ハチミツ狂想曲
やれることはやった。これ以上引き止められてはかなわない。
ということで、スーさん達が事後処理に忙殺されている隙に、王宮から辞去、もとい逃げ出しすことにした。レンとミハエルさんは、無責任な噂が払拭されていない間は王宮から出ない方がいい、と丸め込んで、離宮に足止めした。
だからって、トングリオさんとブランデさんが見送りについてくるって、どうなの。
「騎士団員が仕事さぼっていいの?」
「サボリじゃないよ。仕事だよ。任意の巡回をしてるところ」
「俺は、休暇。まだ、お礼をしていなかったしな」
トングリオさんは、そう言って、手にしていた大きな袋を押し付けてくる。
「こんなに沢山! って、これ何?」
「香辛料だ。最近は、南方からいろいろ入ってきている。ただ、使い方が知られていないから、あまり売れていない、らしい。変わった調味料を、と言ったら、店であれこれ持たされたんだ」
新メニューのおねだり? あの人達の班長だけある。搦め手で来るとは。
「俺も少し出したからね。こいつがこれ以上自腹を切ったら、また、空腹でぶっ倒れるから」
「ブランデっ!」
「おまえもさぁ、少しは料理を覚えたら?」
「ううっ」
「せめてねぇ。嫁さんがいれば、少しはましかもしれないけど。ある意味バカだから」
「ばかとはなんだ、ばかとは!」
「剣術バカ?」
「うううっ!」
「副団長とどさ回りしていた時はそうでもなかったのに。いつの間にこんなに味にうるさくなったんだよ」
トングリオさんが一方的にやり込められている。おもしろい。
「俺もトングリオも、副団長もだけど、ミハエルさんの留学に付き合ってあちこち行ったことがあるんだよ」
「へえ。え?」
ってことは、コンスカンタで投げたひと? ・・・覚えてない。だって、二人とも、こんなおじさんじゃなかったんだもん。
「王子様の護衛を務めてたなんて。精鋭なんだ」
「いやいや。ローデンの本当の精鋭は街門の担当だよ。状況判断、記憶力、交渉術、要求される能力が半端じゃない。腕っ節だけじゃ駄目なんだ」
「言うなれば、街の顔だからな」
「そうそう。だから、バカには勤まらない」
「お前に、バカ呼ばわりされる謂れはないぞ!」
「俺は、お前と違って剣術以外にもいろいろ鍛えてるよ?」
「ぐっ」
うん。離宮での調書取りの時、聞き出し方がうまいな、と思った。こういう人を、できる、と言うのだろう。
「ロナちゃんの方が頭いいけどね」
「そんなことない」
「泥棒騒ぎを起こした連中、街中から嫌われたぞ。まともに買い物もできない有様だ」
「辞めた使用人も多いとか。よっぽどすごい目にあったんだねぇ」
とか言って、二人とも笑っている。それはもう楽しそうに笑っている。
離宮の護衛班長を務めていたブランデさんと班員さん達には、最初に説明して、作戦に参加してもらった。
わざとらしくない隙を作ったり、ギリギリのところで取り逃がしてみたり、あげく公には懲罰を受けるという、ものすごい苦労を掛けてしまった。参加メンバーには、お詫び代わりに、マイトさんの差し入れベペルを料理して振る舞った。
ちなみに、懲罰は当分休暇無し、というもの。もっとも、巡回ローテーションが決まっているので、当番でない日は練兵場で訓練、なんだけど、瞑想と称して休めるそうだ。・・・いいんだろうか。
騎士団にも、欲張り貴族の手先が紛れ込んでいた。噂が広がり始めると、あわてて逃げ出したり、自主出頭して白状したりする人が居た。騎士団の規模に比べてごく少数だったので、運用に支障はないらしい。
そうして、トングリオさん達、他の団員にも、ようやく詳細が知らされた。
今回の騒動で、死人は出ていない。その分、証人は多数残っている。巻き添えになったメイドさん達が逃げ出すのもありだろう。そして、彼らの口から、事実が周囲に広がっていくことも。
