振り回されて、三千里
真夜中だというのに、スーさんが足音も荒く部屋に飛び込んできた。
「王様がそんなに慌ててたら、みんなびっくりするでしょ」
ボクも叩き起こされてびっくりした。
「そ、それどころじゃ、はぁ、はぁっ、ありませんっっっ!」
「運動不足?」
「それも違いますっ!」
やや遅れて、宰相さんが追いついた。
「やはり、お考え直し、頂きたく、急ぎ、罷り越し、ました」
こちらも、息切れしている。でもって、言葉遣いが間違っている。ボクは王族じゃないっての。
ちなみに、ペルラさんは、あの後、頑として部屋から出ようとしなかった。「目を離している間に、どんなおかしなことを吹聴されるか判りませんので」だって。ぶーぶー。
「口座の話? 最後の虫のあぶり出しには最良の手段だと思うけど」
面倒な手続き無しで不心得者達の財産をごっそり取り上げられる、絶好の機会だ。捕縛できなくても、十分すぎるほどの罰になる。
「でしたら! その不届き者の財産だけで結構です。それ以上は必要ありません」
顔中を口にして捲し立てるスーさん。
「だから、それだと、賢者の口座が残っちゃうじゃないか。こんな大金、ボクには使い道もないし」
「こちらの手間も考えてくださいっ」
「新規事業の立ち上げに手間暇掛かるのは仕方ないよね〜♪」
「け!「禁句」・・・」
「で、ですが。少々、というより、金額が大きすぎますっ」
宰相さんの眉毛が、八時十八分を指している。
「そうかなぁ。新しい魔道具って滅多に普及しないじゃん。時間も掛かるんだから、予算はいくらあってもいいでしょ」
「今の王宮に、人手を割く余裕はありませんっ」
「新しく人を集めるだけでしょ。働く場所が増えて、税金も増える。王宮が損することはないよね」
「あっ、えと、その! 魔石! 魔道具には魔石が必要ですが、現在の流通量では既存品を賄うだけで使い切ってしまいますわ!」
「その辺の探索事業にも補助を厚くしてー。それに、なにも、ローデン一国で張り切らなくてもいい、というか他の国も巻き込むべきでしょ。きっと、有能な人が参加してくれるって」
スーさん、ペルラさんの意見にもきちんと返事をする。ほら、ボクだって考えてるんだってば。
「でしたら! ナーナシロナ殿の工房を立ち上げていただき、普及に努めていただく資金に」
「却下! ボクはまだ見習いなの。あの魔道具達が一般的に出回るまでは、なーんにもするつもりはないっ」
何度も繰り返し言ったというのに。
「これだけの金額が一国に加わりますと、他国からの非難や追求が」
「だから、あちこちの国にも声を掛けて、協力してもらえばいいってば」
「誰が音頭をとるんですか!」
「ローデン王宮。予算握ってるんだから、当然でしょ?」
「ああああっ! これ以上仕事を増やしたら、子供達と遊ぶ時間が無くなってしまうーっ」
スーさんが頭をかきむしって絶叫した。そこは、まあ、王様業の宿命ってことで、頑張って。
「それとも、コンスカンタにビンボーくじを引いてもらう? 魔道具関係の話だし」
「聖者様の遺産を使った事業を持ちかけたりしたら、あそこの王宮、また天地がひっくり返ったような騒ぎになりますっ」
「ほら、コンスカンタの人が来るんでしょ? 相談してみるだけでもいいじゃん」
「って、その手には乗りません! うちはやりませんし、コンスカンタもおそらくは拒否するでしょう」
うーん。スーさんタヌキはしぶとい。
「そこをうまく乗せるのが王様の腕の見せ所〜♪」
「ですから、やりませんっ」
「あ、そうだ。宰相さん」
「今度は何でしょうかっ」
あらら、宰相さんの声までひっくり返っている。
「事業に掛かる概算って出せない?」
その額の一割増ぐらいなら、目くじら立てなくても済むんじゃないかな。
「もう、もう勘弁してください〜」
あれ?
