希代の職人
どれだけの手紙を出したんだか。
レンとトングリオさんが、ちびちびと蜂蜜入り縄茶を飲んでいる間に、次々と人が詰めかけてきた。
「お、お久しぶりでございます!」
ペルラさんは髪を振り乱し、
「はぁ、はぁ、はぁ」
宰相さんは息を切らせて挨拶も出来ない有様。
「早まるなっ!」
見当違いな台詞を叫んで飛び込んできたのは、ウォーゼンさん。
「こんにちは。蜂蜜、そんなに欲しかったの?」
「「「は?」」」
乱入者達の目が点になる。
「ちょうどいいや。女官長さん「どうぞ、ペルラと」・・・、ペルラさんに頼まれてたもの、持ってきたんだ。蜂蜜はお裾分けだよ」
「「「・・・は?」」」
「ロナが、ロナがな? 蜂蜜を、こんなに、こんなに・・・、わたしの小遣いでは払いきれないんだ。どうしよう」
「何言ってるの。お土産だってば」
「それこそ何を言っている。こんな高価な物を、ただで受け取れるものか!」
レンの剣幕に、トングリオさんが大きく頷いている。
でもさぁ。レンてば、正真正銘、王族の姫君なのに、高級品に目を回すのはおかしくない?
「よろしいでしょうか? 私は、ナーナシロナ殿がお越しになられたと聞いて、ご相談があって参ったのですが」
「わたくしも、ですわ」
「俺は、トングリオが「手に負えない」と言ってきたから、訓練を放り投げてきた。蜂蜜? それがどうした」
三者三様。どんな伝言だったんだろう。
「副団長。ロックビー蜂蜜の瓶、十本を目の前にして、「それがどうした」と、言えますか?」
ものすごーく疲れた顔をして、トングリオさんが訴える。おかしいなぁ。さっき振る舞った蜂蜜入りのお茶で、元気が出たと思ったのに。
「「「・・・・・・は?」」」
「だから、ロックビー、の、蜂蜜」
困り顔のレンが言葉を重ねる。
「「「・・・」」」
「いくら、工房に籠もりっきりだったにせよ、こう、価値観とか、価値観とか、常識とか、なんていうかもう、俺には無理ですっ。レオーネだけでもいっぱいっぱいなのにっ」
半泣きになって、とうとう机に突っ伏してしまった。
「お疲れだねぇ。トングリオさんには、こっちの方がいいのかな?」
「出すな。出さなくていい。むしろ、出すんじゃない!」
でも出す。
淡い琥珀色の液体が入った瓶を、机の上に、ででーんと。某ウイスキーのボトルを真似してみた。ラベルはないけど、どうだろう。
「これは、何、でしょうか?」
宰相さんが、恐る恐る質問する。いたずらカードじゃないのに。
「蜂蜜で造ったお酒。まだちょっと若いけど、飲めるから」
一葉さん達には大好評だった。ボクは、蒸留後の古酒の方が好き。こっちは、まだ仕込み中なんだよねー。
「飲めるかーーーっ!」
トングリオさんの声がひっくり返った。
「ちゃんと飲めるってば」
「・・・一本、いくらぐらいするのだろうか」
レンが怖々と瓶の群れを指差す。
「宰相?」
「そ、そうですな。出来にもよると思いますが、この瓶の大きさですと、大体、銀貨二十枚、ほどでしょうか」
「それなら、贈り物にも使えるよね♪」
「「「使うなっ」」」
なんでよ。
「密林街道の各都市で、ロックビー蜜の入荷は激減しているのですよ。いえ、それ以外の素材もなかなか流通しません」
宰相さんの眉間に深々としわが寄っている。
「何かあったの?」
「街道近くに出没する魔獣は、そこそこに狩られている。だが、森の奥深くに入らなければ採取できない薬草や魔獣素材は、ギルドが採取依頼を出しても数が揃わないとかで、どこもかしこも頭を抱えている」
ウォーゼンさんの声も、力がない。
「だからなんで?」
「腕利きのハンターが減ってきているんだよ」
ヴァンさんまでやってきたよ。後ろにマイトさんが引っ付いている。
「トングリオ。ヴァン殿まで呼んだのか?」
「ロックビーの名前が出たので、ギルドにも話を通しておいた方がよいと判断しました」
「・・・それもそうか」
「で? 何持ち込んだんだ?」
「ロックビーの蜂蜜。と、それで作った酒、だそうだ」
ウォーゼンさんの説明を聞いて、机の上の大小の瓶を見て、ヴァンさんがため息をつく。なんなの。
「別に売りに出す訳じゃないし、知り合いへの手土産なんだから、そう目くじら立てなくても」
「立つわい!」
げ。つば飛ばさないでよ。
「ロックビーの蜂蜜は、高価な薬の材料になりますの。それを、加工もせずに口に出来るのは貴族の中でも運に恵まれた一部の者だけですわ。まして、薬酒は・・・」
ペルラさんが身震いする。蜂蜜入りのお茶を飲んでいた二人も。
でも、ロックビー蜜に薬効はない、はず。気分的なものなんだろうか。それとも他の薬草の効果を増すとか?