運「良く」盗みに入れなかった人達も、同類達の惨状と現状を聞けば、今後は迂闊なことはできない、はず。
とはいえ。
「あれは、ボクを巻き込んでくれた「お礼」をしただけ」
にやりと笑ってみる。なぜか、二人そろって身震いした。
「・・・怖いねぇ」
「ロナは怒らせないように、気をつけよう」
「うん。反省して」
「「うううっ」」
「ミハエルさん達のお守りは大変だと思うけど、それはそれ、これはこれ」
ローデンに来るつもりは、これっぽっちも! なかったんだから。
「でも、ロナちゃんのおかげで、「連中」もずいぶんと大人しくなった。それこそ、それはそれ、これはこれってことで感謝しているんだよ」
「感謝は要らない。仕事してよ」
「「はうっ」」
絶句する二人を置いて、門兵さんに身分証を見せた。
「おや? 東の門から入られたのですか?」
「ミハエルさん達に馬車に乗せられて、連れてこられた」
「ああ、あの時の! こんなに可愛らしい方だったとは。是非、またお越し下さい」
満面の笑顔で、門兵さんが言う。
「・・・気が向いたら」
そう答えて、門を離れた。
やっと、まーてんに帰ってきた。
あー、うん。縄張りじゃないけど、そのつもりはないんだけど。落ち着くっていうか、自分にとって安全な場所って、ここか山の洞窟ぐらいしか思いつかないんだよねぇ。
帰り道で狩ってきた獲物を料理する。トングリオさんに貰った調味料を使ってみた。そこまで、絶賛される味とも思えない。まあ、自分が普通に食べられればいいか。
[深淵部]を一通り見回って、羽化した繭玉の数を数える。あ〜あ、来年は幼虫が増えそうだ。憂鬱。
それから、山の洞窟に向かった。ヘンメル君の魔道具を作るためだ。虫布も織っておきたい。
「魔力避け」の結界魔法陣は、それほど複雑ではなかった。かなり小型化できる。さて、どんな形にしよう。
出来上がった魔道具をまーてんの草地に持ち込んでテストしたり、合間にエルダートレントの実の薫製を大量に作ったり、木の実クッキーも作ったり。
誕生会に間に合うかな?
「こんにちは」
「お帰りなさい」
この顔でローデンに入るのは二度目なんだけど、まだ身分証も見せてないんだけど。
なんで、そういう挨拶になるの?
「・・・依頼品を届けにきました〜」
身分証を提示して、来訪目的を告げる。
「どうぞ、ごゆっくり」
門兵さんは、にこやかに迎え入れてくれた。うん。気にしないことにしよう、そうしよう。
さてと。
無位無官の一般人が、王宮重要職員の女官長にいきなり面会することはできない。どこか、宿を取って手紙を送って返事を待つことにする。
つもりだったのに。
「ロぉ〜ナぁ〜〜〜〜〜っ。会いたかったぁ〜〜〜〜〜っ!」
大通りにひしめく人達をかき分けて、ユキよりも早く、レンが飛び出してきた。
「い、いきなり走り出すなよっ。っとお、ロナ、久しぶり。師匠さんには怒られなかったかい?」
レンにガッチリ抱きつかれたボクを見て、マイトさんが声を掛けた。似た者コンビは今日も健在ですか。
「ちょこっと。でも、工房には入れてもらえた。そうだ、ちょうどいいや」
魔道具を入れた箱を取り出そうと、と、と。
ボーチに手を掛けたくても、羽交い締め状態。
「レン、離してよ」
「ロナだぁ」
ぐぅりぐりぐり
ボクの頭に頬ずりしたまま、離れない。革鎧越しにも、そのでかさが、でかさがね。く、く、くやしくなんかっ。
「とーちゃん。なんとかして!」
「なんで、まだそう呼ぶんだよ。それより、ここにいたら通行の邪魔だろ? ほら、レオーネ、巡回の続きだ」
「了解〜♪」
って、ボクを抱え込んだままじゃん。
「離してってばっ」
「久しぶりに会えてうれしい〜。それに、いろいろと話したいこともあるんだ。巡回は後少しで終わるから、それまで付き合ってくれ」
「人の話を聞けーっ」
足元にツキ達がまとわりついていて、蹴飛ばしそうだ。ああ、君達も元気そうで何より。なんだけど、ちょいと!
