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再会は、ドラマチック

 遠足当日の小学生のようだ。ちっともじっとしていられない。


 メイドさん達の懸命の仕事ぶりのおかげで、レンは、ようやく人並みの身だしなみに変身できた。そう、変身。ビフォー・アフター。男装の麗人。この人、誰?


「みな、ありがとう」


「そうおっしゃるくらいなら、少しは協力してくださってもよろしいではありませんかっ」


 噛み付くように、メイドさんが非難する。付いてきたメイドさん達は、皆疲労困憊の有様だ。怒るのも無理はない。着替えて、髪型を整えて、って、こんな格闘戦みたいにするものだっけ。


「ああ、うん。すまない。ロナが目の前にいるものだから、こう、うれしくて、な」


 反省しているのかしてないのか分かりにくい。いや、反省してもらわないと。


「あんまりやんちゃしすぎると、弟君に笑われるよ?」


「ヘンメルは何も言わなかったぞ?」


 ああそうですか。効果、無かった。


「とにかく、準備はできた。早く行かないと売り切れてしまう」


「「「何がっ!」」」


「さあ、行こうか」


「人の話を聞いて? ねえ、聞いてってば」


「うん? だから、急ごう」


 聞いてないっ


 見れば、涙目のメイドさん達がハンカチを振って見送っている。おい!


 通りすがりのメイドさんや侍従さんもぬるい笑顔で見送るか、頭を下げる振りをして視線をそらしている。でもって、ついてきているのはハナ達だけ。


 王宮の門兵さんは、レンにではなく、ボクに向かって、


「・・・どうかご無事で」


 とか、贈る言葉を囁くし。どこの決死隊の話?


「休暇の日は、賢狼殿の散歩も兼ねて朝市を回ることにしているんだ」


 街の巡回任務との違いが分からない。


「早朝だけの屋台もあって、これがなかなか楽しい」


 美味しいの間違いでしょ。





 あちこちの屋台を回った。必ず一品は食べている。


「警護の人は来ないね」


「うん? そういえば、最近はいないな。どうしたんだろう」


 何となく、何となく予想はつく。


 レンのペース〈主に食欲〉についていけない人が続出して、とうとう誰も居なくなってしまったんだ。いや。居るにはいるが、見える範囲には決して近付いてこない。限りなく遠巻きにしている。

 それでいいのか、ローデン王宮。


「とーちゃんは?」


「ああ、昨晩は同僚と飲みにいくと言っていたから、今朝は無理には誘わなかった」


 マイトさ〜ん、逃げたね?


「ロナ。朝食は、あそこにしよう」


「今、手にしている串は何!」


 ボクの台詞を聞き入れるはずもなく、案内されてきたのは、「森の子馬亭」だった。宿の位置は変わっていないが、内装が新しくなっている。


「一月ほど前にやっと再開店してな。ここでの食事も久しぶりだ」


 だからね。王女さまが街中にご飯食べにほいほい出てくるって、・・・言うだけ無駄か。


「いらっしゃいませ!」


 見覚えのない若い女給さんが声を掛ける。ボクがいなくなった後に入った人のようだ。十七年は経ってるのだから、当たり前。


「やあ。久しぶり」


「まあっ! 女将さーん。姫様がお見えになりましたよーっ」


 なんなの。その、思いっきり顔見知りなご挨拶は。なじみの店は、露店だけじゃなかったのか。


「あらあらあら。ご無沙汰しておりました。盗賊討伐の任務は大成功なさったとお聞きしました。今更ですが、おめでとうございます」


 すぐさま厨房からやってきたアンゼリカさんは、相変わらずの美人さんだった。本当に年取ってるのかな。おおっと、他人他人。知らない人だってば。


「女将、ありがとう。怪我もなく無事に帰ってこられた。それもこれも、ロナのおかげなんだ」


 そう言ってボクに顔を向ける。


「ボクは攫ってこられただけだってば」


「わたしの親友なんだ。えーと、名前は」


 この鳥頭! しかも、ボクの台詞を無視した。


「初めまして。ななしろ、です」


「まあまあまあ、まあ。私は、「森の子馬亭」の女将をしておりますアンゼリカです。どうぞ、ご贔屓に」


 普通のお客さん向けの笑顔で、挨拶してくれた。


「よ、ろしくお願いしまーす」


「それで、二人分、いいだろうか?」


「すぐにご用意しましょう。こちらの席へ」


 ごく自然に座席に案内される。ほっ。ヴァンさんみたいに見抜かれてはいないみたい。


「女将はな、客の体調にあった料理を出してくれるんだ。いや、もちろん、注文すればその料理も出してくれるけど。女将に任せて悪かったためしがない」


「そんなに、頻繁に来てたの?」


「実は、騎士団の仮入団のお祝いに、父上から教えていただいた」


 スーさーん! 娘になんて事を教えてるんだ。外食奨励なんかするんじゃない!