「宰相!」
崩れ落ちる宰相さんを見て、ペルラさんが弱々しい声を出す。
「・・・気絶されたようです。わたくしも、よろしいでしょうか」
「女官長! 頑張ってください。頼みますから」
スーさんは半泣きになっている。
「ですが、そろそろ限界ですわ」
何が?
「ねえ。故人(自称)の口座を国が引き取るのはあたりまえなのに、どこが問題なのさ」
「「生きていらっしゃるじゃないですかっ!」」
アルファは死んでるんだってば。
「うー、そうだ!」
「まだ、まだなにかあるのですか?!」
「ボクが持ってる魔包石も全部付けちゃう。これで、材料が足りなくて研究が進まない、ってことは無くなるよね♪」
ボクは自作できるから、問題ないし。これで、フォローも完璧!
「「・・・」」
ん?
「へ、へいかぁ〜」
「にょかんちょーっ」
見つめ合った二人は、一瞬の間を置いて、そして声を上げて泣き出した。
「え、え? なんで」
「アル殿ってばっ、コンスカンタでもっ、突拍子もないことばかり仕出かしてっ。ぜんっぜんお変わりないじゃないですかーっ」
床を殴りつけるスーさん。あ、絨毯にシミが。ぼたぼたと滴り落ちている。
「じちょうしてって、自重してくださいませと、あれほど申し上げましたのにーっ」
ペルラさんも、ボクに文句を言いつつ泣き続ける。泣き止まない。
泣き出したとたんに、ペルラさんの【遮音】は止まってしまった。一国の王様と女官長さんが客室で大声で泣き叫ぶなんて醜態は、とてもとても人には見せられない。例え、同じ王宮内の侍従さん達でも。だよね?
急いで、術具の『楽園』を起動した。術杖をダミーに置いておく。やっぱり、術具の方が起動が速くていいよねぇ。って、そういう場合じゃないか。
そのうちに、仕事の愚痴とか不満とか、次から次へとだだ漏れ、もとい暴露され始めた。
ちょっと! そんなヤバい話は聞きたくないんだけど! と言っても、止まらない。全然止めてくれない。
ボクを睨みつけながら、どうでもいいことまで、ぐちぐち言っている。どちらも止めて欲しい。でも、言っても止めない。止みそうにない。
二人に背中を向けてヘビ酒を飲むことにした。他人の愚痴をしらふで聞いてはいられない。とはいえ、今生でもやっぱり酔っぱらえないんだよねぇ。しくしく。
ところが、やけ酒さえも見逃してもらえなかった。
「ずるいですっ。私にも飲ませてください!」
「そうですわ。ずるいですわっ」
スーさんが回り込んできて、ボクの手から瓶とカップを取り上げた。ペルラさんは、部屋にあったカップをもう一つ持ってきた。床に座り込み、二つのカップに、なみなみと注がれるヘビ酒。スーさんとペルラさんは、乾杯して、差しつ差されつを繰り返し、あっという間に瓶を空にし、更にお替わりまで要求する始末。
それほど時間も立たないうちに、スーさんとペルラさんは、酔いつぶれて寝てしまった。つまみも無しにがぶ飲みしていたんだから、無理もない。
静かにはなったけど、これもこれで、なんだかなぁ。
スーさんと宰相さんを、ベッドに運ぶ。なんと、男二人でも余裕の広さ。ボク一人の為の客室に、なんと言う無駄。
ペルラさんは、ソファーに寝かせた。酔っぱらったからとはいえ、男性と同衾、まして王様と一つ布団で寝てました、は、大スキャンダルになるだろう。