道中、まわりの人達からものすごく注目されていたたまれない。
振りほどけないまま、王宮に連れて行かれた。王宮の門兵さんならきっちり立ち入り拒否してくれると思ったのに、レンがボクの名前を言っただけで、
「あなたが、あの!」
と、笑顔全開になり、そのまま通された。身分証を確かめようともしなかった。そして、騎士団の兵舎まで連れて行かれた。
「おかしいよ。変でしょ。王宮の安全ってどうなってるの」
「どこかおかしいか?」
「ロナは問題ないだろ?」
「一度しか来たことないのに、なんできちんと調べないのさ」
「一度来ているなら、必要はない」
「二度目から悪さするかもしれないじゃん」
「「ロナが?」」
疑問符まで息ぴったり。じゃなくて!
「何を騒いでいるんだ? なんだ、ロナか。元気そうだな」
トングリオさんは、ボクを見て、当たり前と言わんばかりの顔をした。
「ちょっと! 班長さんがそんな態度じゃまずいんじゃないの? 関係者でもないのに官舎に引っ張り込むのは厳罰でしょ!」
「あれだけの盗賊を縛り上げておいて、ロナが無関係なわけないだろう」
HAHAHAHAHAHA、と爽やかに笑うトングリオさん。どこまでも、人の話を聞かない人達だよねっ。
「班長。マイト、レオーネ両名、巡回から帰還しました」
「ご苦労。報告はそれだけか?」
「ロナを捕獲してきました♪」
レンが嬉しそうに言う。
「そうか。これで暫くは楽に、ごほん、楽しくなるな。俺もブランデも、ロナがいつ来るか、楽しみにしてたんだ」
こらこらこらーっ! その台詞はなんだ!
午前中の巡回時にもたらふく食べていたであろうに、きっちりと食堂で昼食をとるレンとマイトさん。ボクも、料理をもらった。
ハナ達は、遠慮していた。というか、食べ過ぎのように見える。以前よりも、胴回りが増えていた。
「うん? 賢狼殿はどうしたんだろう。いつもなら、催促しているのに」
まだ食べてたのか!
「そうなんだ。でも、食べ過ぎは体に良くないよ」
三頭をじっと見ると、ハナとユキがそわそわし始めた。シンシャのダイエットマラソンを思い出したんだろう。
「午後の訓練で体を動かすから問題ない」
いや、レンじゃなくてね?
「せっかくロナが遊びにきてくれたのに、休暇は明後日なんだ」
「遊びにきたんじゃなくて、届け物。レン、女官長さんに渡してくれる?」
食事が終わったテーブルの上に、ようやく目的の箱を取り出す。王女さまに使いっ走りをお願いするのも気が引けるけど、現状では一番手っ取り早い。
「直接渡せばいいだろう?」
「レン〜。そういう偉い人とは、ほいほい面会できないの!」
その筆頭格である第一王女さまが、ボクの目の前に居る事は無視する。向こうから飛んできたんだもん。ボクに責任はない。
「あの女官長が相談を持ちかける相手なんだから、きっと伝言一つで飛んでくると思う」
「やめて」
直接顔を合わせたら、今度はどんな無理難題を吹っかけてくるか判ったもんじゃない。用事を終わらせて、さっさと帰るに限る。
「これは、レンの手を煩わせるお詫び」
小瓶の入った箱も取り出す。
「なんだ?」
「ヘンメル殿下へのプレゼント、見つかった?」
「うっ!」
レンの視線が、思いっきり泳いでいる。
マイトさんは、・・・あ、顔をそらした。これは、お小遣いを全部買い食いで使い果した、のかな? まあ、予想通り。
「だから、これ。蜂蜜」
「蜂蜜? その辺の店でも売ってるだろ」
マイトさんが、不思議そうな顔をしている。
密林街道周辺は養蜂が盛んで、安く入手できる。野生のミツバチからも採取されている。でも、ボクの普段の行動範囲内に、「普通」のミツバチはほとんどいない。というより、見た事がない。
「ロックビーの蜜、じゃ、だめかな」
「「え、えーーーーーーーっ!」」
食堂にいた団員が、大声に驚いてこちらを見る。
「声が大きい!」
「ロ、ロナ。ロックビーとは、あの?」
「なにが、あの、なのかは知らないけど。[魔天]のでっかい巣から分けてもらった」
「分けてもらった、って・・・」
レンが絶句している。
マイトさんが、おもむろに立ち上がり、ボクの肩に手を置いた。
「なに? あ、とーちゃんも蜂蜜欲しい?」
一瓶差し出したが、頭を振って身振りで拒否した。
「違うっ。ロナは、もーちょっと常識を覚えよう、な?」
常識?
