけど、腕輪にしまえない。ウェストポーチは? こっちもだめ?! これは、身分証以上の謎道具だな。でも、指に嵌める気はしない。うーん。入れてあった小箱は、持っていかれちゃったし。小銭入れの巾着袋にでも入れておくか。
おや。この状態なら、ウェストポーチにしまえるじゃないの。ラッキー♪
さて。体を洗う前に、シャツとか洗っておこう。
!!!!!
ん? 浴室の外が騒がしい。レンが乱入してきたのかな?
「お待ちください!」
「いけません!」
「ナーナシロナ殿! ご無事ですか!!」
メイドさんを押しのけて飛び込んできたのは、なんと、ミハエルさんだった。その後ろにも、兵士さん達がうじゃうじゃいるのが見える。
「・・・」
ミハエルさんは耳まで真っ赤になる。浴室内が暑い所為ではない、だろう。
「あ、あの。その。も、も、申し訳ない」
そう思うのなら、後ろを向け。
「それが、兄上から、異常があったと、知らせが来て、それで」
ボクは、お風呂に入るところだった。着替えは、脱衣所に置いたまま。つまりは。
「いつまで見てるんだ。とっとと出てけーっ」
「しつれいしましたぁーーーーっ」
ボクが怒鳴りつけた直後、不埒者は、三葉さんと四葉さんに巻き付かれ、浴室から引きずり出されていった。一葉さんが、すかさず扉を閉めてくれる。グッジョブ!
しゃがみ込んでいたから、丸見えではなかった。だからといって、恥ずかしくない訳がない。
まずは、汚れたシャツを洗う。体も頭も洗う。石鹸を流して浴槽につかる。
はあ。疲れた。
今日は何の厄日だ? もう、何も考えたくない。
のぼせるまで湯につかっていた。
ここで、ぽろり。色気は、・・・ご想像にお任せします。