『楽園』を解除して、そーっと部屋の扉を開ける。案の定、侍従さんが三人ほど、不安げに控えていた。
「あのー、王様と宰相さん、寝ちゃった。女官長さんも」
「えッ」
大声が出そうになった口を自分の手で押さえ込むのはさすがだ。三人揃って同じ動作をすると、コントみたいで笑いそうになったけど、そこは我慢。
「朝になって、客室から三人揃って出てくるところを見られたら、大変、ですよね〜?」
夜目にも顔色をなくしたのがわかる。
「夜のうちに、王様と宰相様だけでも、お二人の部屋に連れ戻した方がいい、ですよね〜?」
「確かに。ご指摘、ありがとうございます」
「先に、陛下をお連れしましょう」
「キンタは、残ってください。私とサムウェルが抱えていきます」
「了解しました」
てきぱきと役割分担を決めていく。キンタと呼ばれた人は、サムウェルさんともう一人に比べて、やや背が低い。両脇から抱えていくには、体格が揃っていた方がいい。
「私は、ディラクと申します。今暫く、お部屋の様子を見ていていただけますか?」
「ボクは、ななしろ。えーと、三人が、ちょっと興奮気味だったから、お酒飲ませて寝かせちゃった。ごめんなさい」
「陛下と宰相様が、興奮、ですか」
「女官長殿も? 珍しいですね」
小声で話しながら、スーさんを担ぎ上げていく。酔い潰したことについては、何も言われなかった。・・・いいんだろうか。
「すぐに戻って参ります。キンタ、我々が戻るまでは、誰も部屋に入れないように」
「はい」
出来るだけ足音を立てないように、廊下の向こうに去っていく三人。
「ディラク達が戻ってきたら、合図します。それまではお部屋の中に」
「お願いします」
「こちらこそ」
少し時間が経ってから、二人が戻ってきた。今度は宰相さんを連れて行く。
「次期女官長殿に連絡しました。早朝、迎えにくるそうです。申し訳ありませんが、それまで、こちらのお部屋に寝かせておいていただけますか」
「りょーかいです」
「部屋の表には、キンタを控えさせておきます。何かありましたら、お声がけください」
「はい」
「お手数をおかけ致します」
ソファーに寝ているペルラさんは、眉根を寄せてうなっている。
「・・・くれぐれもご内密に」
「そーですよねー」
侍従さん達三人とボクと、揃ってため息をついた。
スーさんと宰相さんがいなくなっても、もう寝る気にはなれなかった。目が冴えてしまった、とも言う。男性二人がいなくなったので、ペルラさんをベッドに寝かせる。ソファーよりは、寝苦しくないだろう。
しっかし、なんであんなに頑固に反対するんだ。ローデンだけじゃなくて、密林街道全体の経済活性化にもなると思うんだけどなぁ。
ボクの手に帰ってきた魔法陣辞典をめくりながら、つらつらと考える。あ、この魔法陣、面白いかも。今度作ってみよう。
次期女官長さんが部屋に来る前に、ペルラさんが目を覚ました。でも、頭を抱えてうめいている。
どう見ても、二日酔い。
部屋にあった水差しで薄めた酔い覚ましの薬を渡す。
「原液の方がよかった?」
首を激しく横に振って、さらに頭痛を悪化させるペルラさん。・・・大丈夫かね。
薬を飲み干し、しばらくしてから、ようやく声が出せた。
「お手数を、お掛けしました」
「それはディラクさんに言って。えーと、次の女官長さん、が、もうじき迎えにくるはず、だって」
ペルラさんが、だらだらと脂汗を流す。あれ?