こんな時こそ、薬草辞典があったらなぁ。コンスカンタで出しちゃったから、収納カードには残っていない。今は、どこに行ったのやら。
宰相さんもため息をつく。
「とにかく。今宵は王宮にお泊まりください。いろいろと、いろいろとご相談がございますので」
「トングリオ班長、連絡してくれて助かった。ロナ殿はこちらで引き取る」
「ま、待ってください。一緒にこれも持っていってくださいよ!」
トングリオさんは、慌てて、土産物一式をウォーゼンさんに押し付けた。
「そうだ。女官長へ渡して欲しいと預かった箱なんだ」
レンも、ペルラさんに箱を渡す、もとい突き出す。
「来るたびに騒ぎを起こしやがって」
「騒いでいるのはそっちだけ。ボクはなんにもしてないよ?」
「・・・この野郎」
ヴァンさんとにらみ合っている横から、レンが声をかけてきた。
「ロナ! 二日後は約束したから!」
「え?」
「それでは、午後の訓練に行ってきます!」
「あ、おれも。失礼します」
レンは返事も聞かずに意気揚々と、マイトさんはそそくさと、執務室から出て行った。ハナ達も、こそこそと付いていく。
「ちょっと、レン? 約束って、何! ボク、もう帰るよ? ねえ!」
「もう聞こえていませんわ」
「これ、届けに来ただけなのに〜」
お姫様は、相変わらずのマイペースだった。
「お部屋を用意するまで、お話しさせていただいてもよろしいですね?」
宰相さんまで、断定口調だ。扉の外に控えている侍従さん達に指示を出している。
「あ、あの〜。宰相殿? 俺の部屋で?」
トングリオさんの顔が、引きつっている。
「済まない。夕方まで貸してくれ」
ウォーゼンさんのお願いの形をした命令に、うなだれた。
「俺も、訓練に、行ってきます」
ああ、背中が煤けて見える。
トングリオさんも居なくなると、ペルラさんが【遮音】結界を敷いた。
「ご相談と言いますか、あの、まずは、隠し子騒動その他の顛末をご報告させていただきます」
そこまで、畏まらなくてもいいのに。
「終わったことなんだから、今更、ボクが聞く必要は無いよね」
といっても、聞きやしない。まったく。
宰相さん達が総力を挙げて問題を起こしていた人物を特定した後、いたずらカードに引っかかった人達も含めて、王宮魔術師部隊があの手この手で「嫌がらせ」を続けた。魔術師さん達は、そりゃもう嬉しそうに作戦に参加したとかしないとか。ボクのいたずらに倣って、証人もとい体験者の量産に励んだそうだ。
「なんでそんな方法にしたのさ。取っ捕まえた方が早かったんじゃないの?」
「捕縛できるだけの確たる証拠を集められたのは、極一部の者だけでした。なので、疑わしい、というだけの小物には、存分に意趣返し、おほん、相応のお礼をさせていただきました」
さわやかな笑顔で物騒なことを言う宰相さん。
「王宮の使用人達も、いろいろと、それはもういろいろと思うところがありましたのよ。噂を逐一街に広める行為だけでも、大層喜んでおりましたわ」
王宮総出で拡散したのか!