「[魔天]の素材は高級品だってこと。おれみたいな平団員には手がでないの!」
「ここにあるんだから、いいじゃん」
「よくない!」
「やっと休憩しに来たところで何を騒いでるんだ? ・・・またお前達か」
また、って言われるほど面倒を掛けているのか。
「班長。今日のは違います。ロナの所為です!」
どういう反論の仕方だ。
「大声出してるのはとーちゃんだけ」
「あんなもんを出す方が悪い」
「蜂蜜をあんなもん呼ばわりしたら、甘味好きのお姉さん達に怒られるよ?」
「これと普通の蜂蜜を一緒にするな!」
魔力を含んでいる訳でもないし。そこまで、特別、かなぁ。
「班長ぉ〜」
珍しく途方に暮れた顔をしたレンが、トングリオさんの袖を引く。
「レオーネの方が大人しいとは、どうした?」
こそっと、耳打ちする。とたんに、トングリオさんの顔が強張った。
「どうしたらいいだろう」
「どうもこうも、全員来い!」
トングリオさんは、ボクを引き摺って行った。酷い。後ろから、レンとマイトさんが机の上の箱を抱えて追いかけてくる。
執務室に入ると手紙を書き、マイトさんを使いに出した。
「ロナ。師匠のところに籠ってたから知らなかったのだろうが、最近、[魔天]産の素材は軒並み高騰しているんだ。この小瓶一つでも銀貨十枚は下らない。それを山ほど詰め込んでくるなんて」
「十個しか入ってないよ?」
「十分だ!」
「そりゃ、売れば高いかもしれないけど、食べちゃえば一緒だし。そうだ、トングリオさんのお小遣いにする?」
「バカ言うなーーーーっ」
「だいたい、ロナ。どうやって採取してきたんだ? わたしは、ロックビーは巣に近付く動物全てを攻撃する、と聞いたが」
大きな群れになると、アンフィも撃退する。ひとなら、一刺しで昇天する。
「あー、それはー」
ベルト代わりに収まっている双葉さんが、胸を張って? アピールしている。でも、緑色の尺取り虫が痙攣しているようにしか見えない。不気味だ。
「・・・それ、なんだ?」
「レンは見てるよね。えーと、ボクの押し掛け助手」
「・・・・・・」
以前は、トレントの枝や根で燻してロックビーを大人しくさせてから、巣の一部を採取していた。今は、双葉さんがストローよろしく蜜を吸い出し、離れたところに置いた容器に回収してくれる。蜜壺の一つ一つから、ロックビー達が気付かないぐらいの量を、少しずつ、少しずつ。ボクは、容器を抱えて見ているだけ。最後に、巣材の蜜蝋の欠片も割り採ってきて一丁上がり。
蜂蜜酒を作ろうかな、と言ったら、張り切っちゃった。一葉さん達は、揃って蜂蜜そのものよりもお酒の方が好みらしい。本当に、植物なのか? いや、魔獣の一種、だからいいのか。よくわからない。
酒に仕込んだ残り、ではなく、大半を貰った。こんなに沢山あったら太りそう。ということで、こまめに押し付ける、もとい配ることにしたんだけど。
そうだ。
ウェストポーチから、お茶セットを取り出す。今回は、大きめのポットを用意しておいた。部屋にあったカップも並べて、お土産とは別の瓶から蜂蜜をたっぷりと。ポットの縄茶を注いで配る。うん、いい香り。
「さ、どうぞ! 美味しいよ」
「あー、うん」
「・・・」
二人とも湯気の立つカップを見つめているだけ。おや?
「蜂蜜、足りなかった?」
「「違うっ!」」
「香茶の方が良かった?」
「それも違う〜」
「蜂蜜なら、まだあるからね」
「・・・班長」
「・・・なんで、俺、班長なんだろう」
冷めると、香りが飛んで味が落ちるよ?
[魔天]最深部を「一番安心できる場所」と言い切っている時点で、とことん普通じゃない主人公です。
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ロックビーの蜂蜜
千匹以上の規模になって、ようやく蜜を貯め始める。群れが大きくなるほど、採取も難しくなる。また、街道近くの若い群は頻繁に移動するので、蜂蜜は少量しか溜まらない。
主人公の採取手段は、はっきり言って反則。




