斜め上
「てめえはちったぁ自重しやがれ!」
ヴァンさんが逆ギレした。
「頼まれた物を作っただけで、なんで怒られるのさ」
「ナーナシロナ殿、物事には限度という物がございます!」
「だから、内緒にしてね、って言ったよ?」
「庇いきれんわ!」
「魔道具が普及するまで保てばいいんだから」
「ロナ殿の魔道具に匹敵する物が作られるようになるには、数年、数十年掛かるぞ」
「そうかもね〜」
軽量化マジックバッグ一つで大騒ぎしてるくらいだし。
「・・・ナーナシロナ様、判っていらして?」
「王宮や商工会が協力すれば、もっと早くなるよね♪」
「「「・・・」」」
ご一同。なぜ、そこで黙り込む。
「だめだ。こいつ、落っこちた時にぶっ壊れやがった」
「ちょっとヴァンさん! 酷いよ」
「いえ、そのとおり。ごほん! それにしても、なぜ、こうなったのでしょう」
宰相さんは頭を抱えている。
「ほんのちょっと、仕事が増えるだけでしょ」
「ちょっとで済むわけあるかっ!」
ウォーゼンさんが絶叫した。初めて見たかも。
「そんなに難しいかな。「魔力避け」を誰が作ったか、は、知らないの一点張りで押し通す。そうだ、ボクにせがまれた師匠が、渋々作ったことにしてもいい。
魔道具の設計図は、写しを作って、他の都市にもばらまいて、聖者様の遺産云々で巻き込んで。あとは、魔石の価格補助でもすれば、職人さん達はこぞって取り組んでくれる、んじゃないかな?」
「・・・おめえはどうなる?」
「別に。職人を名乗ることにはしたけど、商売するつもり、ないんだもん」
贅沢言わなければ、[魔天]で自給自足できる。稼ぐ必要はこれっぽっちもない。そもそも、魔道具を持ち歩く口実なんだし。
「すでに、マジックバッグの存在が知られております!」
「師匠の指導無しには作れませんでした〜」
「その師匠を紹介しろと言って押し掛けてくる奴らが来たら?」
「お年故にお亡くなりになりました〜」
「そうなったら、今度こそおめえが狙われるだろうが!」
「まだ見習いだも〜ん。師匠の魔道具は再現できませ〜ん」
ふふん。屁理屈に抜かりはない!
「「「・・・」」」
ペルラさんは、「魔力避け」魔道具を前に百面相をしている。こっちの話は、全然聞いてないな。
「えーと。渡す物は渡したし。用事は終わったから、帰る」
「待て待て待てーっ!」
「お待ちください!」
「ちょっと待て!」
これだけ騒いでも、ペルラさんは、まだぼーっとしている。それでも結界は維持したまま。すごい。さすが、魔術師団長。
「とにかく。とにかく陛下にもお話ししなくてはなりません。せめて、その返答だけでも聞いて頂きたく。それに、そうです。本物の「聖遺品」をお引き取りくださらないと、元の木阿弥となってしまいます」
「すぐ持ってきてくれない?」
「現在の保管場所は、陛下だけがご存知です」
「次に来るときまで預かってて?」
「謹んでご遠慮申し上げます」
宰相さんが、顔全体でも触りたくないと訴えている。
「てめえ。常識とか相場とか、どこに投げ捨ててきやがった」
「前回も今日も、街門から直行で王宮に連れ込まれたんだけど。どこで知ればいいわけ?」
レンと回ったのは食べ物屋台ばかり。で、参考にならなかった。
ウォーゼンさんを見れば、そっぽを向いている。ほらみろ。ボクの所為ではない、断じて違う。
「ごほん! いいから、ここいらで作られてる魔道具がどんな物か一通り見てこい」
ヴァンさんも無理を言う。
「え〜。そんなのいつでもいいじゃん」
レウムさんのポットとか、ルプリさんのあれこれは見たことあるし。
「だ・め・だ!」
「だいたい、他の工房の見習いを入れてくれるのかな」
「あ」
「言わなければ判らん」
ウォーゼンさんが、威張れないことを言う。しかし、魔道具は高級品扱い。
「冷やかしの客は、尚更たたき出されるよね」
「う」
「では、王宮の魔道具をご覧になってください!」
「超一級品じゃん」
価格もロイヤルプライス。どこもかしこも参考にならない。
「・・・」
宰相さんも、黙り込む。
「ボクの魔道具を大量に売るって言うなら話は別だけど、リュックが二つと王子さま専用の魔力避けだけだし」
「「「あ」」」
「で、ですが。姿隠しの魔道具もございますわ!」
おっと、ペルラさんが参戦した。
「ブランデさんは、調書に「師匠が作った」って書いたはず。ヴィラントさんも見てたけど、彼の証言は誰も信じないでしょ」
「「「「・・・」」」」
なんたって、泥棒の言うことだ。むしろ信憑性が疑われる。
「そうだ。ちょうどいいや。魔道具職人さん達への補助は、口座のを使って」
「は?」
「溜め込む一方だったでしょ。これも、有効利用してよ」
「「「・・・・・・」」」
三人の口が、ぱっくりと開いたまま。あれ?