おかしな被害を受ける直前に魔力を関知したとしても、どれだけ魔術でしか出来ない現象だったとしても、証明が出来ない。なので、訴え出ても取り上げてもらえない。「魔術をいたずらに使ってはならない」なんて法律もない。そもそも、魔術の行使はそう容易く行われるものではない。という、常識を逆手に取った。
中には、ライバルの仕業と勘違いし、嫌がらせに業を煮やして喧嘩をふっかけ、双方とも自爆し、最後には「世間を騒がせた」として罰せられる家まで現れた。
結果、「聖者様の遺産は、話題にするだけでも祟られる」という噂の方が大きくなった。
おかげで、財宝狙いの輩だけでなく、無自覚に物騒な話を広めていた人達までもが、鳴りを潜めた。ミハエルさん達への「結婚して」攻撃も、ほとんどなくなった。
だから、ハナ達も、気が楽になってよく食べるようになったんだな。ある意味、平和な証拠だ。
それはともかく。
連中は、次の事件でとどめを刺された。というか、諦めざるを得なくなってしまった。
年に一度の「聖遺品」の虫干しが行われた時、見物していた貴族や街の住人達の目前で、白いカードは光を放ち、一枚残らず消え去ってしまったのだ。
貴人客人が居並ぶ中で、国王陛下はショックのあまり滂沱の涙を流した。
一方で、貴族達は、きちんと保管されていたのかとか、すり替えられたのではないかとか、大騒ぎを始めた。でも、特別区の警戒には貴族から派遣されていた衛士も参加していて、この一年間誰も「不法」侵入した者は居ないと告げると、今度は貴族間で責任の押し付け合いが始まった。
騒動を見ていたスーさんは、
「我々の欲深さを嘆かれて、全てを天上に還してしまわれたに違いありません」
と、涙ながらに宣言した。それを聞いた欲張り共は、何も言えなくなったとか。
「せめて一言、カードが消える時期を教えていただければ、陛下も錯乱、いえ混乱されませんでしたのに」
ペルラさんが恨めしそうに言う。
実は、スーさんだけは、王様特権で、しばしば特別区に入り浸っていた。聖者様との思い出に浸るためとか、政務から逃げ出すためとか、憶測はされていたけど、真相はスーさんだけが知っている。
そして、スーさんには、虫干し前にカードを入れ替えるよう「お願い」していた。虫干しの予定日、どんぴしゃで作動したとはボクも驚いた。ぶっつけ本番でタイマー術式を設定したから、前後一日ぐらい、ずれると思ってたのに。
それはさておき。
指示があったからとはいえ、自分が置いたカードが目の前で一遍に霧散してしまったのだ。そりゃあ驚くだろう。
でも、その驚き具合が重要な訳で。まさか、吃驚仰天号泣している本人が、こっそり入れ替えたとは思うまい。
「説得力はあったでしょ」
「・・・はい。ここからが本題なのですが、あれらはどうすればよろしいのでしょうか」
宰相さんが、すぐさま切り返してきた。話って、それか。
「そういや、なにか残ってたよな?」
ヴァンさんも見物してたんだ。
「二十センテ以上もある魔包石が二十五個」
「二十センテの魔包石だぁ?! そんなもんがあったのか!」
ヴァンさんが目を剥いた。
「はい。それと、文箱がいくつか。魔道具の設計図、が収められていました。マジックバッグ、調理具、他にもいろいろと」
「ええ、【魔力避け】の結界を張るものもありましたの」
「有効利用してね♪」
「「無理です!」」
宰相さんとペルラさんのユニゾンとは珍しい。
「賑やかしに入れておいただけだよ?」
「余計なことをするんじゃねぇ!」
「えー?」
万が一、宝物庫の中でカードが消えた時の事も考えて、まるっきり何にも残らなければ、貴族達が増々収まらないんじゃないかと思ったんだよね。イタチの最後っ屁? ちょっと違うか。
「宝物庫の目録も調べました。結果、どの石も、歴史上知られている中で最大級であることが確認されました」
宰相さんは涙目だ。
二十センテクラスの魔包石は、一国に一個あるかないかの国宝級の代物、らしい。
「魔包石はあまりにも大きすぎて、我々の手に余ります。あの強欲貴族達でさえ、誰も手を出そうとはしませんでした」
衆人環視の中でライバルを蹴倒し奪取するような剛の者は居なかったのか。ちょっと意外。
「ボクの手にも余る」
大きな魔包石は、出力も半端ない。ボクは、拠点結界ぐらいしか使い道を思いつかなかった。とにかく、他の人の知恵を借りたい。
ちなみに、あのサイズの石は、まだある。もっと大きな石もある。あるんだよぅ。
「それに、魔道具の設計図は、工房秘中のものですのよ。同じ機能の魔道具でも、工房ごとに作りが違いますし。
マジックバッグは、コンスカンタのレンキニア様にアイデアを頂いた、と付記してありましたが」
ペルラさんまで、ため息をつく。
「レンキニアさんのバッグとは微妙に術式が違うはず。本人に見てもらえば一番いいんだけど」
「では、その時に」
「って、来るの?」
「はい。ローデンの魔道具職人に設計図を見せましたら、手に負えないと泣きつかれましたので。ご足労願いましたの」
また、ペルラさんのお盆が活躍するのかな。
「あ〜、頑張って」
「是非、ナーナシロナ殿にもご相席いただきたく!」