「このお詫びは後ほど、必ず。では」
「ちょっと待ってって。そんなしわくちゃのドレスで歩き回れないでしょ」
襟元は緩めておいたけど、脱がせてはいない。脱がせ方が判らなかったんだもん。うなされて、転がって、ドレスも髪もぐちゃぐちゃだ。ある程度、ここで身だしなみを整えておいた方がいい。
「【隠蔽】使って、自分の部屋に帰れるならいいけど」
「わたくし、移動しながら【隠蔽】を維持することは出来ませんの。術具も作っておりませんし。
あの、ナーナシロナ様、の、魔道具で隠れて部屋まで送っていただくことは出来ませんか?」
「あることはあるけど、もう遅い、と思う」
「え」
コンコン
硬直したペルラさんは放っておいて、細く扉を開ける。キンタさんと、もう一人いる。
「おはようございます。女官長殿の迎えが参りました」
「おはようございま〜す。どうぞ」
「失礼致します」
入ってきたのは、ボクよりも少し背が高いくらいの女性だった。まあ、女官なんだから、女性だよね。それにしても、しても・・・。
「お初にお目にかかります。コエノ・クロリスと申します。この度は、お客様には大変ご迷惑をお掛けしました」
深々と礼をするコエノさん。おおっと。ご挨拶。
「こちらこそ、初めまして。ボクは、ななしろ。ただの魔道具職人見習いで、えーと、今回はウォーゼン副団長さんのお招きで、こちらにご厄介になりました」
「まあ、ウォーゼン様のお客様でしたのね」
「今日は、レオーネ様とお会いする約束もあって・・・」
「まあああっ。もしやっ、あなたが、あのっ!」
目をキラキラさせて詰め寄ってきた! ところで、あの、って、なに?
「本当に、あの方ったらいつまでもいつまでも奔放、いえ、自由すぎ、でもなくてなかなか聞き分けてくださらなくて。それが、ナーナシロナ様とお会いになられてから、少しはすこーしは落ち着きが出てきましたの! どうぞ、いつまでも滞在してくださいませ。これで私達も楽になりますっ」
いやいやいや。レンの面倒、もとい手綱を握るのは王宮の仕事!
それはともかく。
たわわんな胸の前で手を組んで、熱弁するコエノさん。悔しくなんかないんだってばっ。
「その話はまた今度っ。先に、ペルラさんを」
目の毒なこの人を、さっさと追い返そう。
「はっ。そうでした。女官長様? ・・・なんてお姿をしてらっしゃるのですか」
「飲ませ過ぎたら、そのまま寝ちゃったから」
ボクとコエノさんの会話に口を挟めず、恥じらっているペルラさん。うん、手酌を繰り返して酔い潰れた、と暴露はしない。ボクにだって情けはある。
「あの、あの完璧を誇る女官長様が、そんな、今、目の前にしても信じられませんっ」
完璧?
思わず、ペルラさんをガン見してしまう。
「コエノ? その、手伝って」
「ああああっ。私の憧れのジングバー様が、こんな、こんなあられもない格好をなさるなんてっ」
悲嘆にくれて涙ぐむ。次期女官長さんは、感激屋さんというか、ハイテンションな人のようだ。
そのままだと埒が明かないので、なんとかなだめすかし、ペルラさんの身なりを整えてもらう。といっても、軽くドレスのしわを伸ばし、着付けし直して、髪を結うだけ。
「これで、お部屋まではなんとか誤摩化せるでしょう」
「朝早くから、済まなかったわ」
「いえ。ジングバー様の滅多に見られないお姿を見られただけでも幸運ですっ」
ファンでもあるのね。変なコレクションはしてない、と思いたい。
「後ほど、改めてお礼に参りますわ。今はこれで失礼いたします」
「姫様共々、今後とも、よろしくお願い致します」
「こちらこそ〜」
二度とお世話にはならないようにしたい。身長、同じくらいなのに。くすん。
やっと静かになった。
・・・すぐさま騒々しくなった。
「ロナっ。おはよう!」
だから、王宮内をざんばら髪で走り回る王女様、ってどうなのよ。
「おはよー。ちゃんと、顔洗ってきた?」
「うっ」
そこから?!
レンの後ろから、メイドさん達が追いかけてきた。
「レ、レオーネ様っ。お客様の前でなんて格好ですかっ」
肩で息をしてるよ。
「朝市をロナと一緒に回りたかったんだ。昨日、手紙を出すのを忘れてたから、直接言いにきた」
平然とのたまうお姫様。
「・・・ナーナシロナ様。どうか、どうかよろしくお願い致します」
メイドさん達が、揃って頭を下げた。
問題児が揃い踏み。周囲を困惑させることにかけては、お互い、引けを取らないようです。
なお、タイトルの三千里は、本文には関係ありません。ゴロがいいから付けてみただけです。