「ほら、遺言無しに死んだ人の口座の残金は、身分証を発行した国の物になるんでしょ? あの身分証はもうないけど、発行した王宮でなら解約手続き取れるよね」
モガシとヌガルでの盗賊討伐の時に教えてもらったのだ。でも、盗賊のねぐらで見つけた身分証の枚数を見て、モガシの人達は鬼の形相になってたっけ。
「ちょっと待て。こないだ作ったばっかりじゃねえか!」
ヴァンさんが慌てる。
「え? 「アルファ」の口座だよ?」
「見てくれが変わろうが名前を変えようが、おめえはおめえだ!」
うーん。やっぱりいっぺん死んだことを説明しないと駄目かな。これはこれで、大騒ぎになりそうだけど。
「ナーナシロナ殿。その、ギルド発行の身分証で、残高は確認されましたか?」
「ん? してない。報奨金の金額も知らない。口座に振り込むって言うから、任せた」
「なんだ。それも見ていないのか」
ウォーゼンさんが呆れている。
「だって。貰うつもり、なかったものだもん」
すぐに使うあてもなかったし。
「いいから、ちゃんと入ってるかどうか見てみろ」
えーと、どこを見るんだったっけ。
・・・なにこれ。
「三〜四桁間違ってない?」
残高だけを表示させて、宰相さん達にも見えるようにした。
「それくらいはあるでしょう」
「いや、少なくねえか?」
「一回の盗賊討伐の報奨金がこんなにある訳ないでしょーーーっ!」
盗賊百人弱をロープで縛り付けて街道脇に放置しただけだ。サイクロプスの買取分が加わったとしても、こんな金額になるわけない。
「おめえの口座なんだから、そんなもんだろ」
「ヴァンさん、どういう意味?」
隠し財産なんか作ってないぞ。
「ロー紙の配当金や、他の都市での討伐報酬等もございましたね。出し入れの詳細にありませんか?」
宰相さんが、表示手順を教えてくれた。うわぁ。アルファ宛の振込がこれも、これも、これも・・・
だから待て!
身分証は、個体情報で識別されている、はず。アルファのときは毛髪で、これは血液を使った。
そして、ボクは、この世界でも、いっぺん、きっちり、完璧に死んでいる。黒銀竜の体は、骨の欠片も残さず原子レベルにまで分解した。今の体は、卵の中からやり直している。繋がりなんか、どこにもない。同じ情報ってことは、あり得ない。
「これ、「ナーナシロナ」の身分証だよ?」
「仮の名、なのでしょう?」
宰相さんの取り澄ました顔が憎らしい。
「なんで・・・」
「身分証に関する仕組みは、古代技術と言われております。旧大陸でも解析できなかったそうです。
亡くなられた方の身分証は二度と発行されませんし、奪った身分証と毛髪で偽装することもできません。
そうそう、どれだけ見た目が変わっても、別人名義で申請しても、必ず新規発行ではなく再発行となります」
ドヤ顔の宰相さんが、自慢げに説明してくれた。最後の一文は、ボクへの嫌みだ。そうに違いない。
いやいやいや。宰相さんに八つ当たりしても、どうにもならない。身分証システム自体がブラックボックスだというのだから。
どうやら、DNAとかの物理化学的情報以外で識別している、というのは判った。というか、それ以外に考えられない。何を使ってるんだ?
異世界技術は、わけ判んない!