と宰相さんが要望してくる。
「却下。ボクは見習い職人」
「そこをなんとか! お願いできませんか?」
ペルラさん〜。
「あの設計図は、他の工房にも広まって、もっと使い勝手のいい道具が作られたらいいな、と思ったからなんだ。そうなれば、ボクが作った物も目立たなくなる」
「「「あ」」」
「それまでは、ボクの魔道具もボク自身も、世間に出すつもりはないからね」
「で、では、ヘルメス殿下の結界は」
ペルラさんがあわてて言い募る。
「そっちは、一見して魔道具とわからなければ問題ないでしょ。箱、開けてみて」
「は? はい」
「他の工房で作られるようになるまで、どれくらい掛かるか判らないから、長く使えそうな物にしてみた。状況に合わせて、選べばいいと思う」
「えー。と、これは」
ペルラさんの手で箱から取り出され、机の上に並べられたのは、短剣、ベルト、色違いのケープが二枚。
「結界を敷くのは、殿下にもできるよ。短剣は、鞘尻のここを捻る。ベルトならここ。ケープは、このボタンを押せばいい」
「「「「・・・」」」」
おや? 反応が薄いなー。
「まあ、見る人が見れば判っちゃうけど。殿下から、無理矢理取り上げるような人はいないよね〜」
「・・・」
「もっと他の形にした方がよかった?」
「・・・」
「おーい!」
何度か顔の前で手を振って、ようやく目の焦点があってきた。
「こ、これが魔道具、結界の魔道具、ですの?」
「うん。ペルラさんなら術式も読めるでしょ」
魔法陣そのものではないけれど、なにかしらの魔術的回路があるのは判るはず。稼働中なら、なおさら感じられるだろう。
「なぜ、短剣、なのだ?」
ウォーゼンさんが、ぼそりとつぶやく。
「男の子だから」
女の子だったら、髪飾りにしていた。
「・・・」
「護身用にもなるように、刃を付けた。鞘は、王子さま仕様のもっと派手なのがよかった?」
柄に仕込んだら、殿下が握った時、魔力の影響を受けてしまうと考えて、鞘の方に術式と魔包石を埋め込んだ。刃の方が大変だった。さびにくくて軽くて丈夫で、となるように、何種類も合金を作るはめに。
ベルトは、芯に術式を刺繍した虫布を折り畳み、さらに、裏打ちにエト布を使って、体に術式の影響が向かわないようにしてある。摩耗防止のために、茶色に染めたさなぎの革で包んだ。
無染色と黒く染めた虫布のケープは、中敷に術式の刺繍を施し、これも裏布にエト布を使った。一応、事前に聞いていた寸法よりやや大きめに作っておいたから、すぐに着られなくなることはない、はず。男の子って、大きくなるときは一気だからねぇ。・・・大丈夫かな。
どれも、外見からは魔法陣が組み込まれているとは判らない。まあ、魔術師や魔道具職人が見たら、一発だけど。
使った魔包石は、どれもボク自作の特濃品。すり切れない限り、十年は使い続けられる、だろう、たぶん。
「・・・トングリオの言い分は正しかった」
どこか座っちゃった目をしてウォーゼンさんが断言した。何を言ってたんだっけ。
「誰が作ったか、知られなければいいんだよ」
「よくない! 今まで知られてない魔道具を、言ってはなんだが、ありきたりな形状で作り出したとなれば、ば・・・」
ウォーゼンさんの顔色がどんどん悪くなる。
「なんなの」
「各国の王宮貴族で取り合いになるぞ」
ヴァンさんまで。
「そういう魔道具だって判りにくく作ってあるのに?」
「違う! おめえが、だ!」
「ボク?」
「そのとおりですわ!」
「だから、誰が作り手か知られなければいいんだってば」
四人が、一斉に頭を抱えた。
「確かに、わたくしがそのようにお願いした訳ですけど、ですけど、これは、・・・」
ペルラさんが、ぶつぶつ言っている。
「報酬の代わり。目立たなくて済むよう、協力してくれるんだよね?」
「あ、アハハハハ」
おや、ペルラさんが壊れた。
魔法陣を受け取ってから数ヶ月で魔道具を作り上げてしまった時点で、唯一無二の技術者であることを知らしめてしまった主人公。王宮メンバーが目を回してしまうのも当然なんです。
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魔道具と術具
ほとんどの魔道具は、魔石の魔力で作動する。術具は、魔術師の魔力で効力を発揮する。
旧大陸から移住するときに、魔術から魔法陣を構築する技術が失われた。ヘリオゾエア大陸の開拓期には、魔法陣を魔道具に組み込むノウハウも失伝した。
現在の魔道具は、各工房で伝承してきた作り方に拠っている。道具の外見に多少装飾は加えることはできる。
主人公の作った設計図だけでは、すぐに魔道具には出来ない。使用する材料が指定されていないため、素材の選別から行う必要がある。
魔道具の開発・改良に取り組む職人は、かかる経費がバカにならないため、中小の工房では手が出せない。コンスカンタのレンキニアや港都のルプリらは、ほぼ変人扱いされている。
魔術師の術具は、カスタムメイド。制作者(大抵は使用する魔術師本人)の魔力に最適化されているため、一般人だけでなく、他の魔術師も使用できない。