「なにか、街中で困った事があったらすぐに相談するようにって。でも、見習いでも団員なんだから、わたしが彼らの相談に乗るべきだと思うんだ」


 うん。言っていることと胸だけは立派だけどさ。


「そう思うのなら、せめて人前に出る時にはきちんとした格好をしておこうよ」


 抉ってやる。しぼんでしまえ。


「それとこれとは話がっ!」


「ぼさぼさよれよれの騎士団員に相談持ちかける人がいると思う?」


「あううううっ」


「そういえば、宿題、終わった?」


 そう。反省文の書き取りは、ボクが街を出る時までに終わらなかったのだ。だから、宿題、と言っておいたのに。三ヶ月以上時間はあったのに。


「あっ」


 ・・・目が泳ぎまくっている。ハナ達まで。くぉらーっ!


「朝ご飯食べに、街に出かけてる暇があるのかな?」


「それはっ。でもっ」


「あ、そうだ。蜂蜜の代金はレンのお小遣いから差し引く、ってペルラさんが」


「そんなっ。女官長っ、あんまりだっ」


「ボクもそう言ったんだけどねぇ」


 先立つ物がなければ買い食いも出来まい。出歩く頻度も減るだろう。と、期待したいけど、どうなんだろう。


「あらあらあら。何の騒ぎですか?」


 料理を運んできたアンゼリカさんが声を掛ける。でも、ボクの目はトレイに釘付け。なんなんですか、そのボリュームは。


「女将。すまない。その」


「お小遣いが減らされてしまったのでしょう?」


「ううっ。聞こえていたのなら、話は早い。あの」


「この朝食は、討伐完了のお祝いにさせていただきますよ。ご遠慮なく」


 そう言うわけにはいかないでしょ。


「レン。ボクが立て替えておく」


「ロナっ。ありがとう!」


 喜色満面でお礼を言うレン。だが。


「帰ったら、すぐ書き取りね」


 誰が甘やかすか。


「そんなーーーっ」


 レンは、本当に判りやすい。


「書き取り、とは何ですか?」


「それはね〜」


「ロナっ。言わなくていい。言わないでくれ、頼む!」


 でも言う。


 レンの実態は街の人に知られているんだ。今更、愉快なエピソードが一つ二つ増えたところで、問題はない。これっぽっちもない。


 ご飯を食べながら、アンゼリカさんに、前回街に来た時のレンとのあれやこれやを説明した。

 レンは、俯き加減に、それでも結構な量のある朝食というよりはフルコース的な料理を片っ端から食べている。ボクもだけど。残すなんて、もったいない。


「あらまあまあ。姫様、餌付けされてしまったんですね」


 お腹を抱えて笑っているアンゼリカさんに、弱々しく反論するレン。


「違う、違うんだ。こう、窮地を救ってくれた恩人なのであって」


「空腹の極地、の間違い」


「ああうっ」


「たいした料理じゃなかったのに、なんでそこまで懐く、もとい信用するかな」


「信用しない方がおかしい!」


 そこがもう、変でしょ。


 ん? お客さんも従業員も、目を丸くしてこちらのテーブルを見ている。


「食後のお茶をお持ちしました〜。それにしても、女将さんが笑うところを見るのは、本当に久しぶりです」


「そうなの?」


 いつも、にこやかにお客さんを迎えてたはずだけど。


「クララ、もうそれは言わないで」


 おや?


「いいえっ。わたし達だけじゃなくて、近所の人達も心配してたんですよ? いきなり黙り込んだり、お部屋に籠ってしまったり。フェンさんからも、くれぐれもって頼まれて。

 ようやく、ガーブリアへの湯治に行く事を認めてくださって。気分転換になったようで、安心したんです。戻ってきて、いきなり客室の改装を始めたのには、ちょっと驚きましたけど」


「女将。悩み事があったのなら教えてもらいたかった。もっとも、わたしでは、あまり役には立たなかったと思うが。それでも、騎士団員の端くれとして、少しは助力になれたはずだ」


「だからさ。ぼさぼさ、よれよれじゃ、相談する気になれないって」


「ロナっ。今、それを言わなくてもいいだろう?!」


 きりりとした顔で女将さんに詰め寄るレンを嗜める。そもそも、一般市民が、王族にほいほい相談事を持ちかけられるはずがないってのに。


「まあまあ。姫様が相談に乗ってくださるんですか?」


 ・・・あれ? アンゼリカさん、なんで、乗り気になってるの。


「うん。話を聞く事ぐらいはできる。もちろん、誰にも話すなと言うなら、その通りにするとも」


「では、聞いていただけます?」


 ・・・嫌な予感。


 わたしの目の前で、怒濤の「賢者様自慢タイム」が始まった。




「ですからね? もう、最後の最後まで心配かけまくったあの子の事が、もう、気になって気になって」


「女将にとって、本当に大事な人だったんだな。父上も、時々宝物庫に籠ってしまったりしていた。あそこから引っ張りだすのに、叔父上や宰相がとても苦労していたそうだ」


「そうでしょう。そうでしょうとも」


 背中が痒いを通り越して、鱗が毛羽立っている、気がする。


 相槌を求められれば、そうだねとか、そうだったんだとか、極力スルーする方向で答えたけど。そうでもしていなければ、憤死している。


 何が悲しくて、誤解誤報てんこ盛りの昔の自慢話苦労話(他称)を延々聞かされなければならないんだ。拷問だってここまで酷くはない。


 とはいえ、「止めてくれ」とは言えない。「そこは違う」と訂正もできない。

 だって、別人だから。アンゼリカさんのいう「アルちゃん」は、死んだの。もう居ないの。ボクじゃない。聞き流せ、自分!