「おい、ロナ? おーい」
「どこか、おかしな点があったのでしょうか?」
「ローデンに到着した直後で、疲れているのだろう。今日は休ませた方がいい」
「そろそろ、お部屋の準備もできているでしょう。わたくしがご案内して参りますわ」
まわりで何か言っているけど、耳から素通りしていく。
考え事に集中している間に、トングリオさんの執務室から、小綺麗な客室に誘導、もとい連れ込まれていた。
「あ、あれ?」
「ようやく、お気付きになられましたか」
「ここ、どこ?」
「王宮の客室でございます。何か、お召し上がりになりますか?」
「ペルラさんも忙しいでしょ?」
女官長の位にある人が王族でも貴族でもない人の世話係をするなんて、大げさというか、目立つというか。
「引き継ぎも大半は終わりましたわ。あとは、ドレスの仕上げ、ぐらいでしょうか」
あーそうですか。
「王子さまのお誕生会には参加しないの?」
「陛下と妃殿下のご好意で、招待者の末席に立つことは許されております」
「寂しいね」
あれだけ、ドレスだ何だと気に掛けていた人達から離れなければならないのだから。
「いえいえ。妃殿下に目を奪われるご令嬢方を、間近で存分に眺められるのですから。今から、とてもとても楽しみにしてますの」
・・・にっこり笑うペルラさんの背後に、炎を纏った仁王像が見える。幻とは思えない。
「それより。先ほどは、なにをあれ程驚かれたのでしょうか。わたくし、け、んじゃありませんでした、ナーナシロナ様が、茫然自失されるところなど初めて目にしましたわ」
「あー、うん。身分証の仕組みがね、予想外というか想像がつかないというか」
「確かに、不思議ですわよね。ですが、長命種の方でもなければ、身分証の仕組みを疑問には思わないものですわ」
そりゃそうだろう。身分証でもありキャッシュカードでもあるんだから、そう頻繁に紛失していい物ではない。長く生きていれば、まあ、それなりに色々あるんだろう。
「なんでペルラさんは知ってるの」
「宰相様から教えていただきました」
「宰相さんは、長命種?」
「はい。数代の王にお仕えしているそうですわ」
「・・・大変だねぇ」
「そう思われるのでしたら、少しは自重してくださいませ」
「大騒ぎしているのはそっちだけ」
目を丸くしたかと思ったら、大きなため息をつかれた。なんなの。
「明日、陛下がお会いになられます。昼食後に、こちらにご案内しますので、それまではお部屋からお出になりませんよう」
「なんで!」
「事前の伺いもなしに、陛下と面会できることは滅多にありません。もし、お二人だけでお会いするところが人の目に触れましたら、隠し子疑惑が再発するかもしれません。と、宰相様が申しておりました」
反論できない。前回来たときは、ウォーゼンさんや団長さんも一緒に居たから、そうでもなかったのか。
「でも、半日も閉じこもりっぱなしなんて、やだ!」
「お預かりした魔道具について、もっと詳しく教えて頂きたいのですわ」
顔は笑っていても、目が笑ってない。これだから魔術オタクは。それに、確かに取説は入れてなかった。うーん、仕方ない。
「・・・わかった」
「ありがとうございます。何か、御用がありましたらこちらのベルでお呼びください。それでは、わたくしはこれで失礼致します。後ほど、ご夕食をお持ちしますわ」
うくく。半日は監禁されるのか。三葉さんが、手の甲を撫でている。「元気出せ」、なんだろうな。
ぽけっとしているだけじゃ芸がない。まずは、持ってきた魔道具の取り説を作ろう。
夕食後、覚悟を決めて、身分証の特記事項とやらを全部見てみた。そして、脱力した。
旧名、は、もういい。・・・見せないけど。絶対に人には見せないけど! 本当に、何で個人を識別してるんだか。
真名は表示不可、となっていた。日本名が出てないだけでもまし、そう考えることにしよう。後は棚上げする。知らない。
旧発行元が、ローデン王宮となっている。そういえば、表書きに再発行の記載がないのは助かった。
保証人、も、まあいい。街に入る手前で、ブランデさんが何か言ってた件だろう。それにしても、ミハエルさんのフルネームの長いこと!
賞罰、は、盗賊退治の一覧になってる。そりゃ、報奨金とかそれに類する物を貰ったけど、賞、になるの? あーあ、コンスカンタの道中の分も、突っ込まれてるよ。要らんというのに。こないだ締め上げた盗賊達のも入ってる。ふうん、一件ごとに非表示に出来るんだ。でも、全部隠す。
称号、って、何。密林の野生児とか、森の賢者とか。アルファの時の有象無象が盛られてる。更には、あの精霊世界での呼び名まで。どこからそんな情報を読み込んでくるんだ、このシステムは。
・・・削除できない! ええい、非表示だ。見られなきゃいいんだ。見なければいい。見たくもない。
まだ、続きはあるけど、気力の限界。休むことにした。
一夜明けて、少しは元気になった。開き直ったとも言う。最後は、口座明細の確認だ。
いつ、誰が、どこで入金した、あるいは引き出した、というのが遡って表示されている。銀行通帳そのものじゃないの。スクロールで遡れるって、いいんだけど、いいんだけどね。件数、多過ぎ! プリンターはどこだ!
・・・あるわけがない。エト紙に書き写そう。
おかしい。
全く心当たりない人物からの入金が多々ある。それも、コンスカンタで行方不明になった直後だ。
クモスカータの貴族達がごますりに走ったとしても、時期が遅すぎる。そもそも、ローデンでの入金だ。関係ない。でもって、ローデンの貴族に、親しい知り合いはいない。
宰相さんなら、わかるかな。
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主人公は、コンスカンタで肉体が消滅し死亡した時に、身分証登録自体が抹消された、と思っていた。ところが、口座その他諸々が今生の登録にも引き継がれていると知って、地球の常識ではあり得ない事態にバニックを起こした。
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通貨について
銅貨百枚が銀貨一枚、銀貨百枚が金貨一枚。銅貨五十枚で半銀貨、銀貨五十枚の半金貨もある。都市部での一年間の生活費は、およそ金貨二〜五枚ぐらい(貴族以外)。
一般には知られていないが、金貨千枚分の金剛貨という単位もある。貨幣は存在しない。