「ねえ。ななしろさん。聞いてます?」


「あ、はい。聞いてますってば」


「それでねえ」


「女将さん。お話の途中、済みません」


 お茶のおかわりを持ってきた女給さん、クララさんが、ようやく救いの手を差し伸べてくれた。貴方こそ、救世主だ。ああ、お茶が美味しい。


「厩の下男が、女将さんを呼んでいるんですけど」


「あらあら、なにかしら。姫様、ななしろさん。お話は、また後でいいかしら?」


「もちろんだとも。わたしも、聖者様の話はもっと聞きたい」


 ボクは、もう、お腹いっぱい胸一杯です。


 ちなみに、常連客は悉く聞かされていたらしく、オンステージが始まったとたん、一斉に立ち去って、もとい撤退していた。ボクも逃げたかった。


「では、少し席を外しますね」


 お客さんの馬に何かあったのかな?


「聖者様はやっぱりすごい人だったんだな」


 目をキラキラさせて言う感想としては、間違ってない。間違ってはいないが。


「あ〜、そうだね〜」


 例え、どんなにいたたまれない気分になっていたとしても。堪えろ、堪えるんだ、自分。


 ぞわっ!


「え?」


「どうしたんだ、ロナ。きょろきょろして」


「今、ものすごい悪寒が」


「ここの朝食を食べていて、それはない」


 いや。そうじゃなくてね。


 串焼き男の比じゃない殺気が突き刺さった、気がする? どこから。対象はレンじゃない、ボクだ。


「なんか、身の危険を感じるから、帰る」


「そういうことなら、わたしが守る!」


「そうじゃなくて!」


 剣の柄に手をやり立ち上がるレンを押し止めた。レンが首を突っ込んだら、更に騒動が大きくなるに決まっている。


 それにしても、店の裏手が騒がしい。アンゼリカさんがいるはずなのに。なんだろう。


 ばきゃっ!


 裏口に通じる扉が、目の前で粉砕された。いや、蹴破られた。


 そこには、翡翠色した巨体が、殺気の発生源が、鼻息荒く、熱り立っている。




 ムラクモ、降・臨。




 あ、いや、オボロやハナ達が健在なんだから、当然なんだろうけど。モリィさんと世界一周でもしてるかも、ぐらいは考えてなくもなくてね。


「や、やぁ」


 ぎん!


 睨まれた。なんで? 声を掛けただけなのに!


「ねえ、ムラクモさん。どうしたのかしら。気になるお客様がいらっしゃるの?」


 アンゼリカさんが、のんびりと、彼の後ろから声を掛ける。


 が、聞いてない。


 アンゼリカさんの気遣いを完璧にスルーしたムラクモは、その辺の雑魚狼も射殺せそうな視線で、迷う事無くまっすぐにボクを見る。


 壊れた扉をくぐって、未来から来た暗殺ロボットのテーマを背負って、ゆ〜っくりと近付いてくる。全身から、暗い緑色の炎が立ち上っている、ようにも見える。


 ひい〜〜〜〜〜っ


「賢馬殿じゃないか。そうか、あなたにも久しぶりに逢うな。元気そうでなによりだ」


 レン! あの眼光を見て、その挨拶はないっ!


「すまない。賢狼殿らが、ロナの料理を先に食べてしまったのを、怒っているのか」


「・・・そうなの?」


 ぶるるるるるっ


「うん。ロナの料理はとてもおいしかった。賢狼殿も金虎殿も、父上や女官長も、とてもとても喜んでいた。そうだな。ロナはやさしいから、きっと賢馬殿にも作ってくれると思う」


 違う。そうじゃない。会話しているようで、ぜんぜん通じてない。どうみても、ボクと差しで勝負! って顔してるでしょ。


「・・・どうやら、わたしは遠慮した方がよさそうだ。ロナ、賢馬殿を頼む」


「あ、え、ちょっと?」


 なんで、こういう時だけ察しがいいんだ、この天然王女さまは。


「わたしは、女将ともう少し話をしていよう。構わないだろうか」


「ええ、ええ。嬉しいわ」


 あ、あれ? 味方がいない。


 ハナ達は、レンとアンゼリカさんの座るテーブルの下にもぐったままだ。ムラクモの剣幕にビビっちゃって、援護にならない。


 ひひーーーーん!


 待て。話せば判る!

 やっと、最後の一頭が出てきてくれました。長かった〜。 

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